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その黎明に祈る  作者: 願音
決着編
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卒業式


 <漆桶の魔手>襲撃事件はあったものの。その後の学園生活は恙無く進行した―つまり、ミラの卒業がやってきた。

 理事長は襲撃の怪我で療養中なことから、校長が代役を務めるらしい。ミラは主に座っているか証書を受け取るか―それぐらいしかすることがないから、あまり関係のないことではあるが。


 ぼんやりと廊下を歩く。明日が卒業式。今日は教員が準備をするから授業が休みになっていた。週末と重なったのもあり、三連休になったので友人と出掛けている者や自身の実家に滞在している者が殆ど。ミラはもう卒業なのでわざわざ屋敷に戻らなくてもいいだろう、と考えただけだが。実際には友人の誘いも断っている。―ただ、静かに考える時間が欲しかった。


「あの後......五日昏睡してたからなぁ。一週間寝たきりで一昨日まで魔力使用禁止令出てたし」


 五日昏睡。一週間療養。二週間魔力使用禁止。

 合宿の時とは比べ物にならないレベルの処置である。ほぼ四週間魔術を行使できなかった。卒業試験の実技は免除されたが、他の教科の試験まで昨日にズレ込んだ。そのせいで今日が久しぶりの魔術日だったのだ。


「卒業生......七人しかいないんだっけ」


 例年よりも少ない数字には、おそらく<漆桶の魔手>も関係しているだろう。襲撃によって学園の警備は強化されているから、事件で活躍した生徒はもう半年在籍する、ということも認められている。

 校舎の端に辿り着く。扉を押して外に出ると目の前には訓練所。この数ヵ月間何度見たか分からない外観に口元が緩む。その中には最早見慣れたオープンテント。


 そこで黙々と書類作業を進めていた女性がこちらに目を向ける。


「レイチェルさん」


「......あぁ、今日からですか」


 作業の手は止めない。卒業試験があるから書類作業は手一杯なのだろう。―この人はもう、監督員ではないのだから。持ってきた紙袋を掲げる。ついさっき買ってきたケーキである。


「甘いもの、好きなんですよね?」


「…………賄賂か」


「違いますけどっ?」


「冗談です」


 ふ、とレイチェルの口元が緩んで、少し離れた所にあるガーデンテーブルの方へと誘った。従って椅子に座る。ケーキをテーブルに置く。紅茶をレイチェルが淹れてくれた。


「もう訓練所では働かないんですか?」


「いえ。こちらも担当なので、授業が無い時間は監督です」


「それ以外は職員室……と」


 とりあえず、今後レイチェルに会おうと思ったら手続きをした上で職員室を訪ねればいいらしい。時間を調整すればレベッカとも顔を合わせられるからラッキーだ。ふむふむ、と頷いた。そしてあ、と思い出す。


「羨ましいです」


「何がですか」


 だって、と少しだけ身を乗り出す。



「自分の憧れの人と―レベッカ先生と一緒に仕事をできるなんて」



 時間が止まった。レイチェルの視線が段々と鋭く冷たいものになっていく。

 それを見ていてミラはようやく気付く。少し前療養中のミラを訪ねてきてくれたドロシーとした会話―「レイチェルには絶対にあたしのこと言わないでよね?」と前置きされたこと。


 つまりは、言うとレイチェルが滅茶苦茶怒るということである。顔に作り笑いが浮かぶ。あはは、と掠れた声でへたくそに笑った。


「さ、さぁ。ケーキでも食べましょうか」


「…………」


 レイチェルはようやく口を開く。



「―出ていけ」



 普段の敬語口調すらなくなった命令。ミラは「……はい」と項垂れてコソコソと訓練所を出る。



 どうやらケーキにはありつけないようだった。ミラが持ってきたのに。



*_*_*_*_*_*


 翌日。ミラはまた項垂れていた。―今度は、図書館横にあるベンチで、である。その理由は。


「バーバラン先輩っ。先日のご活躍、耳にしておりますわぁっ」


「あ、こら。どきなさいよ......いえ、なんでもないです。バーバラン先輩、今度わたくしの屋敷に」


「是非僕と婚約を―」


 群がる新入生徒。何故卒業式の直後新入生に群がられているのかというと、今回の学期は襲撃のせいで卒業式と入学式が同日実施になってしまったからである。

 ミラの荷物は昨日の夕方屋敷の者に運び出してもらっている。あとは今日、寮の談話室でフランツェル達とお茶をしてレベッカに挨拶に行くだけなのだが。


(こ、これが夜会の世界............最早人数が多すぎてなんて言われてるのか全く分からないし)


 卒業式の会場から寮までの道のりで人集りが出来てしまった。十数人。全員何やら似たようなことを言っている。セレナイト学園の未来は大丈夫なのだろうか、と心配になってきた。半年前にもこんな生徒はいたのだろうか。

 げっそりしながら口を開く。


「私、もう先輩じゃないので......屋敷の訪問は家に話を通してください。婚約をする予定はありません」


 一個ずつ否定していって、それでも変化がない集団に口の端をピクピクとひきつらせる。―もう、我慢ならない。詠唱を始めた。

 起動したのは幻術。ベンチに残して人集りの隙間から抜け出した。幻だから喋らないが一分程度なら誤魔化せるだろう。


 そして角を曲がったところで。ミラは緋色の髪の少女を見つけた。長い髪はツインテール。身に着けているのは制服―のはずだが。


(……ローブ?)


