似たもの同士
異様な雰囲気だった。
校庭に土魔術で作り上げられた円形の闘技場の中央で向かい合う女性が二人。それを見下ろす形で多くの生徒が集まっている。
女性の内の一人―レイチェルは心なしかいつもよりも不機嫌そうなブスッとした顔で呟いた。
「......どうしてこうなった」
「そりゃ有能だからだな」
「だからって普通、訓練所の監督を出す?出さないでしょ」
「数合わせだ、数合わせ」
それに応じて、レベッカが八重歯を覗かせて笑う。その顔に眼鏡が無いことに気付いて、レイチェルはあれ、と思う。
「眼鏡は?」
「壊れた」
「学園祭の時はしてた」
「一斉摘発の時にな」
「新しくしないの」
「面倒だ」
レイチェルが何度か瞬きをする。ちょうどその時、試合開始の合図が鳴った。レイチェルは黙って始めようとして、やめる。
どうせなら、ずっと思っていたことを伝えておこうと思った。
「あの眼鏡似合ってなかったから良かったんじゃない」
「............気に入ってたんだけどな」
やれやれ、と言いたげなレベッカに、伊達眼鏡なら邪魔なだけだろうと呆れ返る。
レイチェルが詠唱を始めると、レベッカも続く。雷系統中級魔術だ。レイチェルはこれに強化術式を施す。その後に優先するのは速さ。
レベッカよりも遥かに速く詠唱を終えて魔術を発動。十数本の雷の矢がレベッカの元に降り注いだ。
強化術式が仕込まれた中級魔術はかなりの威力を誇る。レベッカの魔力をゴッソリ減らすかと思われたが、そうはならない。
レベッカが片手を翳すと周囲の土が集まって、天井を作る。
―これだ。
無表情のまま、レイチェルは感じ取る。レベッカが『実戦において最も優れた土属性魔術師』と評価される所以。
―並外れた魔力操作技術。
緻密な操作、ではない。ある程度は大雑把。レベッカは攻撃が上手いのだ。
結界があれば僅かな綻びを突く。土属性の攻撃は呆れるほどに速く、気付いた頃には相手は被弾している。
それで教師ならではの相手を評価する能力も優れているのだから、末恐ろしい。
だが、レイチェルは久しぶりに高揚していた。
(ずっと待ってた......先生との魔法戦を)
五年間、ずっと。
レイチェルはずっとずっと、この機会を待ち望んでいた。
*_*_*_*_*_*
七年と少し前。レイチェルはセレナイト学園に入学した。本人達は否定するもののドロシーとはすぐに仲良くなり、レポート提出の課題が出された。
レポートを提出しにレベッカの部屋がある教員棟へと二人はやってきて、本人が訓練所にいると知ると、そちらに向かって歩き出した。最近はよく笑うようになったドロシーがプクリと口を膨らませる。
「だからねぇっ、授業はちゃんと受けなさい!あたしを見習って」
「嫌」
「退学になっちゃうんだからね」
「職には困らないし」
叔父は『生きる英雄』である<雷霆の魔術師>アーカルド・カリウス。結婚して子供を産む気はさらさらないが、仕事に就かなければならない可能性は低いだろう。それに、頼めば仕事を斡旋してもらえる立場にレイチェルはいる。
なのに、ドロシーは納得しなかったようだ。
「そういう問題じゃないの!―あ、や、別にレイチェルの将来が心配とか、全くそういう訳ではないけど」
「あっそ」
「レイチェルっ!!」
ムッとして声を荒げるドロシーを鼻で笑って訓練所の扉を開く。
その先に広がっていたのは―
「―<金鳥隻>、発動」
―儀礼詠唱と呼応して、土精霊が顕現する。
それは、方翼だけの金色の鳥。精霊だからなのか、隻翼の不自由さを微塵も感じさせずに翔ぶ。
―土系統特級魔術第三目<金鳥隻>。
レイチェルが初めて目にした特級魔術。だから優劣なんて分からないはずなのに、これからそれ以上の<金鳥隻>を見ることにはならないだろうと漠然と解る。
呆然として、足を止めた。
(..................、すごい)
どうしてここまで、美しいのだろう。
そんなことを思うのと同時に、使ってみたいと心が暴れだす。得意属性以外の特級魔術は使えるはずがない。レイチェルにはこれといって誰よりも優れた、というような才能はないから雷属性でも特級魔術を使えるほど成長できるとは思えない。
それでも―
(明日からは)
―レイチェルが、明日からはレベッカの授業だけは受けようと心変わりするのには十分の衝撃だった。
「ねぇ、ちょっと。レイチェル、どうしたの?」
「........................別に」
袖を引っ張って行こうと催促するドロシーの手を振り払って歩き出す。
どうしてか、体が熱い。熱を持って、暴れだしそうなほどに感情が荒れ回っている。少しだけ、熱っぽい吐息をした。
「......明日からは授業、受けるから」
ボソリと告げる。ドロシーが後ろで目を見張るのが分かった。
「......今の魔術に絆されてってこと?ねぇ、そういうこと?レイチェルってチョロくない?」
「煩い」
調子に乗ってつつこうとしてくるドロシーと素肌が接触したときに雷魔法を流す。「痛いっ!!」と悲鳴を上げる彼女をおいて、レベッカに声をかけた。
「ねぇ、先生」
「......何だ?」
レベッカは二二歳で、教師としては新任らしい。レイチェルよりも七年ぐらい長く生きているレベッカの背中は、それ以上に遠い。
七年後、自分もそこに辿り着けるだろうか、とレイチェルは考える。
「―」
―私をその場所に連れていって。
