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その黎明に祈る  作者: 願音
後日談
72/73

予感は当たってしまうもの



「おれたちの担当地でその魔術師による植物成長魔術暴走が起きてます」



 その報告にアドルフは現実逃避気味に考える。そうでもしないとやっていられなかった。


(……何故か巻き込まれてしまった)


 ―どうして、こんなことになってしまったのだろうか。


 深くため息。だが、アドルフが己の運と間の悪さに落ち込んでいる間に執務机の方で椅子から人が立ち上がる音が聞こえてくる。その人物は素早く杖をホルダーに収め、扉へと歩き出す。

 シドラスと現場に向かおうとして振り返る。黒髪のショートカットがふわりと宙を舞った。一連の動作に、躊躇はなかった。それが、宮廷魔術師の器なのか。



「鎮静化しに行ってくるね」



 発せられたのはアドルフがずっと憧れていた声だ。

 ミラは少し困ったかのように眉を下げる。一歩踏み出して、アドルフに背を向けて。


「まぁ、そんなに不安がらないでいいよ。手伝ってもらっているとはいえ合同研究者なだけだから、現場での仕事を強要するつもりはない―手を貸してくれるのは、大歓迎だけどね?」


 その、流し目で送られたのは悪戯っぽい色。彼女はシドラスにいくつか言葉をかけると現場へと急いで行ってしまう。

 魔術暴走は危険だ。その現場の被害を最小限に抑えるには早急な対処が必要―どういった手段をとるのかは分からないが、何かしらの方法があるのだろう。その方法をアドルフが採用できるとは限らない。現場に辿り着いたとしてどれ程役に立てるのか分からない。足を引っ張ってしまうかもしれない。



 ―それでも、気付けば杖を握っていた。



 シドラスが目を丸くする。


「意外です。貴方は行かないかと」


 全くもってその通りだ。普段ならこの場所で事務作業でもして待っていただろう。まずアドルフがいないと解決しない現場、というものは存在しないからだ。アドルフがいても解決するならば、いなくてもいい。いた方が良いかもしれないが、別にいなくても困らない―そんな人材。

 それなら、わざわざリスクを負う必要はない。この状況で現場まで向かうメリットは多くない。


 だが、脳裏に翻るのは一〇数分前のミラとの会話だ。




「―そういえば、どうして僕との共同研究を受けてくれたんだ?」


 宮廷魔術師であるミラにとって大きな利益はない。功績は増えるが、研究のために必要なものを差し引くと大した利益は出ない。

―なのに、どうして共同研究に参加したのか。

 アドルフにとってかなり気になることだ。アドルフの名前を聞いて参加を決める―ほどの関係だった訳でもなく、別に有名な訳でもない。

 そう考えての疑問。ミラは何の感情の揺らぎもなく、カーテンの隙間から空を眺めながら軽く笑った。


「大親友の結婚式に行きたかったから――それだけだよ」




 そう告げてきたときのミラの声が、表情が、仕草が、忘れられない。


 アドルフがはその出来事から自分が感じ取ったこと、現場に赴くことにした理由―諸々をシドラスに説明しようとして、やめた。代わりに別のことを口にする。



「悪いけど、憧れの人に期待されてるんだ」



 自分ができる中で最も不敵な顔を作ってニヤリと笑ってみる。それだけで何故だか少し強くなれた気がした。

 シドラスはアドルフと対象的に、快活に笑った。


「そうですか」 


 部屋の壁に立て掛けられていた大剣を携える。いつか最前列で見た姿と全く同じだ。



「おれの雇い主、どうです?惚れさせられるでしょう」



 彼の心境が変わったとしても、根本だけはずっと変わっていないのだと思わせる泰然さを漂わせて。


*_*_*_*_*_*


 執務室を恰好つけて出発したミラは数分後管理本部の建物の陰で深呼吸をしていた。その理由は実に単純である。


(私、飛行魔術は使えないから)


 ミラは身体能力が低い。反射神経も、バランス感覚も千切れている。だから飛行魔術を上手く扱うことはできない。おそらく三秒で墜落してしまう。

 だが、急がなければならない。担当地まではやや遠い。馬車を手配するにしても汽車に乗るにしても時間がかかってしまう。宮廷魔術師用の移動手段―そんな都合のいいものはない。だから、一刻も早くそこに辿り着くには『一番取りたくない手段』を使うしかない。


()()を使うのは、襲撃事件以来かな?............今からやる方が圧倒的に酷いだろうけど」


 他の手段は選べない。ミラはついに腹を括った。魔力を練って、一気に斜め後方下に向かって放出する。緊急脱出でよく使った風魔法を応用した移動方法―それは、まず一気に自分の体を打ち上げ、その後地面と垂直に放出を続ける。

 この手段を取りたくなかったことには二つ、理由がある。一つ、制御が効きにくく魔力消費が大きいこと。二つ、急降下急停止急上昇が当たり前であること。


「―っ、うぅ」


 内臓がギュッと寄る感覚。今にも何かが胃からせり上がってきそうで、ミラは口元を押さえる。非常に気持ち悪い。


(............吐きそう)


 ―滅茶苦茶、酔ってしまうのだ。

 緊急回避で一瞬使う、もしくは急降下急上昇数度繰り返す―それぐらいならまだ耐えられる。でも、これは駄目だ。

 急降下急停止急発進急上昇。それらのオンパレード。全ての動きで気持ち悪さは倍増していく。背の高い建物や鳥は避けなければいけないし、それを無視するため高度を上げると寒すぎる。しかも、担当地まではかなり遠いからどんなに急いでもこの苦痛が数分間続くことになる。かといって地上では普通に人が生活しているから吐くわけにもいかない。魔力操作を誤れば墜落必至。


