もう、二度と離さないから
「教えてあげる―私の勇姿を、特とご覧あれ」
その声が地面に落ちた瞬間、魔力の質が変わる。丁寧だがまだ少し粗があった魔力が、緻密なものへ。ミラの顔からも無駄が抜け落ち、無表情に。
数コンマのうちに生み出されたのは炎の粒だ。赤いそれは宙に無数に浮かび、流れ星のような速さでヘリシーを貫かんとする。
それを実体化させた闇魔法で防いだヘリシーは、これはこれは、と呟く。
「見当違いか......精神も技術に相応しいとは」
『余計なものは、何もいらない』。
ミラが心の中で唱えるおまじない。それは精神上の一切の無駄を取り除き、隙を見えにくくする。このおまじないを唱えたとき、ミラは熟練の魔術師に変わるのだ。
炎の粒は空気を斬り裂いて飛び、ヘリシーのローブに穴を開けていく。炎をくらうと致命傷になりうるものはヘリシーが防ぐ故の現象だ。
たまに、炎魔法の間を縫ってヘリシーの攻撃が近付くが、ミラは先んじて張った部分的結界で防ぐ。その攻防が、五分続いた。
―そして、終わった。
『余計なものは、何もいらない』。
ミラが心の中で唱えるおまじない。それは精神上の一切の無駄を取り除く。一種の暗示だ。脳や魔力筋に大きな負担をかける。
―だから、制限時間がある。
ミラの魔力操作が一瞬途切れて視界が白む。もう日は沈んだのに、明るいのはおかしいと呑気に思った。その隙を、ヘリシーは見逃さない。
(―これはっ)
まずい、と思ったときには数メートル前に闇属性上級魔術があった。結界の張り直しは勿論、炎の盾すら間に合わない距離。
思考までも硬直させているうちに、槍が目の前まで飛来して―
*_*_*_*_*_*
フィンレストは目を覚ますと、瞬時に自分が寝ていたのが床だったことに気付き、状況確認を始めた。
フィンレストがいたのは部屋の前。周囲には他の生徒もたくさん倒れていて、少なくとも通常とは違う何かが起こっていることを伝えてくる。
分かることをあらかた整理すると、次は自分の体の状態とフランツェルの安否を確認―するが、体の状態はともかくフランツェルの姿が見えない。彼女の部屋は隣なのに、扉をそっと開けても見つからない。
―それだけで、動悸がした。
出来るだけ自分を落ち着かせようと深呼吸しながら、感知魔術を起動。対フランツェル用の特別な術式だ。読み取れる情報は―何もない。有効範囲に、フランツェルがいない―あるいは。
―死んでしまった?
「......嘘、だろう」
顔がスッと青ざめていくのが自分でも分かる。暑くないのに汗が噴き出して、呼吸が浅くなる。
そこに、こんにちは、と軽い声がかかった。振り向いて起きている人がいることに驚く。
「確認するけど......フィンレスト・セーラス君で合ってる?」
そう訊ねてくる少女をフィンレストは知らない。
緑がかった灰色髪はかなり長く、腰に届きそうなほど。やや暖かみを持ったアイスグリーンの瞳がフィンレストを見つめてくる。一体何に向けた感情なのか―その瞳をキラキラと輝かせて。
「......そうだけれど」
「端的に説明するけど」
どうも、<漆桶の魔手>の襲撃があったらしい。<漆桶の魔手>の魔術によってフィンレストは倒れていたようだ。
少女の説明はその言葉通り端的で分かりやすかった。フィンレストはそれが終わるのをやきもきとしながら待ち、そして即座に訊ねる。
「僕の幼馴染を知らないかい?少なくとも寮の中にはいるはずなんだ」
名前はフランツェル・イードル。肩口までの淡い藍色の髪を鮮やかな赤いリボンで結ったヒヤシンス色の瞳を持つ誰よりも可愛い少女で―
そんな風に、かなり詳細に主観も含めた特徴を語ると、少女は笑った。
「ぞっこんね」
「......フランツェルを知っているのかい?」
普段なら真っ赤になるところだが、今はフランツェルが行方不明で安全が保証されていないので冷静である。少女はムッと面白く無さそうに口を尖らせた。
