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その黎明に祈る  作者: 願音
<漆桶の魔手>編
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悪夢の始まり


 女子生徒の手に<漆桶の魔手>の紋章を確認して、ミラは周囲にパッと視線を走らせた。


 ミラがいる階の廊下には何人かが倒れていて、その全員が最初の女子生徒とほぼ様子は一緒。扉が開いている部屋もあり、その中でもやはり生徒が倒れている。

 一旦部屋に戻ってストックの魔石で魔力をの回復。窓を開けて外を確認すると息を呑んだ。


「―これ......っ、かなりまずいんじゃ」


 寮の外を闊歩する魔物やら魔獣やら、漆桶のローブを纏った人間やらが視界に飛び込んでくる。完全に<漆桶の魔手>関係。隠す気もないそれに恐怖を通り越して呆れつつ。


(先生達はどうしてる......?ここから見える限りは姿が見えないけど......全滅、はないよね)


 魔術を使った戦闘音が時折聞こえてくる。それは教師だけのものなのだろうか。それとも、救援が来ているのだろうか―生徒の状態は大丈夫なのだろうか。

 この部屋にいるだけでは中々状況を読み取れない。感知魔術を起動する。


(……かなりの数の構成員が来てる…………のかな。倒れている人の魔力反応は出てないのがありがたいだなんて)


 出来るだけ詳細に調べる。どうやら最上級レベルの大型精神干渉魔術が使用されていることが分かった。禁則魔術だから、これは生徒の保護のため学園側が使用したものではない。


 そう結論付けて、部屋にあるストックー魔石()()()()を箱ごと廊下に持ち出す。

 ミラの魔力を込めた特別製だ。自身の魔力なため、普通の品よりも多く回復できる―それが、二七三個。毎日毎日毎日毎日、一日一つ以上は作り続けた代物。多く回復できるからこそ、自分で使うと魔力筋に負荷がかかる諸刃の剣。

 積み重ねた箱を引っ張り、女子生徒の元へ。紋章に手を翳して干渉術式を起動した。襲いかかる違和感に歯を食いしばって打開策を探る。



「―ごめんね、カインくん……また魔力中毒になっちゃうかも」



 だって私の勘がやれって言っているんだもの、と自分に言い聞かせて。


*_*_*_*_*_*


 ミラは広い寮内を巡り歩いた。右手に紋章のついた人間を見つけると魔石一つ分の魔力で封印結界を施す。消費魔力量が凄まじいのは、ミラが慣れないせいだ。封印結界は難しい上に使用頻度が高くない。その上、微妙に体系の違う<漆桶の魔手>の術式を封じ込めなければならないのだから無駄に消費してしまう魔力が多かった。

 魔力筋が弛緩する直前で保護術式を自らにかけて、踏みとどまる。無茶な魔術行使だが、そんなことは言っていられない。術式干渉なため詠唱がいらないのが救いだった。理解できない部分があるのは魔力で押し切れるが、詠唱があればこのスピードで封印結界をかけられない。


「…………これで―終わりっ」


 自室がある最上階から下っていき、ようやく一階。最後の生徒に封印結界を施すとミラはその場に座り込んだ。


(流石にまずいかも......魔力筋が悲鳴を上げてる)


 保護術式を使ったとはいえ、元々それは人体にかけるものではない。全ての負荷を取り除けないのは当然だった。


 頭がガンガンと殴られているよう。ここまでの頭痛は初めて。うーん、と悩んだ後治癒魔術を行使―一時的に頭痛が引いて、満足して頬を緩め―違う、とハッとする。


「違う違う違うっ、そうじゃないでしょっ」


 両手で頬を叩いた。何緩んでいるんだ、この情けない頬は。

 気を抜いている場合ではない。戦闘音は今もなおやまない。時計を確認すれば封印作業に入ってから二〇分以上が経過しているのに。

 途中から機械のように同じ作業を繰り返せば良かったからこの時間だが、一人一人かかった魔術の術式が違っていればこうはいかなかっただろう。


「私は寮にいた方がいいのかなぁ......」


 生徒なのだからそれが正しいのだろうが、寮の様子を誰かに報告しなければいけない。悩み込んでいると―背後から声がかかり、ミラは飛び上がった。


「それはどうだろう」


「わあぁっ?!」


 飛び上がった勢いのまま距離を取って、バクバクと波打つ心臓を押さえる。


(て......敵っ?!)


 ゆっくり、怖々と振り返って―制服を見て、首を傾げる。


「......って、誰?」


「ジーク・ネイソン。第一階位」


「あなたがあの」


「何」


「な、何でもないよ」


 色々なところで『他の高階位とは違って目立たない可哀想な奴』と言われている、とは伝えないことにする。言ったら本格的に可哀想だからだ。

 ジークはしばらく疑わしげな視線を向けていたが、咳払いをすると会話の初めに戻った。


「君は外に出たら」


「え......どうして?」


「<土槍の魔術師>」


 続いた言葉に納得する。レベッカは土属性なのに戦闘に強い稀有な魔術師だ。―その人に、手加減されたとはいえミラは勝利している。


「行くのは、うん、分かったんだけど」


「何」


 ミラは歯切れ悪く聞く。


「あなた、どうして起きてるの?」


「............」


 呆れた目で無言で見つめられ、ジリ、と後ろに下がる。ジークが吐息を溢した。


「君のお陰。封印結界に簡易化聖術を仕込んだのは大正解だ」


「み、右手はっ」


「まだ痛む」


 差し出された右手を確認する。触れてみたり感知魔術を使ったりして調べたが、先程と大して変わっていない気がする。ただ、ジークの体に魔力の流れが戻ってきていることがわかった。


