第十一話 風早家
「お邪魔します」
「「どうぞ」」
冬美は綾人達が家に帰ってから十分くらい過ぎたあとに来た。距離的に大体予想していた時間帯とほぼ同じだ。
冬美は持ってきた荷物をリビングに置いて、一言断ってからソファーに座った。その膝上にまるで猫のようにあんずも座る。冬美もその腰に手を回し、飼い猫を扱うかのようにぎゅっと抱きしめる。
「飲み物はどうする?」
「あたしミラクルジュースっ」
「私はお茶がいいかな」
二人の注文を受け付けた綾人は、キッチンでそれぞれの飲み物を用意する。ミラクルジュースは何かと言うと、商店街にある店の一つが提供しているよくわからない味の飲み物だ。奇抜な味で万人受けではないがリピーターは意外と多いらしい。色は濃い紫色だ。
綾人は、自分用に紅茶を用意し、お盆に乗せてソファーへと運んだ。
「ありがとう」
「お兄ちゃんもこっちきたら〜?」
「いや、遠慮しとくよ」
流石に男が女性の膝の上に乗るのは憚れる。一応思春期真っ只中だからね。
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冬美が家に来てからずいぶん時間が経ったが、あんずと二人で話し込んでいて綾人は完全に蚊帳の外だ。それでも見たところ暇を持て余している様子はない。携帯水晶板でやっているゲームにすっかり虜になってしまっている。
「暗くなってきたね」
「お兄ちゃん、電気つけてっ」
そんなこんなで外はすっかり暗くなってしまった。綾人はあんずに頼み事をされたが聞こえないほど集中しているようで、ずっとゲームをしている。
あんずは、無視されたことに少しムッと気たらしく、ソファーの上においてあったクッションを取り、思いっきり投げつけた。クッションは綾人の顔面にクリーンヒットする。
「あ、負けた」
「無視しないでっ」
「ごめん今いいところだったからさ。 電気ね」
綾人は立ち上がって、大きく伸びをする。電気をつけ、再びソファに戻る。時計を見ると時間はすでに六時三十分になっていた。
「そろそろ食事にしないか?」
「もうそんな時間なんだ。 あんずちゃん、急いで作るよ!」
「ラジャーっ!」
冬美が夕飯を作るときはあんずも毎回手伝っている。普段夕食を作っている綾人だが、流石にキッチンに三人は狭すぎるので配膳係に徹する。料理ができるまでは暇なので再び携帯水晶板を手に取り、動画を見る。キッチンの二人は仲良く談笑しながら料理を進める。
「痛っ」
綾人はイヤホンをしていたが、あんずの声にすぐ反応した。どうやら話に夢中になって誤って指を包丁で切ってしまったらしい。傷はそこまで深くないようで出血量は少ない。綾人は、自分の部屋に行って、絆創膏を取ってくる。
綾人が戻ってくると、異様な光景が広がっていた。
「ちょっ、冬美さん…… おにぃ、助けて〜」
あんずが壁により掛かる形で座っており、その顔は真っ赤で半泣きになっている。なぜそうなっているかと言うと冬美があんずの出血している指を咥えて吸っているからだ。吸われているあんずは、どういう感情なのかわからないけど人前でいつもの綾人への呼び方になるくらい変な感じになっているらしい。
まずいな、まだ昨日の余韻が残ってるのか。
「はい、これで血止まったね」
綾人の心配は杞憂だったようだ。冬美はただ、圧迫止血を行っていたらしい。変な気持ちにでもなったかと思った。
「冬美、他にやり方があったんじゃないか?」
「こっちのほうが慣れてるから」
「慣れてるって…… あんすが変なふうになっちゃったけど」
「くすぐったかったのかな?」
「そうなのか?」
「…………」
あんずは、先程まで吸われていた指を擦りながら、顔を背けている。綾人は、全く意味がわからず、首をひねるばかりだが、とりあえずあんずはこれ以上料理に参加することはできなさそうと判断し、ひとまず座り込んでるあんずに絆創膏を渡してから冬美と二人で料理に取り掛かった。
綾人は、自分も吸ってもらったら気持ちがわかるかもとふと思ったが、冬美に提案することはなかった。そんな提案をしたら間違いなく綾人は変態扱いされて、家に帰れなくなるだろう。
冬美はというと、綾人と同様、首をひねりながら『そんなにくすぐったかったのかなぁ』と、独り言を言っている。
あんずは、料理ができあがった頃にようやく回復したらしく、少しぎこちない手つきで配膳を行った。いったいどうしたんだろう。