「えぇ。私、お貴族様と優秀な人には詳しいの......フランツェル・イードルなら、どこにいるかまで分かるけど?」
「早く教えてくれ」
「教えたところで寮にはいないの......出てっちゃったみたいで」
「っ?!」
背筋がゾッとする。 フランツェルが一人で外に出たというのか。
(襲撃は<漆桶の魔手>......こうしている間にもフランツェルが危ない)
「僕、もう行くよ」
どこにいるのかまでは分からないが、近くまでいけば感知魔術で場所を特定できる。そう考えての行動だったが。
「ちょっと待ちなさいよ」
「今すぐに行かないと」
「さっき言ったことを忘れた?」
「............フランツェルが寮から出ていった」
「その前よ」
は、と力が抜ける。少女は先程何と言っていたか。
少女は得意気にまた笑う。
「私、商人の娘なの。お金が絡んでる人間の居場所は丸分かりなんだからね?―以後、お見知りおきを、フィンレストくん」
その言葉に、焦っていたのを忘れて嫌なものを見た人間のような表情に変わってしまったのは不可抗力だろう。
*_*_*_*_*_*
「―......ぁ」
フランツェルの背後からの攻撃。
魔物の野太い前足がフランツェルの体を切り裂こうとして―
「僕のフランツェルに触れるな」
―逆にその前足が宙を舞う。
太いそれを切り離したのは雷魔術。バチバチと鳴る火花が、術者の苛烈な怒りを物語る。魔物は大量の血を振り撒いて倒れていく。
それを呆然と見送って、フランツェルは自分を守ってくれた少年を見た―否、目を奪われた。
「―フィンっ!!」
「......フランツェル」
かすり傷ぐらいしかないフランツェルを見て、フィンレストは心底安心したように表情を緩める。
「この状況は―」
「フランツェル」
し、とフィンレストは唇に人差し指を当てる。む、と黙り込むと彼はまた、少し笑った。
片膝を立てる。右手でフランツェルの左手をとった。目を見開くフランツェルの前で何かの準備は終わって、フィンレストがフランツェルを見上げる形になる。
よく見ると、その耳は少し赤い。珍しいわ、なんて、他人事な呟きが口から漏れた。
「好きだよ」
「............へ?」
大きく口を開けてポカンとする。でも、徐々に言葉の意味が分かって―フランツェルは真っ赤になる。意識せずとも顔に華やかな笑みが浮かんで、胸が大暴れを始める。
「本当はまだ言うつもりはなかったのだけれど......君は、こうでもしないとどこかに行ってしまいそうだから。これは自己満足で、だから、返事はいらな―」
気付けば、その右手を思いきり引っ張ってしまっていた。引っ張られて立ち上がりながら驚いた顔をするフィンレストに衝動的に抱きつく。
―これまで、こんなにも嬉しかったことがあっただろうか。
ない、と断言できる。きっと、今が人生最高の瞬間だ。返事はいらない。そう言おうとしたフィンレストの声を遮って。
「私もよ、フィン」
そう言ってやったら耳だけでなく、じわじわと朱が昇る。フィンレストは目を逸らすと誤魔化すように頬を掻いた。
「............たまにはカッコつけさせてくれてもいいのに」
「だって早く返事をしたかったんだもの......それに、フィンはいつもカッコいいわよ?」
「......フランツェルは本当に―」
「本当に?」
「世界一可愛い」
「―っ、えぇ、ありがとう」
周囲の魔物なんて目に入らない。これまで隠し通してきた分を埋めるように言葉を交わす。本音を話すようになったフィンレストが素直すぎて、心臓が暴れて死にそうだった。
―とそこで、空気を読まなかった魔物が攻撃してくるが、フィンレストが自由な左手で雷魔法を放出したからフランツェルは気付かない。
しばらくして自分が抱きついていることを知って慌てて距離を取った。
「そっ、それより、この状況はっ?」
