18.ロッシー・ノート
一瞬で現れたのは執務室だろうか。静かなその場所は執務室のわり広く感じる。
「ソファにでも座って待ってな。」
ロッシーはニヤッと口角を上げつつ静かにそう告げると隣の部屋に入っていった。
きょろきょろと辺りを見回すと、アシュらしき光の塊が浮いているのが見える。どうやら無事に一緒に転移できたらしい。
ルーシアは少しだけホッとするが、この部屋は窓がない。あるのは扉が2つで、そのうちの1つには先ほどロッシーが入っていったので、出口ではないだろう。もう一つの出口からしか恐らくアシュは出ることができない。
(アシュ。あのもう一つの扉が開いたら、その隙に逃げてね!!)
『わかったわ。この部屋の主・・外からの侵入を許さない部屋なんて余程警戒心が強い人間みたいね。』
(えぇ。私もそう思う。部屋の状況からしても、明らかに優秀な人が使っている部屋に見える。ロッシーはただの暗殺組織のトップだけではない気がする・・)
『確かに・・口悪いけど判断力は優れているし、動きがスマートだわ。ここを出るときに様子を少し探っておくわね』
(ありがとう。アシュ頼むわね。)
数分もせずに隣の部屋の扉が開くとロッシーが部屋に戻ってきたが、扉に魔法をかけているのがわかった。
「・・・アスナちゃんをどうしたんですか。」
「心配すんな。殺してねぇよ。ただちょっと寝かしときたいから寝室に連れて行っただけだ。寝室には魔法かけてあるから入れねーぞ。」
「・・・・・」
ロッシーは魔法が使えないことを理解しているからなのか、素直に教えてくれる。口調も少し和らいでいるように感じる。
「私が逃げ出すと思わなかったんですか?」
「ん?ルーシアがあのお嬢ちゃんを見捨てて?逃げる?ははっあんたそんな薄情な人間なのか?」
「---っ!!」
何だろうか、自分のことを見透かされているように感じる。ロッシーは明らかに自分より年上なのだろうとは思う。言葉は乱暴でも優雅さを感じさせるのだ。ロッシーの真意が読めない。まるで掌の上に乗せられているような奇妙な感覚になる。
「貴方は何がしたいんですか!」
「随分雑な問い方じゃねーか。ま。とりあえず座れよ。」
ロッシーはルーシアを軽くあしらい、もう一度ソファに腰掛けるよう勧める。
-----トントン・・トントン
「なんだ」
扉のに向かい音が鳴るとすかさず返事を返す。ロッシーの言葉はふざけた様子は一切なくむしろ威厳さえ感じるほどの冷徹な声音だった。
「ウォードル伯爵が面会を希望しております。」
「ウォードルはもう見限ったはずだ。」
「存じております。ただどうしても伝えないとならないことがあると申しておりまして。」
「呼べ。最後に会ってやる。」
「承知いたしました」
問答をしていたらしき男は、部屋には入らず扉の外で指示を受け取るとすぐ去っていったようだ。
「残念ながら今から邪魔者が来るようだ。せっかくだから隠れてルーシアも見てな」
くっくっと笑うとルーシアに風魔法でルーシアの姿を隠したようだ。
ーーーートントン・・トントン
「なんだ」
「ウォードル伯爵をお連れいたしました。」
「入れ。」
やっと出口の扉が開き、その隙に光の塊はすーっと出て行ったのでルーシアは胸をなでおろす。
そして扉の前にはウォードル伯爵が真っ青な顔色で佇んでいる。
「聞いてやるからそこでとっとと用件を話せ。」
「--っっろ・・ロッシー様!どうかお力をもう一度お貸しください!!」
「・・・・・」
大人しく聞く態度を見せていたロッシーの表情は、抜け落ちたかのようにただウォードル伯爵を見つめている。
「・・あ・・あの・・」
「俺はデルタを撤退させた。もうお前には用はない。いう事がそれだけなら去れ。」
「そっ・・そういう訳にはいきませんっ!娘が・・・娘がここにいるのではございませんか!」
「どういう意味だ。」
「エルガディオの邸宅から娘とルーシア嬢がいなくなったことを部下が・・」
「へぇ?連れ去ったのが何故俺なんだ?」
「わ・・私の部下があの邸宅の周りを包囲していたのです!!あ・・貴方様以外にあの状況で二人を連れ去ることができる人間がいるとは思えません!!」
くっくっくとロッシーは笑いながらも返答はしない。
「娘を返してください!!あれは私のものです!」
「もう私の部下だ」
笑っていたはずが一瞬で鋭い眼光を放ち、冷徹な表情に変わったロッシーは冷たく言い放った。
