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その黎明に祈る  作者: 願音
入学試験編
5/73

花に祈りを


 三人の間に、和やかな空気が流れたとき、場違いにも聞こえる咆哮が聞こえる。ドロシーが顔をしかめた。


「あたし、魔石取りに行かないと」


 魔石は中に魔力を事前に注ぎ込んでおくことで魔力操作技術を高めるだけでなく非常時に使用できる魔力のストックを作れる優れもの。やや大きく持ち運びにくい欠点はあるが、魔術師の需要は高い。


「あっ、私、持って来ました」


 足元に置いてあった袋から魔石を取り出す。宿題取り組み期間中に毎晩限界まで魔力注入をしたもの。かなりの品質だったのでミラの濃度の高い魔力が四〇〇―一般の二倍の容量―入っている。


 その魔石を見て、ドロシーが口の端をピクピクと震わせた。


「何、この魔石」


「手作りです」


「それは知ってる」


 とにかく使いましょう、とミラが魔石を持ち上げようとすると、レイチェルがその手をガッチリと捕まえてきた。


「な、何ですか」


「初めての魔法で一気に三〇〇も魔力消費しただけじゃなくて最大まで回復させてまた使うつもりですか」


「......駄目なんですか」


「駄目です。魔力筋―体の魔力対応力は優れているようですがそれは一週間後からにしなさい」


「そうよ。そういうのはまだまだ早いの!!セレナイト学園の魔力増強期間でもやらせたくないぐらいなのに!!」


 二人に次々と否定されて、ついむぅ、と口を尖らせた。それが表す意味は、『私はもっと戦えるのに』である。


 とはいえ、魔力を体外行使する時に経由する魔力筋がいくら優れているにしろ、初の魔法で三〇〇も消費した後魔石で無理矢理回復させるのは危険なことは確かだった。行使に慣れていない状態で魔力筋の弛緩をすれば、二度と魔術も使えなくなる可能性が高い。


 魔力増強期間というのも気になるが、おそらくある程度の無茶が許容されるような訓練なのだろう。


 ドロシーが魔石を使用し、ドラゴンと向き合おうとしたとき、地面にいくつもの影ができる。それは、人の影。


 数十人が一斉に地面に降り立ち、ドラゴンへと向かっていく。その者たちが鎧につけている紋章に、ミラは思わず口を半開きにする。


 ―国王親衛隊。圧倒的な実力を持つリーダーが率いる、魔術戦闘集団。


「やっと来たか......」


「今回は随分と遅かったですね」


「......ぇ、え?」


 やれやれ、と言わんばかりの表情でドロシーが杖をホルダーに仕舞うと、ミラとドロシーが合流してから常に周囲に防御結界を張っていたレイチェルが同意する。


 ミラが混乱している間に、最後に一人で降り立った男が他の者に指示を出すとこちらに向かってくる。


 その顔からすぐに誰か分かる。つい最近まで魔術との関わりがなかったミラでも知っている生きる英雄。


「遅れてすまんな、<泡沫>殿」


「いえ。出動に感謝します、<雷霆(ライテイ)の魔術師>様」


 <雷霆の魔術師>アーカルド・カリウス。王国の魔術師の頂点、六人しか存在しない宮廷魔術師の中でも最も戦闘に特化している。風と雷の攻撃魔術に優れた、まさに『生きる英雄』。


 アーカルドは豪快に笑うと、後ろを親指で示す。


「数は減っているし、幾匹か負傷している。その割には人的被害が少ない。<泡沫>殿のお陰だろうな!!」


 背の高いアーカルドを穴が開きそうな程見上げる。この人が魔術の頂点に立っているのだと思うと、つい目で追ってしまった。


「ところで、レイチェル」


「私に何か雑用ですか、叔父様」


 大きな権力を持つ宮廷魔術師に失礼なのではと思ったが、レイチェルはアーカルドの姪らしかった。その縁から学園に通っていたようだ。ミラがそう納得していると、アーカルドが足元のドラゴンの死骸に目を止める。先程ミラが倒した個体。


「このドラゴンは、お前がやったのか?<泡沫>殿ではなさそうだ」


 流石の着眼点だった。眉間に空いた直径一センチメートルの穴だけが死因だと気付いたらしい。ドラゴンの眉間に穴を空けるのは至難の技である。そのため一番近くにいたミラとレイチェルのどちらかだと思ったようだが―


