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その黎明に祈る  作者: 願音
決着編
63/73

貸し一つ


 水の球が、墜落した。ビシャッ、と潰れて地面に水溜まりを作る。もう何度失敗したか分からない。術式構築を繰り返してばかりの頭は少しクラクラするし、詠唱で口の中が乾いている。それでも、続ける。

 成功するまではやめられない。成功したとしてまだ足りない、と。


「……これで、よし。発射…………また、失敗」


 魔力精製の水だけでなく、汗も地面に滴り落ちる。眉根をギュッと寄せた。涙を静かに堪える。


「………………できない」


 水魔術は飛来させるのが難しい。整形や付与は簡単なのに、自分から離そうとすると制御を急に失う。だから、水属性の魔術師というと戦闘専門は珍しかった。土属性と同じである。自分はまだ十一歳。訓練を始めて一年半しか経っていない初心者ができないのは当たり前―そう、分かってはいるのだが。


「母上は絶対、できたのに」


 ―母なら、きっとできたはずだ。母は宮廷魔術師候補、とまで謳われたほどの水属性を操る腕前を持っていた。魔力量は三〇五。魔力計測から約半年後にあった入学試験を受け、その後一年でセレナイト学園を卒業した。数年前、他国での護衛任務中に三六歳という若さで行方不明命になった。未だ安否は分かっていないが、強くて優しい人だった。


 ずっと言われていることがある。

 『長女は不吉、次女は無能』。両親と違って()()()の姉は、才能こそあるものの『不吉』と評される。母と同じで水属性の少女は、才能がない―『無能』だと評される。

 おそらく、セレナイト学園を受験することはない。待っているのは計略結婚だ。


 握っていた杖から手を放す。地面と当たって鳴るはずの音は―聞こえない。ハッとして伏せていた顔を上げた。少し離れた所でこちらを見ていたのは。


「…………下手くそね……」


「姉上っ?!」


 エムリナ・ルーティング。

 濡羽色の髪と、黒真珠のような瞳。いかにも陰鬱そうな雰囲気を全身に漂わせて嫌味を口にする。闇属性ほど彼女に相応しいものもない。愛読書である『黒魔術の盃』を小脇に抱え、シーラが落とした杖を闇魔法で受け止めていた。この間の九月の卒業試験でセレナイト学園を首席卒業した天才―母と、同じ。

 なにも親子だからといって、それぞれいい部分と悪い部分を引き継がなくてもいいのに、と何度思ったろうか。


 エムリナは目を細めて口を開く。


「…………もう一度」


 促されるままに杖を構えて、術式構築。詠唱の段階を経て、練った魔力で水球を作り出す。的まで飛ばそうとして―三メートルぐらいで地面に落ちる。それを見ていたエムリナがはぁ、と憂いの籠ったため息をついた。


「…………目も当てられないわね……」


「……姉上には分からないよ」


 ―だって、天才だもの。

 心の中で愚痴を溢す。普段顔を合わせすらしないエムリナは、何をしに来たのか。最近も日中にこの練習場所に来ることはない。訓練はしているらしいが、真夜中に一人でここを訪れているようだ。


 シーラが俯いて言った言葉に、エムリナは再度ため息。息を吐いて、また吸うと近付いてきた。杖を代わりに手に持つと的に向ける。そして、解説を始めた。


「…………魔力制御に慣れていないのなら、術式構築と詠唱を終えてから魔力を練った方がいいわ……出来ないことを一気にやろうとするから失敗するのよ…………」


 言い終わると同時に詠唱。初級魔術の詠唱は五秒前後だ。終わると同時に、丁寧に魔力が練られた。それが終わると一切のタイムラグなしに魔術が飛ぶ。数秒の間に極限まで圧縮された闇属性初級魔術は物凄いスピードで吹っ飛んでいき、的を貫いた。しばらく直線に進んでその奥の地面に跡を作る。


 綺麗で、完璧な魔術。

 出来るようになりたい。エムリナのように、美しく。


 そう思った。だから、「それ、わたしに教えてくれる?」と訊ねようとしたとき―



「―あっ!エリー、ここにいたんだっ」



―突然割り込んだ練習場に明るい声が響く。

 シーラはギョッとして入口の方を見た。そこにいるのはエムリナと同じぐらいの年齢の少女。

 赤の混じった黒髪は肩口までのショートカットにされている。窓から差し込んだ光を瞳がキラリと反射する。花が咲くような笑顔と左手首につけられたブレスレットの赤い輝石が印象的。走ってきたのか、ワンピースの裾が少し揺れていた。綺麗な人、と呟く。


 その後勢いよく隣のエムリナを見上げる。彼女は無表情かと思いきや。


「........................」


(........................っ?!)


