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その黎明に祈る  作者: 願音
<漆桶の魔手>編
54/73

戦線成立


 エムリナは憂いの籠ったため息をついた。なせならば―理由は単純である。

 気付いたら寮の談話室のソファに寝かされていて、目を開くとジークが目の前にいたからだ。


「............最悪の目覚めね」


「失礼」


「............礼を尽くさなければいけない相手はいないもの」


 一切の迷いもなくソファの端に移動してジークとの距離を広げる。ジークは心なしか少し不機嫌そうにソファに腰かけた。

 何故このような状況になっているのか、思考を巡らせてみる。

 だが答えは記憶の中から見つかることはなく、部屋から出て食堂に飲み物を受け取りにいったところでエムリナの意識は途絶えていた。


 ―気を失った、ということだろうか。


 それにしては、何か違和感が体に残っているのだが。

 内心首を傾げながら―顔は全くの無表情だが―ジークに言葉少なく訊ねる。


「............何故かしら」


「相変わらずの口下手」


「............アナタも人のことは言えないわ」


 エムリナは口下手な上に人との関わりを重視せず、流れで皮肉を言う。だがエムリナの口下手度を一〇〇〇とすると、ジークは八〇〇。ジークも大概なのである。


「<漆桶の魔手>の襲撃。生徒全体に大型精神干渉魔術と魔力吸収を複合化した仮死化現象。ミラ嬢が封印結界で無力化して今戦闘中」


「............なんて馬鹿みたいな状況なの」


 小説のような緊急事態を起こすな、と言外に滲ませてまたため息。

 ジークが咳払いをした。


「君は今すぐ学園を覆う結界を解け」


 ジークの説明によると、学園を覆うように魔術を内向きに反射する結界が付与されているらしい。この結界のせいで予期せぬ奇襲を食らう可能性があるということ。図書館の屋上の頭上の位置で付与が行われたようだ。結界が付与されたとき、それを解くには付与が行われた場所で術式干渉するのが一番早い。


「............あら、解術中無防備になれと?」


 ルーティング家の令嬢をそんな危険に晒すのか、と訊く。ジークは首を振った。


「この場を任せられる人が起きれば自分が護衛につく」


「............そんな物好きいるかしら」


 この場を預かる、ということは生徒達を統率するということ。それはたくさんの命を背負うのと同じだ。―そんな重荷を背負えると即答できる者がそう早く目覚めるだろうか。

 だが、その言葉は談話室の扉を開ける音に否定されることになる。



「―それって私のこと?」



 エムリナがジークとほぼ同時に振り向いたそこ、得意気に笑っているのは―


「............ケイティ」


 ボソリとその少女の名前を呼ぶ。エムリナは脊髄反射で嫌なものを見たような顔になる。ケイティに向けるのはいつもこの表情だ。


「君......誰?」


「ケイティ・リルグニスト。商人の娘で、お金が大好き」


「............ただの守銭奴よ」


 ジークはケイティがこの場を預かろうと言っているのだと判断して、真剣そうな顔つきになる。


「本当に大丈夫か」


「人を使うのには慣れてるわ」


「そういう問題じゃない」


「分かってるわよ。冗句の通じない真面目な殿方は、これだから嫌だわ」


 ケイティはそれはもう、守銭奴に相応しい純度一〇〇%の黒い笑顔になる。素晴らしい容姿をしているだけあって、そんな表情でも板についていた。



「今回の件―解決後確実に貢献度に応じて報酬があるわ......顔を売るのにうってつけでしょ?」



 何か言い返そうとしたのか、ジークの口が動くのを横で眺めていたエムリナは仕方なく歩き出す。


「待て、杖が」


「............早くしなさい」


 ジークが慌てて自分を追いかけてくる足音とケイティの楽しそうな笑い声を聞いて眉をひそめた。


「............あの娘は......いつになったら変わるのかしら」


 ―なんて、学園祭のときとは正反対のことを呟きながら。


*_*_*_*_*_*


 エムリナとジークは数分後、図書館の屋上に辿り着いた。そこには魔物の姿もなく、張り詰めていた二人の緊張が無意識に弛緩する。

 屋上の床に広がるのは黒い線で描かれた魔方陣。そこに含まれた精霊文字からして、これが目的のもので間違いない。


「............かなり高度ね」


「出来るか」


「............時間があれば確実に」


 ならやってくれ、という要求に頷いて、術式干渉を始める。


(............堅い結界ね。純粋に真っ向から壊すとなると、最上位魔術でなければ難しい)


 付与が行われた場所が分かったのは僥倖。運が良かったとしか言いようがない。

 結界特有の式―魔素式を見つけ出して打ち消す部分を挿入。次に複合化に使われている迂回術式を順に破棄していく。


 そして一〇分後。

 術式干渉を終え、エムリナは閉じていた目を開いた。そして意識的にシャットダウンしていた聴覚も元に戻し、憂いの籠った吐息をする。

 視界に映ったのは、使い慣れない予備の杖で必死に魔術を行使して大量の魔物からエムリナを守るジークの姿。


「............精々頑張るといいわ」


「協力っ、すべき」


「............情けない男ね」


 短縮詠唱をして防御結界を展開。自分とジークを囲って、首を傾ける。


「............どうしていきなり集まってきたのかしら」


「術者が気付いたんだろう」


「............壁から登ってきたのね」


 ジークの回答を無視。さっさと倒しなさい、と指示を出した。<漆桶の魔手>が操る魔物は特別な術式が施されていて、闇属性魔術は効かないのだ。


 だから、結界と幻術で手助けしつつ、エムリナは空を見上げる。あの少し抜けた少女は無事だろうか、と思った。


*_*_*_*_*_*


「名前を呼んだ人は配置場所に。それ以外は魔石とか物資をかき集めなさい」


 拡声魔術で生徒達に指示を飛ばして、ケイティは机に腰かける。それぞれが素早く行動を取るのを見ているといい気分になってきた。


(やっぱり指示一つで動くのは最高......最大の利益にも繋がるし)


