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その黎明に祈る  作者: 願音
決着編
65/73

星に願いを


 晴天だった。天気も、心も。


「―あなたは病める時も、健やかなる時も、悲しみ深い時も、喜びに充ちた時も―」


 そんな、幼い頃から何度夢見たか分からない誓いの言葉。王都で最も大きな教会で行われる結婚式では、セーラス家、イードル家の親類の他にも二人の知り合いが何人か出席している。たくさんの人に自分の晴れ姿を見せるのは面映いものがあった。

 フランツェルは緊張と高揚にソワソワと視線を動かしながら時を待つ。


「互いに愛し、敬い、慰め、助け―」


 チラリ、と目の前の青年を見上げる。

 くすんだ茶髪も、一筋の紫色の髪も、綺麗に整えられていた。細身ながらも意外と筋肉質な体を今日のために仕立てた礼服に包み、フィンレストは幸せそうに微笑んでいる。首元の金色のヒヤシンスの刺繍が妙に色っぽい。


 彼の瞳に、フランツェルが、フランツェルだけが映っている。


 ―素直に、嬉しい、と思えた。


 彼のことが好きになったのはいつだっただろうか。一目惚れだった気もすれば、彼の笑顔を初めて見た時だった気もする。両想いだったのだと分かったのは襲撃事件の時だ。そうなると、案外あの日も悪いものじゃなかったように感じる。


「共に過ごし、尽くし、祈り―」


 フィンレストが呟く。「綺麗だ」と。フランツェルは先程見た鏡を思い出した。

 長く伸ばした淡い藍色の髪、ヒヤシンスの瞳。エンパイアラインの純白のドレス。腰の後ろで結んだリボンは紫だ。


 あなた色に染まる、じゃない。フランツェルはもう既に、フィンレストだけに染まっているのだから。


「その命在る限り、愛を以て助け合うことを誓いますか?」


 あい、と口の中だけで呟く。ちゃんと愛せるだろうか。こんなに駄目な、自分でも。―でも。



「誓います」



 その真摯な声に不安が全て吹き飛ぶ。きっと大丈夫だ、と確信した。

 こちとら、片想い歴一〇年。ずっとずっと、フィンレストのことだけを見つめ、恋という感情を抱き、思いを育ててきた。それが愛だと呼ばず何だと言うのか。



 今日、これから、フランツェルの願いが叶う。



「誓います」



 告げる、言葉は震えていた。もう緊張なんてしていない。緊張している場合じゃない。これは全部、歓喜からできている。

 フランツェルの誓いの言葉にフィンレストがそっと目を細める。これは心が動いているときの仕草だと知っているから、こちらまで嬉しくなる。


 指輪を嵌める工程を経て、手をぼんやりと眺めていると、フィンレストがこちらに一歩近づいた。

 工程には無かった動作だったがあまりにも、それが当たり前だと言わんばかりの自然体な動きに誰もが呆けているだけだった。


 微かに、リップ音。


「―――――っ?!」


 本来なら額にするはずだった口づけ。それが唇に落とされて、フランツェルは結婚式の途中にも関わらず、思わず呻いてしまった。


 ―こんなのは反則だ、と。


*_*_*_*_*_*


 そして披露宴。結婚式では実家に縁がある者も参加していたが、披露宴ではその中でも特に関係性が深い数十人だけになっている。フランツェルもフィンレストも少人数での披露宴を希望したのだ。二人は最初に両家の人間から対応し、今はセレナイト学園の知り合いや同僚と雑談していた。

 目の前にいるのは、パサパサの茶髪を纏めた女性だ。魔術師の正装をしている。


「本当に結婚したんだな、お前ら」


 ふーん、と言いたげな顔。結婚にあんまり興味は無さそうだった。来てくれるか一番心配だった人である。一応、教え子ということで仕事が休みの日を狙ったからか来てくれたようだ。

