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9月の答え合わせ

作者: 佐藤瑞枝

 九月一日。五年三組の教室の廊下に夏休みの宿題がはりだされた。防災標語コンテスト。ずらりと並んだ作品に同じ標語がいくつもあった。ノリ、タケル、それにマサト。みんなスマランを使ったんだ。


「お前も?」

「まあな」

「おかげで宿題、秒で終わったわ」


 ノリたちが話しているのが聞こえた。スマートランゲージ。略してスマラン。無限のデータから最適解を導き出してくれるAIツール。質問すれば、ものの数秒で答えが返ってくる。学校での使用は禁止されているけれど、みんな普通に使っている。


 地震のときは、机の下にかくれよう

 地震が来たらまずしゃがもう

 水と食料 備えておいて いざという時のために


 どれもスマランに書いてあった。よかった。ぼくの標語は誰ともかぶっていない。検索画面の下の方から選んだのがよかった。

 ほっと胸をなでおろし、教室にもどる。


「代表は、高橋くんの作品に決まりました」


 久保先生が言ったとき、ぼくはびっくりしすぎて耳を疑った。

 え? ぼくの作品が代表? 

 拍手が鳴った。


 久保先生が教室を見渡して言った。


「残念ながら宿題にスマランを使った人もいたみたいだね。先生はいつも自分の頭で考えるように言っているのにちょっと残念だったよ。それに比べて高橋くんの作品は、とてもよい出来だった」


 家族と話そう 避難場所と連絡方法


 先生が、ぼくの標語を読み上げる。


 でも、それは。

 血の気がひいていく。

 今に誰かが手をあげて、同じ標語をスマランで見たと言い出すんじゃないか。

 胸がドキドキして、冷や汗が止まらない。


 代表に選ばれた作品は、全国防災標語コンクールに応募することになっている。そんなところへ出してしまったら、スマランを使ったことなんてすぐにバレてしまうだろう。


 今すぐ本当のことを言おうか。


 いや、いまさら言えるわけない。バレたらクラス全員から軽蔑される。ぼくと友だちでいてくれる子なんてひとりもいなくなってしまう。

 堂々とスマランを使って、へらへら笑っているノリたちがうらめしかった。


 放課後、職員室へ呼ばれた。おそるおそる扉をあけると、久保先生はパソコンに向かって仕事をしていた。ぼくに気づくと、先生は椅子に座ったままくるりとふりかえった。


「これ、応募用紙。コンクールに出すから家で書いてきて」


 本当のことを言うなら今しかない。

 何度もそう思ったけれど、言えなかった。


 職員室を出ようとしたら


「高橋くん」


 久保先生に呼び止められた。


「せっかくだから、出す前にもう少し手を加えてみようか」


 明日の放課後、教室に残るよう言われた。うなずいて、逃げるように職員室をあとにした。


「学校代表なんて、すごいじゃない」


 応募用紙を渡すと、お母さんは手をたたいて喜んだ。夕食は、ぼくの好きなハンバーグになった。


「おまえには文才があるんだな」


 お父さんはそう言って、うれしそうにビールを飲んだ。


 その晩、ぼくは眠れなかった。

 翌朝、モヤモヤを抱えたまま登校した。クラスのみんなは標語のことなんてもうすっかり忘れて、いつものようにはしゃいでいた。ノリたちが冗談を言ってみんなを笑わせ、先生が「静かに」と注意するのもいつもと同じだった。


 べつに、気にすることじゃない。


 ぼくは自分に言い聞かせた。それでも放課後がやってくるのがおそろしかった。久保先生は、本当は全部知っているのではないだろうか。ぼくの標語がスマランを写したものだと知っていて、ぼくに教室に残るよう言ったのではないだろうか。

 いや、そんなはずはない。それなら先生は、最初からぼくを代表に選ばなかったはずだ。


 ガラリと扉があいて、久保先生が教室に入ってきた。背中に緊張が走った。きゅっと胸がしめつけられる。笑顔でぼくの席に近づいてきた先生は、柳沢さんの席をくるりと後ろに向けて、ぼくと向きあった。


「さあ、やろうか」


 先生が、ぼくが提出した標語のコピーを机の上に出した。


「高橋くん、この標語、どこか直したいところあるかな」


「直したいところ、ですか」


「そう。コンクールに出すからにはよいものにしたいと先生は思っているんだ」


「・・・・・・」


「ごめん、ちょっと難しかったかな」


 先生が頭をかいた。


「じゃあ、質問を変えるよ。高橋くんはおうちで避難方法や連絡方法について家族と話し合ったことはある?」


「え?」


 ぼくが生まれたのは東日本大震災の翌年で、お母さんはしょっちゅうその時のことを話す。


「無事に生まれてきてよかった」


 そう言って、なんでもないのにぼくのことをぎゅうっと抱きしめたりする。揺れたらすぐにテーブルの下にもぐって身を守ること。それから安全な場所に避難すること。もう耳にたこができるくらい聞いた。


