12.結婚式
暑さも落ち着き始めた気持ちの良い風が心地よく、馬車の窓を少し開けて景色を楽しむとディーンはルーシアの横に腰掛けなおして腰に手を回し、共に大聖堂までの街並みを眺めつつ思い出に浸っていた。。
「無事に今日を迎えられて良かったね。」
「うん。クリシス王子にお姉様が突き飛ばされたときはどうなる事かと思ったけど、おなかの赤ちゃんも無事で本当によかったわ」
およそ一か月前に元王妃とクリシス王子の企みでミルティはルーシアと共に王宮に監禁され、
更にクリシス王子にベッドから突き飛ばされて落とされてしまって怪我を負っていた。
幸い大したことはなく、お腹の子供にも影響はなかったため結婚式も当初の予定通り行われることになった。
半年前、まだダリオ・メイシャス令息と婚約をしていたルーシアは、ミルティの妊娠報告によりダリオとの婚約を解消した。
学園卒業前日のとんでもないカミングアウトに心が荒れ狂うルーシアだったが、妖精アシュのアシストによって10歳のころの初恋相手のディーンと再会。
二人は空白の8年を再開してお互いの想いを再確認し、最終的には婚約までたどり着けた。
とんでもない爆弾投下であったとは思うが、ミルティのカミングアウトのおかげで再び巡り合うことができた。・・と今ではルーシアは思うようにしている。
なかなか和解できないルーシアとミルティだったが、二人のエルガディオ嬢拉致監禁事件によってルーシアはミルティと話をすることができ、5か月を経て二人は和解できたのだった。
「お姉様が王宮で私が不安に陥っていた時に力強く励ましてくれたのは本当に嬉しかった。」
「ミルティ・エルガディオ嬢がいなかったらルーシアはクリシスに奪われていたかもしれなかったからね。感謝せずにはいられないよ。俺が特殊魔法を使うのを躊躇わせてしまったせいで唇を奪われる寸前だったのだからね・・・・・・・・・・・このことだけは今でもクリシスを殴り飛ばしておけばよかったと後悔しかないよ・・」
両手を腰のあたりで拘束され、クリシスに膝で抱きしめられキスされそうになったことを、ディーンはまだ根に持っているらしい。あの事件を思い出すたびに、彼の周りには薄暗いオーラが漂い怒りがひしひし伝わってくるようになってしまっていた。
「あ・・あの時は仕方がなかったじゃない!私があそこでフルリピストを使用していたら、魔法抑制薬や、睡眠薬の効果が消えてしまっただろうし、事件の証拠がなくなるリスクを考えたら解除しなくてよかったのだと思う。私のことはもういいんだよ!」
「そんなこと言わないでルー。確かに証拠が欲しかったけれど、ルーを奪われたら俺は生きていけないよ・・もう一度唇上書きしておこうか?」
さりげなく腰を引き寄せ潤んだ瞳で乞うように顔を近づけようとする。
ルーシアは美しく整ったディーンの金色の瞳に見つめられるとどうしても鼓動が早鐘を打ち冷静でいられなくなってしまう。
--がしかし今日はミルティとダリオの結婚式。
今はドレスアップしてしっかり化粧も施して大聖堂へ向かう途中なのでここで乱れている場合ではない。
「ストップーーっ!キスしてないから!上書き必要ないから!せ・・せめて結婚式が終わるまで口づけは止めましょ?口紅も落ちちゃうっ!」
慌てて今日の一大ミッションを思い出し雀の涙ほどの理性でディーンの暴走を食い止める。
「・・・・・それじゃ後で・・ね?」
耳元で甘く囁いた後チュッと耳たぶに唇を落とす。
「-------っ!!」
びくっと体を震わせ耳まで真っ赤にしたルーシアは、引き寄せられた腕から逃れ窓側ギリギリまで飛び退いた。
まるで威嚇する子猫のようなルーシアの可愛らしい姿に身もだえて、ディーンは必死で胸を押さえて押し倒してしまわないようブツブツと聞こえるか聞こえないかの小さな声で「結婚式の後で・・結婚式の後で・・」と唱えるしかなかった。
***
コンコン。
扉をノックするとミルティの侍女が扉を開けてミルティの元に案内してくれる。
「お姉様!!とってもとっても素敵ですわ!!」
「ルー!来てくれたのね!ありがとうっ!」
母リディアと父ロワードと共に姉は美しいウェディングドレスを纏って光輝く女神の様に佇んでいた。
