第2話 立花ララ
声がした方向を見ると、ツインテールの女子がいた。小柄で守ってあげたくなるような、かわいい顔立ちのーー、立花ララさんの姿が目に入った。
クラスの自己紹介の時に、勝手ながら珍しい名前だと感じた一人だった。
二次元に出てくるような見た目と、かわいい名前があまりにもぴったり合うので、同性の私も素敵だと惚れ惚れするほどだった。
立花さんは、周りにいる3人の男子たちに向けて、威勢の良い声を放っていた。
「……そんなこと言わずにさー。ララちゃん、歌うまそうだし、一緒にカラオケ行こうよー」
「今日が忙しいなら明日でも良いよ。俺たち奢るし」
「ってか本当かわいいよね。一目惚れって信じる?(笑)」
矢継ぎ早に、立花さんを口説こうとする男子たち。どうやらカラオケに誘おうと、あれこれ奮闘しているみたいだ。
立花さんはかわいい。グイグイアピールしたくなる男子たちの気持ちは正直わかる。だけど、クラスに馴染むことに神経を使う、この時期に場を乱すような行動を取るのはどうだろう。教室にいるみんなも、息を呑み、事のいきさつを見ていた。
「しつこいなぁ! あんたたちモテないでしょ?」
しんと静まり返る教室。おしゃべりに興じていたクラスメートの動きも止まる。立花さんを囲んでいた男子たちの表情が険しくなる。
「はぁ? ララちゃんって結構きついこと言うんだね」
背が高く、リーダーっぽい雰囲気がある男子が、まず声を上げた。
失望した。見損なったと言わんばかりに、さっきとは打って変わって、立花さんを睨んでいた。猫撫で声を出して口説いていたくせに、一人前に低い声で牽制を取ろうとしている。
「きちんとカラオケの誘いを断っているのに、身を引かないアンタたちが悪いんでしょ。グイグイ粘ったら、じゃあ行こっかな〜❤︎ってなるとでも思ったの? はっきり言って迷惑! 全然知らない男子と、遊びに行くわけないじゃん。早く、目の前から消えて」
立花さんは堂々とした姿勢を貫き、言い返している。
すごい。数人の男子たちを前にしても、少しも怯むことがない。
「……もしかして、喧嘩売ってんの?」
「そっちがその気なら、どうとでも!」
「女のくせに……。少しかわいいからって、調子こいてんじゃねぇよ」
「ち、ちょっと落ち着けよ」
男子のうちの一人が止めに入った。さすがにヤバいと思ったのだろう。ここは一旦引こうと、アイコンタクトを取っている。リーダー格の男子は、納得いかないというように眉をひそめる。
キーンコーンカーンコーン。ここで、ちょうど授業開始を知らせるチャイムが教室内に鳴り響いた。
しぶしぶ、自分の席に戻る男子たち。ふんっと偉そうに、わざとらしく音を立てて椅子に座る立花さん。
「助かった」と言わんばかりの、心の声が、そこかしこで聞こえてくる気がした。
私の心臓は、まだドキドキしていた。
「ーーおまたせ!」
トイレから今戻った葉月さんだけが、教室内で一番平和そうに見えた。にっこり笑顔でハンカチで手を拭いている。
◇
立花ララさんの第一印象はかわいいのに、ちょっと怖い。ーーでも、思ったことはしっかり伝える、はっきりとした子だった。
4月下旬にもなると、手探りで話をする状況は終わり、挨拶以上に世間話をするクラスメートの数は増えていった。一緒に行動する子の顔ぶれも固定されつつある絶妙な時期だ。
移動教室・休み時間・お昼ご飯などは、右隣の席の葉月さんと、読書家でおっとりとした性格の中原七海といることが多くなった。
葉月さんとは、ファーストコンタクト以降、何かと喋る機会が増えた。彼女の気さくな口調も相まって、何気ない世間話も面白おかしく盛り上がった。
気まずい雰囲気になったのは、葉月さんが「翼」の名前を出した、あの時だけだ。結局、決定的な原因はわからなかった。あの後、立花さんの騒動もあったし、完全に聞くタイミングを逃してしまった。今のところ、何も支障がないから良いんだよね……?
また、呼び方は「葉月さん」から「明子ちゃん」へ。そして今では「アキ」とあだ名で呼ぶようになっていた。
きっかけは、「明子ちゃんなんて滅相もないよー。アキって呼ばれた方が嬉しいかな!」と言われたことだった。それから「アキ」と呼んでいるものの、たまに、すぐに反応してくれないことがある……。
もしかして、嫌われているのかなというネガティブな想像が一瞬頭をよぎるけど、アキの申し訳なさそうな下がり眉を見ると、何か他の理由がありそうな気がする。
中原七海こと、「ナナミン」と、仲良くなったのはアキつながり。二人は中学が一緒ということだった。
ナナミンは落ち着いていて、一緒にいるとホッとできた。ミステリー小説を読むのが好きで、よくおすすめを教えてもらっている。また、ナナミンには妹がいて、アキも顔馴染みと言っていた。
はじめのうちは二人の間に、私がお邪魔する形になっていたので、申し訳ない気持ちがあった。しかし、二人はあたたかく受け入れてくれた。
アキとナナミンは付かず離れず、適度な距離感を保つ友達同士だ。バチバチとした雰囲気は一切ない。むしろ、長年一緒にいる夫婦のような貫禄さえある。その緩い雰囲気の中に私も入れてもらえると安心できた。心地が良いと思った。
アキはフットワークが軽い部分もあってか、盛り上がっている女子グループの輪に、ふらっと一人、入りに行くことがある。社交的な印象がありつつ、一人で屋上にいることも多いなど、どこか謎めいた部分があった。
でも、最終的には、私とナナミンのもとに帰ってきてくれるのは嬉しかった。
また、二人とも私のことを「マコ」と呼んでくれる。ちょっと嬉しい。ーーいや、すごく嬉しいことを二人は気づいているだろうか。