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その黎明に祈る  作者: 願音
後日談
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傍迷惑な大事件


 アドルフの研究内容。それは、治癒魔術と他体系魔術の併用化である。


 併用化―といっても、複合魔術とは違う。複合魔術は主に同じ体系の魔術―例えば、感知魔術と探索魔術を掛け合わせることで同時発動し、魔力消費量を抑えるものだ。無属性魔術の結界術は体形が異なるものの、数少ない例外である。

 だが、どの魔術も根本から成り立ちが違う、属性魔術と無属性魔術の複合化は不可能とされている。魔素式が違うたけならまだしも、式の成り立ちから違うのだ。結界術と炎魔術が複合できないのはそういう理由である。


 治癒魔術は行使中に他の魔術を発動することはできない。それは、治癒魔術が『魔術』という括りの中でも特異な位置づけをされる魔術だからだ。魔術式、と表現するのか、しないのか―それは研究者の中でもこだわりが表れる部分である。

 結界術には魔術式にいくらか他体系との共通点はあるものの、治癒魔術にはそれがない。普通の魔法文字だけかと思いきやいきなり精霊文字が登場したり、治癒魔術に魔素という概念は関係ないのにそれらしい部分が見られたりする。意味不明なのである。

 治癒魔術を開発した―というより、人類で初めて行使したのは原初の魔女と呼ばれる人物。魔女は魔法だけを扱う規格外の化物、試練を乗り越えた者。他にも条件はあるがとにかく魔術は扱わない。だからその人物が扱っていたのは治癒魔法、と表現すべきもの。治癒魔術はそれを当時の魔術師がどうにか式にしたもの、とされていた。本人もよく理解できておらず、何となくやってみたらできたのだと自伝に遺されている。『自分でも意味が分からないから、とりあえずイメージしながら暗記したのを詠唱すればいい』とは本人談。


 ―とにかく、治癒魔術は怪我をどうにかできる。でも燃費は悪いし血液は補充されないし致命傷だとどうにもならないし効果が怪我に見合わないと体が軽く爆発するし術者が上手くイメージできない病気は逆に悪化するし―問題だらけ。魔術界の問題児と評されることもある。その他にも、使用するための詠唱は長いのに他の魔術をその間扱えないから隙ができる、聖術の知識もある程度ないと重度の怪我には対処できない―など欠点は多々ある。


 そこで、併用である。

 併用、という言葉の意味は『二つ以上のものを同時に使用すること』。


 つまり、アドルフの研究は―何故治癒魔術は他魔術との併用ができないのか、どう工夫すれば併用化できるのか―それらを明らかにし、誰でも実現できるよう改良する、というもの。それが実現したら、素晴らしい偉業。上級魔術師だって楽勝。


 複合魔術までいけなくてもいい。とりあえず同時維持ができるようになればいい。でも、大変な研究にもちょっと挑戦してみたいよなぁ―なんて、困難な研究はそんな緩い感じで始まった。


*_*_*_*_*_*


「―こんなことをしてる場合じゃない!」


 宮廷魔術師の執務室。顔合わせ以来初めての呼び出し。茶菓子を振舞われ、紅茶を頂き、雑談に花を咲かせ―何かがおかしいとアドルフはハッとして机に手を突いた。ミラはキョトンと瞬きをしている。


「どうしたの?」


「いやいやいや、僕だって凄い人に認知されてて嬉しいけど。地位が違っても気安いのはありがたいけど。敬語とかじゃないのは楽だけど!もう一時間も経っているじゃないか」


「あ、ごめんね。お菓子足りなかった?」


「君にはおかしさが満点だと思う。井戸から溢れているのが見えそうだ」


 それだけは断言できる。実家も格が違い、アドルフは協力してもらう立場。中級魔術師と宮廷魔術師では本人同士の地位も違う―でも同期生だから堅苦しいのは無し。それはミラが決めたことである。アドルフが告げた通りその線引きがないのはありがたい。アドルフが素を出しやすい雰囲気作りも。―ありがたくは、あるが。


 ―何かがおかしい。


 それがアドルフの本音だった。


「そうかな?」


 小首を傾げる姿は可憐―だが、アドルフももう流されるわけにはいかない。こっちには研究が二年、三年と長引くと問題しかないのだ。


「僕、お金がギリギリなんだよ……結果が出ずに長引きすぎると破産して魔術師として終わる」


「私的に貸してもいいけど……どれぐらい必要?五億リゼルぐらい?」


「僕を社会的に終わらせる気か」


 若い宮廷魔術師に私的に金を貢がせている、なんて世に出回ればもう魔術師として生きていけない。

 アドルフがツッコむとミラはあはは、と笑った。あまりに長いので笑うところじゃないのに、と思い始めた頃、瞬時に真面目な顔になった。纏う雰囲気まで急変して、それでもクッキーを口に運んだ。

 咀嚼して呑み込むともう一枚手を伸ばそうとしたので貰っておいた。実はこの数年でアドルフはかなり図太くなっている。


 ミラはムッとする仕草を見せつつも声を発する。


「私も考えてはいるよ?いるんだけどね……」


 そして情けない顔になって。大きな声で、言った。



「仕事が忙しくて中々手を付けられない......」



 アドルフは言いやがった、と思ってしまった。内心が顔に漏れ出ていたのか、ミラは体の前でアワアワと手を振る。


「書類作業中に考えてみたの。そうしたら没頭しちゃって……」


「―判子をを全部一〇センチ横に押して、必要のない書類にまで押して、何もない机にも押し続けたんですよね」


「私はもう二度と書類作業中に魔術のことを考えないようにしようと思いました」


 いつもの、いっそ眩しいぐらいの瞳は死んでいた。

 それよりも驚いたのは、真後ろから声が聞こえたことだ。反射的に振り向くと、そこにいたのは大柄な男性。くすんだ色の金髪と少しだけ猫に似た瞳が目を引いた。いつかミラを賭けた決闘で見た―