姉は昔のように愛らしい笑顔でルーシアを迎え入れ、ルーシアも心の底から姉を祝福していた。
仲の良かった家族がまた和解でき、この素晴らしい晴の日を迎えることができたことが家族の幸福だった。
家族の愛を知らないディーンも仲睦まじく寄り添うルーシアを温かい目で見守っていた。
「ルー。私たちはずっと一緒だったわ。今私がこうして幸せを感じることができるのはお父様、お母さま、ルーのお陰なの。体も心も弱かった私を見捨てず、そばに寄り添い続けてくれて・・本当にありがとう。」
「私もお姉様とダリオのことは大切な家族だと思ってきたわ。そんな二人が夫婦になる事を、今は心から祝福してる。幸せになってね!」
優しくそっと抱きしめ合い涙を溢さないよう離れ二人は微笑んだ。
***
大聖堂の中は外から差し込む温かい光が堂内を優しく照らし美しい白い衣装を纏う新郎新婦を包み込んでいるようだった。
神秘的なその空間はまるで女神が祝福しているかのようにも感じられた。
隣に座って寄り添うディーンを見つめると、彼も同じように感じているのか、ルーシアの視線に気づき慈しむような微笑みを返すのだった。
***
結婚式の後、メイシャス侯爵のタウンハウスにて結婚祝賀会が執り行われた。
場内は水族筆頭家紋と一目瞭然な鮮やかな透き通る水色の装飾を施したシャンデリアや壁紙。飲食フロアには豪華な立食スタイルの軽食が沢山並べられ、ダンスフロアには美しい垂れ幕が天井を彩っていた。楽団の奏でる音楽に人々は優雅に会話やダンスを楽しんでいる。
ルーシアは淡い水色のベースにふんだんに白いフリルとリボンをあしらったドレスを纏い、白いリボンと淡い水色のバラの髪飾りでハーフアップに整えており、首元には真っ白なリボンに黄色の宝石があしらわれている。
寄り添うディーンは白のテールコートとベストは金糸の刺繍が美しく施されており、薄いクリーム色のシャツには淡い水色のジャボを真っ赤な装飾具で留めルーシアの色を纏っている。
場内ではすでにダリオとミルティが来客に挨拶を行っており、【覚醒者】であるユージスとキリアンも顔を出している。他水属性家紋の当主夫妻や各属性の筆頭家紋当主の顔ぶれも見受けられる。
先日の拉致事件からまだ1か月ほどしかたっていない為各家紋を【覚醒者】たちはそれぞれ見張る意味もあり場内を挨拶しつつ見回っていた。
≪今日は何も起こらなさそうでよかったです。≫
≪まだ安心はできないけれどね。特に風属性家紋は筆頭家紋の後継が決まっていないからね・・目立つ家紋としてはフルスス伯爵家とウォードル伯爵家あたりかな?でもウォードルは元王妃派だからね・・二つの家紋共今日は出席しているようだけど、今のところは目立った動きはなさそうだね。≫
周りを警戒しつつディーンはルーシアをエスコートしながら挨拶をして回っている。
二人はにっこり笑顔を保ちながら挨拶をしながらも指輪の通信で言葉を交わさずに会話を続ける。
≪ユージスさんやキリアンは大丈夫かな・・≫
≪今のところは問題なさそうだよ?彼らに何かあれば妖精たちがすぐに知らせてくれることになっているからね≫
まだ覚醒者同士での通信魔道具は出来上がっていないので、ユージスとキリアンとの連絡はディーンが妖精を通して行う形をとっている。
それでも今後スムーズに連携をとるためにも、通信魔道具は必要だから西側への調査までには仕上げてくれるとのことだった。
「挨拶も一通り済んだし少し端で休憩しないかい?飲み物を取ってくるよ」
「ありがとう」
会場の脇までディーンはルーシアをエスコートすると、飲み物を取りにそばを離れていく。
場内は立食しつつ会話を楽しんだり、ダンスを踊ったり楽しく過ごしている人々の様子を幸せを感じながら眺めていた。
当初ミルティの妊娠に関して陰口を言うものが出てくるのではと懸念はされていたが、さすが水属性筆頭家紋メイシャス侯爵家の結婚祝賀会だからか陰口はほぼ聞こえてこない。
事件から間もないという事もあり、下手に声を出せないということもあるとは思うが、今回の式には重要な家紋しかほぼ招かれていないからともいえる。