「違います。そこでプルプル震えている生まれたての鹿ですよ」


「鹿......」


 ミラが呆然としている間にも会話が進んでいく。


「見ない顔だけどな......<泡沫>殿、この子の名前は?」


「ミラ・バーバラン。先日の魔力測定で四八二の数値を出した子です。九月にセレナイト学園を受験予定で、本日初めての体外魔力行使をしました」


「そうか、報告書の......初めて?」


「はい」


「......ゎぶっ、」


 口を挟もうとすると、レイチェルが妨害してくる。ミラの抗議の視線に、小声で返答があった。


「静かにしていなさい。リルグニストが上手くやりますし、幸運かもしれません」


「......」


 何が幸運なのかは分からないが、悪いことにはならないらしかった。抵抗したいところではあるがそれこそ失礼な結果になりうるのでしょうがなくおとなしくする。


 その間にもドロシーとアーカルドの会話は続く。アーカルドが目を見張った。


「......嘘だろ?」


「嘘はつきませんよ」


 上司には。


 ドロシーがそう小さく呟いた気がする。ドロシーに任せようと考え始めていたミラは急に不安になった。

 ―大丈夫だろうか。


「こりゃあ驚いたな。そうか、初めてか」


「逸材でしょう?」


「将来が楽しみだな。九月に試験だったか?」


「そうです。あと二ヶ月をきった所ですね」


「うむ......」


 アーカルドは数秒悩み込むと、良いことを思い付いたと言わんばかりにポンと手を打った。再び笑みを浮かべる。何だか大型犬みたいだとミラは思った。


「決めたぞ!! 俺が推薦人になろう。九月から特待生だ」


「......え?」


 ぼんやりとめちゃくちゃ失礼なことを考えていたミラは口を半開きにして固まる。


(......ぇ、え?推薦人ってあれだよね?受験者の実力を保証して筆記試験をパスしたりするあれだよね?)


 それである。ドロシーはミラの家庭教師―つまり、身内側の人間ということになるので、推薦文は書けないが、アーカルドは違う。まして、宮廷魔術師である。確実に入学が決定したようなものだった。


 ミラの背中をたらりと冷や汗が流れる。


「見たところ魔力操作技術は高い上に魔力も多い。将来は上級魔術師になってもおかしくないだろう。才能の芽は見守るのが一番いい!!」


(なんかべた褒めなんだけど?!私、そんな凄い事したかなぁっ?!)


 いっそ不安になる。ミラにドラゴンの眉間を初めての魔力放出で撃ち抜くことの特異さは理解できていなかった。むしろ、数値が分かっている魔力以外は別の人の話なんじゃないだろうか、とすら思っていた。


 助けを求めてドロシーの目を見ても気付いてくれない。レイチェルはいつの間にかいなくなっていた。大方、仕事に戻ったのだろう。


 ものすごく怖いし失礼だが、ミラが言うしかなかった。


「あの......失礼なことだとは分かるんですが」


「ん?」


「私、特待生にはなりたくなくて」


「......」


「今はただ普通に、ゆっくりと色々なことを知っていきたいんです」


「そうか......だがなぁ」


 最初はモジモジと、最後には毅然と告げる。隣でドロシーが唖然としているのが分かった。当然だ。間違いなく将来に繋がる宮廷魔術師の推薦を不意にしたのだから。


「ただの学生にするのは惜しい気がするんだがな」


「そんな......勿体無いお言葉です」


「......まぁ、気が変わったら<泡沫>殿に伝えてくれ。......では、ここで」


 アーカルドはそう言うと去っていく。その背中を見送りながらドロシーが静かに問いかけてきた。


「.....いいの?折角の推薦なのに。誰もが受けられるようなものじゃない」


「......いいんです」


 近くのベンチに移動して、並んで座る。ミラは正午を知らせる鐘を聴きながらはにかんだ。


「つまらない話になってしまうんですけど......私の家―バーバラン家は剣で有名ですよね」


「......そうだね」


「私、驚くほど才能がなかったんです。剣なんて全然身に付けられなくて、あそこ(あの家)に私の居場所は無かった」


「......」


 遠くを眺めながら、昔を思い出す。脳裏に真っ先に翻るのは、父親の失望したような顔。初めて剣を手に持った十年前からつい最近までミラの時間は止まっていた。


「別に、暴力も暴言もありませんでした。食事だって兄弟と一緒で、勉学もさせてもらっていた。ただそれでも、ずっと『そんなこともできないのか』って言われている気がしていたんです」


 ドロシーは黙ったまま。ミラの言葉は、ずっと胸に燻っていた感情を少しずつ言語化するようで、全部脆くて、鋭い。


「一回も期待されたことなんて無かった。......でも、魔力が確認されたときに、初めて言われたんです。『入学しろ』って」


 空を、鳥が飛んでいく。落とした影が地面を移動していった。


「思い込みだったとしても、それがお父様からの言葉だった。だから......今回みたいな偶然に頼ってじゃなくて、自分の実力で達成したい。『凄いでしょう』って胸を張りたい。お父様の()()()()()()()()()()()()()()()


 だから、と目尻を下げる。


「特待生は有り難いんですが、あと二ヶ月頑張りたいなぁって」


「......そっか」


 ドロシーはそれ以上何も言わなかった。二人の間を風が通り抜けていく。流れるのは、心地のよい沈黙。二人が眺める先では国王親衛隊が王城へと帰還していく。


 それを見送って、ミラはドロシーに向き合う。幼さの残る顔に浮かぶのは、相反した美しい微笑。



「師匠、もう少しだけ私の祈り(我儘)に付き合ってくれませんか......?」



 その懇願に、誓願に。ドロシーはやれやれ、と手をひらめかせる。


「大丈夫、全部解ってる」


 朝と同じ言葉。


 しかしそれが持つ意味はもう悪ふざけじゃない。ミラは演習所へと歩き出しながら、花が綻ぶように笑った。


「お願いしますね、師匠」



 人生の発着点(黎明)で、花に祈りを。



 ミラの物語は、まだ始まったばかり。


まだまだ終わりません。

モリモリ書かせて頂きます。

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