「そ・・そんな・・困りますっ・・・私たちにはもう後がないのですっ!!!」
「話を聞くだけ無駄だったな。アルド!」
ウォードル伯爵の懇願など聞く耳を持たず、先ほど扉の前で問答していた侍従アルドを呼びつけると、ウォードル伯爵は首根っこを掴まれて、引きずられながら連れ出されていったのだった。
同じメルリドの民として、ウォードル伯爵の行いは浅慮でただ駄々を捏ねる幼子の様であった。
ロッシーはルーシアにかけていた風魔法を解除すると、ルーシアの隣に腰掛けた。
「どうだ?面白かったか?」
「・・・・」
王妃派の家紋の者たちは、詰めが弱く浅慮ではないかとこの数か月感じてはいたが目の前であの情けない態度を晒されて、ルーシアは何も言えなくなる。
「貴方は何故王妃派に手を貸したのですか。」
「金払いが良かったから」
「ごまかさないでください。」
「・・・俺が何でも話すと思って甘えすぎはよくねーんじゃねーかなー」
ボスっと背もたれに身を委ねると、足を組みながらルーシアを見つめる。
「俺は今すぐにでもルーシアを洗脳できるんだぜ?」
ロッシーの目つきが変わる。
彼の態度は相手の状況を見ながらコロコロ変わる。気が変わって殺されるかも洗脳されるかもわからない。そんな身の危険を感じる。ルーシアはびくっと反射的に体を揺らしてしまう。
「話したいことがあるなら聞いてやるって言ってんだから今のうちだぜ?話す気がないならおわりだ。」
「・・失礼しました。何故無駄なことをするのですか。覚醒者を洗脳したところで魔力が使えず役に立たないなら意味がないのでは?」
「意味はあるさ。メルリドの戦力が削れる。愛でることもできる。」
ロッシーは意地悪くニヤッと笑う。
「でもサーディン王太子殿下がいる限り、覚醒者一人二人が無力化されたところで痛くも痒くもないはずです!むしろノスラホートに戦争を仕掛ける火種となります!!」
「へぇー?それじゃそのサーディン王太子殿はかわいい婚約者を簡単に見捨てられる男なんだな?」
愉快そうにくっくっとロッシーは笑っている
「サーディン王太子殿下はそのような方ではありません。」
「だから攫った。」
「メルリドが欲しいのですか?」
「別に?」
「なら何故そこまでサーディン王太子殿下を恐れるのですか!」
「全覚醒者を恐れない奴っていんの?」
「彼は好んで戦争をするような方ではありません。ノスラホートとも友好的に接していくはずです!!」
「信用できないね。あいつは15歳で自分の部下だと思っていた裏切り者たち含めデルタの暗殺者数十名を薬で弱っていたにも拘らず簡単に殺した。脅威でしかない。アストラも同じことを思っているだろうさ。」
「・・・・確かに・・サーディン王太子殿下の力は強大です。しかし力に頼った治め方をするような方では決してございません。襲われたからこそ迎え撃ったのであり、こちらから仕掛けるなどありえません。」
ロッシーは腰掛けなおしルーシアをじっと見つめるように観察しているように見える。
「その根拠は?」
「私です。」
「は?」
ロッシーは目を丸くしてルーシアを見つめ続ける。
「彼が15歳の時私は彼と出会い結婚の約束をしました。でもその出会った時に私は覚醒者になり、家族に婚約者を決められました。彼は王子であり全覚醒者だったのですから、自分の想い通りにしようと思えばいくらでもできたでしょう。王妃様を殺すことだって、陛下の代わりに王になることだって、エルガディオ家に婚約解消して自分と婚約するように差し向けることだってできたはずです。」
「・・・・・」
「相手を何とも思わないような非情な方ならば、とっくに王妃陛下を断罪していたはずです。でも彼は私の幸せを願い、8年ずっと婚約を見守ってくれました。王妃陛下が心を改めてくれないかと、最後まで見守り耐えていました。そんな方が自分の利益のために他国に戦争を仕掛けるなんて信じられるわけないんです!むしろ彼は、私や自国の民が危険に晒されたと判断した時にこそ、一人でも他国を滅ぼすほどの力を発揮することでしょう。」
「・・・・・」
ルーシアの瞳は一点の曇りも迷いもなくロッシーを見つめ、ロッシーはじっと真意を確かめるかのように見つめ返し、しばらく二人の間に沈黙が広がっていく。
ガクッと顔を俯かせ大きくため息を溢すとロッシーはもう一度ルーシアを見つめ返し魔封じの首輪に右手を添えた。
カシャンっ
