求めたその場所へ
第二回戦開始から三〇分。ミラはずっと、フランツェルを探していた。
第二回戦は全校生徒対参加者八人。残り三人になるまで終わらない―だが、参加者同士潰し合うことも可能なのだ。
それなら、ちゃんと戦っておこうと思った。以前のような、相手を利用する作戦ではなく、正々堂々と。正面からぶつかっておこうと思った。
アナウンスによると、既に三人脱落したらしい。フランツェルはそこに含まれていなかった。
ミラは三〇分間襲われたら対処しつつ、最小限の魔力消費に抑えながらこそこそと学園内を移動している。フランツェルの魔力を探りながら、おそらく近いところまでやって来た。
「......いないなぁ」
前はすぐに見つけられたのに、と息をつく。今回は基本、潜伏に励むのが定石になるから全力で隠れているのだろう。感知魔術を要所要所で使用しながら近付いていく。
「本当、私もフランも、数ヶ月前とは大違い......出会った頃は、苦手だったなぁ」
フィンレストのことも胡散臭いと感じていたのだから、それほど色々なことがあったということだろう。
数ヶ月前の感情も、得られた日常も、全てしっかりと覚えているのにどこか現実感が乏しい。それは、もう過ぎ去って思い出以外には変われない出来事だからなのだろうか。
(すっごく楽しかった......卒業してからでも、会おうと思えば会えるんだろうけど)
会えたとして、今の当たり前は失われた後になる。ミラは、それがどうしても寂しいことに感じた。
楽しい日々ほど早く進む、というのはどこまで正しいのだろう。
今後の生活は変わり映えしないようなものになるのだろうか―なんて、少し感傷に浸っていると、探っていた魔力反応がこれまでで一番大きくなる。
「見つけたよ、フラン」
「......ミラ」
物陰からフランツェルが顔を覗かせる。
「最近、会えてなかったよね」
「そうね。ミラが図書館に籠ってレベッカ先生を怒らせたり、訓練所で魔石を使いすぎてカインを怒らせたり、学園の外に出かけて何かしていたり、事件に巻き込まれたりしていたからじゃないかしら」
「あれ......私、かなり人を怒らせてる?」
言われてから初めて唖然とする。フランツェルがおかしそうに笑った。
「今更ね」
ミラは「............リチャード様にも怒られたっけ」と目を逸らしながら呟いて、校庭に向けて歩き出す。
「行こう、フラン」
その言葉を受けて、フランツェルは一度目を見開くと、ふっと口元を緩める。
「そうね、行きましょう」
いつもと、同じように。
*_*_*_*_*_*
ジークは扉とぶつかった。
ぼうっと突っ立っていたのではない。屋上に繋がる扉を開けようと手を伸ばしたところで向こう側から押されたのだ。かなり勢いよく扉が開き、やばいぞ、と思った頃には残り数ミリ。自然と激突することになった。
「まだ痛い」
「悪かったってずっと言ってるだろ......」
ジト目のジークに対してカインと名乗った少年が面倒そうにため息をつく。
扉を開けたのは彼だったらしい。屋上で休憩していたら飛行魔術で迫ってきた生徒がいて、仕留めた後に大人数で襲われて移動しようと思っていたとのこと。ちなみに、二〇人弱が周囲に転がっていた。
「......というかお前、誰なんだ」
「人に名前を聞くときは―」
「わーったよ」
答えたのに教えてもらえない、という事態は避けたくて、ジークはよくある言葉を口にする。カインがやはり面倒そうに頭を掻いた。
「カイン・アルベルト。確か五階位だ」
「君があの」
「何だ?」
「別に、何でもない」
色々なところで色々なことを囁かれている彼には何も言わないことにする。言った瞬間、何かが飛んでくる気がした。魔法戦用結界によって物理攻撃は無効化されているものの、話し相手の機嫌は損ねない方がいい。
ほら、と促されてジークは口を開く。
「ジーク・ネイソン......今度卒業試験参加予定の一階位」
「他の高階位とは違って目立たない可哀想なやつか」
「失礼」
個性が無いだけだ、と呟く。それはそれで悲しい評価ではあったが。
「残り五人らしいぞ」
「あぁ」
カインが立ち上がった。杖を向けてくる。―それを見て、ジークは似合わない、と感じた。自分も応じるように、立ち上がって。
「やろうぜ、魔法戦」
「構わない......負けるつもり?」
「まさか」
その顔に浮かぶのは、不敵な笑み。
「第一階位だろうが負けねぇよ」
「どうだか」
吐息と共にそう溢すと、カインが視界から消える。胸騒ぎを無視して風魔法で飛び上がった。
背後からのカインの攻撃はそれで回避して、ジークは考える。
(魔法戦なのに物理攻撃)
魔法剣の詠唱はしていなかったはず。ということはナイフの攻撃は意味を持たない。
何か目的があるのか。
「―っ!!」
次の瞬間、思考が止まる。
カインのナイフ―否、杖。それがジークの着地に合わせて体に触れる。慌てて身を引こうとしてもジークの運動能力では間に合わなかった。目を見開くとカインが叫ぶ。
「《ແຊ່ແຂງ》」
「......っ、これは」
