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その黎明に祈る  作者: 願音
決着編
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片棒を担ぐ


 フランツェル達との雑談の後レベッカに挨拶。日が暮れた頃に学園から足を踏み出した。近くにとっていた宿で人心地つく。

 軽くシャワーを浴びると髪も乾かさないままベッドに寝転がった。天井を見つめる。


「......これで終わり、かぁ」


 セレナイト学園に生徒として足を踏み入れることはもうない。

 一応、ミラにとっての関係性は変わらない。レベッカやドロシー、レイチェルは先生だ。フランツェルやフィンレスト、エムリナは友人だ。それだけはレベッカが教職を辞めようと、フランツェルが同僚になろうと変わらない。

 それでも、これまでとは違うと確信していた。胸の中を、言葉では決して言い表せない寂寥感が満たしていた。


「どうしてだろうな......」


 せいぜい半年程度しか一緒にはいなかったのに。たった、半年。それだけしか。

 カーテンの隙間から差し込んだ月光。それが目に飛び込んできて反射的に瞑った。そのまま開かず、呟く。


「どうしちゃったんだろう、私」


 淋しさしか知らなかったはずなのに。


*_*_*_*_*_*


 そして翌日。午前中に汽車に乗って屋敷の最寄り駅に着いたミラは駅の目の前の広場で()()()()()()()を見つけた。


「―っ......?!」


 大きな衝撃が走って、走り出す。その人がここにいる理由なんてどうでもいい。とにかく、人の目も何も気にせず勢いよくその人に飛び付いた。

 その男性は黒い短髪。剣を腰に帯びている。あと特筆すべきはその黒髪にやや赤色が混じっている、ということだろうか。男性は背後からの突撃にもものともせず、ゆっくりと振り返る。


「ミラ―久し振りだね」


「......はいっ、お兄様」


 端正な顔つきの男性―その名を、アレクサンダー・バーバラン。

 ()()()()に剣の才能を見込まれて他国で修行を行っていた三つ違いの兄だ。


 そう―一一年前。ミラが始めて剣を握り、才能が無いことが判明したのはアレクサンダーの留学の約一年後。

 ミラの母親は弟を生んでそう経たないうちに他界。アレクサンダーが留学し、ミラの才能が無いことが判明。その後ロウデン、弟との関わりはめっきり減った。それによって、先日ある程度は回復したものの二人との関係性は希薄。それだけでなくかなりの溝があった。

 だが、それはロウデンと弟に限った話。

 才能の無さが判明する一年前に留学したアレクサンダーは含まれない。おそらく、バーバラン家において珍しく完全な常識人なので冷遇することはあり得なかっただろうがそれはともかく。



 ―そう。つまりは。



「どうしてここにいるんですか?」


「昨日、帰国したんだ。そうしたら、父上から今日屋敷に帰ってくると聞いたから迎えに来た。......行こう、荷物は私が持つよ」


「お兄様は優しいですね」


「大袈裟だよ、ミラ」


 二人は屋敷に向けて歩き出す。ミラの足取りはどこまでも軽い。


(お兄様が帰国しているなんてっ)


 ミラは頬を緩めながらアレクサンダーの隣を歩いて言葉を交わす。アレクサンダーが帰国しているのなら昨日の最終便に乗って夜遅くになってでもこちらに戻ればよかった、と考えつつ。



