恋敵にだけは負けられない
魔法交戦大会の予選。
それは、参加者全員での生き残り戦だ。二〇〇人弱の参加者たちが魔法戦結界の中で争う。予選突破できるのは一六人。魔力が完全に尽きれば帰還用術式で結界外に転送される。
内部には魔力補給所が設置される。補給所では名前と階級を書類と照らし合わせた後一人一つまで魔石の貸与を受けられる。
魔石の貸与は受付の後。
そのルールが意味するのは―
*_*_*_*_*_*
ミラは、仁王立ちしていた。
完璧な仁王立ち。周囲にダミー術式をてんこ盛りにした一級結界を付与し、その唯一の入り口に足を肩幅に広げて腕を組んだ。
「今日はなんとしてでも勝たないといけないから......!!」
ふんす、と鼻から荒い息を吐いて、厳しい顔で正面だけを見据える。
エムリナとミラは魔法交戦大会で戦う約束をしている。だが、一対一で戦えるのは準決勝以降。
―つまり、ミラは最低準決勝まで進まなければいけないのだ。それも、それ以降がミラ自身最高の状態で。
だから、ミラは今回のような戦法をとった。下手をすれば、全参加者を敵に回すような戦い方でも実行すると決心した。
なお、ミラはある程度空気が読め、相応の気遣いが出来る少女である。わざとでも人を怒らせるようなことは滅多にしない。というか、出来ない。
―全てはエムリナとの対戦のため、ミラは補給所閉鎖に乗りきったのだ。たとえ、卑怯な方法だとしても。
「......怖いけど、怖いけど、頑張らないと」
瞳を閉じたり開いたりしながら自分を落ち着かせる。ミラは基本的に小心者なのだ。謝罪が心の中で繰り返される。この作戦は疲弊した参加者を捻り潰すようなものなのだから。
現在補給所を大きく囲っているダミー術式を盛った一級防御結界は最早誰にも解くことが出来ない。そして、中に通過するにはミラが背後にしている場所を使うしかない。ミラを倒さなければ回復出来ないのだ。
(まだ誰も来てないけど......)
エムリナが来たらどうしよう、と思う。エムリナはきっと上手く潜伏して、ほぼ魔力を使わずに予選を終えるだろうと考えての作戦だったが。優秀な参加者ほど補給所には寄り付かないはずだ。
でも、その頃にはこちらの準備も終わっているはずだ。
そんなことを考えていると、早速参加者がやってくる。走ってきたのかかなり息は乱れていて今にも崩れ落ちそうで、ミラはやはり申し訳ない気持ちになる。
「はぁ、はっ、やっと」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、私卑怯でごめんなさい......」
希望を見つけたような顔で補給所にかけよる女子生徒。ミラは少し離れたところでそれを見ながら、頭を抱える。その間に女子生徒は入れないことに気付いたようで辺りをキョロキョロと見回し、ミラを発見した。
「あの......あなたが?」
「はいそうです......本当にごめんなさい」
「―え?」
結界に感知魔術を仕込んである。―少女の残量魔力は、二〇前後。唖然とする少女に炎魔法を打ち込む。
ミラは魔力制御が得意ではない。操作能力は優れているが、制御はカインの足元にも及ばない。そのため、魔法で決まった量の魔力を放出するのは苦手だ。ドラゴンに一撃入れたときも、学園祭で魔物と戦ったときも、想定より多く魔力を放出してしまった。だから今日は杖に、体験の最後ドロシーに頼んで発注してもらった制御機をつけている。
その効果は覿面で、想像通りの量だけが放出され女子生徒が結界外に転送されていく。申し訳ない。申し訳ないが、曲げる訳にはいかない。もう、それでは間に合わないのだ。
それからも、ミラは休憩にやってくる参加者を結界外に転送する。機械的な動作を繰り返し、しばらく経って大規模な感知魔術を展開。残り二〇人なのを確認して魔術を解くと近寄ってくる一つの影に注目する。
(あの人、魔力切れ寸前の状態じゃない......?)
