第17話 意識
「マコには前に言ったかな。私、明子って名前で呼ばれるのあまり好きじゃなくてさぁ……。恋人の凛香にだけは翼って呼んでほしいって思っていたんだ。そしたら『良いよ』って言ってくれて、そのまま……。あと、私と凛香は中学が同じなんだけど、先生に明子って名前の人がいるのも別な名前で呼ばれたい理由かなー」
そうだったんだ。そういえばアキとのファーストコンタクトの時、確か「翼って名前が良かったなぁ」と言っていた。
アキは顔を赤くする。
「うわぁ。言葉にすると恥ずかしいね。ちなみに翼は私の憧れの名前。男の子にも女の子にも通用する良い名前だって、ずっと思っていてさ……。あははっ。笑い飛ばしてよ」
目を泳がせながら、照れるアキ。
恋人同士で、あだ名で呼び合うとかは聞いたことがある。例えば、美佳って名前なら、みーちゃんとか。でもそれは、大抵は本名をもじったものだ。まるっきり違う名前を呼ばせるなんて聞いたことがない。だけど素敵だなと思う私がいた。
「へぇ、良いじゃない」
ララも私と同じ気持ちだった。
「そういうのもアリね。違う名前で呼ばれたら、新鮮な感じがして楽しそうね。……って、嫌味とかじゃないから安心して!」
「ありがとう。しっかりわかってるよ! ……あはっ。今日はいろいろ、バレちゃった日だなぁ。まっ、いつかこんな日が来ることはわかっていたけどね」
そう言うと、アキは隣にいる凛香ちゃんを見た。その目が優しそうで、本当に相手を好きなことが伝わってきて胸が熱くなった。アキが「そういえば」と続ける。
「最近マコと立花さんって仲良いよね。犬の散歩も、よく二人でしてるの? どうなの?」
興味津々で私たちに目を向ける。アキはずっと隠していたことを話せて気持ちがスッキリしたのか、ぐいぐい聞いてくる。
「ううん。犬の散歩は今日が初めてよ」
「そうなんだ」
"仲良いよね"の部分には触れずに、ララが淡々と言う。
ララは深い意味はなく、そう言ったのかもしれないけど、私は一瞬だけ胸がチクリとした。……私と仲良いと思われたくないのかな?
「というか、葉月とマコの方が仲良いでしょ」
ララが下を向く。どこか拗ねているような投げやりな感じがした。凛香ちゃんの存在を思い出し、ハッとした様子で「友達としてね」と付け加える。
「うん。まぁね。席も隣だしね! だけど、私的には二人の関係が気になる感じかな」
「えっ。ど、どこがよ」
「なんか上手く言えないけど……、特別な雰囲気が出ているかな!」
「へっ。と、特別?」
ララがたじろぐ。
「うん。気に障ったらごめんだけど、お互いを思い合っている雰囲気が出てるかも。私と凛香みたいな(笑)」
第三者のアキに言われて、ーー少し意識してしまった。
自分だけが思う分には「勘違い」と思えるけど、第三者から言われると「本当にそうかも」と感じてしまう力がある。
私はララをちらっと見た。何かを考え込んでいる様子だ。ーーあまりにも真剣で、声をかけることができなかった。
その後は、軽く雑談をした後、日も暮れてきたので解散することになった。
アキは凛香ちゃんと、ララはレトと一緒に帰っていった。
別方向の私は一人でいろんなことを考えながら帰路につく。
今日はやっぱり、アキと凛香ちゃんのキスシーンが強烈だった。
自分も、いつか男の子と付き合うことがあるかもしれないとは思うことはあった。だけど、それは女の子でもあり得ることなんだ。同性愛なんて珍しくない。
それに今日、女の子同士でキスをしている場面を見て、自分の中にないものが、「あるかもしれないもの」に意識するまでに変わった。
ララは私に見よう見まねでキスをするふりをした。
好奇心からしていて、本当にするわけじゃないとはわかっていたけど、やっぱりドキドキした。
ララは女の私から見てもかわいいと思う。まるでテレビに出ているアイドルのようで、そんな美少女に迫られたら、誰だってドキドキするだろう。うん。
今日、家にも連れて行ってもらえた。友達の中で私を初めて家に上げたとも言っていた。正直、嬉しかった。
だけど、ララに『葉月とマコの方が仲良い』と言われて、テンションが下がった。確かに、いつも学校で一緒にいるのはアキの方だ。事実であるけど、このモヤモヤ感はなんだろう。私はララになんて言って欲しかったんだろう。
暗くなりかけた帰り道を、私はゆっくりと歩いていく。家に帰るまでに、堂々巡りになった考えに終止符を打てそうにもない。
だけど今日、ララと少しでも距離が近づいた気がする……。
そんな強い実感は持つことはできていた。




