とある少年の体験録
おかげさまで累計10000PV達成しました。そして、誤字脱字報告ありがとうございました。
本当はミニエピソードをいくつか…という予定でしたが、後日談として長めのお話を投稿することにしました。できるだけ高頻度で頑張ります。
ずっとやめてほしい、と思っていた。どこに行っても自分と比べてクスクス笑われるし、それ以上に自分でも超絶恥ずかしい。こればっかりは本当にやめてほしい。
それが、少年の思いだった。
少年の名前はアドルフ・ディーゼル。
平民の、所謂普通で平凡な少年。木の棒を手にいれたら友人と遊んで、学校で赤点をとらないぐらいには勉強する―そんな『普通』を当たり前として生きてきた。
アドルフ―つまり、『高貴なる狼』。
全くもって似合わない。どこが高貴だ。狼になんかなれない。名前が立派すぎるだろう。初代国王の名前と同じなんて釣り合わないどころじゃない。
―これは、そんな『普通』が幸せな少年の体験録である。
*_*_*_*_*_*
アドルフは日記をつけ終わった。今日の内容は、セレナイト学園合格である。両親が卒業すれば将来には困らないから、と勧めてきたので受けてみたら見事に平均点ピッタリだった。
「こんな偶然があるとは思ってなかったけど」
両親は喜び勇んでいる。一応、拒否するつもりはないが行きたくないと言えば残念な顔をするだろう。学費はタダ。基本的にお金はかからないから、弊害といえば家の手伝いができなくなるぐらいだろうか。三年ぐらいあれば弟も妹も大きくなるだろうから、魔術師として就職することになるのかもしれない。
頬を指で掻く。椅子の背凭れに体を預けた。
「でもそっちの方が親孝行にはなるか......?」
王都の近郊で農業をしているより、魔術師の方が稼げるだろう。それなら、悪いことは一つもない。
日記に加筆しておくことにした。
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そして入学式当日。アドルフは制服を着て汽車の席に座っていた。昨日は中々寝られなかった。ふわぁ、と欠伸をして船を漕いでいると、個室に入ってくる人物がいた。個室といっても誰でも使える四人がけ。入り口側の壁はガラス張りだから他人が同じ個室に座ることも多い。
とはいえ、チラリと視線を向けた。それこそ不良、というような人物なら逃げたいし、自分が場所を広く使ってしまっていないか確認したかったからだ。
(............セレナイト学園の生徒かな)
身に付けているのは制服だから間違いないだろう。
その少女はスレンダーなタイプ。若干赤がかった黒髪が特徴的だ。恐ろしい程整った顔に年相応の可愛らしさを纏っている―つまりは、かなりの美少女。だが、何故か目は死んでいる。
(お貴族様だろうな)
動きが平民のそれとは違う。それとなく薄目で眺めていると彼女は口元を押さえた。うぅ、と呻くと固く目を瞑る。お貴族様の動きじゃない。
吐きそうなのだろうか、と思った。思ったのだが、酔って気持ちが悪いときに知らない男に話しかけられたら鬱陶しく感じられてしまうのでは、という不安が頭を過る。組んでいた腕をほどくと、目を普通に開けた。
「..................」
どうやら、少女は声をかけるべきか迷っている間に寝てしまったらしい。もう大丈夫そうだ。その口元は薄く微笑んでいる。
アドルフはほっと息をついた。それを境に眠気がぶり返してきたのを感じて一つ、欠伸を落とす。降車駅まではあと三分だ。寝ていれば乗り過ごしてしまうだろう。
(座っているから眠くなるのかもしれない)
立っていればまず寝られないから安心だろう。アドルフは荷物を持って静かに立ち上がると個室から出て後ろ手に扉を閉める。
ちょうどその時ガタン、と列車が揺れた。
アドルフが一歩踏み出したとき、どこからか声が聞こえてくる。
「夏の長期休暇......帰らないとなぁ」
しょうがなく、という風のどこかの普通の少女の声だ。誰かは分からない。おそらくセレナイト学園の女子生徒だろうが、どんな姿なのか、どんな人生を歩んできたのか、どんな人間なのか―それは分からない。
でも―
「......どこの誰かも分からないのに」
―不思議なことに、アドルフはその声にすっかり魅了されていた。恋愛感情ではない。これは、なにか手の届かない眩いものに憧れるような。そんな崇拝じみた思い。
いつか会えるだろうか、と考えながら汽車を降りる。
