陽動の適任
寮で指揮をとっていた少女に送り出されたフレデリカは周囲をキョロキョロと見回しながら道の端を歩いていた。
(う゛ぅん......<漆桶の魔手>なんて全員強い筈なのに、私なんかが陽動でいいの............)
物陰から魔術砲弾で不意打ち。
それだけの戦法で十数人討ち倒したものの。基本的に自分に自信のないフレデリカは自分の身を両手で抱くようにして震えていた。正直に言わなくても、滅茶苦茶怖い。しかも、<漆桶の魔手>の構成員は頭がおかしくて有名。自分も精神干渉魔術を掛けられてほぼ仮死状態にされていたのだからなおさらだ。頭のおかしさをこの身で実感してしまった。
不意打ちで陽動の役割を果たせているのだろうか。それより、いつまで戦えばいいのだろうか。というか、せめて背中を守ってくれる人か背筋を伸ばしてくれる人がいたらもう少しは堂々と頑張れるのに。
そんな風に若干目を潤ませて考えながらもう一人物陰から急襲。気絶させたところで、少し離れた地点でかなりの大きさの戦闘が起きていることが音から分かった。
(えっと、あの位置は確か……)
フレデリカが目を覚まして寮を出発した後一度立ち寄ったとき、救援は既に到着していた。その時に聞いた配置からすると―
その人物の名前を思い出す。そしてハッとした。唇を震わせて足を踏み出す。
「―いた……っ‼私の背筋を伸ばした上で守ってくれそうな人っ」
建物の角を曲がってその場所へ。途中の構成員は、遠慮なく維持していた炎魔術でローブに火をつけて注意を逸らす。その先で見えた背中は―
「<霊操の魔術師>様っ」
「……おや」
―<霊操の魔術師>レグルス・アーウィン。
精霊との高い友和性を誇り、その力の一部を借り受ける無属性魔術である精霊使役魔術の優れた使い手―宮廷魔術師。フレデリカの目上の人物ということからの緊張感と宮廷魔術師ということからの腕の確かさは、求めていた人物の条件にピッタリ。
レグルスは爽やかに微笑んだ。かなりのイケメンなだけあって、笑顔も破壊力が凄まじい。
「生徒さんかい?」
「そうです……っ、協力させてください」
「構わないよー陽動の役割を、果たそうじゃないか」
そう言って、彼は右手を掲げる。
そうして行われる構成員との応対に、フレデリカは思わず言葉を失った。協力させてくださいと頼んだのはこっちなのに、かなり失礼である。だが、それも仕方のないことだった。
「おいで、サラマンドル」
その呼びかけに応じるように数メートル離れた地点でトカゲの形をした炎―炎精霊が顕れ、構成員たちの足元を駆けまわる。通過した場所からは炎が噴き出して、構成員たちを燃やしていった。構成員からの闇魔術が飛来すると。
「―ノーメリウス」
よろしく、とレグルスが付け足すと闇魔術と二人の間に分厚い土の壁が出来上がって遮る。すぐに土は元の状態に戻って、今度は水精霊が巨大な波を引き起こす。
その頃にはフレデリカも戦いに参加している―が。
(こんな、上級魔術に匹敵する攻撃を、次々と……っ、)
―格が違いすぎる。
レグルスが精霊に呼びかける度、恐ろしく濃い魔力で形成された魔法が繰り出される。真名と要望が揃うと契約した精霊のを意のままに操れる精霊使役魔術。起動時の消費魔力は一定ではない。術者の全魔力を吸い取るのだ。使役できる精霊は仮契約の精霊のみ。その仮契約でも大量の魔力と術者の技術を必要とする上に、使用魔力が少なければ精霊の真価も発揮できない―かなり、実戦向きではない魔術。
レグルスが宮廷魔術師に就任した理由のうち、最も大きな功績は無属性精霊の発見だ。新種の精霊はこれまでいないとされていた無属性で、無属性魔術と似た魔法を使用できる。
