いつだって終わりは唐突に
まずい、と思ったときには数メートル前に闇属性上級魔術があった。結界の張り直しは勿論、炎の盾すら間に合わない距離。どこかであのなぁ、と呆れたような声が聞こえる。
思考までも硬直させているうちに、槍が目の前まで飛来して―
「勝手に死にかけてんじゃねぇ」
右手に杖を持って。反射結界で黒い槍を弾き返した彼はこちらに視線を寄越す。何も持っていない左手が差し出された。自然と手を伸ばす。
「......カインくん............」
「大会、優勝したんだって?」
「うん......っ」
手を引かれるままに立ち上がって言葉を交わす。折角性悪をぶちのめせるチャンスだったのに、と真面目な顔で呟く彼がどうしてか無性におかしかった。滲んできてしまった涙がバレないように瞬きをする。
その代わりとでも言うべきか、ヘリシーが態度に不快感を滲ませる。
「案外しぶといなァ」
前を向いてヘリシーを見据えていたカインが首を傾げた。
「誰だ、この糞野郎?」
「キルディノ先生......本当は<漆桶の魔手>の構成員」
「何か犯罪臭がするとは思ってたが......本物じゃねぇか」
しかもただの構成員でもない。おそらく今回の大勢の動員―大規模な襲撃の指揮をとっている。幹部のような位置付けだろう。
カインは杖を突きつけた。
「俺、<漆桶の魔手>には恨みがあるんでな......ぶっ潰させてもらおうか」
その言葉に、向けられた訳ではないミラですら背筋が凍るのを感じた。―それほどに、本物の殺気。
ヘリシーもピクリと体を震わせる。瞬時にこちらを嘲るような笑みに戻る―が。
(さっきとは違う......)
ヘリシーのそれはこちらを弄ぼうとするような顔じゃない。警戒心の表れた顔だ。カインの殺気は普通の学生としておかしいと判断したのだろう。
それなら、と呟く。ミラの限界も確実に近い。
「ねぇ、カインくん」
「何だ?」
「一緒に立っといてあれなんだけど......」
顔を伝ってきた汗を拭う。さっきからずっと鼓動が速く、息が苦しかった。
「相手、お願いしてもいいかな」
「......体の異常を説明しろ」
一つずつ指折り数えていく。
「頭痛とめまい、軽い動悸、発汗。体温も高い気がするし......それに、魔力筋が千切れそうというか」
そしてその他諸々の症状を説明。すると、カインは信じられないようなものを見た顔になる。叩きつけるように叫んだ。
「魔力中毒予備軍じゃねぇか!!」
「―っ?!」
「............おい」
「............」
低い声に顔を逸らす。
「魔石は何個使ったんだ」
「............」
「............」
追及の視線をかわしきれない。というより、普通に圧が怖かった。怖すぎたので仕方なく口を開く。
「ひ、一三五個」
返事は無かった。代わりにカインが発する圧が増幅する。最早何かの化物に殺されかかっているかのような感覚である。しばらくカインは黙り込んだままでミラが俯いている、という状態が続いた。
ヘリシーは待ってくれるのだろうか。そう考えてそっと視線だけを走らせると、ヘリシーでさえ口をあんぐりと開いて固まっている―というか、ドン引きしている。
(あああああ......私、<漆桶の魔手>にまで引かれてる?!ごめんなさい......無茶して本当にごめんなさい............でもしょうがなかったんです......無茶したけど私は悪くないんです)
反応がないのが一番怖い。ミラが自己正当化を始めた頃ようやくカインが声を発する。そのままミラに座るよう指示。上着を投げ渡した。
「座ってろ」
「......うん、分かった―よろしくね」
「おう。もう充分だ」
微笑みながらカインにヘリシーの相手を頼むとミラは―こっそりと受け取り損ねた上着を拾う。ミラは運動神経も反射神経も千切れていた。
*_*_*_*_*_*
攻撃は、どちらからともなく。ミラの告白に大きな衝撃を受けていたヘリシーも、カインが防御結界をミラを覆うように付与したところで我に返ったらしい。