「レディ少々よろしいでしょうか?」
美しい微低音の中性的な声に振り替えるとそこには、美しい黒髪を後ろで一つにリボンでまとめた美丈夫が佇んでいた。
「どうされました?」
「突然お声をかけ申し訳ございません。主が見当たらず探しているのですが、ご存じないかと色々な方へ聞いて回っているのです。お恥ずかしながら何分王都に参りましたのが初めてなもので、広い場内で迷ってしまいました。」
「それは多変でしたね!どちらの家紋のご当主をお探しなのですか?」
「ありがとうございます。私はウォードル伯爵家の侍従をしております。お見かけしておりませんでしょうか?」
「ウォードル伯爵様ですか?先ほどダンスフロア付近でお見かけ致しましたよ?」
「左様でございますか!助かりました。ありがとうございます。」
美丈夫は深々とお辞儀をしてからにこっと美しく微笑んだ。
背はディーン位高いと思われるが女性のような妖艶さも感じる微笑にルーシアはドキッとしてしまう。
「このような美しいご令嬢とお話できて光栄でございました。私ロッシー・ノートと申します。よろしければ美しいご令嬢のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私はエルガディオ伯爵家のルーシアです。こちらこそ力になれて良かったわ。」
「エルガディオ伯爵家のご令嬢でいらっしゃいましたか。お時間いただきありがとうございました。またお会いできますように」
「っっ?!」
ロッシーはさりげなくルーシアに近づくとそっと右手を掬い取り手の甲に口づけを落し、もう一度にっこり微笑むとダンスホールに向かって足早に立ち去った。
一連の流れはとてもスムーズで礼儀正しい他家の侍従の姿ではあったが、最後の挨拶は明らかに口づけは故意だったように感じる・・軽く舌で舐められたような気がするのは気のせいだろうか?
5分にも満たない間の出来事でルーシアは呆然と立ち尽くした。
「ルー?どうしたの?」
気づけば飲食フロアからディーンがグラスを二つ手にしてもどってきていた。
呆けるルーシアに違和感を覚えたのか心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫!ありがとう。ウォードル伯爵家の侍従が伯爵様とはぐれてしまったみたいで、見かけていないか尋ねられただけだよ!」
「ウォードルだって?」
「うん。・・・・ウォードル・・」
「偶然なら良いけど・・・俺がいない間の接触っていうのは少し気になるね。」
「そうだね。全く大した話はしなかったんだけど・・あのウォードル伯爵家だものね。」
二人は苦笑しつつグラスに口を付けた。
***
「いかがでしたでしょうか?」
「そうだねぇ。ルーシアの魔力はさいっこうに綺麗だったよ。【覚醒者】って流石だねぇ。」
夜道を走るウォードル伯爵家の馬車の中では二人の男が静かに言葉を交わす。
「私たちにはもう後がございませんっ。デルタのお力添えを賜りたいのです!」
「んーー・・覚醒者4人相手すんのは結構厳しいんだよなー。あんたんとこの娘。逃げてるけどほんとに見つけられんの? 」
「はいっ!見つけて必ずロッシー様の元へ連れて参ります!いかがでしょうか」
足を組んで窓の外を眺めながら視線だけをウォードル伯爵に向けるロッシーに、必死で機嫌を伺うように伯爵は何度も頭を下げ乞うしかなかった。
今自分は、目の前に座るこの口の悪い男の采配で未来が決まってしまうのだから。
「せっかくソウェトナに部下を沢山貸してやったのに、死んで戻ってこねーしやる気も出ないけど?あんたにソウェトナ以上の働きができるとも思えねーけどさぁ?」
「まぁいいや。ルーシアかわいかったからねぇ。風の覚醒者と一緒に欲しいし、もっかいだけ力貸してやってもいいよ。」
「あ!ありがとうございます!必ず!必ず連れて参ります!」
「何もかもが美しかったな・・魔力がなくてもかわいがってやるから早く俺んとこにおいで。ルーシア」
視線をまた窓の外に戻すと、ロッシーは場内で出会ったルーシアの面影を頭の中で思い浮かべ、くっくっと不敵な笑みを浮かべた。




