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その黎明に祈る  作者: 願音
<漆桶の魔手>編
52/73

叛逆


「キルディノ......そうだなァ。ワタシの偽名の一つとしては、正しいとも言えるね」


 キルディノは二つの人間をいったり来たりしながら語り出す。


「あまり気に入ってはいなかったけどなァ。まァ騙せたんならいいか」


「あなたは......っ」


「キルディノ・フロンティリティ......長いよなァ」


 笑いながら彼は学園での立場を否定する。ヘリシー、と代わりに名乗った。おそらく、これも偽名。あり得ないのだ、ヘリシー(邪教)など。


「キミ、生徒に何かしただろ?徴収していた魔力が届かなくなったんだ」


「............」


「どうしてキミは精神干渉魔術に引っ掛からなかったのかなァ?本当に興味深い子だ。魔神様への貢物に相応しい」


「......私はそんなものにはならないから」


「なるんだよ」


 声を押し殺したミラの言葉にヘリシーはニッコリと嗤う。ヘリシーの一つ一つの動作に間違いが混ざっているようで気持ちが悪かった。



「『ຂອງພວກເຮົາ(凡ては我らが)ພຣະເຈົ້າ(神のため)』......キミ、紋章は知っているだろ?」



 その顔に浮かぶのは余裕の笑み。お前が何をしてもこちらは大丈夫だ、ということだろう。

 ―それが実に、腹立たしい。


(でも私、もう魔石は使えないからこの人と戦って勝てるかどうか)


 合宿のときの男がヘリシーなら、闇属性魔術に優れているということだ。それに加えて、展開中の精神干渉魔術を扱う技量もある。おそらく、呪術も使用するだろう。

 魔力徴収によって集めた魔力も使えるのならば、ミラよりも多くの攻撃を出来ることになる。


(魔放戦用結界がないのが救いなのか、あった方が良かったのか、分からないけれど)


 状況は絶望的だ。

 味方をしてくれる人たちの場所は分からない。分かったとしてヘリシーをそこにつれてはいけないし、味方を呼ぶにしてもそれをヘリシーが許すとは思えない。変に目立って他の構成員を呼び寄せてしまったら笑えない。


 ―それでも、どうにかするしかない。


 ミラは気合いを入れ直す。杖をしっかりと構えて、口を開く。何故か自然と浮かんだ笑み―に見えるよう、精一杯強がって。

 怖い。滅茶苦茶怖い。ミラにとっては、これが初めての命の保証がない戦闘。だから、なんだというのか。

 きっかけは適当でいい。相手が動揺するのなら、何だって。


 ―やって魅せよう、どこまでも届くまで。



「あなたのこと......私が救ってあげるから」



 ヘリシーの纏う雰囲気が、急変する。余裕綽々の舐め腐ったものから、鋭利なそれへ。沈黙したままでも分かりやすい変化にミラはこっそり思う。


(あれ............地雷を踏んでしまったのかもしれない)


*_*_*_*_*_*


 フランツェルは寮の一階の端で目を覚ました。裏口がある部屋の隣室。体は丁寧に横たえられていたようで、固い床に寝ていたから体の節が痛む。


(フランはどうしてこんな所で......)


 そう疑問に思って―あ、と呟く。


「鼠のせいだったわね」


 たまたまこの辺りを歩いていたら鼠に追いかけられ、立てこもったのだ。

 何故倒れていたのかは自分でも分からないが、きっと気絶していたのだろう。そう結論付けて、そっと扉を開ける。


「今日は何日だったかしら......確か、()()()()()だったはず」


 ()()は準決勝だった、と思い出す。カインが欠席してエムリナという少女が不戦勝したのだ。

 つまりミラとエムリナが決勝で戦うということ。絶対に見に行かなければ、と意気込んで裏口から出た。触発されて、訓練所で少し練習しようと思ったのだ。


 ―この時点で、フランツェルは気付くべきだった。

 自身の右手に刻まれた<漆桶の魔手>の紋章と、遠くから僅かに聞こえる魔物の咆哮に。


 その後奇跡的にフランツェルは構成員とも魔物とも遭遇せず―訓練所への道のりの途中、寒気を感じとる。


(―何か、嫌な予感がするわ)


 何かが、決定的に変わってしまうような。

 その勘に突き動かされて、水魔法で後方に盾を形成する。


「―っ?!」


 勘は当たって、背後から何かが盾に激突する。振り向いて、フランツェルは目を剥く。魔物の群れだ。かなりの数。どうして、と本日二回目の問いを抱いて迎撃を始める。


 ―その問いは解決されないままだ。

 それも当然。フランツェルは起きてすぐ裏口から出てきてしまった。ジークの説明も聞かず、魔石も受け取らず。

 魔物は<漆桶の魔手>の転移魔方陣を経由して学園全体で湧いている。転移魔方陣を停止、もしくは破壊しなければ魔物の発生は止まらない。



 ―だから、フランツェルの魔力は減る一方、小さな傷が増えていく。



(何なのよ............この状況......っ)


 ギリギリで攻撃をかわし、無理な移動で崩れた体勢を水魔法で支える。―こんな回避が、もう何度目か。

 どうにか、逃げられないだろうか。

 そんなことを考えていると。


 思考の綻びを突くように、背後で雄叫びが上がる。フランツェルは出来る限りの早さで振り向いて―ヒヤシンスの瞳を大きく見開く。


「―......ぁ」


 己に迫る死の予感に、体がすくんで―


*_*_*_*_*_*


 ミラは一つ、技を覚えた。ちなみに、ヘリシーとの戦闘中に、である。それは―


(......右上、下っ、後ろっ!)