「後で説明する」
「......そう?分かったわ」
フィンレストが言わないということは、今は知る必要がないということだろう。なら後でいい。とりあえずそう結論付けて魔石を受け取る。フランツェルが魔力補給している間にフィンレストは魔物の方へと向かっていった。
上級魔術の詠唱をすると四方に雷の網を広げ、魔物だけを絡めとる。―彼にしては、感情的な攻撃。
「フィン......どうしたの?」
「僕、怒っているんだ」
「............どうして?」
怒っているフィンレストは見たことがない。自分の元に駆けつける前に何かあったのかと思ったのだが―
「......君が優しすぎるんだよ」
「............へ?」
意味が分からず、首を傾げる。そんなフランツェルの様子にフィンレストは苦笑して魔物たちと再び向き合った。
*_*_*_*_*_*
そこに辿り着いたときフランツェルが殺されかけていて、フィンレストは心が冷えるのを感じた。
詠唱を終えて待機させていた雷魔術を起動。魔物の前足を切断した。
「僕のフランツェルに触れるな」
<漆桶の魔手>への怒りのせいで魔術が少し荒くなり、ほんの少し本音が漏れてしまったけれどそれでいい。―我慢できるとも思えなかった。
「―フィンっ!!」
「......フランツェル」
フランツェルにはかすり傷が幾つか。それだけで怒りが沸点に達しそうになるが、良かった、という感情の方が大きかった。
「この状況は―」
「フランツェル」
し、とフィンレストは唇に人差し指を当ててみせる。フランツェルがむ、と黙り込むのが面白くて、少し笑った。
片膝を立てる。右手でフランツェルの左手をとった。目を見開くフランツェルの前で準備を終えて、フィンレストがフランツェルを見上げる形になる。
止まったら恥ずかしくなってしまうから、とにかく端的に。
「好きだよ」
「............へ?」
「本当はまだ言うつもりはなかったのだけれど......君は、こうでもしないとどこかに行ってしまいそうだから。これは自己満足で、だから、返事はいらな―」
そこまで言ったとき、フランツェルに右手を引かれる。想定外のタイミングでの予想以上の力に体勢を崩して、抱きつかれた。思わず体が硬直する。
「私もよ、フィン」
自分が真っ赤になったのが、分かった。これは衝動的な告白で、だから返事はなくていいと思っていたのに嬉しくて、つい目を逸らして頬を掻く。
その後も、いくつか言葉を交わした。
周囲の魔物なんて目に入らない。これまで隠し通してきた分を埋めるように言葉を交わす。
(今日は幸せだな)
これは隊長に自慢してやらなくては、と思っていると魔物が攻撃してくる。幸せ気分から一転、舌打ちしたくなったが、左手で雷魔法を放出して無かったことにする。
しばらくしてフランツェルが離れていってしまい、少し名残惜しく思いながら。
「そっ、それより、この状況はっ?」
「後で説明する」
「......そう?分かったわ」
今教えると怖がるかもしれない。そう判断して説明は後回しにし、魔石を手渡す。魔物の方へ足を踏み出した。
詠唱をすると四方に細かく雷で出来た網を広げ、魔物だけを捕獲。
普段はやらない行為にフランツェルが目をパチクリとさせた。
「フィン......どうしたの?」
「僕、怒っているんだ」
「............どうして?」
戸惑っているフランツェルも可愛いが、好きな人を殺されそうになって怒らない人間などいないはずもない。自分がそう思われているのだと思うと、苦言を呈したくなった。
「......君が優しすぎるんだよ」
「............へ?」
混乱するフランツェルの様子にフィンレストは苦笑。まだ言うつもりも準備も無かったから、心の中でこっそりと告げた。
(......もう、二度と離さないから覚悟するといい)