 フィンレストが頭を下げる。


「レベッカ先生にはお世話になりました……合宿のクラス分けとか」


「あら、フィン。何の話?」


「何でもないよ、フランツェル」


 レベッカに頼み込んでシレっと同じクラスにしてもらっていたフィンレストは、やんわりと首を振る。フランツェルは訳が分からず首を小さく傾げた。

 レベッカが煙草を懐から取り出して―披露宴に煙草を持ち込むのは意味が分からないが―火をつけようとして思いとどまる。そのまま、また同じ場所に戻した。


「今だから言うが正直、フランツェルが卒業するとは思っていなかったんだがな」


「フランもそうです。ミラのおかげよ」


 フランツェルは、自分のことのように胸を張る。レベッカはあー、と記憶を辿る動作をした。


「特別課題で紹介してやったんだったか」


「先生には感謝しています。頼み込んでよかった」


「お前、フィンレスト。あんまり言うなよ?」


 フランツェルは何やら裏がありそうな会話をする二人に再び首をひねる。全く事情が分からない。不思議に思っている間に二人の会話が進んだ。

 レベッカが右手を上げて歩いていく。


「じゃあな」


 その頃になって、ようやくフランツェルはハッとする。慌てて声を上げた。


「本当に、本当に、お世話になりましたっ」


 返事はない。でも、ちゃんと届いたと分かった。

 次にやって来たのはフレデリカだ。何故かかなり嫌そうな顔をしている。フィンレストは別の客と話している。


「おめでと」


「えぇ、ありがとう......って今日、かなり様子がおかしいわよ。どうしたの?」


 訊ねるとフレデリカは信じられないものを見るような顔になった。


「分かってて言ってるなら性格が悪すぎる」


「え、何のことなの?」


「別に」


 かなり嫌なのかそっけなく告げると披露宴から去っていく。小さく、呟きが残された。


「末長くお幸せに」


「..................そうさせてもらうわよ」


 ボソリと口にする。フレデリカは実家も魔法交戦大会も仕事も関わりがあったから招待したのだが。

 やっぱり、何故かイラッとした。その理由は検討もつかないが、フランツェルとフレデリカはそりが合わない―それだけは確かだろう。


 ふぅ、と手元を見てため息をついたとき、披露宴で最も聞きたかった声が聞こえてくる。


「フラン」


「......ミラっ?!どうして―」


 ミラはえへへ、と照れくさそうに笑う。頬を掻く動作で手首のブレスレットの輝石が赤く光った。

 細いシルエットの、体のラインにフィットするデザインのドレス。腕の部分では薄い東雲色のレースを何枚も重ねている。ミラのスレンダーな体型を活かしたドレスになっていた。



「応援隊隊長としてやっぱり外せないと思って――来ちゃった」



*_*_*_*_*_*


 ミラはコッソリと会場に入った。今日は仕事の予定だったとはいえ、招待状は貰っていた。だから騒がれることなく中に入る。

 部屋の内装は、貴族の披露宴にしては簡素。ただ、簡素とはいえ十分に凝ったものである。料理もお洒落で、一流料理人に依頼したのだろう、どれも美味しそうだった。


「最初から挨拶しにいくつもりだったけど......少しぐらいは、いいよね?」


 食欲に負けて着席。五分ほど黙々と食事を続け、しばらくしてフォークを置いた。美味しかったです、と料理人に敬意を払って立ち上がる。

 フランツェルたちの席へと向かった。


 ため息をつく、彼女に声をかける。


「フラン」


「......ミラっ?!どうして―」


 見張られたヒヤシンスの瞳に口元をそっと緩める。照れくさいものがあって、左手で頬を掻いた。えへへ、と誤魔化すように笑う。


「応援隊隊長としてやっぱり外せないと思って――来ちゃった」


「来ちゃった、じゃないわよ......嬉しいけど、仕事があると言っていたのはどうなったのかしら」


 ジト目の質問に、ミラは事情を話す。


「少し前なんだけど、ケイティさん......師匠の妹が訪ねてきて、とある共同研究を持ち掛けられたの。それを、今日の仕事の代理をしてもらうことを条件に受けたんだ」


「あの子ね......大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないかな」


「他人事すぎるわよ」


 実際、ケイティはドロシーの名前を使ってミラを口説こうとしていた。だが、ミラが条件を一つ守るなら構わない、と了承してしまったのでゴリ押し戦法も何も使えなかったのである。ミラは預かり知らぬことだが、最善の対応を無意識にとっていた。


 改めてフランツェルをよく観察する。


 学園にいた頃と比べ、長く伸びた淡い藍髪。いつも頭に結っていた鮮やかな赤のリボンは変わらず使われている。エンパイアラインのドレスはフランツェルの小柄な体型を引き立たせていた。ハイウエストでストンと落ちるスカートが可憐さを漂わせる。ヒヤシンスの瞳だけがあの頃と変わらず華やかに輝いていた。

 誰もが美しい花嫁だ、と口を揃えて言うだろう。そう予想して頷く。


「綺麗だね」


「今日のミラに言われても嫌味にしか思えないのだけれど」


「え?それは分からないけど......少なくとも、今日この日に一番綺麗なのはフランツェル(花嫁さん)に決まってると思うけど?」


 ミラも今日のために色々と準備をした。それなりには見えるだろうが、それでも主役の花嫁には誰であろうと敵わないだろう。フランツェルはその上素材がいいタイプでもある。自己肯定感は低いようだが。

 フランツェルがむぅ、と押し黙る。言葉が見つからないのだろうか。

 見守っていると横からフィンレストが会話に参加した。


「君の参加に感謝しよう」


「いえいえ。隊長として当たり前のことですから!」


「そういえば言っていたね、そんな会......隊員はいるのかい?」


「............隊員は」


 すぐに、脳裏に一人の少年が甦る。ミラが声のトーンを落とすと、フィンレストがハッとしたような顔になる。眉が少し下がった。


「ごめん、無神経だった」


「ううん。いいよ、全然......昔のことを思い出していただけで、もう私にとっては乗り越えた過去だから」


 謝罪に首を振って本心を告げ、大きい窓から空を眺める。披露宴も終わりに近付いてきた。空にはたくさんの星が瞬いている。様々な輝きを放つ星たちは、どれほど遠くにいるのだろう。

 ミラは満天の星空を視界いっぱいに映して笑った。



「今の私の願いは、私を救ってくれた皆に恩返しをすることなんだよ」



 フランツェルとフィンレストが息を漏らす。その『皆』の中には二人も含まれている。ミラは心の中でそっと謝罪した。


(ごめんね、フラン......今だけ、主役にならせて)


 物語の、主人公に。星に願いを捧げるのはいつだって、主人公だけだから。


 辿り着いたその場所(黎明)で、星に願いを。


 ミラの物語は、これからも続いていく。



 次話、完結です。


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