「その紋章がついてる人、魔力が目減りしてたから<漆桶の魔手>に集められているんだと思って......だから、接続先からバレないように封印した方がいいかなってことだったんだけど」


「封印結界でなければ多くの者が死亡。良くて後遺症で魔力を練れなくなる」


「そんなものだったんだ............」


 後から胃が痛くなってきて、両手で押さえる。ジークは構わず、話を続けた。言葉を交わしてみると、かなり個性が濃い人間である。


「自分は最上階にいたから......封印から二〇分。技能を含めれば―一時間あれば、大半が目を覚ます」


「なら、私が残って―」


 目を覚ました者を誘導して外に出ないようにしなければならない、と思っての発言だったが、ジークが否定する。


「冗談はやめてくれ」


「ふざけてないし......」


「違う」


 ミラはいたって真面目である。ムッと口を尖らせた。

 ジークは杖をホルダーから取り出す。


「第二回戦で杖が折れた......自分は大して貢献できない」


 手渡された杖は先端がない。ジークはカインと戦っていたらしい。高所から降ってきたのだから、丈夫な杖でも折れて当然だった。


「じゃあ私が杖を―」


「冗談はやめてくれ」


「だからふざけてないってば」


「違う」


 舌打ちしたい気分になった。何なんだろうこの人は、と腹立たしさを感じながら考える。よく耳にしていた『他の高階位とは違って目立たない可哀想な奴』という風評は的外れだったようだった。


「じゃあ、何を」


「最初に言った」


 ミラは口の端をピクリとひきつらせる。それなら、今までの問答には何の意味があったのか。



「君は外に出ろ―それが一番だ」



 ポカンと口を開ける。そういえば、確かに言っていた。


「なら、誰か起きるのを待って―」


「一人で行けと言っている」


「......行きたくないってこと?」


 はぁ?と信じられないものを見るような目で見られる。釈然としない。



「君、一人の方が強いだろ」



「............」


 そんなことはない、とは言い切れない。近くに大きな魔力反応が無ければ広い範囲の感知をすることもできる。他にも理由はあるが。


 ―ただ、それよりもどうしてそれが分かったのかが気になった。


 杖を手に持って、裏口へと向けて歩き出しながら、訊ねる。ジークが初めて笑った気がして、振り返らずにほんの少しだけ目を見開く。


 小さな、呟き。



()()()に教えてもらった」


*_*_*_*_*_*


 裏口からこっそりと寮の外に出たミラは、感覚のみで魔力探知をしながらゆっくりと敵の少ない道を選んで進んでいった。時には勘も働かせつつ、交戦しても静かに、魔力消費量を少なく制圧する。それを実現させている最大の要因―勘は、<剣狼>の異名を持つ剣士であるロウデンから受け継がれたものだが、ミラは微塵も気付いていない。

 たまに一瞬だけ感知魔術を使って、大型精神干渉魔術を使っている構成員の位置を確認しなおす。


「……()()()()()()()…………もうすぐだ」


 作戦はシンプル。

 感知魔術と遮断結界―気配などを遮断する防御性能のない結界―の複合魔術を駆使しながら近くまで寄って、不意打ちで攻撃するのだ。


(魔法戦用結界は張られてないから……多分、不意打ちなら中級魔術でもいけるよね)


 人を殺してしまう可能性はある―だが、そうはいっていられない。どうせ魔術師で出世したらそういう機会が回ってきてしまうこともあるのだし、いっそ向き直ろうと考えていた。言わずもがな、ミラはかなりおかしい。


 手筈を確認している間に訓練所が見えてくる。ミラは校舎から飛び出して襲い掛かってきた魔物を倒すと、グルリと訓練所の周りを回って森に辿り着いた。遠視魔術で人影を認めるとふぅ、と緊張の籠った吐息を溢す。小声で詠唱。複合魔術を展開しようとして―勘のままに、防御結界に切り替える。


「―っ‼」


「あァ、防ぐんだ―と、キミが知っているのはこっちだね」


 世界中の全てを嘲笑うかのような品性にかけた声から一転、耳に馴染むものに変わる。その声の持ち主が誰なのか、ミラは思い当たって愕然とする。反射的に風魔法で距離を取った。



 ―人好きのする笑顔を浮かべた青年は、ミラの記憶通りに首を傾げる。



「ねェ、驚いたかい?」



 二つの声が混ざり合って、不協和音を形作った。


 ミラは震える声でその名を、呼ぶ。



「―キルディノ先生……っ?!」



 ―セレナイト学園教師、<霊峰の魔術師>キルディノ・フロンティリティ。

 常に人好きのする笑顔で場を和ませ、親身に生徒の相談に応じていた青年が、<漆桶の魔手>の紋章を真っ黒なローブの裾ではためかせ、精神干渉魔術を維持しながらミラと対峙する。


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