戦いの序章
カインが連絡もなしに準決勝を欠席したことにミラは大きな衝撃を受ける。
「............カインくん、どうして」
彼は無責任ぶりつつ、かなり真面目な人間だ。―なのに、多くの人が動いている大会をすっぽかすなど、普通ではない。ならば、何があったのか。
最後に会ったのは大会前。その前は訓練所で会っただけ―その場で魔石の大量使用がバレたのだが。魔術組合での体験の後は授業が免除されたのをこれ幸いと図書館や訓練所に入り浸り、リチャード達協力してくれた人と顔を合わせていた。
かなり交流が少ない。失踪の理由が分からなかった。前兆すら発見できない場所にミラは身を置いていたのだから。
(カインくんが無断ですっぽかすなんて思ってなかった……)
誰も予想できていなかっただろう。カインを気に入らないエムリナでさえ、そんなことをする人間とは思っていなかったに違いない。だからこそ、昨日エムリナは確認に来たのだ。
周囲の生徒たちはガッカリしたように会場から出ていく。人が減り、静かになっていく観客席の中ミラは目を見開いた。もしかして、と呟く。
―誰も予想できていなかったことを引き起こすため?
あり得ないことではなかった。カインはすでに上級魔術師相当の腕前を持っているはず。それならば、突然大会の日に失踪すれば大きな注目が集まる。生徒の意識も、教師や外部の人間の意識も、そして―の意識も例外ではなく。
(…………でも、それだと)
ミラは唇を強く嚙んで、立ち上がる。爪が白くなるほどに拳を握り込んで、歩き出した。
無駄にしてはならない。学園に入学させてくれた尊敬すべき師匠、自分と共に歩んできてくれた友人たち、様々なことを教えてくれた人たちのことを。与えてもらったものを、自分のせいで溝に捨ててしまうといったことは、あってはならない。絶対に。
「……私、頑張らないと」
大切なものを失わないために、ミラは決意する。
―折角辿り着いた人生の発着点。それを、薄暗い宵闇に戻してしまわないように。
*_*_*_*_*_*
準決勝にて参加者が無断欠場するなどハプニングがあったものの、残りの予定は順当に消化されることとなった。―つまりは翌日、ミラ対エムリナの決勝戦である。
昨日、大いに動揺したミラだったが心機一転、杖を磨いていた。最近の大会関連で砂ぼこりを浴びたり落としたりしていて、かなり汚れていたのだ。
カインがいようといなくなろうと、ミラが決勝で戦うことには変わりがない。
「今はとりあえず目の前のことを―一番は、大会優勝、だよね」
実にきな臭い。何か起こりそうな予感がする。カインのことが心配。
気にかかることは大量にある。それでも、ミラが昨夜悩みに悩んで決めたこと。
―それよりも、今はエムリナと向き合おう。
普段は天地がひっくり返っても重力が消えてもそう考えないだろうが、今のミラは盲目だった。ようやく合宿のときの約束が叶うのだから、頷ける部分もあったが。
「エリーと戦うのは初めてだからなぁ......カインくんによると意地の悪い攻撃らしいけど」
カインはネチネチと執拗な攻撃、と悪態をついていた。普段の彼女の様子から考えると容易に想像できる。
闇属性の人間との戦闘も初めてだ。図書館で関連資料を漁って闇属性魔術は確認してあるものの、やはり相手はエムリナである。普通ではない手を打ってくるだろう。特に性格の悪い攻撃とか。
思い付く限りの攻撃とその対処法をシュミレーションしながら杖をホルダーに仕舞った。少し迷った後、机の上に置いてあったものをポケットに突っ込む。
―時間だ。
よし、と気合いを入れた。
「余計なものは、何もいらない......無駄はもう、削ぎ落としたもの」
準備期間は、十分にあった。
*_*_*_*_*_*
『これより、セレナイト学園魔法交戦大会決勝を執り行います!!皆様是非、出場者にご声援をお送りくださいませ!!』
うるさいぐらいの歓声が上がって、エムリナはため息をつく。今日の服装はいつもと同じ。しっかりと着た制服に、櫛でといた濡羽色の髪。数メートル離れたところに立つミラはいつもと違って髪を結い上げていた。