 ふ、ふふ、ふふふふふ、なんて笑っていると、女子生徒がおずおずと話しかけてくる。


「......あの」


「どうかした?」


「いえ、その............どうして楽しそうなのかな、と」


 危険な状態なのに、と不安そうな顔に破顔する。笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指先で拭った。


「あのねぇ、不安なんてもういらないの」


「......えぇ?」


 ケイティはまた、守銭奴の顔になる。



「実力のある人は割り振った。生徒の保護と解決後の物資の準備ももう終わるでしょ―ほら、戦線成立......だから、私の仕事はおしまい!あとは楽しい楽しいお金稼ぎの時間なの!」



 女子生徒はえぇ、と狼狽える。その反応がこれまた面白くて、ケイティは暢気に笑った。

―が、悲鳴が聞こえて素早く動き出す。女子生徒が焦っているが、気にしない。

 何か起きたときには状況確認が最優先なのだ。情報は戦場において大きな意味を持つ。


 そして寮の入り口の近くの位置で暴れる異形を見る。


 ―魔獣だ。

 魔物ではない。今回は小型とはいえ、強力な存在。学園に溢れかえっているのは魔物が最も多く、その次が構成員、魔獣の順。―なのに、一番厄介な魔獣が寮の近くに来てしまった。


 悲鳴を上げたのであろう生徒が腰を抜かしてブルブルと震えている。呻き声が漏れていて、当然杖は地面に転がっている。ケイティの後ろを追ってきた少女も魔獣に怯えていて、今にも悲鳴を上げて魔獣の注意をこちらに集めそうな様子。

 ケイティは動くことができなかった。

 ホルダーの杖を引き抜くことも、走って寮に逃げ込むこともできない。


 なぜなら、夢中になっていたからだ。



 ―魔獣の額に光る、太い角に。



(わぁあああああああ、あの角、高く売れるやつっ?!あの角欲しい……私なら普通の価格の三倍で売り捌けるものっ‼)


 ケイティは誰もが呆れるほどの守銭奴なのだった。

―とはいえ、危険な事には変わりはない。だが、ケイティは動じない。両頬を叩いて緩んだ顔を引き締めると、真上を見上げる。


 寮の入り口の飛び出た屋根に立つ女性の姿を認めて、弾んだ声を上げた。



「―お姉ちゃんっ、よろしく‼……あ、角は綺麗に抉ってね?」



「ケイティ、なんか……ううん、別にいいんだけどね?」



 小首を傾げて可愛くおねだり。おねだりだから貸し借りは発生しない、という魂胆である。ドロシーは呆れてたようにやれやれ、と息を吐くと、儀礼詠唱を口にする。


「―<火寵焔>」


 次の瞬間、数コンマの間に生み出された炎の槍が魔獣の額を深く抉る。しばらく魔獣はふらつきながらも立っていたが、やがて地面に倒れ伏した。それを見て、周囲の生徒たちの空気が弛緩したのを察すると、ケイティは素早く叫ぶ。


「早く移動して」


 離れていく気配に頷いて、ドロシーの元へ。


「流石お姉ちゃん……あ、その角頂戴」


「いいけど……別に、構わないけど……」


 浴びてしまった土埃を叩きながらドロシーはやっぱり何か言いたげな顔をする。角を受け取ると、ケイティは真面目モードに瞬時に移動した。ちなみに、右手は角を撫でている。


「お姉ちゃんは……外部からの救援?」


「うん、そう……変わるよ、戦況が」


 杖をホルダーに戻しながらの言葉に、胸が高鳴るのを感じる。


 ―お姉ちゃんはやっぱり、こんなにカッコいいんだ。


 口元を思わず緩ませる。少しだけ、嫉妬というものがあるけれど―そんなものが気にならないぐらい、ケイティはドロシーが自慢の姉なのだ。


「……ありがとうね、お姉ちゃん」


 ついでに、聞こえるか聞こえないか分からないぐらいの小声でつけ足してみる。その言葉が聞こえたのか、ドロシーは耳の先を赤くした。そっぽを向いてしまった。「あーあ」と笑って、それでも流石にケイティでも恥ずかしいものがあってドロシーに背中を向ける。

 大好き、だなんて。一五歳にもなって、ちょっと恥ずかしいから。


 ―だから、ケイティは茶化すことにする。


「あれぇ、お姉ちゃんー?どうしたのかなぁ」


「ちょっ、こっち来ないで。下がって、今すぐ離れてよっ!別に、そういうんじゃないんだからぁっ‼」


 ケイティは逆に近づきながら心の中で訂正する。



(間違えた…………お姉ちゃんは誰よりも可愛いんだった)


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