第22話 あたしの本音
「それに……友達だってろくにいない! そんな女がパパ活なんてできるわけないでしょ」
あたしはノートに気持ちを書くことで、上手く整理できたつもりになっていた。しかし、誰かに向かって喋ると、書き言葉とはまた違う、爽快感があることを知った。
だけど、少し恥ずかしい。
「……そうだったんだね」
矢橋真子奈があたしの気持ちを知ってか知らずか優しく微笑む。あたしは弱っているのだろうか。……少し甘えてみたくなった。
「うん。……浦山ひろきっていう男子が言いふらしてる」
「クラスメートの?」
「そうよ。ちょっと遊びの誘いを断ったくらいで、根も葉もない噂を流すなんて……。最低。文句があるなら、正々堂々とあたしに言ってきなさいよ」
不思議。なんで、あたしは彼女に本音を話せているんだろう。接点も何もないのに。
……あぁ。きっと、『優しそうな性格』だと第一印象で感じたからかもね。
「あーもー、ムカつく!! ってあたしも、あなたに話を聞いてもらってる時点で同じものか」
「そんなことないよ」
ほら。あたしをフォローしてくれる。
「うううう〜。それに、……あたし、立花ララって名前でしょ? 女子二人から陰口で『アニメキャラみたい』『ぶりっ子っぽい』って言われたのもムカついたわ。パパとママが一生懸命考えて付けてくれた名前なのに……悔しい」
たまらなくなって、あたしは机に顔を突っ伏した。本音を話せたからか、涙目になってしまったの。矢橋真子奈には見られたくなかった。
あたしは気持ちを落ち着かせた後、顔を上げる。
「でも、仕方ないでしょ! 性格悪いのも含めてあたしなんだから! ……今は、ちょっとあなたに弱った一面を見せただけだけど、いつもこんなんじゃないから! ノートに一人でぐるぐる書きしてたのもストレス発散のため! あー、話を聞いてくれてありがとう! おかげでスッキリしたわ。矢橋真子奈さん」
あぁ。ついに名前を言ってしまった。彼女は固まっていた。
「あっ、ごめんなさい。あたしばかりグイグイ喋って……引いた?」
自分のしたことが少々強引だったと反省する。彼女を見ると、口元がほころんでいた。
「ちょっ、何笑って……」
「ごめん。立花さんの話聞いてたら、なんか感動しちゃって……」
「へっ?」
「堂々としていて羨ましいなって。心の内を話してくれてありがとう! もちろん立花さんがパパ活しているなんて思っていないよ」
良かった。矢橋真子奈は、あたしの話を信じてくれた。それだけで気持ちが救われた気がした。
それに心の内を話してくれてありがとうって、なんて良い子なの。あたしの方がお礼を言わないといけないくらいなのに。
「あっ……そう。ならいいけど」
だけど、どうしてか冷たくしか言い返せない。
「私、立花さんが書いた黒いぐるぐる全部消しちゃったね」
「別に良いわよ。ノートが無駄にならなくて済んだし。また、モヤモヤした気持ちが溜まったら書くから良いわ」
「そっか」
「……いじめだと思ったんでしょ? 最初は何なのって思ったけど、……あたしのために消してくれたんだよね。ありがとう」
「いえいえ!! どういたしまして。こちらこそ勘違いしてごめんね」
「ふんっ」
「……」
あぁ。あたしって本当にかわいくない。彼女みたいに素直になれたら良いのに……。
遠くの方で、吹奏楽部がトランペットを吹く音が聞こえた。急に現実に戻される。
あっ。レト! 早く帰って散歩をしなきゃ。
「……と、こんな感じかしら。それじゃあたし、帰るわね」
「う、うん」
あたしはノートをカバンにしまうと、そのまま席を立った。後ろのドアの前まで行き、不意に矢橋真子奈が気になり、振り返る。いざ、帰ろうとすると名残惜しい気持ちがあった。
「……暗くなると危ないから、矢橋さんも早めに帰った方が良いわ」
精一杯の一言だった。
「……心配してくれてありがとう!」
「そんなんじゃないけど!」
あぁ。また、強く言い返してしまう……。
「……」
「……じゃあ、また明日」
「!! ま、また、明日」
矢橋真子奈はにっこりとした顔で笑っていた。なんだか嬉しそう。
「……ふふっ」
あたしは教室から飛び出すと、柄にもなく鼻歌をうたっていた。廊下は走ってはいけないと言うけれど、はやる気持ちを止められなかった。早くレトに会って、今日あったことを伝えたい。
嫌な出来事を上書きする良い出来事があったと、レトならーー時間が許す限り、聞いてくれるだろう。
◇
家に帰ると、今日もゴールデンレトリバーのレトが、あたたかくあたしを迎えてくれた。宅配ボックスには、前に注文していた、クマーヌのマスコットキーホルダーが届いていて、今日は良い日だと思った。
ペアであるキーホルダーは、一つを最愛のグランマに渡すつもりでいた。もう一つは、あたしの学校のカバンに付けよう。
自分の部屋のベッドに横になると、今日の出来事が頭に浮かんだ。
矢橋真子奈。
ポニーテールの髪型が特徴的な女の子。何故か、あたしの中で自己紹介の時から、強い印象に残っていた。
秘密のストレス発散方法を偶然、見られたことで、たかが外れて、つい本音を打ち明けてしまった。
彼女にあれこれ言ってしまったけど、嫌な顔一つせず、あたしをあたたかく受け入れてくれた。
……正直、嬉しかった。友達がいないあたしには、身に染みたと言うのかしら。
もっと話してみたい。今度は、あたしの情けない姿を見せるのではなく、対等に話してみたい。
だけど、そんな上手くいくのだろうかと不安に思うあたしもいる。……らしくない。
あたしは、側にいるレトの頭をそっと撫でた。
「あのね、レト。今日ねーー」
レトは尻尾を振りながら、興味深そうにあたしの話を聞いていた。
ごめんね。散歩に行く前に話したかったの。……少しだけ聞いてくれる?