 ―未だミラがロウデン、弟の両者に対して無意識に作っている警戒心の壁。それは冷遇された経験からくるもの。

 だが、アレクサンダーはそれに無関係。

 だから、ミラはアレクサンダーに対してだけは心の距離感が一一年前―幼いときと全く変わっていないのである。


*_*_*_*_*_*


「―それでですね、お兄様。私、ドラゴンと戦ったんです!」


「凄いじゃないか。初めての戦闘だったんだろう?」


「そうなんです。一撃でどかーん、だったんですから!あとは、私の師匠がこう、幻術を駆使して死亡者無しで騒ぎを収めたんです」


「へぇ、偉大な人なんだね。機会があれば是非ご挨拶したいな」


 実に和やかである。一一年振りの再会のその日の晩餐。ロウデンや弟は留守。二人で渋る使用人たちをこの部屋から追い出したので二人きりだ。

 主にミラが去年の誕生日からのことを自慢げに語り、アレクサンダーが相槌を打つ―という平和的なやりとりが続いている。

 雰囲気に酔っているのかミラの語る話にはやや虚飾があったが。特に、ドラゴンをどかーん、と仕留めたということとかドロシー"が"死亡者無しで騒ぎを収めたということか。あの時のミラの攻撃は物凄く静かなものだったし、危ないところを堪えたのはドロシーの働きのお陰とはいえ実際に騒ぎを収めたのはアーカルドが率いる国王親衛隊である。


「入学試験では満点を取って、<開闢の迷宮>ではグリフォンを倒しました!それと......学園祭の講論会で発表して......あ、魔獣の討伐もしました!」


「ミラは実戦経験が豊富だね」


「ふふ、対人戦もそれなりですよ?なにせ、魔法交戦大会でも優勝しましたし!」


 ミラが胸を張って誇る。アレクサンダーはまさかの全賞賛である。中々にツッコミどころ満載の晩餐が一段落ついた頃。

 玄関の方から物音が聞こえて、数十秒後部屋の扉が雑に開けられる。―弟であるユリウスの帰宅。だが、抑圧されてきた承認欲求が大好きな兄との再会で爆発しているミラは気付かない。


「............今戻った」


「この前の<漆桶の魔手>襲撃事件だってとても頑張ったんです。結構貢献できましたし、学園では犠牲は出てないんですっ」


「......ただいま」


「それで―」


 何も聞こえていないミラに、ユリウスが目を吊り上げる。一目で兄妹と分かる容姿のミラとアレクサンダーは母親似。ユリウスは父親似だった。

 母親の面影こそあるもののやや冷たい顔つき。切れ長の瞳は剣呑に底光りしている。ユリウスはかなりの短気なのだ。


「今戻った!!」


 叩きつけるように叫んで椅子に勢いよく座る。しばらくしてユリウスの食事を使用人たちが運んできた。

 その様子を眺めていたミラはようやく口を開く。


「あ......おかえりなさい?」


「お疲れ様、ユーリ」


 二人の労いの言葉にユリウスはようやく満足したようで、ふん、と鼻を鳴らした。目つきも態度も悪いが、それは大切に思う人に素直になれない幼さである。その辺をミラは分かっていなかった。

 だから、当たりが強いユリウスに未だ嫌われているのだと思っている。実際ユリウスは家にミラ以外の親しい年長の女性がいなかったこともありミラを強く慕っているのだが。


「今日は何の用事だったんだ?」


「朝から山で修行してた」


「へぇ。明日の予定は?」


「同じ」


「じゃあ一緒に行こう」


「分かった」


 アレクサンダーの口調がミラの相手をしているときよりも砕けている。その事実には行き当たって、ミラは若干口を尖らせた。無論嫉妬である。デザートを食べるスピードを上げた。


(別に、ユーリはお兄様の弟だもの。何もおかしくないし)


 自棄になりながら黙々とデザートを食べ進める。その様子を見てアレクサンダーが苦笑した。次の言葉にミラはぱぁっと顔を輝かせた。


「ミラも一緒に行くかい?」


「行きたいですっ!」


「ほら、姉さんも言ってることだし......って姉さんっ?!」


 即答するミラの姿に、ユリウスが目を剥いた。


*_*_*_*_*_*


 次の日、三人が訪れたのは山、である。例年のセレナイト学園の合宿―<茨の三日>二日目で使用される、セレナイト学園所有のものと連なる山。その山頂付近でユリウスとアレクサンダーは打ち合っていた。


