第六話 性癖
血溜まりにうつ伏せになっている冬美を見た綾人は、頭を抱えその場に座り込んでしまった。桜子も壁に背中を預け、うつむく。
血溜まりは冬美の顔付近から波打っている。それに合わせてぴちゃんと雫が液体に落ちるときの音が静かな部屋に響き渡る。
しばらく時間が過ぎ、心を締め付けられるような重い空気を切り裂くように、冬美の体がゆっくりと仰向けになった。
「わぁ、綾人くんと桜子さんだぁ」
「「…………」」
名前を呼ばれた二人はびくともしない。体を起こした冬美の服は当たり前だが黒いスーツでもわかるほどに血が染み込み、顔、特に口周りは特に血液の付着が多い。そして、冬美の表情は恍惚としており、まるで媚薬でも飲んだかのようになっている。
「ふたりとも、むししないでくださぁぃ」
冬美は舌足らずな言葉で二人に話しかける。それに対して二人は、ただただため息を付くばかりだ。
冬美には特殊な性癖がある。(ここで言う性癖とは、性的嗜好のことではない)血液を見ると興奮してしまう性癖だ。ここで多少興奮してしまうのは別に構わないのだが、時間が過ぎていくとだんだんエスカレートしていき死体から血液を抜いて集めたり、舐めたり飲んだりする。
現に今この場においてある二つのバケツには、持ち上げればすぐ零れそうなほどに血液が溜まっており、完全にモザイク案件だ。もちろんそばにはミイラもどきもセットだ。
「冬美、いつも言ってるよね? なるべく服を汚さないことと血で遊ばないこと」
「そうだっけ〜?」
無邪気に笑い声を上げる冬美からは悪びれた様子はまったくない。綾人は後始末のことを考え、更にうなだれる。少し前の時間まで自分がその立場だったことはすっかり忘れているようだ。
「鎮痛剤持ってたよね?」
「あるよ〜」
そう言って冬美はスーツの前ボタンを開け、内側に大量の試験管が差し込まれてるうちの一本を綾人に差し出す。差し込まれてる試験管の九割五分に血液が収められていることには言及する様子はない。いつものことなのだろう。
綾人は試験管のキャップを開け、勢いよく飲み干す。空になった試験管をキャップとともに冬美に渡すと、その試験管を持ってバケツに向かおうとする。
「いくぞ」
「みゅっ!」
桜子は、冬美の襟首を後ろから掴み、そのまま引きずる。
「あと一本、あと一本だけ!」
「だめだ。 それ以上勝手なことをすると試験管全部割るぞ」
「うぅ」
冬美は容姿性格いずれも完璧なのに、変な性癖を持ってしまっているのは残念だな。どこで育ち方間違えたんだろうと綾人は幼いときの記憶をたどるがなにも思いつかない。
綾人は肺の痛みが引いてきたことを確認し、桜子の後を追いかける。
「帰路は私が援護射撃を行ったビルの屋上だ」
「わかりました」
「本部に戻ったらそのままコスモポリタンを家までおくれ」
「………………わかりました」
綾人は渋々頷いた。隣の廃ビルにつくと、流石に階段で冬美を引きずる事はできないので桜子は冬美をお姫様抱っこし、階段を進んだ。冬美は興奮しすぎると、酒に酔ったかのようにろれつが回らなくなり、足取りがおぼつかなくなるので回復してくるのを待つしかない。
完璧に見える人でも、ひとたび興奮してしまうと人格ががらりと変わるものである。そうなると普段呆れられている人と立場が逆転してしまうこともある。冬美は今まさにその状況だ。自分自身自覚はあるがコントロールができないので周りの人が抑制してあげることが必要である。