そして、見覚えがある気がする。ジッと目を凝らして観察し、数秒後。鍛えられた体とくすんだ金髪、猫と似た瞳にミラは鳥肌をたてる。
もうしばらく認識していなかった、その男性は。
「こんにちは、ミラ嬢......おれと結婚しませんか」
第六階位、シドラス。
ミラにとって最も会いたくなかった相手との戦いが始まる。
*_*_*_*_*_*
「もうすぐ終わりかしら......」
フランツェルは張りつめていた息を緩めて、空を見上げる。感知魔術から残り一八人人だと分かった。持ち込んだ懐中時計を見れば、予選開始から一時間と少し経ったところ。この後はせいぜい三〇分あるかないかぐらいだろう。
「三〇分経ったあたりから一気に人を見なくなったのよね。会場の中央............補給所の方?」
原因はなんだろう、と首を傾げる。
―言わずもがな、ミラである。悪質な戦法のせいである。ミラはある程度魔力が足りなくなってくる中盤から多くの参加者を間引いていた。
「少し離れているけど......魔力補給しようかしら」
多くの参加者は会場の中のフランツェルと反対側の方に集まっている。少なくとも、補給所までには誰もいないようだった。このまま隠れていてもいいのだが、フランツェルの好奇心はかなり強かったので補給所に向かって近付いていく。
―結果的に、それが衝突の原因となる。
補給所までは三分ほど。歩いて移動し、結界が張ってあることに気付く。
「何よこの結界......ダミー術式盛りっ盛りの一級防御結界ってことしか分からないのだけれど」
むしろ、それが分かったのがフランツェルにとっては奇跡である。急に参加者が減ったのはこれのせいだろうと結論付けた。どうして結界を張った参加者がいないのか疑問だったが。
何事もなく結界内部に入って、職員に頼んで受付を完了する。魔石を受け取って、補給。ほぼ全回復した魔力に満足すると少しだけ感知魔術を展開。―あと脱落するのは、一人。
「隠れていた方が良さそうね......」
その瞬間。補給所の前で足を止めていたフランツェルに魔術砲弾が迫る。
「―あぶなっ......!!」
慌てて飛び退いて、周囲を見回す。感知魔術を展開している最中でなかったら、食らっていた。バクバクと鳴る心臓を押さえていると、犯人は自分からやって来た。
「避けられた......想定外」
そう呟いて歩み寄ってくる少女のことを―
「っ、あなた」
「............」
「..................悪いけれど、誰なの?」
「............」
―フランツェルは知らない。きっと話したことも無いはずなのに、無表情だった少女の表情にピキッとヒビが入った気がする。
少女が咳払いをした。
「......アナタは知らなくていい」
「そうなの?じゃあ明日には忘れるわ」
「............」
また少女の無表情にヒビが入る。フランツェルは何これ、面白いと思った。
「......でも、フランのことは覚えておいて頂戴。フランツェル・イードル、第六階位よ」
「......そんなこと知ってる」
「そう。なら始めましょうか」
フランツェルは少女のことを知らない。―でも、一つだけ確実にいえることがある。
フランツェルと少女―フレデリカは、根本的に仲良くなれない人種なのだ。
*_*_*_*_*_*
学園祭で初恋を捨てたはずのフレデリカだったが、フランツェルを発見して思わず魔術砲弾を起動していた。全身の細胞が騒いでいる。
感知魔術を展開していたのか気付かれてしまい、間一髪で避けられる。舌打ちをしておいた。
「避けられた......想定外」
落ち着いたフリをしながら、心の中で緊張する。心臓がバクバクだった。これが恋敵の圧、と舌を巻く。
それからしばらく沈黙が続いて、いくつか言葉を交わす。その応答にも、フレデリカは苛立っていた。
(何なのこの女は)
歯軋りしそうになる。
―あぁ、気に入らない。何もかも、欠片も気に入らない。言っていることは高慢なのに心が揺り動かされるのは何故?生意気な表情なのに愛らしいのは何故?天才じゃないのに、努力をした凡人の域を出られない技量しかないのに、自信を持って胸を張り、まっすぐに生きられるのは何故?