カインが放った不可視の風の刃をヘリシーが闇魔法で形作った盾で防ぎ、ヘリシーが繰り出した闇の矢をカインが最小限の動きで身を捻ってかわした。―それが互いの初撃。カインの魔力が六割前後まで減っていることから自分の防御には結界や盾は使わないことを選択した。
ミラは今戦闘を見ていないだろうが、こちらの様子を確認されていたら肝を冷やしただろう。カインからすれば大したことがないのだが。
(糞野郎の残量魔力は......八〇〇前後?これが生徒から集めた分か)
ここに来るまでに事情は何となく耳にした。<漆桶の魔手>は寮全体に精神干渉魔術を応用したものをかけたらしい。それで魔力徴収をしたようだ。それがヘリシーに集まっている―王国の最大魔力保有者で八三二。ミラとの戦闘で魔力を多用したはずなのに、まだトップレベルの量が残っているらしい。これが魔法戦ではないことが救いだった。
「人から集めた魔力は使いやすいか?」
「最悪の使い心地さァ。魔神様にはとても捧げられないだろう」
「お前、失礼だな」
「下等生物に礼節を払う人間がいるかい?」
「下等生物は頭がおかしいらしいな」
ヘリシーもカインも、今回の戦闘でメインに使っているのは魔法。―ということで、二人共口が自由である。そのため、悪口やら皮肉やらの応酬が始まっていた。
そんな戦闘が続き―そして一〇分程。もう一度カインはヘリシーの魔力量に集中する。―七〇〇を切った。
(もう一〇分ぐらいか)
心の内で呟く。それぐらい経てば理論的には大丈夫なはず。
攻撃の回避の疲労はまだほぼない。戦い始めて一五分程度だから当たり前だが。カインの方の傷は些細な切傷がいくつか見られるだけだから、あと一〇分は多分何の問題もないだろう。
そしてこれまで通り戦闘を続け―
「............これで」
―ピッタリ一〇分。
カインはニヤリと笑う。ミラを覆う結界を解除した。
ヘリシーが顔を険しくするのが見えた。
思いきり魔力を放出する。
「―突き刺され、<薫風鋼>」
作り出された槍が即座に闇魔法で作られた半球体の盾を砕く。そして、消えた。
当然だ―これは、偽物で特級魔術ではないのだから。
「......は?」
ヘリシーがポカンとする。
地面にハラハラと落ちていく盾の破片に紛れてヘリシーには見えない場所が増えた。そしてヘリシー自身の注意もまた、これまで応対していたカインに向いている。
―カインが作った、絶好のチャンス。
そして彼女は見逃さない。きっともう、準備は終えている。
「―燃え滾れ、<拝炉宴>っ‼」
カインの背後の方向。放たれたのは一筋の光。
<火寵焔>のような爆発的に増殖する渦ではない。<施火園>のような気高い炎ではない。<流星燕>のような幾多に降る雨ではない。<灰燼怨>のような心をも焦がす夢ではない。<光芒淵>のような神聖な鐘ではない。<劫火煙>のような眩しさに溢れた嘘ではない。
―ただ。この魔術だけは。
この魔術は、ここに、この場所に、この時に至るまで。ずっと、現実と理想の間で苦しんでいた彼女の、ただ、予想を裏切って期待に応えるためだけにこの数か月を生きた少女の、積み上げてきた全てなのだ。
幼少の時から心の中で燃え盛っていた渇望。この数か月間常に隣にいた羨望。
何もかも燃やし尽くす。
それほどの熱量の感情だから。
だから―
「作戦は、練り直す必要があったようだなァ」
―ヘリシーの体が倒れていく。同時にリアムに一瞬頭痛が走る。反射的に右手で頭を押さえた直後、後方で何かが倒れる音がする。
そこで、倒れていたのは。
*_*_*_*_*_*
ミラは受け取った上着から、そのポケットに入っていたペーパーナイフでカフスボタンをはずした。カインが張ってくれた結界があるから攻撃は警戒しなくていい。詠唱さえしなければヘリシーもこちらに注目しないはず。
カフスボタンを裏返す。干渉術式を起動した。
(学園祭の時私が付与したのは<薫風鋼>の魔術式)
これを、書き換える。―あの魔術の簡易化用術式は検証すらしたことがなかったけれど。カフスボタンが簡易化の付与具になっていることはヘリシーも把握しているだろう。それが<薫風鋼>だということも。