小さな音がしたかと思うと、先ほどまでルーシアの首についていた首輪をロッシーが握っていた。
「何故??!」
ルーシアは驚き、信じられないものを見るようにロッシーを見返した。
「ルーシア嬢。今までの振る舞いを心から謝罪したい。その為に首輪は外させていただいた。」
先ほどまで悪態をつき、凍てつくような言葉さえ浴びせていた男は、突然貴公子のように礼儀正しくルーシアを敬うように接し始める。
「私はノッシェン・ノスラホート。ノスラホート王国の第三王子であり、王国の暗躍組織の統括をしております。身分を偽ったことも重ねて謝罪申し上げたい。」
「貴方はノスラホートの神童と呼ばれる第三王子殿下なのですか?!」
ノスラホートの第三王子と言えば、わずか10歳でノスラホートの全ての学びを習得し、魔力も国一番と言っても過言ではないほどの実力者だと有名だ。しかし、ある時から滅多に表舞台には出なくなったとのことから、暗躍組織の統括をしているのでは?という噂はあったのだ。
まさかそんな王子の裏の顔がロッシーだったとは、驚きを隠せるわけがない。
「はい。我が国は学者が6割を占め、2割弱ほどの暗躍組織の人間を除き、後は力を持たない平民で成り立っております。
他国から攻められると弱いのがノスラホートなのです。その為、私はサーディン王太子殿下が全覚醒者として誕生されたと知ってから、メルリド王国の情勢を注意深く視てきました。」
確かにノスラホート王国は力を持たない国として有名だった。それでも平和なのは、他国から助けを求められ、積極的に学者たちが力を貸していたこともある。また学生の交換留学も盛んであった。
そして、国を守るために暗躍組織が他国の情勢を事細かに把握し、他国の弱みを多く握っている為、迂闊に手を出せない国としても有名だった。
「私はクリシス王子殿下が誕生された際に、王妃陛下の変わり様を知りました。王妃の命でデルタに暗殺者の依頼してきたのです。
派閥が生まれていることを利用し、サーディス王太子殿下の能力を見定めるため暗殺部隊の貸し出しを許可しました。
サーディン王太子殿下は強大な魔力で薬の力にも抗い生き残り、彼が王になった時のメルリド王国がいかに脅威となるか理解しました。
そして、婚約者が覚醒者であるルーシア嬢と知り、このままでは危険だと判断したのです。
サーディン王太子殿下は、弱みとなるような自国の貴族を次々と処罰し、唯一弱みと言えるのは王妃の愚行程度。我が国に攻め込まれた場合、弱みで牽制することもできず、戦力でも勝てず負けるのは明らか。
だからこそ弱みとして婚約者を奪い、サーディン王太子殿下の力を押さえつけようと考えました。
だが、どうやらサーディン王太子殿下は、非道な方ではないのは間違いないようだ。むしろこのままルーシア嬢を捕えたままにする方が、眠れるし獅子を呼び覚まし自国民を危険に晒すことになるのだろうと判断したのです。」
「そうですね・・・彼は私のことになると性格が変わってしまうのは間違いないです。」
ルーシアは苦笑いして答える。
最初はとりつく島もないと感じたルーシアだったが、ロッシーの判断の速さにこれまでメルリドを注意深く視てきたからこそできる判断なのだろうと感じた。
恐らくこれ以上自分たちに危害を加えることはないのだろうとルーシアは感じてる。
しかし、ロッシーの言うようにすでにディーンは怒りで燃え上がる炎を纏った獅子となっているであろうことは想像できた。
きっとまもなくディーンはアシュに連れられてこの場所にやってくるだろう。そうなればノスラホートはただでは済まされないと判断できる。
「ノッシェン王子殿下。貴方はサーディン王太子殿下との対話を求められますか?」
「はい。恐らくこの状況ではまともな話も聞いてはもらえないのは理解していますが、ノスラートを守りたいのです。私の失策でノスラホートを危険に晒したくはない。謝罪の機会が頂きたい。」
ルーシアの問いにロッシーはすかさず答える。
「わかりました。ではアスナちゃんを開放してきてくれますか?」
ルーシアはロッシーに微笑むと、彼は頷き隣の部屋に向かった。
(ディーン)
ルーシアは指輪に魔力を注ぎディーンに呼び掛けた。
≪ルー?!無事かい?!≫
(無事だよ。心配かけてごめんね。)
≪君のせいじゃない。今迎えに行っているからね!どうゆうつもりか知らないが、絶対にノスラホートを許さない!≫
