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その黎明に祈る  作者: 願音
<漆桶の魔手>編
53/73

訪れる窮地


 魔法交戦大会決勝の終わり、結果を確認した後、シドラスは欲しい魔術論文があってリチャードと共に外に出ていた。リチャードはとある少女に用があるらしく、一緒にセレナイト学園に戻ってきている。


「お前、何か変わりましたね」


「えー............えぇ、そうでしょう?そうに決まってますとも」


「どうしてドヤ顔するんです?」


 それは勿論、惚れた少女のお陰だからだ。

 シドラスは予選の最後のことを忘れられない。ことあるごとに思い出すのだ。そして思い出すたびにだらしなく口元を緩めるのである。

 ―とはいえ、そのことをリチャードに知られると何か言われそうな気がして、その場合なんだかんだ全部バレるので話題を変えることにする。


「あぁ、それよりも―」


「―黙りなさい」


「は?」


 いきなり遮られて、首を傾げる。

 リチャードは訝しげにセレナイト学園に近付いていく。シドラスは黙れと言われただけだったのでついていくことにした。


「師匠......どうしたんすか」


「黙れと言いました」


 確かにそうだけど、と口を尖らせる。異常に勘がよく頭もいいリチャードが何かあったのかと疑る状態、となるとシドラスは何も分からないのである。正直、滅茶苦茶気になった。


(首の裏がチリチリする感じならあるけど)


 それがリチャードの感じた違和感なのだろうか、と思う。物凄く嫌な感じの空気だ。

 ―何かが学園で起こっているような。


「......シドラス」


「なんすか」


「大変なことになりました」


 リチャードが深刻な表情で告げてくる。彼がそんな顔をするのは珍しい。シドラスはそんなことを他人事に見ていたが、次の瞬間、ポカンと口を開いて呆然とする。



「糞共が......<漆桶の魔手>の襲撃があったようです」



 は、と呆けている間に、リチャードはどんな行動をとるか検討している。普段ならある程度落ち着いて指示を待つところだが、そうはいかない。

 <漆桶の魔手>の襲撃?

―ということは。


(今で大会が終わって一時間半ぐらいだ。ミラ嬢は絶対に中にいる......師匠が焦るくらいだから戦線は成り立っていない?なら、ミラ嬢はとても危険なんじゃないか)


 <漆桶の魔手>の襲撃といえば、魔物や魔獣、多くの構成員による危険な事件。それが起こる度、たくさんの犠牲が支払われているはずだ。

 そんな場所に、ミラはいるのだろうか。


 段々とシドラスは真っ青になっていって、しばらくするとリチャードがこちらに振り返る。


「私はこれから王城と......魔術組合に連絡を入れて増援を呼びに行きます」


 妥当な判断だろう。<漆桶の魔手>相手になると、リチャードといえども命に危険がある。

 だが、それは今すぐの救援はない、ということ。―その間に、ミラは死んでしまう可能性があるのに。


「......おれは」


「私についてきなさい」


 当たり前だ。

 リチャードでないと連絡には役に立たないし、シドラスはまだまだ未熟。ここで待つのも危険がある。


 師匠が正しい、と唇を噛み、リチャードの方へと一歩踏み出すが―リチャードは肩をすくめるとそれを押し止める。


「............と言いたいところではありますが」


「は」


 そして、示されたのは後方―セレナイト学園。



「行ってきなさい......守りたいのでしょう」



「......っ!!」


 その指示に心が沸き立った。

 シドラスは驚愕に目を見開いていたが、数秒後深く息を吸う。


「―はい、師匠」


 この感情をなんと表せばいいのだろうか。焦燥とは全く違い、感動とも相容れない。そんな感情で心が一杯になる。


 リチャードから魔石を二つ受け取り、校舎裏から柵を乗り越えてこっそりと浸入すること、学園内で誰も死なないよう注目を集めること、と指示を受ける。

 最後に、バンと背中を叩かれた。



「存分に暴れてきなさい......くれぐれも、死なないように」



 再びはい、と頷いて走り出す。シドラスはやっと口元を緩めた。


(......師匠には、何もかもお見通しらしい)


 ここ数日の決意も、想い人への関係も、知人に対する心配も、助けにいきたいという焦燥も、何もかも。

 シドラスが分かりやすいのもあるだろうが―やっぱり、悪くなかったなとシドラスは思う。


 彼のお陰で、好きな人のために動けるのだから。


 柵を乗り越えてセレナイト学園の中に入り、シドラスは少し開けたところで仁王立ちする。それはもう、どこまでも堂々と。

 こちらに気付いて気配を鋭くし、順々に襲いかかってくる構成員たちと応対しながら、シドラスは心の中で吠える。



 ―絶対にあの人たちを守ってみせる。



 ここにはない―でも、きっとどこかで交戦しているのであろう、想い人。その場に、<漆桶の魔手>の増援が向かわないように。


*_*_*_*_*_*


 セレナイト学園魔法交戦大会予選直後。選手控え室で目を覚ましたシドラスはすぐに行動を始めた。自分よりも優れた人の魔術から得た自分には足りないものを特定して見直し、魔術式も改めて学び直した。魔術の同時維持の訓練も毎日ギリギリまで行った。