―だから、レグルスは精霊使役魔術使用後、魔力切れの状態でも属性魔法ではない簡易結界や軽い治癒魔法を行使できる。
フレデリカが少しミスをして攻撃が掠りそうになるとレグルスが簡易結界で保護してくれる。その間にも精霊の力を多様に使って戦っているのだ。
精霊は普遍的な存在。一体しかいない種類もいれば、数え切れないほどに存在するものもいる。現在、大陸で確認されている精霊は全七三種。そのうち四〇種以上と契約しているのだから、恐ろしい。―そして、何より目立つのだ。
(精霊の攻撃は範囲が広くて威力が高くて魔力が濃くて……滅茶苦茶目立つ。深夜に山の中でキャンプファイヤーしているみたいな感じ……普通よりそれが酷いのは、<霊操の魔術師>様の魔力が多いからか)
少し羨ましいな、と思う。フレデリカの魔力量は一般人を含めた平均をやや上回る程度。どちらかといえば才能に恵まれた方ではあるものの、魔力量だけはその限りではない。しかも一応属性魔術も扱えるものの無属性だから、全然目立たないのだ。どうして陽動を任されたのか、という話だが。
フレデリカには預かり知らないこと。だが、それには明確な理由があった。フレデリカがその役割を担っているのは、何故か宮廷魔術師の予定を把握した上で誰が学園に配置されるのか、その人の癖は何かを知っていたケイティの策略なのだ。
レグルスの扱う精霊使役魔術が目立ちやすく陽動にピッタリだから、というだけではない。
「―まだ大丈夫かい?」
「っ、はい」
―レグルスは誰かを背中に守っているとき、そして誰かと共闘しているとき、加えて周囲を敵に囲まれているときに普段の数倍の力を発揮する。
精霊使役魔術は攻撃から防御、サポートなどの支援に向いている。魔力を全消費してしまうが、制限時間である一時間以内には一度に複数の手段を扱えるから手数が圧倒的に多い。範囲や威力も精霊に直接イメージで伝えるから調整しやすい。それだけでなく、レグルスは自分以外の誰かが周囲にいるとき思考の回転が速くなる。
それをケイティは知っていた。宮廷魔術師の誰かと通じている。という訳ではない。まだケイティは魔術師業界にまで手を伸ばせていない。―それでも。様々な場面で得られる情報を繋ぎ合わせてレグルスの真価に辿り着いていた。
そしてレグルスを誰かと共闘させるとき、最も適任なある程度実力がある者は誰か。
それが、フレデリカだった。
おそらく、フレデリカの社会的露出が増えた魔法交戦大会での予選や第一回戦。第二回戦での様子を人伝手に詳しく聞いていたのだろう。その上でミラやレベッカ、レグルスといった本当の実力者とは違った魔力量が少ないこと故の魔力消費の上手さに注目した。少ない魔力量で上手く立ち回るということは、状況を俯瞰する能力が高いということだ。だから、共闘には向いている。主に無属性である魔術砲弾を使うから派手な精霊の魔法に紛れて隙を突きやすい。
離れて配置したとしても自分に自信はないから派手な戦いがあると知ると、無意識に惹かれる。そこまでケイティが考えていたのかは不明。―しかし。
「これぐらい目立てば充分だろうか?」
「……期待されている以上だと思いますけど」
―精霊使役魔術による広範囲、高威力の派手な攻撃に長けたレグルス。
―無属性魔術、主に魔術砲弾による不可視の攻撃に長けたフレデリカ。
レグルスは気を配る能力、フレデリカは状況を俯瞰する能力に恵まれている。
この二人の共闘は、陽動として最大限の効果を発揮する。