きっと、声さえ聞けば絶対に解るだろう。
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そして目まぐるしく入学してからの日々は過ぎ―初めての定期試験の点数発表。一二〇〇点は無理だろうが、緊張するものは緊張する。不安なことがあると寝つきが悪くなるアドルフは見事に寝坊し、遅れて発表を確認することになった。
掲示板を探す。名前はなかった。予想通りの結果に肩を落としつつ何とはなしに文字に目を走らせていく。
そして辿り着いた総合一位。その人物の所属にアドルフは喉がヒ、とひきつるのを感じた。
魔術実技科目、二八〇点第三位。魔術座学科目、二八四点第四位。一般座学科目、二九〇点第二位。術式構築科目、二六六点第二位。応用技術科目、三〇〇点第一位。
総合五科目、一四二〇点第一位。
第一〇階位 ミラ・バーバラン
「......第一〇階位」
同じクラスじゃないか、と息を呑む。新入生のミラという少女が学園一番の実力を示している。
「誰なんだろう」
同じクラスならアドルフも既に見かけているのだろうか。汽車での黒髪の少女は教室の反対側の席にいるのがチラリと見えた。でも食堂でも廊下でも教室でもミラという少女もあの声の少女も今どこにいるのか知らない。
アドルフはきっと今回は昇格できないだろう。でも一〇階の人間が少し減れば分かりやすくなるだろう、と思った。
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そして学園祭当日。合宿のことは思い出したくもない。
アドルフは現在八階位。九月入学で八階位なら充分許容範囲だろう。三年かけて卒業するケースもある。早い人間はもっと早いようだが。そういう人間はただの天才なのだ。
「まぁ、僕らは完全に凡人だけど」
「何だとぅ?俺を一緒にしないで貰いたいな」
「一緒じゃないか。昇格速度まで」
実技のレベルも一緒である。座学科目はアドルフの方がやや得意だから総合順位は少し離れるものの実力的には同程度だ。
ガックリと肩を落とす様子を横目で見ながら寮へ。友人とは部屋も隣だ。先程の劇を思い出す。
「それにしても、劇はすごかったな」
「俺」
演出の魔術を合わせた素晴らしい劇。それに対しての言葉なのに自身を指差す友人につい笑ってしまう。
「道端の木だろ」
しかも、後ろ向きで顔は見えない。ただの置物の木に、それが倒れないよう重しを入れたのである。
その事に再び大笑いすると舌打ちされた。友人が不貞腐れたように唇を尖らせる。
「伝えなけりゃよかったな」
「どっちにしろ観に行く予定だったよ。その場合、迷わずお前を誘っただろうし」
笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら口にしたら、友人は何やら微妙な顔をする。目を瞬かせた。
「どうかしたのか?」
「いや、別に......」
ただ、と言葉が付け足される。
「......無自覚なタラシだなと思ってな。どうして女共にやらないんだか」
だがそれがアドルフに届くことはなかった。先程通過してきた方方向で大きな歓声が上がったからだ。アドルフは何だ何だと目を向ける。
難聴系主人公のように話を聞かない様子に友人は呆れ返った。寮の廊下の窓から身を乗り出すアドルフに。
「てか、お前は―」
「――っ!!」
アドルフの目はキラキラだった。輝いていた。視線の先には、白い粒子がある。
白い炎が大きく立ち上がると魔術披露大会の会場をグルリと巡って宵闇の空で消えていく。術が消え、美しい夜空だけが残ってもその余韻に浸っていたくなる―そんな魔術。
「............すっげ」
隣からも感嘆の息が聞こえてくる。アドルフは声を上げることすらできないまましばらく夜空を眺めていた。
アドルフは炎属性ではない。でも、それが何の魔術なのか分かる。なぜなら、難易度が高いことで有名だからだ。
炎系統特級魔術第二目<光芒淵>。
こんなにも、美しいものなんて。
ほぅっと息を吐く。ゆらりと視線を下げたとき、寮に生徒が少しずつ戻ってきたのが分かった。ガヤガヤとした気配に友人の腕を引いて歩き出す。未だに呆けている友人を部屋に放り込んで自室へ。
迷わず日記を開いた。忘れないうちにあの魔術を記録しておこうと思った。あの魔術を行使したのはかの有名なミラ・バーバランらしい。自分と同時期に入学して既に五階位。凄いどころの話ではない。