少し呆気にとられた後、八重歯を覗かせて頷くレベッカの顔が、レイチェルは今でも忘れられない。
*_*_*_*_*_*
「あーあ、もう。レイチェルったら心底楽しそうにしちゃって」
特別観覧席。
恩師と親友の対決とあって、上級魔術師の位を最大限使ってその場所をどうにか確保したドロシーは頬杖を突く。呆れるやら羨ましがるやら忙しくしながら苦笑した。
思い出すのは、学生時代。
「入学したばっかりの頃はあんなだったのに」
朝は寝坊。授業はサボり、午後はよく学園から抜け出していた。夜遅くに帰ってくることもあって、まさに典型的な不良だった。
それが一度の特級魔術に絆されて更生したのだから何があるかは分からない。
「......まぁ、あたしだって先生に絆された訳だけど」
親密な者との会話では本音を吐露するとつい照れてしまって、ツンケンしてしまうドロシーだったが、一人の時は途轍もなく素直である。
レイチェルとレベッカの魔法戦を見ていると、うずうずしてくる。混ざりに行きたいがそういう訳にもいかないので炎魔法で小さな炎を指先に灯して順に移しながら頬を緩める。レイチェルがあんなに楽しそうにしているのを見たのは、学園を卒業してからは数えるほどしか―言うなれば、この間の学園祭の時しかない。
やはり、自分では足りないのだろう、と思う。
レイチェルにもレベッカにも数え切れないほどのものを貰って、つまらない人生を変えてもらって、生きる意味を与えてもらって―でも、何も返せていない。
「…………今は辛くないけどね」
無理をして早急に対価を返す必要はない、と少し前に知り合った女性が教えてくれた。
『皆、借りはすぐに返したがるよねぇ。借りを作るのが嫌なぐらいそいつを信用してないのか、って話ではあるけど―ゆっくりでいいさね。ゆっくり、じっくり、相手が気付かないぐらいがちょうどいい。ついでに利子をつけて一生助けてやったらいい』
勿論、機会があれば一度で返せばいい、と酒を煽りながら言った彼女は三〇代に突入してすらいないのに、世の中を達観していた。まるで老婆が人生を通して得た言葉のようで、彼女の弟子の呼び方も眉を顰めつつ心の中ですら反対はできなかったのが印象的。それに加えて絶世の美女だったから、物語りに転職したらいいのに、と思ったのは内緒だ。
その言葉に出会えたのは上級魔術師になったから。本当に、二人には感謝してしきれない。
ドロシーはぼんやりとそんなことを考えている間に魔法戦の決着がつきそうな局面へと変化していることに気付き、慌てて姿勢を正しながらようやく見つけた答えを口にする。
―誰も聞いていないけれど、それでいい。
借りというものは相手が気付かない程度で少しずつ返せばいいのだと、ドロシーは知っているから。
「―あたしは大切な人のことを他の誰かに伝えて、想いを受け継いでいく。いつまでも―どこまでも、色褪せないように」
それが、ドロシーが家庭教師の依頼を受けた理由なのだ。
*_*_*_*_*_*
一度、ミスをした。
それは少しダメージを受けながらもどうにかカバーして、その数十秒後にまた、ミスをした。レベッカの入れてくるフェイントは、騙されにくいレイチェルとしても分かりにくい。
(…………くそ)
舌打ちをして、後退。また読み間違えた、と心の中で悪態をつく。大きな攻撃は受けていないものの、ジリジリと魔力が減っていく。
これはもう、使うしかないか。
そう決意して、丈夫な結界を張った。レベッカといえども、特級魔術レベルの攻撃でなければ破ることができないだろう。今日まで何度も何度も練習してきた魔術式を脳内構築しながら、詠唱を始める。
心が弾んで仕方がない。これのために苦手意識のあるアーカルドに練習を見てもらって、ドロシーとも何度か対戦して、ミラの特級魔術を観察するため訓練所の監督になったのだ。あの日のように体が熱を持っていく。本当に、レベッカと出会えてよかったと思えた。
詠唱終盤。レイチェルは自分の頬に触れる。口角が無意識のうちに上がっていることに気付いて笑っているのだと実感した。自分は、楽しんでいるのだと。
「ありがとう、先生……<禍雷哲>、発動」
―雷系統特級魔術第三目<禍雷哲>。
燠沖で伝説上の生き物として語り継がれる龍の雷光を再現したとされる魔術。どうしてこの特級魔術にしたかというと―勝てる気がしなかったのだ。龍以外では、レベッカの十八番の金色の鳥に。
バチバチと火花を散らす雷電が一直線にレベッカへと走る。観客席の生徒から大きな歓声が上がる。試合終了か、という呟きがどこかから聞こえてくるが―そんな訳ないだろうとレイチェルは嘲笑する。
―終わる訳がない。
(……だって相手は、先生だ)
そしてその予想は、的中する。
「―<金鳥隻>、発動」
儀礼詠唱と共に一瞬で顕現した土精霊が渾身の魔術を防ぐ。その後、レベッカが<土槍の魔術師>である所以、いくつもの槍が宙を舞う。それはレイチェルの結界なんてあっという間に破って、残量魔力をゼロにする。
「―じゃあな、マリステラ」
「―次はまた、三人で」
どうやって協力してくれた人たちに借りを返そうかと、レイチェルはぼんやり考えながら敗退した。
*_*_*_*_*_*
―セレナイト学園魔法交戦大会準決勝教師参加枠は、<土槍の魔術師>レベッカ・コルニアスに決定。
翌日、くじ引きにより、準決勝はレベッカ・コルニアス対ミラ・バーバラン、カイン・アルベルト対エルミナ・ルーティングの二試合に決定した。




