到達点にて
翌日。ミラは単身王都中央部へ。汽車から口を押さえながら出てくると、ややふらつきながら学園に向かう。セレナイト魔術学園の最寄り駅のためか、ミラと同年代の少年少女が同じ方向へと進む。全員、受験生だ。
何となく周囲を眺めていると、自分だけあるものを持っていないことに気付く。バタバタと自分の荷物を確認して、息を呑んだ。
「......杖忘れた」
試験開始時間が迫っているので足だけは止めず、流れに沿って進みながら顔を青ざめさせる。ドロシーの伝手で借りた杖は自室に忘れてきてしまっていた。
通り沿いにある店はまだ閉まっている。大したお金も持ってきていないので、新しいものは買えない。
アワアワとしている間に、学園が見えてくる。回りを意味もなく見渡していると、灰髪の少年が目に入った。彼も杖を持っていない。学園の正面玄関の脇で立ち止まる。受験票を握りしめているから、受験者なのは間違いない。
「......あの」
何故か気になって、近寄り話しかける。少年は俯いていた顔をあげる。訝しげに形のよい眉を跳ねた。
「誰だ?」
貴族の子息ではないようだった。ミラは馴染み薄い異性との会話にやや緊張しながら言葉を続ける。
「貴方も、受験生?」
「だったら何だ」
「......どうして杖持ってないの?」
「......杖?」
問いかけると少年は唖然とする。手元を一度見ると、周囲を確認。自分と目の前の少女だけ杖を持っていないことを確かめる。
そしてミラに視線を戻し、既に知っている情報を伝えてくる。
「忘れた」
「それは見たらわかるけど」
「カモフラージュで用意しといたのに......」と何やら聞き取れない大きさの声で呟く彼に呆れ顔で言うと、再度問われる。
「それよりお前、誰だよ」
「受験生だよ。貴方と同じ」
「同じって......」
不意に少年の纏う雰囲気が鋭くなるが、すぐに霧散する。少し殺気に似ている気がしたが、少し違う。どちらかというと『警戒』に近い気がしてミラは戸惑う。
「......まぁ、こんな間抜けそうな奴は違うか」
「失礼じゃない?」
「事実だろ。杖も忘れてる」
「貴方もでしょ!!」
ムキになって言い返す。少年も段々とヒートアップしてきたのか、もたれていた壁から背中を離す。
「俺は違う」
「何も違わないじゃない」
「......いらねぇ」
「......へ?」
目をパチパチと瞬かせる。少年は次の瞬間、驚きの言葉を口にした。
「俺は杖なんかいらねぇ!!」
そう吐き捨てると、学園の中に入っていってしまう。自分も入り口に足を向ける。もう迷うことはなかった。
まぁ杖なくてもほぼいつも通り魔力は練れるだろうしいいか、と思ったのである。
*_*_*_*_*_*
「―試験終了。答案用紙を裏返しにして前に回せ」
試験官の号令に受験者全員が黙って従う。ミラも周囲と合わせながら、ドロシーが作成した模擬試験とあまり変わらない問題だったことに安堵する。そして、内心首を傾げた。
(ずっと感じてたこの違和感......魔力吸収されてるみたいな?)
試験が始まって数分で気付いた。地味に魔力が削られていくのを感じたため、一応抵抗しながら試験を受けていた。意識からは追い出していたが、何かおかしい。
(この後実技試験......だからっ?)
これも実技試験のうちということだろうか。
魔力吸収に気付けるか、抵抗できるか。途中で気付いたとしても、その後の実技試験で減った魔力を工夫して補えるか。
実際、学園に入るときに確認で魔力計測をして本人証明をしている。実技試験の直前にも計測するらしいので、どれくらい魔力が減ったかも考慮されるのだろう。
成程、確かに実力を試すことができる。
毎年同じことをしていては対策をとられてしまうことから、セレナイト魔術学園では十数年単位のローテーションでこの特殊試験が行われている。
ミラは魔力操作ばっかりしていたので、魔力には敏感。運が良い試験だった。
「確認作業を終了した。この後、実技試験となる。職員の指示に従い、訓練所へ向かえ」
試験官は腕時計をチラリと見ると、教室内の全員を睥睨してから出ていった。しばらくすると再び扉が開き、柔和そうな職員が入ってくる。
「これから、魔力計測に入らせていただきますので、みなさん教室から移動するときに魔導具に触れていってくださいねぇ」
そして浮かべた笑みに、教室内の雰囲気が弛緩する。筆記用具を片付けていて見ていなかったミラはいきなり変化した周囲に動揺した。
(なんか緩くなった?!周りの魔力が凄い勢いで吸い込まれてくのが集中しなくても分かるんだけどっ!!)