「うちはお父さんもお母さんも仕事でいないことがあるんだから、ちゃんと自分で避難場所に来なさいよ」


 避難方法や連絡方法について話し合ったことはないけれど、避難場所になっている公民館には何度も連れて行かれ、ここが待ち合わせ場所だからとたたきこまれた。


「話し合ったことはあまりないですけど」

「何かあったら避難場所に来るようには言われてます」


「そうか。じゃ、『家族と話そう』より『家族と行こう』とか『家族で集まろう』とか、そういう方が合っているかな」


 先生に言われるとそんな気がした。「書いてごらん」と言われ、鉛筆を持って書いた。


 家族と行こう 避難場所 連絡方法


「……」


 がっかりした。ただ散らかしたように並んだ言葉。直さないほうがよかった。


「ちょっと、ちがったようだね」

「じゃあ、今度は他の言葉をさがしてみようか」


 先生が言う。そんなこと言われたって、ぼくには何も浮かばない。簡単に言葉が出てくるくらいなら、ぼくだって最初からスマランを使わなかった。


 もしかして、先生は試しているのだろうか。


 じっとうつむいていたら、そんな考えが頭に浮かんだ。

 先生は、ぼくにスマランを使ったことを告白させるために意地悪な質問ばかりしているんだ。でも、どうしてぼくだけ? ノリたちのことは、名前も出さずにただ注意しただけで、わざわざ呼び出したりしなかったくせに。


「避難場所や避難場所に行くことについて、お父さんやお母さんから言われていることとかはないかな」


 ぼくは顔をあげた。


 先生は、おだやかな表情でぼくの答えを待っていた。

 心の中ではどうだろう。本当は、ものすごく怒っているかもしれない。さっさとしっぽをまいて本当のことを告白しろとでも思っているのだろう。


 だったら、

 ぼくだって絶対に言うものか。

 スマランを使ったことなんて

 絶対に言わない。


 ぼくは必死で答えをさがした。


「避難場所で待っていれば、お父さんもお母さんもいつかは来るからって。待ち合わせ場所だからって」


 小さい頃から言われて来たことを、ぼくは言った。頭の中で口うるさいお母さんの声が聞こえた気がした。


「待ち合わせか、いいね」


 久保先生の瞳が大きくなる。


「はい。小さい頃からそう言われています」


「じゃあ、それを書いて見るのはどう?」


 家族と行こう 避難場所 待ち合わせ


 言われるままに、ぼくは書いた。はじめに出したものと百八十度変わってしまった標語にぼくはとまどっていた。鉛筆をおいて顔をあげると、先生は腕組みして、うーんと首をひねっていた。


「待ち合わせっていうの、いい言葉だから、最初に持ってきてみない?」


 もう一度鉛筆を持ち、ぼくは書いた。


 待ち合わせ 家族と行こう 避難場所


 ぼくの心にすとんと標語が落ちたのと、久保先生が「いいね」と言ったのはほぼ同時だった。


 生まれ変わった標語を原稿用紙に清書した。家で書いてきた応募用紙をランドセルから出して渡すと、「送っておくよ」と先生は言った。

 宿題にスマランを使ったことを、ぼくは最後まで言わなかった。



「残業ですか」


 職員室に戻ると、算数のマル付けをしていた鈴木先生が赤ペンを止め、話しかけてきた。


「高橋くん、よかったですね」


 デスクに置いた原稿用紙をちらりとのぞき見して、鈴木先生が言った。


「高橋くんがスマランを使っていたこと、久保先生は最初から知っていたんでしょう」


「まあ、そうですけどね」

「最終的にはオリジナルができたので、終わりよければすべてよしです」


「久保先生は寛大だなあ。ぼくなんて、この算数のドリル、ちゃんと自分で解いてきた生徒はどれくらいいるんだろうかって考えちゃいますよ」


「ぼくは、スマランがすべて悪いとは思っていないんです」

「それに、高橋くんとはおあいこです」

「標語を直すのに、ぼくもスマランを使いましたから」


 パソコンの画面を鈴木先生に向けて見せる。


 標語をブラッシュアップする方法。


 1、少し変えてみる。言い回しや言葉を変えてみる。

 2、他の視点やアイディアで見直す。

 3、インターネットや本を参考文献にする。


 鈴木先生が納得したようにうなずいていた。


「うまくいって、ほっとしてます」

「全国コンクールでもいい線いくんじゃないですか」

「最優秀賞をAIがとったりしたら悔しいですね」

「ほんとです」


 そう言って、鈴木先生と笑い合った。高橋くんの渾身の作を応募用紙と重ね、丁寧に三つ折りにして封筒に入れた。選び抜いた言葉たちがどこかへ行ってしまわないようしっかりと封をし、心をこめて宛先を書いた。


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