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(何してんのよ、昨夜の私…)


 全てを聞き終えたシャルロッテは、自己嫌悪と言う言葉では言い表せない程落ち込んでいた。


 酒に飲まれたのもそうだが、まさかこの男と二度目の朝を迎えてしまったという事実が、何よりも重くのしかかってくる。


 元はと言えば、この男との賭けに乗ったのが悪かった。


 上手い言葉に乗せられた私も私だ…出来る事なら、なかったことにしたい…


「あの、相談なんだけど…」

「却下です」

「まだ何も言ってない!!」

「どうせ、昨夜の事は覚えていないから水に流せとでも言うのでしょう?」

「…………」


 黙って睨みつけるが、素知らぬ顔で用意されていた茶に口を付けている。


(いっその事、記憶をまるっと消すか…)


 出来ないこともないが、人の記憶を消すというのは禁忌にあたる。もし、その事が知られたら打首は免れない。

 それに相手は偉才の魔導師。上手くいくという確証もない。


「ふふっ、良からぬことを考えている顔ですね」

「そう思うなら、昨日の事は無かったことにして頂戴。お互いに酔ってて正常な判断が出来なかったのよ」

「そうはいきませんよ。あんなに素直で愛らしく、必死に私を求めて─」

「わぁぁぁぁ!!!!言うな!!」


 慌ててルイースの口を手で塞ぐと、その手を取り口付けてくる。


「勝負は私の勝ちです。しっかりと覚悟を決めてくださいね?」


 死刑宣告された気分だった。



 ❊❊❊



 自分の家に戻って来れたのは、日が暮れ始めた頃だった。帰りたいシャルロッテと、帰したくないルイースの攻防が長引きこんな時間になってしまった。


 フラフラになりながら帰ってくると、自分の家の煙突から煙が出ているのが見えた。


 こんな勝手な事をするのは奴しかいない…そう思いながら、扉を開けると「おかえりぃ」と鍋蓋を片手に笑顔を向ける男…


「あら、ヤダ。裏切り者の哉藍じゃない」

「あ、嫌やな言い方」

「本当の事じゃない。お得意様を悪魔に売ったのよ?」

「僕かて、本望やなかったんやで?」


 蔑むような目を向けながら言うと、機嫌を取る為に傍に寄ってきた。気にもとめず椅子に腰掛け、パイプに火を灯して煙を吐いた。


「─で?何しに来たのよ?」

「そんな冷たくしんといてぇな。可愛い顔が台無しやで?」


 不貞腐れるシャルロッテの頬を突きながら言うが、返ってきたのは凍りつくような冷たい目。


「あれ?」と思わぬ反応に戸惑う哉藍。


「なぁにが可愛いよ。どうせ私は可愛くありませんけど?」


 この間言われた事を、しっかり引き合いに出してやった。


「もお、堪忍してや。そんなん、その場しのぎの嘘やん。本気にせんといてぇ?」


 誤魔化すようにヘラヘラと笑っている。

 まあ、元が胡散臭い分、何を考えているか分からない節はある。それこそ、今知った事じゃない。


「分かった分かった」と適当に相槌して、この話を終わらせようとした。


「そういや、今までどこいってたん?日中家におらんの珍しいな」

「─ん゛ッ」


 澄ました顔でパイプを咥えていたシャルロッテが、動揺を見せた事に「おやおやおや…?」と目敏く食いついた。


 哉藍の視線を逸らそうと顔をそむけるが、執拗に顔を覗きんでくる。嫌な汗が額を伝っているのが分かる。


「あ、あ~…なるほどなぁ。随分と愉しい夜やったみたいやね?相手は、例の魔導師様?」

「は!?」


 何かに気が付いた哉藍はニマニマと嘲るような笑みを浮かべてる。シャルロッテは、何故バレた!?という顔で驚きを隠せない。


「ここ、ここ」


 首元を指さされ、鏡で見てみると「んなっ!!」


 一瞬で全身が真っ赤に染まった。鏡に映ったのは、無数に付けられた赤い痕。


(あいつ!!)


 ギリッと歯を食いしばって、怒りと羞恥心を抑えようとする。


「あははははっ!!独占欲丸出しやね!!」

「笑い事じゃないわよ!!」


 腹を抱えて笑う哉藍を睨みつけるが、笑い声は止まらない。


「くくくっ、あんだけ嫌や嫌や言うとった癖になぁ。絆されんたか?」

「…敢えて言うなら、負け博打のしこり打ちよ…」

「へぇ~?詳しく話してみ?」


 キラキラと顔を輝かせて問いただしてくる。これは完全に面白がっている証拠だ。


「はぁ~…」


 シャルロッテは小さな声で、ぽつりぽつりと話し出した。


 話していく内に哉藍の口元が震えていく。必死に笑いを堪えているんだろうなと、容易に察する事ができた。


 最終的に「あははははっ!!」と涙を流しながら爆笑されたが…


「そんなに笑う事ないんじゃない?少しは哀れんでくれてもいいんじゃないの?」

「阿呆か。煽ったのは自分やろ?自業自得やん。酒の失敗を可愛ええと思えるんは、若い頃までやで?あんた今幾つやねん」


 何もそこまで言わなくてもいいんじゃない?ってほどの正論で論破され、ぐうの音も出ない。


「と言うか、ほんまに逃げる気あるんか?」

「あるわよ!!」

「おかしいなぁ。あんたが本気になれば、簡単に逃げれるやろ。なんで、せんのや?」


 肘をつきながら疑いの眼差しを向けてくる。


「だって、相手は魔導師だし…」

「そんなん理由にならんやろ」

「…………」


 哉藍の言う通りだ。私が本気を出せば、姿を晦ます事なんて容易い。自分でも、なんでこんな事になっているのか分からない。


「まあ、ええわ。そんなシャルロッテちゃんに朗報やで」


 そう言いながら手渡してきたのは、不穏な匂いがプンプンする封筒。そこには、これ見よがしに王家の封蝋が押されてある。

 これを渡す為に、ここに来たと言っても過言では無い代物だ。


「…また面倒なものを…」

「仕方ないやろ?僕かて仕事やもん」


 渋々受け取り、中を確認するなり盛大な溜息が出た。


「…本当、あの男は目敏くて嫌になる」

「あはははは!!それが元彼にかける言葉か?」


 差出人はこの国の皇子であるディルク・バルリングだった。

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