戦慄しながらキョロキョロすると、職員が何か魔力を消費しているのが何となく分かった。半分は魔力操作訓練の恩恵、もう半分は直感。何かしらの魔術を使っているのだろう。―おそらく、精神干渉魔術。
精神操作魔術は完全に禁則魔術とされるが、精神干渉魔術は珍しい分類をされる魔術だ。
中級までだと無属性魔術に分類。上級以上だと研究以外は罪人の尋問など限られた場面でしか使用が許可されない禁則魔術となる。魔術に関してかなりの権限を持つ宮廷魔術師でさえ事前許可が必要なのだ。
ここはセレナイト魔術学園。流石というべきか、他人に害を及ぼさない魔術なら使用は許可されている。何か問題が起こっても対処できる自信があるのだろう。
「............ふぅん」
小さな声で素早く詠唱をして、感知魔術を発動する。魔力吸収の仕組みと精神干渉魔術の術式を読み取ると、感嘆の吐息を漏らした。
(凄い出来......ここ、生まれちゃう余分も式に上手く組み込んでる)
「八九三番」
ミラの受験番号が呼ばれ、立ち上がる。未だに魔力を消費しながらニコニコと笑い続けている職員に近付き、魔力を計測しながら笑いかけた。小声で言葉を発する。
「魔力吸収も、精神干渉魔術も、完璧ですね!!私、凄く参考になりました!!」
「え?」
魔力値が出たことに気付いて、笑みを崩し唖然とする女性職員に会釈をするとミラは訓練所―実技試験に向かっていった。
ミラは知るよしもないことだが、ボソリと呟かれた声が教室に生まれ落ちる。
「......なんかヤバイ子いる」
―実にその通りである。
*_*_*_*_*_*
「これより、実技試験を始める。各自、用意―始め」
拡声の魔術で行われた合図に従って総勢一三〇〇人強の受験者が一斉に魔力を練り始める。
だだっ広い訓練所には、受験者の数だけの的がある。特殊な感知魔術の付与が施されていて、それで記録を行い後程精査するらしい。不正行為を防ぐためか魔術式は隠蔽されているせいで仕組みは全くといっていいほど分からない。だが、治癒魔術や飛行魔術、占星術まで全ての技を記録するというのだから物凄い技術なのだと思い知らされる。
『あたしより凄い人間なんてゴロゴロ転がってる』
ピント来なかったドロシーの言葉がようやく理解できる。上を見上げれば見通せるのに、キリがない。
(属性転換、氷......座標固定、魔力圧縮)
魔術式を脳内で構築して、短縮詠唱を口にする。氷の矢が的に飛んでいって砕け散る。そんなイメージをして、詠唱が終わると同時に魔力放出。
「......一つ目は、良し」
小さく呟いて、次の魔術の準備をする。
次に組み立てるのは、結界と感知魔術の複合魔術。上級魔術を越える難易度だから、かなりの点が入るはず。自然と、ミラの集中力も高まる。
(時間は予想より短縮できてるから、アレにも挑戦できる)
二級結界に迂回術式を挿入し、感知魔術を機能させる。二つ目の魔術も大成功。魔力は三分の二は余っている。時間も、あと三分半。かなりの節約が出来ていた。
「これならいけるはず。今日絶好調だ、私」
呟いて、目を瞑る。思い描くのは、ドロシーに頼み込んで見せてもらった魔術。繊細で、美しく、無駄がなくて完璧な芸術作品。
(全部、思い出せ。あの陶酔を、熱狂を、寸分違わず再現する)
位置、角度、速さ。式はより綺麗に、汚れを知らない雪のように。一つ一つ音を噛み締めるように詠唱して、的を見る。
―的だけを見る。あの日のように。
そうして、同じ軌道で完璧に模倣した魔術を作り上げる。三分ほどの詠唱を終えると、見せてもらったときと同じように―
右手の指をスッと振り下ろす。無機質なミラの瞳に的だけが映り込む。
―それはさながら、指揮棒のように。
―あるいは、処刑を宣告する剣のように。
そして宣言した。口にするのは、特級魔術以上についた魔術を讃える儀礼詠唱。
「―穿て、<火寵焔>」
瞬間。
ミラの周囲を渦巻くように生まれた炎が爆発的に増殖しながら的に向かっていく。そして、張られてあった一級防御結界を破壊する。魔力反発性の高い素材で作られた的を破壊する直前で魔術が霧散するが、特級魔術としても充分な威力。
大きな音で笛が鳴り、試験の終了を告げる。
魔力はすっからかんだった。脳を使いすぎて、知恵熱が出ているのか、もしくは、魔力副作用か。どちらかは分からないが、体がぼうっと熱を持っている。
出口に向かいながら漠然と、ミラは感じとる。そして、振り返る。
未だ実感が乏しい、炎系統特級魔術第三目<火寵焔>。それが持つ傲慢なまでの美しさと、威力。
「―やっと、ここまで来れた」
指示に従いつつ、噛み締めるように学園をあとにする。すぐにやってきた汽車に乗り込んでミラは屋敷へと戻った。
*_*_*_*_*_*
その日の夜、セレナイト魔術学園にて。
「これより実技試験の講評を始める。振り分けにより、ある程度の合格者は決定しているが、何かある者は?」
学園の理事長が講評会の開催を宣言すると、すぐにほぼ全員の教員が手を挙げた。理事長が近い者から指名していく。
まず指名されたのは、堅い雰囲気を纏う男性職員。
「特殊試験に気付いていたのは五人でしたね。その後の精神干渉魔術には気付かずも魔力吸収に抵抗していたのは四人。そして......」
男性職員が口ごもると、その左に座る柔らかな笑みを浮かべた女性が発言の許可をとって話し出す。
「一人、全てに気付いた上で指摘してきた受験生がいましたねぇ。特殊試験の計五〇点はその子に加点し、他の四人には二〇点を加えて頂けますか」
「よかろう」
そして、次の職員が指名される。
「実技試験の方は主に想定通りでしたが、数人それを上回りました。平均は五九点と年々低くなってきております。最高点は―百点」
少しの間を持たせて告げられた言葉に、その隣の職員が目を見開く。校長だった。
「満点が出たのか?」
「はい。その生徒は筆記試験、特殊試験共に満点をとっております。史上初の満点合格に―」
セレナイト魔術学園の講評会と共に、夜はまだ続いていく。