「ほら、踏み込まれたら相手の重心を見極めるんだ。そう、やや崩れているなら自分の間合いギリギリまで飛び退くといい......よく鍛練できている」


 言葉通りアレクサンダーが踏み込んで重心を崩す。これまでずっと修行を積んで成長してきたアレクサンダーがそんな隙を晒すことはあり得ないからわざとだろう。なのにわざと、というより自然に、という言葉の方が正しい隙。教える側としても優秀なのだと素人目からでも分かった。

 一方ユリウスは真面目にアレクサンダーについていこうとしている。必死に足を動かしながら時折乱暴に汗を拭っていた。

 ミラからすると少し意外な姿だったが、鍛練においては誰よりも真剣で素直―というのはバーバラン家男児の特徴らしい。基本的に受け継がれる才能とたゆまぬ努力、技術の吸収などこれだけ恵まれていれば名門として充分である。


(お兄様が強いのは当たり前だけど......ユーリ、こんなに凄かったんだ)


 アレクサンダーは王国一の剣の使い手であるロウデンから「同い年の時の俺よりも強い」と評されるほどの腕前。努力という点においては自分にも他人にも―それこそミラにも厳しい彼が日頃の鍛練を褒めるとなるとかなりユリウスの将来が楽しみである。

 しみじみと実感しているとアレクサンダーが指導を一区切りさせてこちらに歩み寄ってくる。その額には汗一つすら浮かんでいない。ミラなら全身の筋肉が千切れているところだろう。


「お水です。どうぞ、お兄様」


「あぁ......私はまだいいから、()()()()()ユーリに渡してあげてくれないかい?」


「分かりました......って、目覚めたら?」


 違和感に気付いてユリウスの方を見る。

 地面に寝かされていた。アレクサンダーの上着が頭の下に敷かれている。


「少し秘密の話をしたくてね......少しだけ寝てもらった」


「............秘密の話」


 ちょっとワクワクした、とは言わないでおこう。

 そう思ってアレクサンダーの言葉を待った。そして数秒後、本音を話してしまわないようにと口を押さえていた手がハラリと落ちる。


 その、原因は。



「私は再来月から......<従事者>として、帝国での非公表任務に就くことになった」



 帝国。帝国と、いえば。

 頭の回転が、遅い。目の前がチカチカしている気さえした。それでも、思う。


 ―帝国といえば、入る者には寛容。国を出ようとする者はどうにか繋ぎ止めようとし、戦争での極悪非道な作戦で有名。スパイ狩りは凄まじく、少しでも来国者が怪しい素振りをすれば間諜容疑で捕まる―そんな国。

 そんな国に、非公表任務で行くというのか。


「そんなの、駄目ですよ」


「もう決まったことだよ」


「危険ですし、その......ようやく会えたのに」


「私もあまり乗り気ではないけれど......望まぬ場所に行かざるを得ない人間として聞きたいことがある」


 これが前置きだったとばかりに、全くの悲壮さを感じさせずに微笑んで。その上で、向けられる言葉は真剣そのもの。


「ミラが知っている通り帝国での非公表任務は私でも命の危険がある。だからそれまでに聞いておきたいんだ......君の将来について」


「それは、」


「婚約はしていないはすだけど、結婚はしたい?魔術の研究をしたい?―正直に言おう。君が心配だ。君が今後苦しんでしまわないか」


 苦しんでしまわないか、という言葉にはそれ以上の重みがあった。聞かせてくれ、という願いにミラは気圧されつつも口を開く。

 将来はもう、決まっているから。リチャードに、エムリナに、カインに―たくさんの人に背中を押してもらえた。



「私は。魔術師に―宮廷魔術師に、なります。なりたいです」



 だって、彼のことを力強く応援してしまったから。だからしょうがないんだと、そう声に出さずに心の中で呟く。

 アレクサンダーは少しだけ驚いたように目を見張って―また微笑んだ。



「そうか―なら、私がその片棒を担ごう。あと少ししか隣にいられないけど、君の不安は半分受け取るよ」



 ―あぁ、だから大好きだ。


 ミラは思わず、アレクサンダーに抱きついていた。顔には自然と、花が綻ぶような笑顔が浮かぶ。


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