 迫り来る脅威―ヘリシーが操る闇属性魔術を防ぐ。意識を集中させながら、感知魔術の効果によって方向を把握する。


 感知魔術と複合させた結界―部分的感知結界によるピンポイント防御。


 無論、至難の技である。

 防御結界の維持だけなら大したことはないが、相手の攻撃に合わせて結界を移動させるのは難しい。感知魔術があるとはいえ、闇魔術の矢は既に薄暗くなっている森の中では見にくくタイミングは掴みづらいし、結界は掌ぐらいの大きさなのだ。

 危険を犯すぐらいなら半球体状の結界にすればいいじゃないか、という主張は意味を持たない。そんなに大きな結界を高い防御力を保ったまま維持するとなると消費魔力量が馬鹿にならないのである。


 矢の隙を縫って炎魔法を放出するが、闇属性とは違って暗いときに視認しやすい攻撃は避けられてしまう。


「大丈夫かい?救ってくれるんだろォ?」


 戦闘開始時こそ不気味なほどに静かだったものの、今はヘリシーがうるさい。今はミラが静かで、それが信じられないほどに鬱陶しかった。喧しい。


(もう、本当にこの人うるさい......残量魔力は三五〇前後か............というかこの人うるさい......)


 思考に余計なものが混ざる。―だから、見逃した。


「―ぁ゛っ!!」


 黒い矢が左肩に直撃して足の力が抜ける。一瞬思考が弾けて、それでも咄嗟に結界を半球に変化させた。それが次の攻撃を凌ぐ。

 ミラは一秒毎に襲いかかる激痛に喘いだ。


(痛い痛い痛い......っ、どうにか、早く、治癒を......っ)


 初めて体験する、想像を絶するような痛みに朦朧とする。魔法戦と実戦とではこうも違うのかと汗を流しながら思った。

 途切れ途切れながらも治癒魔術の詠唱を終え、痛みを和らげる。治癒魔術は基本、怪我の様子を詳細に確認してからでないと爆発の危険があるから実戦では使いにくい。よって、傷を癒すのではなく三級治癒魔術で痛みを和らげるのに使った。それでも大分マシになってミラはゆっくり立ち上がる。


「立つんだ」


「......当たり、前............」


 ふぅん、と品定めされるのは気持ちがいいものではないが、攻撃が止むのは有難い。


「分からないんだよ......キミ、変だ」


「......何の話」


「超優秀なんだ......勘もいい。精神が技術に追い付いていないのかァ?だがその割には成長速度は凄まじい」


「............」


 技術に合った精神が無ければ飛躍できない―王国でよく使われる言葉だ。ヘリシーは、それが気になるらしい。ミラにとっては何のことかしっくり来ないのだが。

 ―ただ、次の言葉は胸に突き刺さった。



「魔力に恵まれ、師に恵まれ、学友に恵まれ、術式理解能力に恵まれ、魔力操作能力に恵まれ―とんだ幸せ者だなァ?」



「.........っ」


「剣の才能がないだと?冷遇されただと?―()()()()()()()ァ」


 喉が強くひきつる。時間稼ぎのために会話を引き延ばしたのに、ミラは衝撃を受けていた。―どうして彼は、知っている?

 ヘリシーは、叫ぶ。これまで教師としても聞いたことがなかったような、大声で。



「釣り合ってねェだろうがァ!!背負った重荷と受け取った宝がよォ!!」



 激昂。ヘリシーは結界を魔法で激しく攻め立てながら捲し立てる。


「恵まれてるくせに不幸なフリしてんじゃねェ!!何だ、その呆気にとられた顔は!!変どころじゃねェ!!人間としておかしいんだよ!!」


「意味が―」


「分かるだろうが!!」


 口を挟む余地はない。ヘリシーがまた、魔法を飛ばす。その声を聞く度、肩の傷の痛みが増した気がした。

 どこかで、咆哮が聞こえてくる。


「楽しかったかァ?!可哀想な奴のフリは!!」


 その言葉を聞いて、反射的に叫んだ。―それは、それだけは間違っていると。



「私は恵まれてる。幸せだよ。今の私のことは嫌いじゃない。全然、可哀想なんかじゃない。だから―あなたは、間違ってる」



 ヘリシーは何故かミラの家庭について詳しかった。それは、彼自身の経験によるものなのか。分からないけれど、これだけは。

 これだけは、譲れない。


(あなたは違う......全然、()のことを解ってない)


 詳しいようで、見通しているようで、ヘリシーは何も解っていない。彼は、ミラを通して誰かを見ている。―あの人とは、まるで違う。

 あの人は、バーバラン家の落ちこぼれでもなく、名門貴族の子女でもなく、天才少女でもなく―ミラを、一人の人間として見てくれていたから。



教えてあげる(救ってあげる)―私の勇姿を、特とご覧あれ」



 余裕げに笑ってみせる。恐怖は一旦忘れて前だけを見る。痛みは残るけれど、ミラはまだまだ戦える。少なくとも、()()負ける訳にはいかないのだから。

 仕方ない、とこっそり息をついて心の中で呪文を唱える。


(()()()()()()()()()()()()()......ただ、前だけを)


 その瞬間、一切の無駄を省いた攻撃がヘリシーとの迎え撃つ。


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