「......シドラスとかいう奴だ」


「あぁ、決闘を見てたんですか」


「最前列だったよ」


―一〇秒で降参した編入生。

 たまに『一〇秒で惨敗したカッコ悪い奴』と呼ばれていたことは黙っておこうと思った。セレナイト学園ではよく色々可哀想なことを囁かれている有名な生徒がいるのだ。


(決闘で負けたのに秘書になっているのは気になるけど......その辺は触れない方がいいかな)


 本人たちで話がついているならアドルフには関係のないことだ。

 恥ずかしい過去だったのだろうか、目を逸らしつつ頭を掻くシドラスに訊ねる。ミラはいつの間にか紅茶を飲んでいた。


「それより、さっきまでの一時間は何だったんだ?」


 仮説も立てられない程に忙しいのなら、ただお茶をする時間なんて存在しないだろう。アドルフはサボっているのか、と視線を向けた。疑いの目を向けられたミラはから笑い。



「あはは……サボり?」



 アドルフの目が据わった。それはもう、完全に。


*_*_*_*_*_*


 結局、ミラはしばらく机に縛り付けられることになった。研究については休憩時間に進め、有休を活用して回ってくる仕事量を制限することで余裕を作る。アドルフも書類作業を手伝うことになった。

 守秘義務的にどうかと思ったのだが、宮廷魔術師は意外とその辺りが雑なようだった。国家機密案件は大して多くない。漏れ出ると国際問題にも発展するような事案は<従事者>制度を管理する上層部、国王の側近に回されているらしい。―だが、それにしても仕事は多い。

 書類の内容は多岐にわたる。研究所使用の申請、魔術を学ぶための奨学生制度の要求などから縁談の取り持ち、占星術を普及するための天文台の設置など。事務の他にも教育機関への訪問や街の視察などの現場周りの仕事も多々。直接訪問してくる貴族や、他国の王族、魔術師の接待も珍しくない。


 仕事を手伝って思うのは、魔術界の頂点とされる宮廷魔術師はこんなにも国の雑用係化していたのか、ということだった。


「こっちは新体系魔術の論文……添削して欲しいらしいよ」


「新体系?どんな感じ?」


「詳しくは見ていないけど……植物成長魔術?」


「へぇ、植物……」


 無心に判子を押していたミラが興味を持ったように揺れる。伸ばされた手に書類を乗せた。

 論文は用紙七枚。魔術関連ということもあってか目を通し終わるのは早い。最後までキッチリ読んでからミラはため息をついた。論文はパサリと机に投げ出される。


「駄目なのか?」


「駄目というか……式を見てる限りこれ、時間操作魔術だし。行使したら犯罪な上に、分類すると禁則魔術だから新体系ですらないし」


 「実験はしていないよね、流石に……」と呆れた目をするミラを横目に見て、アドルフは書類作業に戻った。

 禁則魔術といえば、使用するだけで死刑になり兼ねない魔術である。人の尊厳を侵しかねない、歴史が改変される可能性がある―など、理由は分類される様々。大体危険な魔術は分類されていたりする。時間操作魔術の他には精神操作魔術、輪廻転生魔術など。輪廻転生魔術、というのは『昔そんな魔術があったかもしれない』と魔術師業界で御伽噺のように語られる魔術である。一五〇〇年以上行使された記録はない―禁則魔術はそれほどに難度が高い。


「時間操作魔術っていっても、不完全な感じもするし……この式だと補完が不十分で暴走するんじゃないかな」


「不完全な感じ?」


 書類に目を通しながら復唱する。

 ミラの能力はずば抜けているはず。術式構築の才能もある。それなのに、『不完全』と言い切れないのだろうか。


「時間をかけたらその点はどうにかできるかもしれないけど……禁則魔術になると最上位魔術並みに難しいものなの。私、<劫火煙>も魔術式を一から構築することはできないから」


「魔術としては成り立たせられない―ってことか」


「人にかけたときに存在が消滅していいなら一応はできる……と思いたいけど」


「何も良くないよ、それ」


 呆れてしまう。つまりは公表の<従事者>である宮廷魔術師に禁則魔術の論文の添削を頼んだ、ということになる。下手をすると逮捕される可能性もある行いだ。

 アドルフの視界にミラが腕を組む姿が見える。基準を満たしてしまうと他体系に分類されるから、属性魔術以外は大抵無属性魔術になるのだそうだ。


「新体系―うん、私には無理かな」


「…………君でも無理なんだ」


「私、全然大したことないよ?」


「君が凡人なら僕はその辺の蛆にすらなれない可能性が―」


 そこまで言ったとき、席を外していたシドラスが執務室に半ば転がり込むように入ってくる。息切れしていて、その顔は焦燥感に満ちていた。声も切羽詰まっている。


「植物成長魔術の論文……既に届いてます?」


「うん。今目を通したところだけど」


(……一体、何があったんだ?)


 その論文は禁則魔術の研究になるから行使すれば犯罪になるはず。そのはずだが、シドラスがここまで焦って廊下を全力疾走してきた、ということは。

 思わず腰を浮かす。


 シドラスが、肩を上下させながら口を開く。



「おれたちの担当地でその魔術師による植物成長魔術暴走が起きてます」



 その報告は、ミラの予感が的中してしまったことを示していた。アドルフは緊張事態の中自分は場違いだな、と感じる。


(……何故か巻き込まれてしまった)


 ―どうして、こんなことになってしまったのだろうか。


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