 元々、伸びしろだけはあったらしい。


 ―シドラスは急成長を果たした。


 予選前と比べると圧倒的に魔力操作も制御も上達した。同時維持だってどちらかが慣れた魔法剣であれば出来るようになったし、術式理解能力も増した。

 だから、構成員とも渡り合えた。


*_*_*_*_*_*


「―っと」


 剣を振り抜いて、闇属性魔術の槍を弾く。先程から呪術か闇属性魔術の攻撃し かしてこないため、一度慣れれば楽だった。<漆桶の魔手>はこの二種類しか主に使わない決まりがあるのかもしれない。

 魔法剣は実体のないものを斬ることができるため、構成員とは相性が良かった。斬った後降りかかるものを避けるのにはコツがいったが。


(いつか人を斬ることになったとき、返り血を浴びずに済むかもしれない)


 斬りたくはないが、それぐらいはもう出来そうな気がした。これまた、魔術師には向いていない能力である。

 若干落ち込みながら後ろに飛び退いて、剣を振り上げる。大上段の攻撃をかわして少し崩れた相手の体勢を利用し、柄で殴って気絶させる。


 魔術と平行して基礎体力工場のための訓練も行っていたからまだ息切れはない―が、魔石の消費は既に一個。魔法剣を維持できなくなれば呪術や魔術を回避するしかなくなる。限界は近い。


「......だけど、そろそろ」


 ―救援は、いつだろうか。

 多分、戦闘に入って二〇分以上。救援が来なければ、あと四〇分がシドラスの余命。


 ―自分は、上手く立ち回れているだろうか。

 既に何人も気絶させている。倒れた人が邪魔で、かなり校内を移動してきた。魔物や魔獣はやはり構成員が操っているのだろう。襲ってくるのは人間だけで、それがシドラスの命を繋いでいる。


 ―あの人は、無事だろうか。

 無事だと思いたいものの、シドラスはまだ味方の姿を確認できていない。感知魔術は上手く展開できないから、調べることもできない。


 攻撃を察知して対処し、隙を突いて気絶させる。かなりの荒行ではあるが、構成員は示し合わせたように皆同じ行動を取るので慣れてしまえば機械作業。だから、シドラスはつい油断してしまい―それが、仇となる。


「―っ、これは」


 魔物が左斜め後ろの方向から太い腕を振り上げて襲いかかってくる。大きく振った直後で剣は間に合わないと判断し、少しでも遠ざかろうとして―応対していた構成員と衝突した。必然的にもつれ込み、シドラスは立ち上がれない。


(食らってしまう)


 月明かりによって出来る影を見て、心が冷える。来るであろう痛みに備えて反射的に目をきつく瞑った。



 ―シドラスは急成長を果たした。

 予選前と比べると圧倒的に魔力操作も制御も上達した。同時維持だってどちらかが慣れた魔法剣であれば出来るようになったし、術式理解能力も増した。


 そう―()()()()()()()

 まだまだ未熟。中級魔術師との戦闘も、相性や運が味方しなければ勝てないだろう。今シドラスが下される評価は、魔力操作と制御は凡人以上優秀者未満。術式理解は普通レベル。やっと同時維持が出来るようになった中の中辺りに位置する学生。


 それが、今のシドラスの実力なのだ。



*_*_*_*_*_*


 レベッカは額に滲んだ汗を拭った。

 もうすぐ日が暮れる、という頃合い。大会直後から動きっぱなしなのである。


 大会直後、生徒を寮に戻した後他の教員たちと共に卒業試験の打ち合わせをしている時、<漆桶の魔手>の襲撃はあった。すぐさま教員は散らばり、最も話を通しやすい理事長が連絡に走ることになった。

 だが、それから未だ救援はない。理事長は危険な目に遭っているのかもしれない。そうなると、犠牲者が出たという連絡はないものの厳しい状態だ。魔力は減少するのに敵は減らないため限界は近付いてきている。


(職員室に魔石があったのは不幸中の幸いか)


 それがなければ、既に魔力切れだろう。その場合、寮にいる生徒たちが大きな危険に晒される。―実はもう晒されているのだが、レベッカはそれを知らない。


 大講堂の近くを通りかかったとき、啜り泣く声が聞こえた。大講堂には魔物が群がっている。近くには人影がない―つまり、中に誰かがいる。泣いているのだから、生徒か。

 生徒ならば保護しなければならない。そう結論付けて一歩踏み出すと、大講堂周辺の魔物が一斉にこちらを向く。


「何だよ、いきなり」


 勿論、原因はなんとなく分かっているのだが。

 それでもレベッカはあくまで面倒事をぼやくときのように息を吐く。―心の中に鬱屈していた強い感情を。



「意味も分からない信奉に、()()()()()()()()()()()()()()()()



 言葉と同時に土魔法を行使する。地面の土を利用して最小限の魔力で飛礫を飛ばす。雑な成形の尖った飛礫が強かに魔物たちの急所に刺さり、バタバタと倒れ伏していく。

 ガシガシと頭を掻いて大講堂の扉を押す。

 隅で丸くなっている男子生徒を見つけると、風魔法で浮かして運搬する。


「お前、名前は?」


「..............................エリック・オスカー」


「ほーん、エレリック・リュシアンとかいう作家に似た名前だな。将来、作家になったらどうだ?」


「..................どうせ今日死にます」


 レベッカはつい、という風に八重歯を覗かせて笑った。



「大丈夫だ―ガキは甘えてりゃいいんだよ」


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