「............騒がしいわね」
ボソリと呟いて舞台に上がった。
外部で魔術師関係の仕事をしている人もほぼ全員の生徒も注目するのだから、騒がしいのは当然。普段エムリナが絶対に避ける場所なため余計に騒がしく感じられた。
(............これが待っていた景色ということだけれど)
若干ウンザリし始めながらも、数歩進んで―間違っていないと確信する。
「エリー」
―確信したのに、ミラは途轍もなく情けない顔で半泣きになっていた。
「緊張するんですけど......ガッチガチなんですけど......視線が怖いぃいいいいい」
思わず、スンとする。
「............馬鹿が何か言っているわね」
「エリーは緊張しないの?するでしょ」
「............夜会の方が酷いのよ」
ヒ、とミラが喉をひきつらせる。
エムリナはこれまでに社交で参加してきた夜会で、色々な種類の浴びたくない視線に晒されてきたから緊張はしていなかった。
(............この子も将来夜会に出ざるを得ないでしょうね)
<従事者>階級高階位になるほど人付き合いは面倒だ。その上ミラは高名なバーバラン家の令嬢。縁を繋ごうとする者は一定数いるだろう。
いい気味だ、と考えているとミラがすがりついてくる。
「エリー……助けて」
「…………他人の面倒は見ないことにしているの」
夜会の時常にミラに引っ付いている訳にはいかないのだ。―と、そんなやりとりを交わしている間に運営側の支度も終わったらしい。離れるように言って、杖を取り出す。
「―その杖」
ミラがポカンとして呟く。―当然だ。学生が持つような代物ではない。
細部まで拘られた意匠。埋め込まれた魔石も最上級。杖自体も魔力伝導性が高い素材から丹精込めて作られている。まさしく、至極の一品だ。
「…………この間、貰ったの」
成金貴族に、公衆の面前で求婚されて仕方なく受け取ったもの。金だけで当代限定の爵位を受け取った貴族というものは、大抵汚い金をため込んでいるものだ。杖は美しく素晴らしい出来なのに、それだけで汚らわしいものに感じられてしまうのは、気のせいだろうか。だから、使ってやる気はない。
―それに、背中を押してやろうと思った。
「凄いね、その杖……」
「…………そうね」
感嘆に相槌を打つと、杖の両端を手で持つ。手首を思い切り回した。
―ボキ。そんな、気持ちの良い音が鳴る。当たり前だ。左右に、杖が耐えきれない程の力を加えたのだから。
「ぇ、エリーっ?!」
動転した声に、ニタァ、とエムリナは意地の悪い笑みを浮かべる。
(…………いい具合に緊張もほぐれたでしょうし……これが背中を押すことにつながるかしら)
自分がここまで他人のことを慮ったのは初めてかもしれない。成程、エムリナはケイティが言ったように少しずつ変わってきているらしい。自覚はなかったが。
適当に杖だったものを投げ捨てる。新しく、元々使っていた杖を取り出した。
「…………悪いけどー私、まだ結婚する気はないのよ」
ミラが目を見開く。数秒後、可愛らしく微笑んだ。伝わった、らしい。
「そうだね、私も、まだ」
試合開始の、鐘が鳴る。
*_*_*_*_*_*
試合が始まって、数十秒。二人はまだ、動いていなかった。杖は構えているものの、術式構築も魔力操作も始めていない。ミラはねぇ、と口を開く。
「エリー、私、言いたいことがあるんだけど」
「…………」
黒真珠の瞳を見返す。それを肯定だと受け取って。―大会側に許可はとってある。あとは、エムリナの了承だけ。
「魔術は、お互い一発ずつにしない?凄いものをお目にかけたいの」
エムリナが目を細める。―そして、微笑んだ。私も、と。
最近は大判振る舞いだな、とミラは関係のないことを考えながら。また、そうね、と頷くエムリナと杖の先端を合わせて、揃えて詠唱をする。―ただし、精霊文字だ。
「「―《ເພື່ອເຈົ້າ、ສາບານໂຕ》」」
互いに誓約を課して、今度こそ術式構築を始める。ミラは目を瞑った。もう、何も見る必要はない。