 なんと、エムリナは目を細めて薄く微笑んでいた。あのエムリナが、である。小さい頃から全く笑わず、人付き合いが下手で嫌味を言うことは得意な―性悪と評されることが多いエムリナが。

 絶句していると、近付いてきたその人がエムリナにニッコリと微笑んで右手に持っていた紙袋を渡す。


「............随分久しぶりね......」


「あはは、ごめんね。本当はもっと早く来たかったんだけど......中々手に入らなくて。はい、卒業祝い」


「............えぇ、ありがとう......本?」


 うん、と少女は少し自慢気になる。



「『黒魔術の盃 続』!一〇年以上前に数冊だけ販売された特別編なんだって」



 この間増えた知り合いが教えてくれた、とのこと。だが、シーラは知らない綺麗な少女と微笑んだエムリナ、『黒魔術の盃 続』、それを聞いて輝いたエムリナの瞳―とにかく刺激が多すぎて反応できない。

 シーラがどうしたらいいんだろう、と途方に暮れていると、少女がこちらを向いた。


「エリーの妹?」


「は、はい。そうです......あなたは誰ですか?」


「えっと、私は......」


 少女はふぅ、と息を吐くと自己紹介を始める。


「私は、エリーの学友のミラ・バーバラン。炎属性の上級魔術師で、来月登録名を賜る予定」


「............今度宮廷魔術師の試験を受けるのだったかしら」


「うん。頑張りますっ!」


 ガッツポーズをするミラは嬉しそうだった。魔術の分野で最も優れた宮廷魔術師。それになるための試験を楽しみに思っているらしい。

 よっぽど再会に夢中なのか、シーラのことを忘れて会話している二人を見て、シーラは思う。


(............なんか、いいなぁ)


 一時期王国―特に魔術関連の場を揺るがした天才少女、ミラ・バーバラン。魔力量は化け物級で、二ヶ月ちょっとの対策でセレナイト学園に満点入学して半年で卒業という偉業を果たした少女。特級複合魔術と特級魔術を制作し、最上位魔術を行使したことも有名だ。

 途轍もない才能があったのだろう。誰も敵わないような、才能が。―ただ、それだけなのだろうか。

 数々の成果は、全て才能のお陰なのだろうか。そのために、どれくらいの努力をしたのだろうか。


 ―もし、血が滲むような努力の果ての結果なのなら。努力が通用するのなら。

 自分にも、努力をすれば魔術師になる道はあるのだろうか。

 可能性があるなら、目指したいと思った。


 シーラはあのぅ、といつの間にか皮肉の応酬に発展している二人の会話に割って入った。



「わたしに、魔術を教えてください」



*_*_*_*_*_*


 <漆桶の魔手>によるセレナイト学園襲撃事件の一週間後。リチャードはシドラスが魔術式を作成している横で優雅に紅茶を飲んでいた。魔術組合で貸与されている部屋。リチャードの好きにしていいようになっていて、ここで書類作業を行う。

 訳が分からず頭を抱えるシドラスを横目に見ながら、書類に目を通す。


 殆どどうでもいい内容。適当に処理していると、紙と紙の隙間から封筒が宙を舞った。


「............」


 サッと掴み取ってペーパーナイフで開封する。―何故か、嫌な予感がした。<従事者>制度を取りまとめる本部からの通達だ。


『上級魔術師<巣窟の魔術師>リチャード・メイジャー殿。

 本書は本部による正式な通達である。

 貴公は先日の<漆桶の魔手>セレナイト魔術学園襲撃事件において事件解決に大きく貢献した。その報奨は、<従事者>階級二級への昇格とする。昇格を了承する場合は一ヶ月以内に本部に―』


 そこまで、読んだ。そして、とりあえず半分にビリビリと破いた。大きな音にシドラスがギョッとしたようにこちらを見るが、それどころではない。

 頭を抱えてダン、と机に腕ごと振り下ろす。呻くような声が口から漏れた。



「私が昇格したら意味がないでしょうが......!!」



 シドラスが首を傾げる。


「駄目なんですか?」


「駄目も何も、この間小娘に作った貸しが一つ意味を失いました」


「..................」


 リチャードは拳を握る。


 リチャードがミラに作った、今回意味を無くしてしまった貸し―それは、成人までに<従事者>制度において二級以上に昇格することである。わざわざ利益が出にくいそんなことをしたのは、別にミラの背中を押すためじゃない。

 ―生き別れた妹の捜索。

 その事件は秘匿されている。妹と生き別れた事件は捜査に二級以上の権限が必要になるのだ。そのための取引で、もう一つの条件はミラを利用するためのもの。


「それ、悪いことなんですか?」


「..................」


 実に不思議そうな顔をはっ倒したいと思いつつも、考えてみる。


(まぁ、悪いことはない......か?)


 自分の権限で捜査できるのなら上手く融通を効かせられるし、ミラへの貸しはもう一つ残っているから協力もさせられる。

 ―一つも悪いことがない気がしてきた。

 リチャードは真面目な顔になる。



「あの小娘にもなし崩し的に協力させてやりましょう」



 泣き落としも通用するかもしれない。

 検討していると、シドラスが何かに気付いたような顔をした。


「その小娘って......誰ですか。まさかミラ嬢じゃありませんよね」


 シドラスが何やらうるさい―が、喜んでいるリチャードは黙殺しておいた。


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