 旧時代ならともかく、現代ではローブなんて時代遅れもいいところだが、魔術師が身に着けるものにルールなんて存在しない。行事での正装は、主に貸与か特注のマントを上着として羽織るだけなのだ。


 見慣れない人間がいるのが当たり前の日。それも少女だから危険はないだろう。とはいえ気になるものは気になるので声を掛けてみる。


「あの」


「......ん」


 パッと振り向いた少女のツインテールが揺れる。パチリとした瞳が瞬かれた。


「新入生?」


「そうです。アナタは......? 」


「私?」


 静かに問い返されてえっと、と詰まる。

 名前を告げるべきか。でもそれだとまた騒がれるかも知れない。一秒ぐらい考えてから言った。


「私は...?うん、卒業生だよ」


「へぇ、すごいですね。入学だって難しいのに。二年前から勉強しましたもの。大変でした」


「ま、まぁ。そうだね?」


 ミラは勉強を始めて一年経つ前に卒業しているから何とも相槌を打ちがたい。少女の方が普通の入学なのだ。

 逃げるように話題を変えて、どこに行くのか訊ねると寮だと答えられる。目的地が同じだったから一緒に行くことになった。


「何の魔術が得意?」


「結界術です。こう、一個ずつ積み上げていく感じが好きでして」


「あぁ......反論みたいな?」


「え?」


「え?」


 さっきの一個ずつ否定していった反論を思い出して言うと首を傾げられる。馬鹿にするのではなく、本当に意味が分からない、という様子だった。ミラを見る視線も『卒業生のすごい先輩』から『ちょっと変な先輩』という感じである。解せない。

 コホン、と咳払い。


「試験はどうだった?」


「筆記試験は記憶問題だったので......術式構築の他属性は難しかったです。実技試験は結界で押し通しました」


 少し前のフランツェルを思わせる言動。少しムッとした。小言を言おうとして思い出す。

 ―『無属性しか使えない人は代わりに無属性魔術がめっちゃ得意』。

 そういえばドロシーにかなり初期に教えられたことだ。おそらくこの少女もそのパターンなのだろう。


「............というか、結界だけ?無属性でも感知魔術、探索魔術、幻術......たくさんあるよね」


 他に、候補には挙げなかったものの無属性魔術には精神関与魔術、精神干渉魔術も含まれる。一言に無属性魔術といっても、様々な種類があるのだ。

 セレナイト学園の実技試験では多様な魔術の行使が好まれる傾向になる。―つまり、色々な種類の魔術を使えるかも大事になってくる。結界術だけで合格しようと思ったらそれ相応の腕がなければ叶わない。


 そう考えての常識的な疑問。少女は屈託なく笑った。



「好きな魔術でないと使えないんです」



 屈託がない。―それだけじゃない。妖しさも孕んだ不思議な雰囲気。何をどう指摘すれば良いのか分からなくなってしまうような危うさも兼ね備えている。

 思わずしばらく言葉を失っていると少女は進行方向を見据えたまま話し出す。


「結界との複合魔術なら使えるんですけど」


「うーん......魔素式の問題ではないよね」


 悩んでも中々答えは出ない。無属性魔術は全ての魔術において魔素式が共通。治癒魔術も大して変わらないからかなりおかしい。

 ―とはいえ、学園に入学できているから大丈夫なのだろう。


 そう結論付けたところで、寮が見えてくる。周囲にチラチラとこちらを窺う生徒がいるが先程のように話しかけてこないのはどちらかといえば奇抜な格好をした少女と連れだって歩いているからか。


(もしそうなら、感謝しないと)


 自分も変な人間として遠目に見られるぐらいならまだミラの許容範囲。囲まれた上での質問攻めは苦手だった。

 思い出してうえぇ、と口にしようとして―気付く。寮の扉の目の前。


「そういえば、名前............聞いてなかったよね」


「ぁ......そういえばそうな気がします」


 自己紹介しましょう、と頷かれる。そして少女が名前を告げようとしたとき、突風が吹いた。


「へ―」


 少し離れたところで何かが割れるような音が鳴り―少女の声が掻き消される。聞き直しても彼女は反応を見せない。沈黙して寮の扉を開ける。


「............?」


 パタン、と扉がミラの目の前で閉められる。慌てて後を追った―がその姿は見つからない。ミラは子首を傾げて独り言を呟いた。


「............何だったんだろう、あの子」


*_*_*_*_*_*


「そういえば、名前............聞いてなかったよね」


「ぁ......そういえばそうな気がします」


 自己紹介しましょう、と提案。名前を告げたとき―突風が吹いた。何かが割れるような音で自身の声が掻き消される。


 その隙に寮の中へ。コッソリと呟いた。



「あれがミラ先輩かーぁ」


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