寮でドロシーが生徒を保護しながら一割。アーカルドとシドラスが二割強。フランツェルとフィンレストが一割。エムリナとジークが一割弱。―そして、レグルスとフレデリカが半分。<漆桶の魔手>の構成員及び魔物と魔獣の注目は、学園中に散らばった実力者たちが見事にかっさらっていた。
*_*_*_*_*_*
レグルスとフレデリカ協力開始の数十分前。学園の外でも<漆桶の魔手>主犯と思われる騒動が勃発していた。
セレナイト学園を中心として王都全体に仕掛けられた時限式の闇魔法で作られた爆弾。民家にも、施設にも、公園にも。至るところに設置されていて何人も負傷している。継続的に爆発させるためか、近くの爆弾を巻き込まないよう威力が抑さえられているのが唯一の救い。それが無ければ、既に死人が出ていたところだ。
だが、死亡者が出ていない、というだけで人々の混乱は最絶頂。一度爆発が起きる度たくさんの悲鳴が上がり、人が逃げ惑う。―地面に散らばった木材に足を引っかけ、転んだ子供にも目をくれず。
子供は膝を擦りむいてしまったようで、顔を歪ませると声を上げながら泣き出した。ヨロヨロと道の端へ移動して喚く。
年端もいかない子供が道端で泣いていても、誰も声をかけない。そんな余裕は誰にもなかった。
「おかあ、さんっ......たすけてよぉっ」
しゃくりあげながらの言葉。周囲の喧騒ももう、耳には入らない。―だから聞き逃してしまった。まだ子供なのだから仕方ないと言えるだろうが。
何かが擦れるような音。爆弾が破裂する唯一の予兆。突如膨れ上がる魔力に、一瞬前にようやく気付く。何の訓練も受けていない素人でも分かる変化―だが、対処できるとは限らない。
「―ひっぐ、」
今日、何度か体験した息が詰まる感じ。爆発の光景が走馬灯で過って自然と涙が止まる。ヘタリと体から力が抜けた。
幼いながらに理解する。
自分はもう、死んでしまうのだと。
ギュッと目を瞑った。爆発すると、痛いのだ。近くの物も空を飛んで、それが当たらなくても心が痛いのだ。
―痛みが訪れない。
「―ねぇ、大丈夫?怪我はない?」
優しい声だった。誘われるようにしてゆっくりと目を開ける。
目の前にいたのは濃い鶯色の長髪を左右で緩く三つ編みにした女性。青の絵の具が一滴垂らされたようなセージ色の瞳を愛しいものを見るように細めると手を差し出してくる。子供の目から見ても、美しい人。無意識のうちに唇からきれい、と声が漏れた。
周囲に張られたのは半透明の防御結界。それは爆弾を内向きに防御して周囲への被害を抑えることに繋がった。―そう、気付ける筈もなく。
女性はおっとりと微笑むとこちらに紙で包まれたクッキーを渡してくれる。
「遅れてごめんね......クッキー、食べる?」
「......ありがと、おねえさん」
右手で受け取る。包み紙を剥がして少しずつかじった。甘いチョコレートの味が美味しい。サクサクと食べている間女性は少し離れていたが、無くなった頃に戻ってきた。いい? と両目を合わされる。
「そこの道を真っ直ぐいけば、避難所があるから......お母さんもそこにいるよ。一人で行けるよね?」
ブンブンと首を横にする。だって、爆弾があるからだ。きっと巻き込まれてしまう。そう伝えると彼女は、クスリと笑うと頭を撫でてくる。
「大丈夫、大丈夫―絶対に爆発は起きないから」
だから大丈夫、と瞳が伝えてくる。思わず頷いていた。走り出して―パッと振り返る。ニコニコとこちらを見送っていた女性が瞬きをした。
「あの......さっきのは、なに?超能力ってやつ?」
自分にも出来るだろうか。目を輝かせての問いかけに、彼女は心底嬉しそうに笑う。
「きっと出来るよ......あれはね、超能力なんかじゃなくて奇跡なんだから」
お礼は自然と、大声で。憧れを抱えて避難所まで走った。