(術式固定、展開―収束。迂回術式計二三、矛盾はなし。正規作動を確認。遠隔術式放棄、追尾術式放棄。術式安定……完了)
焦りも必要ない。一節ずつ丁寧に魔術式を組み立てていく。何度も何度も、練習した。数え切れないほどの時間を、この魔術のためだけに費やした。その時間に終止符を打てるのは、これだけだから。
二分かけて計算までを終え、詠唱を始める。見たこともない魔術―再現できる者がいないから当然だが―だけれど、脳内イメージは終えている。一回も発動したことはない。練習したのは、発動寸前まで。その後は魔術放棄していたから見たことがない―それでも、大丈夫だと確信していた。
(今日は本当に―私、絶好調すぎる)
着々と出来上がっていく魔術に、高揚する。なんともいえない気分だった。最初の緊張なんて、もうどこにも見当たらない。
詠唱が終わって目を開く。目の前では、エムリナも魔力を極限まで練り上げた状態。
「エリー」
「…………えぇ」
「往こう」
「…………勿論」
右手の杖をスッと振り下ろす。無機質なミラの瞳にエムリナだけが映り込む。こんな私に付き合ってくれてありがとう、と親しみとそれ以上の感謝を込めて。
―それはさながら、指揮棒のように。
―あるいは、処刑を宣告する剣のように。
そして宣言した。口にするのは、特級魔術以上についた魔術を讃える儀礼詠唱。
―この数か月間いつだって、ミラと一緒に進んでくれた言葉。
「―『劫火は恒に我らと供に。焼尽の限りを』、<劫火煙>」
「―<夜陰葬>」
―炎系統最上位魔術<劫火煙>。
―闇系統特級魔術第一目<夜陰葬>。
最上位魔術の高みに辿り着ける魔術師は歴史をさらっても中々見つけられない。闇属性の人間はまず珍しく、命を狙われるため属性を隠して生きてい場合が多い。
―だから、この二つの魔術の競演はいくら金を積もうとも手配できないほどの希少価値を誇るものだった。
―後に、その光景をセレナイト学園で見た者
は例外なく語る。
『あの日は紛れもなく人生最高の日で、それ以上に人類最悪の日だった』と。
*_*_*_*_*_*
男は、高笑いをしていた。
セレナイト学園訓練所裏手の森。作戦がほんの一つの違和感を残して大成功したことに高揚し、誰も聞いていないことこれ幸いと騒ぎ立てる。
「あァ、本当に素晴らしい!!」
空を見上げて胸を張り、高らかに笑い続ける。彼が信奉する神の名を叫び続ける。
「さァ、始まりだ―記念すべき、終焉を、今!!」
笑い、続けた。
*_*_*_*_*_*
試合が終わって、ミラとエムリナは一旦寮室へと戻った。表彰は後日、とりあえず今日は観客の生徒も帰されるらしい。
「すっごく、楽しかった」
呟く声には万感が籠る。ベットの上で未だ幸せそうに微笑んでいたミラはしばらく経つとパッと身を起こした。
―何か、嫌な予感。
ミラは知っている。こういうときの嫌な予感は必ずといってもいいほどに当たるのだ。―そして、必ずといってもいいほどに大問題を引き起こす。
近くの部屋を確認しても、まだ生徒は帰ってきていない。近くに人の気配がなかった。話し声や物音が感じられない。
―それは何故だ?
現在、試合終了から一時間。今日は寮室で自習になる。だから生徒は残さず部屋に帰される。なら、もう寮にはほとんどの生徒が帰ってきているはずだ。
(どうして......一時間もあれば生徒は寮に戻ってこれる)
汗がドっと噴き出した。帰宅したあと机の上にほったらかしにしていた杖をホルダーに収める。
恐る恐る、扉を押した。その先には―
「っ、わ」
―倒れた女子生徒。見知ったこの少女の部屋は隣だ。駆け寄って確認する。
「......生きてる、けど」
呼吸はある、のに体が異様に冷たい。その手に紋様を確認してミラは悲鳴を上げる。まさか、そんな訳がないと無意識のうちに除外していたことが起きていることに気付く。
―<漆桶の魔手>の紋章。魔神を信奉する集団が用いる証。
紋章に象られた精霊文字。その意味は。
『ຂອງພວກເຮົາພຣະເຈົ້າ』
読み取って、ミラの体に悪寒が走る。
―いくら処刑されようと、拠点を焼き払おうと、滅されない王国の汚点がセレナイト学園を侵略する。