余すところなく記載して、アドルフは吐息―して、唖然とする。
「…………今日、その人のことしか書いていない」
なんだ、これは―恋をしているみたいじゃないか。
(僕が、バーバラン様に?いやいやいや、会ったことないし)
顔を見たこともないし声を聞いたこともないし認知されてすらいないのに、恋慕しているのだろうか。あり得ない、と思う。ただ、傍から見えればそうとしか言えない、というだけで。
誰に問い詰められている訳でもなく、首をブンブンと振る。日記はやっぱり書き直すことにした。友人にでも見られたら恥ずかしくて憤死するだろう。
*_*_*_*_*_*
学園祭の後、決闘事件があって(アドルフは最前列で見ていた)、<漆桶の魔手>一斉摘発があって、魔法交戦大会があって(アドルフは風邪で寝込んでいた)、襲撃事件があって(解決してから目覚めた)、卒業式があった。その卒業式でミラ・バーバランは学園を去ったらしい。入れ替わりで問題児が入学し、襲撃事件において大きな働きをした生徒は主にその半年後卒業した。そして二年後。
アドルフは、ピッタリ三年でセレナイト学園を卒業した。どちらかといえば、ゆっくりなペース。途中で専攻したいテーマを見つけられたからただ遅いわけでもなかったが。
魔術組合に就職し、運良く中級魔術師になれた。そして学生時代に見つけたテーマについて研究を始めようとしたとき、アドルフはあることに気付く。
―研究費用が足りない。
その時はなんてことだ、と呻いた。色々と調べて魔術組合で補助を受けられると知ったときは泣くかと思った。ようやく研究に没頭できると思った。そして、補助制度登録に魔術組合を訪れて、出会った。何故か妙に滅茶苦茶いきいきとした人。ケイティ・リルグニストというらしい。アドルフが寝過ごした襲撃事件で活躍した人なので緊張した。
「私、セレナイト学園を卒業していまして。専攻していたわけではありませんがその研究がどれ程難しいことなのか......よく分かります。それで、どうでしょう?援助の他に共同研究者を紹介できますが」
聞いてみれば破格の条件。好条件すぎて若干及び腰になった。
「............ちなみに、共同研究者というのはどのような方でしょうか」
「あなたも知っていると思いますよ」
「少なくとも上級魔術師......と考えてもよろしいでしょうか」
そう言うと笑われる。失態失態、と先程までとは違う年相応の笑みを溢しながら彼女は告げる。
「ミラ・バーバラン......宮廷魔術師ならどうでしょう?」
アドルフは見事にぽっかーん、と口を広げて愕然とし、またケイティに大笑いされてしまった。
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そして訪れた顔合わせの日。アドルフは宮廷魔術師と初めて顔を合わせるとあって緊張でガチガチだった。震えながら準備をし、相手の指定先のバイキングレストランで待っていると従業員に声を掛けられる。
「アドルフ様で間違いないでしょうか」
「え?……あぁ、そうです」
示されたのは客席の方。
「まだ予約時間にはなっておりませんが……相手の方がもう着席しております」
ミラからアドルフの特徴を聞いていたらしい。緑の宝石のピンをどこかに身に着けておいて欲しい、と書面で伝えてきたのも彼女だったか。符丁だったようだ。指定されたテーブルは二〇番。
大きいテーブルには料理がたくさん並べられている。戸惑いつつ席に着いた。ソワソワしながらミラを待つ。
(失礼はないよな)
ないはずだ。多分きっとおそらく絶対ないはずだ。―俯きながらそう何度も呟いていると、テーブルにコトリ、と皿が置かれた。ハッとして顔を上げる。
いつぶりかの、声が聞こえてくる。
赤の混じったショートカットの黒髪と少女から女性への過渡期のような幼さも含んだ声に憧憬があふれ出す。
「ごめんなさい。私、待ちきれなくて............ってもしかして、私と汽車で会ったことがある?」
問いかけながらも確信はあるようで、敬語ではない。教室でも見たことがあったのだろう―アドルフと同時期入学したことだって彼女はきっと覚えていた。
小さく首をかしげ、整った顔を花が咲いたかのような笑顔で彩って。
アドルフは頷いて、口を開く。内心、どうしよう、と叫んだ。
憧れていた子が宮廷魔術師で吐きそうだった女の子で覚えられていた。
(そんなの、日記に収まりきらないじゃないか)