やはりディーンは相当怒っているようだ。当然といえば当然なのだけれど・・
(そのことなのだけど、ロッシーはノスラホートの第三王子殿下だったの。)
≪なんだって?!≫
(ディーンの全覚醒者としての能力と、覚醒者の力を脅威と感じて、私を連れ去って力を抑えたいと考えていたようなんだけど、彼は謝罪してくれたわ。)
≪謝罪??この短時間に一体何が起こったんだい?!≫
(私が話すよりも、こっちにきて彼と直接対話したほうが良いと思うの。彼はディーンにも謝罪したいと言っているわ。話してもらえないかな。)
≪ルー・・・どうゆう事か状況は飲み込めないけれど、君が嫌がることはしないよ。すぐ行くから待っていて。≫
(うん。わかったわ。)
念話を終えるころにはロッシーがアスナを抱きかかえて戻ってきていた。
彼女の首元には首輪はもうついていないが、まだすやすや眠っているのでロッシーからアスナをうけ取り、ソファでアスナに膝枕をして寝かせることにする。そっとロッシーが掛け布を差し出してくれた。
「サーディン王太子殿下はお越しになるのでしょうか?」
「はい。今向かっているそうです。」
「そうですか。ではアスナ嬢が我々の声で起きてしまわないよう魔法で遮音させていただいても構わないですか?」
ロッシーはルーシアに許しを求めた。
「そうですね。話は長くなるかもしれません。彼女にはゆっくり眠っていて欲しいのでお願いします。」
ルーシアの言葉に頷くとロッシーはそっと右手をアスナにかざし魔法をかけた。
「素晴らしい魔法ですね。身を隠す魔法もそうでしたが、覚醒者のような魔力の持ち主でなければ気づけないほど優れているのがわかります。」
「覚醒者であるルーシア嬢にそうおっしゃって貰えると光栄ですね。私は魔力にも恵まれたので、解析や精神干渉系の魔法も得意です。それでもルーシア嬢一人にすらも勝てそうもありませんが・・・
魔力封じの首輪も完全に魔力を封じ込めてはいなかったでしょう?」
「そうですね。私は首輪をつけた状況でも魔法は少しだけなら使えたと思います。」
「・・・やはりそうですよね。魔力封じの首輪はかなり自信があったのですが、覚醒者には対抗できる術がないのは悔しいです。」
「あの・・聞きたいことがあるのですが。」
「なんでしょう?」
「あの魔力封じの首輪は、ノスラホートの学者が作ったのですか?」
「あの首輪は私が作りましたよ。」
「え??!」
「そんなに驚くことでしょうか?魔力抑制薬の効果を研究し、覚醒者である貴女方以外の人間には効果のある首輪が作れたので何とかなると思ったんですが、覚醒者の魔力量には本当に恐れ入りましたよ。」
ルーシアの驚きを前にしても自身の作った首輪が失敗であったことに残念そうに眉を下げている。
「ほ・・・本当に天才なのですね・・」
「天才・・・かどうかはわかりかねますが、魔力封じの首輪は現時点では私しか作れませんよ。」
にっこりと微笑み返事をする。
暗躍組織を統括し、優れた魔道具すら作ってしまう王子・・・自国を心から愛し、国の為なら簡単に頭を下げ命すら捧げられるような人を見たことがないとルーシアは感じた。
「何故そんなに素晴らしい方なのに、あんな言葉遣いや態度をされていたのですか?不思議でなりません。」
「暗躍組織の者たちは気性が荒い者が多いですから。私が優しい王子だと舐められるでしょう?私が組織を統括したのは15歳の時でしたし、10歳の時にはデルタを統率していました。人によって態度を変えなければ、私は支持を得られなかったので時と場合で切り替えていただけです。
ただ、暗躍組織で活動することが多かったので、言葉使いの悪さも態度も今では私の一部ですけれどね。」
くっくっくと悪い笑みを浮かべつつも、また優しい微笑に切り替えるロッシーに、敵には回したくないと本能で感じ取ってしまった。
自分が覚醒者だったからこそ対等にいられるが、ただの魔法使いならどうなっていたかわからない。
二人は和やかに会話を楽しみ、ロッシーはアルドを呼びお茶の支度もさせた。
ーーーートントン・・トントン
「なんだ」
「サーディン王太子殿下と、その部下の方お二人がいらっしゃいました。お通ししてよろしいでしょうか。」
「通せ。あと、簡易ベッドをここに用意しろ」
「承知いたしました。」
アルドは他の侍従に任せたのか数分もしないうちに簡易的なベッドが部屋に運び込まれ、アスナをそこに横たわらせ眠らせたのだった。