ミラに得意属性ではない特級魔術を使うことはできない。魔力消費量が莫大になるせいではない。他の属性の魔術式はたとえ上級魔術であっても馴染まない感じが付き纏う。事前に準備しておかなければ中々上手くいかないが、炎属性なら違う。簡易化が初めてでも時間をかければ可能だ。
焦らずに、一節一節改変していく。魔素式を書き換えて、保護術式と固定術式を削除する。隙を突くのに魔術の維持をする必要はないからだ。出来上がって起動したら、即発射していい。
―そうして不要な部分を削り切った。今回詠唱は必要ない。
カインが結界を解除―その合図に、ミラは儀礼詠唱を口にする。
「―燃え滾れ、<拝炉宴>っ‼」
唖然としたヘリシーに少し満足して―ミラの意識はプツリと途切れる。ただ、その直前。自分は合宿の時なんて比じゃないぐらい重度の魔力中毒になるだろうから、しばらくは会えないだろうなと思って。
(―またね、カインくん)
*_*_*_*_*_*
カインは緩慢な動きで座り込むと、地面に大の字になった。流石に頭痛が限界である。最後に精神干渉魔術をかけられた。おそらく記憶が抜け落ちる効果。
ふー、と息を吐いて寝返りを打つ。目を覚まさないミラの顔と向き合った。
「なぁ」
魔力中毒で気を失っているのだから当たり前だが、返事はない。
「また手を握ったら、起きるのか?」
反応はない。あのときはあんなに真っ赤になったのに。
「お前、凄いよなぁ。あの糞野郎とずっと戦ってたんだよなぁ」
カインは後から介入した形になる。だから、ミラが今日<漆桶の魔手>の襲撃の被害を最小限に食い止めるためどれほど戦ったのかは知らない。だが、尋常じゃない魔石を消費したのだから厳しいものだったのだろう。
「絶対出世するよ、お前は......宮廷魔術師だって夢じゃないだろ」
むしろ向いていると思った。なればいいのに、と小さく呟く。
「こんなところで寝てる場合じゃないだろ」
望んでいないのに、つい声に力が籠った。それは、焦りからなのか。
「......俺はもう消えるんだぞ?もう誰も守ってくれない」
ミラの頬の汚れをそっと拭う。
「なぁ、早く起きろよ」
反応は、ない。本当にカインはもういなくなってしまうのに。
―もう、会えないのに。
「―」
背中を向けていた方向から声がかかる。ほんの少しだけ心の底に悪感情が湧く。どうしてもっと早く来なかったのかと、その人は悪くないのに思ってしまう。
「......婆」
「友達の頼みで来てやったさね......その子は」
「魔力中毒」
「手配しておこう」
朝日が顔に当たる。眩しかったけれど、目はまだ瞑らない。
「悪ぃ......もう限界だ」
「よくそこまで耐えたさね」
「姉さんの弟だからな」
「そこはアタシの弟子だからとお言い」
呆れた口ぶり。―この会話すら、カインは忘れてしまうのだろうが。
「二度とこんなのはやめろよ。学生生活なんてしてられるか」
「そうかい」
「この数ヶ月間、最悪だった」
「 ......そうかい」
目をとじる。次開けるとき、自分はいない。
「目を覚ました俺に学園のことを知らせるな......要は、それだけだ」
きっと過去の自分を羨ましく思っててしまうから。だから。ただ、誰も知らない心の内で。
―さよなら、とだけ。
*_*_*_*_*_*
<漆桶の魔手>によるセレナイト学園襲撃事件は僅かな犠牲のみを払って幕を閉じた。事件の詳細についてここに記す。褒賞内容、対象者については別紙。
セレナイト学園魔法交戦大会から一時間後<漆桶の魔手>が侵入。寮の生徒たちに対し大型精神干渉魔術、学園全体に内向反射結界を付与。
大型精神干渉魔術は魔力徴収も兼ねた最上級レベル。本来死亡する可能性八割の危険なものだったが、封印結界が施されたことにより一定期間の魔力筋弛緩が症状となった。なお、封印が遅れた生徒数名は直近の記憶を失っている。
教員及び覚醒した生徒数名により<漆桶の魔手>撹乱。先程の封印結界を施した生徒により主犯(詳細は別紙)拘束。それにより学園内で確認されていた<漆桶の魔手>関連の脅威は排除された。
これを事件の概要とし、これにてセレナイト学園<漆桶の魔手>襲撃事件を収束したものと扱う。