 ミラにとっての生き地獄。もう諦めて吐いてしまえ、吐けば楽になれる―そう囁く幻聴まで聞こえる気がした。

 でも、甘い方へ、楽な方へと流れかける思考を押し止めて前を見る。瞳には若干、薄く涙が浮かんでいる。


「......頑張らないと。私が頑張って、頑張ってぇ......っ、皆を、王国をぉっ」


 王国の敵―それこそ<漆桶の魔手>との戦いの最中などではない。今のミラは吐き気と戦う宮廷魔術師だ。威厳の欠片もなかった。

 その後数分間ミラは込み上げる吐き気と戦い続け―そして、見つける。

 巨大化した植物を。一旦魔力放出を真下に切り替える。


(検証したいから、とりあえず封印結界で―)


 そんな考えは小さな子供の悲鳴で中断。瞬時に下の様子を確認し、風魔法を解除した。落下しつつホルダーから杖を取り出して握る。短縮詠唱で炎系統上級魔術を発動。

 子供は植物が操る蔦に捕まっている。ジタバタともがいているのが鬱陶しいのか、植物が子供を地面に叩きつけようと蔦を振り上げた。


 そこを、生み出した炎の槍で切断。蔦は切れて、その結果落下していく子供が空に向けて手を伸ばす。近付いていたミラはその手を取ろうとして―スカッ、と手は空を切る。


(わああぁぁっ、失敗したぁああああっ)


 ミラの手は届かない。仕方なく、維持したままの炎の槍で植物を牽制しながらそのまま落下。

 魔術の同時維持は二つまで、魔法は一つ。だから炎魔法でなく詠唱をしたのだ。激突する直前に風魔法で衝撃を和らげゆっくりと地面に足をつける。子供が地面に降りたことで気が抜けたのかへたり込む横で杖を差し向ける。静かに思考が巡る。


(今ある魔石は一つ。特製だから一気に全快はできる……けど、上手くない魔法の上に得意属性じゃない風を使った長距離移動をしたから多くとも六〇〇程度しか魔力消費はできない。これからしばらく魔術だけで対処するにしてもシドラスくんに頼んだ追加の魔石が来るまで時間がかかる…………魔力消費量が多い封印結界は現時点では避けたい、かな)


 どの魔術を行使するのか、結論が出て数秒で炎の槍に仕込んでいた固定術式の効果が切れる―牽制が止まる。植物はミラを既に敵視していた。一切の迷いなく、大量の蔦がミラを狙う。

 真横でヒッ、と恐怖に満ちた息遣いが聞こえてくる。この魔術の詠唱は一〇秒。蔦との距離残り数メートルの段階で詠唱は終わっている。


 大丈夫だよ、と呟いた。



「安心してて――次の瞬間には全部、終わってるから」



 刹那、生み出された炎の刃。その数は八―こちらに向かう蔦と同じ。

 一瞬遅れて、蔦が到達する。ミラたちに四方八方から攻撃をしかけ、直前からそこに存在した炎の刃と接触する。―そして起こった現象をどう表現すれば良いのか。


 接触した蔦は端から炎の刃によって細切れになっていく。炎の刃は回転しながら本体へと進み、そこで合流する。勿論、蔦に比べると硬い本体でさえ切り刻まれる。

 追尾術式を応用した中級魔術だ。短縮詠唱にしつつも一〇秒かかったのは、余分になった魔力を還元する術式を含めたから。その結果消費魔力量は半分の二〇。完璧、とミラはちょっとだけ笑みを溢した。そっと子供に話しかける。


「あなた、ご両親は?」


「……分かんない。遊んでたら、襲われた」


「怪しい人は見た?」


「街に住んでた魔術師の人なら……気持ち悪い感じの笑顔だった」


 子供は実に正直である。名前も訊ねると例の論文の魔術師と一致した。この騒動を引き起こした犯人で決まりだ。ただ、場所は分からない。身体的特徴を把握できたことが収穫だろう。


 街は破壊された建物もあるものの、自衛団がどうにか退けたのか植物の姿はなく無事な場所もある。その辺りに住人が避難していた。

 子供を送り届けると近くの反応へと向かう。感知魔術で周辺を確認した。


(主に......大きい反応が六つと、小さめの反応が一つ。大きい反応が犯人............じゃない)


 詳しく調べてみると大きい反応は魔力が全て膨れ上がったようになっている。対照的に、小さい反応は魔力が安定していた―この特徴は、人だ。すると、膨れ上がって安定しない方が植物だろう。

 ―だが。


(この反応―膨れ上がった結果だとしても、元の魔力は八〇〇前後使われていることになる。それがさっきのを含めて七つ......人間の魔力量じゃない)


 五六〇〇―あり得ない。現在、王国の最高公式記録は七四二だ。かといって、何回もに分けて魔術を行使したというのもあり得ない。魔術暴走の情報が入ったのはついさっきだ。 

 となると残る可能性は一つ。魔石を専用器具を使って魔力に還元するという人体に負担を及ぼさない方法で魔術行使が行われた、というもの。


 その場合、魔石はどこから入手したのかが問題だ。魔石の買い取りには申請が必要になる。ある程度時間が経ってしまうと普通の水準の魔石は効果がなくなるから長期的に少しずつ溜め込んでいった、というのは非現実的だから、最近に大量に揃えられたことになる―だが、かなり話題になるであろうそんな話は聞いていない。


「..................何だか、嫌な予感がする」


 何か、裏にあるような。


 ミラはただでさえ忙しいのに、と眉間をマッサージしながら直近の反応の元へと向かった。



 ―結果として、やはりミラの勘は当たることになる。


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