まずい、と脳が警鐘を鳴らす。唱えられたのは精霊文字。ただ唱えるだけでは何の効果もないが―
「今日は杖に細工してあるんだ」
―その説明と共に、ジークの足が凍りつく。
力を入れても足はビクともしない。ガッチリと固められていて、すぐには逃げられない。慌てて防御結界を展開。
―間一髪だ。
繰り出された不可視の風の刃を浴びて結界が軋む。ジークが無属性でなければ間に合わなかった。
結界を維持しながら、炎魔術を発動する。多少失敗しても自分の魔力が減らないよう慎重に。時間はかかるが、カインは何やら長めの詠唱をしている。魔術発動までに溶かし終わればいいのだから、まだ猶予はあった。
(詠唱終了まであと......一分半)
溶かし終わりまで、あと数秒。十分間に合う時間だとほっと息をついた。
長い詠唱なら、威力も高くなる。折角の詠唱をカインは放棄しないだろう。となれば、一分以上ジークのターンが回ってくる。
―そう安堵したのが、間違いだ。
「お前、戦うのが下手だよな」
「は?」
予想外の言葉に勢いよく顔を上げる。おかしい。カインは詠唱中のはずだ。
「全部後手後手だ。センスがまるでない」
「どうして―」
―後から考えれば。
この時、ジークはなりふり構わず逃げていれば良かったのだ。全力で脱出していれは、準決勝に進めたかもしれない。だが、そうしなかった。学園に一人である一階位であるという自負と、センスのなさがそうさせた。
「どこまでも平穏なお坊ちゃんだな......だから負けるんだ」
吐き捨てるように言ったカインの後ろ。屋上の扉が開いて、生徒がなだれ込んでくる。
「―突き刺され、<薫風鋼>」
その瞬間、槍が翔んだ。
*_*_*_*_*_*
校庭には、ほぼ生徒がいなかった。
かなりの人数が残り五人を探して走り回っているのだろう。感知魔術で人の少ない道を選んだとはいえ、多くの生徒を撃退せざるを得なかった。
その中央で、ミラとフランツェルは向き合って軽口を叩いた。
「フランの水魔術は最強なんだっけ」
「それは忘れて頂戴......」
ミラが揶揄うと、フランツェルがゲンナリとして、すぐに顔を見合わせてプッと吹き出す。
「本当、楽しかったな」
「そうね」
「もう終わりかぁ」
「まだ二週間以上あるわ」
「でも、もう終わりだよ」
「卒業したら就職するのよね」
「あはは......約束したからね」
そう言って、ミラは笑う。ホルダーから、杖を抜いて。不敵に、一歩踏み出して。
「だからね、フラン―最後の思い出作り、お願いしてもいい?」
「当たり前よ、ミラ」
合図なんていらないとばかりに、詠唱を始める。ミラが発動するのは炎系統上級魔術。短縮詠唱だから五秒。
ダンジョン逆攻略訓練の時とは違って魔術式には保護術式を仕込んである。それによって、炎で出来た大蛇はフランツェルの中級魔術を耐えきって一撃を与える。
「今日は雷魔術は使わないのね」
「伝えたいことが違うからね」
また笑って、炎魔法を行使。フランツェルが水の盾で防ぐのを見ながら、短縮詠唱で生み出した炎の矢で頭上から襲う。
(伝えよう―ありったけの感謝を、想いを込めた魔術で)
今だけは余計なものなんてない。
明日への期待もこれからへの不安も、全てないまぜにしてミラは感謝を詠う。
ミラが果敢に攻め込むとフランツェルは完璧に守りきる。次はフランツェルが攻勢に出て、やっぱりミラが危なげなく防ぐ。
途中からは初級魔術の応酬だ。等級の低い魔術ほど消費魔力量が少なく、長く戦い続けられるから。いつの間にか周囲には生徒が集まってきていて、それでも誰も手出しはしない。
時間にしては数分。それでも、もっと長いようにも短いようにも感じられる攻防の末長い詠唱が始まる。
発動は、同時。
「―幾多降れ、<流星燕>」
「―薙ぎ散れ、<水禍牢>」
ミラの口上に合わせてフランツェルが儀礼詠唱をする。
昔の伝承を読み返せば、そんな儀礼詠唱ばかりだったらしい。属性魔術の礎を築いたという偉人も、また。
フランツェルが発動した特級魔術―水系統特級魔術第一目<水禍牢>。それが校庭を流れ、大きな渦を形成しながらミラに迫る。
―だが。
「ごめん......まだ、受ける訳にはいかないから」
ミラは風魔法で高く高く飛び上がって、回避。魔力放出を調整しつつゆっくりと着地する背後で星が降る。そして―ちょうど、二人が脱落したというアナウンスが入る。
ミラは振り返った。杖を肩の高さに突き付ける。
―そこに、いたのは。
*_*_*_*_*_*
槍がまっすぐにジークへと飛来して、ジークの残量魔力が消し飛ぶ。生まれた風圧でカインは高く飛び上がった。
ちょうど、ジークと戦っていた校舎は校庭とかなり近い。校庭に着地して、前を向いたまま杖を構える。
そこにいた彼女がふっと表情を緩めた。
「カインくん」
あぁ、と頷く。どちらからともなく、杖を下ろした。
「試合終わったな」
「うん。私とカインくんとエリーの三人」
「あとは教師枠を合わせて準決勝か......」
「誰が勝つかな?」
「俺だろ」
「いやいやいや、私だもん」
小競り合いをしながら、二人は歩き出す。少し名残惜しさを感じて、互いに歩幅を狭めながら。