分からないことだらけだ。問いばかり出てきて、何もかも分かっているはずなのに解らない。解りたくないのに、分かってしまう。フランツェルのことが羨ましい。フレデリカにない全てを持っている彼女は、だからこそフィンレストの心を掴んだのか。
でも、フレデリカはフランツェルに勝たなければいけないのだ。
「......でも、フランのことは覚えておいて頂戴。フランツェル・イードル、第六階位よ」
フレデリカも、明日には忘れてやりたい。―でも、出来ない。だからせめては。
「......そんなこと知ってる」
「そう。なら始めましょうか」
杖を持ち上げるフランツェルを、強く見据える。絶対に数ミリの動きも見逃さないと、天才としての矜持を誇るかのように、ゆっくりと杖を肩の高さに揃える。
―努力した凡人に敵うのは、努力した天才だけ。だからフレデリカは、自分こそ天才だと不敵に笑う。天才だからこそ、お前の敵足りえるのだといっそ高慢に挑発する。
「悪いけど―私は、アナタにだけは負けられないから」
恋敵相手にすっこんでいては、乙女も名折れというものだ。
口の端を曲げた後詠唱を始めるフランツェルを見ながら、口を開きつつ術式干渉を終える。干渉したのは、結界。ダミー術式を見抜くことはできないが、フレデリカは属性式を借りることはできる。
(この結界を張った人は本当に天才だ……私は敵わない。でも―借りるよ)
ちょっと気の抜けていそうな赤の混じった黒髪の少女を思い浮かべる。彼女はきっと、大成する人間だ。無属性で得意な分野なのに、フレデリカはてんで敵わない。彼女は努力する側の天才。彼女が毎日毎日、暇を見つけては図書館や訓練所に通っていたことを知っている。
繰り出される水系統上級魔術を走って紙一重で回避。生まれてしまった初撃までのタイムラグはそれで相殺した。すぐに詠唱を終えた魔術砲弾を飛ばす。ギリギリで結界で防がれたことに舌打ちをして、短縮詠唱でこちらも結界を設置した。盾上の、半透明の結界。その後ろで土を掴む―その土は、水魔術によって濡れている。
それでいい。使えるものは何でも使ってやる。
「避けるんじゃないわよっ‼」
注意を引き付けるために声を上げて、握って軽く固めた土を投げる。結界を透明にするのと同時、それがぶつかって、結界が土を包み込んだ。土は空中でバラバラにならずに届く。フランツェルが水魔法で防いだのが見える。―これは、魔力を含んでいないのに。
(…………もらった)
術式干渉で実現した一級魔術砲弾がフランツェルを襲う。フレデリカは、フランツェルが魔術砲弾に掠ってダメージを受けながらもこちらに杖を向けたままなのに気付く。
あれは―雷魔術。そうだ、こちらの足元は濡れている。
一気に背筋をゾクリとした感触が走って、フレデリカは走り出す。結界は魔法ではないから瞬時に発動できないし、フレデリカは魔術ならまだしも他の属性を魔法で扱うことはできない。
しかし努力は及ばず、次の瞬間遠隔の雷系統初級魔術によって大きな衝撃を受ける。数秒、意識が飛んで視界が白む。―フランツェルの次の動作が見えない。冷や汗がどっと噴き出した。
「―だあぁっ‼」
―それでも、勘のままに走り出して襲い掛かる水流のダメージを最小限に留める。残量魔力、八〇前後。無属性の人間は他の属性よりも感知能力が高いから分かる―フランツェルの魔力は、それより少し多いぐらい。
―勝てる。
そう、思った。何故ならば。
「《ການສະທ້ອນ》っ‼」
戦闘前仕込んでおいた精霊文字を叫ぶ。
どこまでも、届くように。―世界に、刻み込むように。
ミラの張った一級防御結界が、内向きに魔力反応を反射する。そして、一番最初にフレデリカが放った魔術砲弾はまだ、生きている。
血相を変えたフランツェルが後ろを振り返る。―それでも、魔術砲弾は不可視だ。
(結界を出されたって防御できない……だって、横からだもの)
ふっと息をついて―気付く。
フランツェルの口が動いている?
「………………まさかっ」
結界は―間に合わない。魔術砲弾の方がわずかに早いが―
「悪いわね……あなたが誰なのか、興味はないけれど―一緒に落ちましょう」
その言葉に、生み出された巨大な水の槍がこちらに届くまでの一瞬で唇を噛む。そしてその一瞬にも満たない後、そっと口元を緩めた。
(…………気に入らない。気に入らないけど―)
微笑んだフランツェルを見ながら、口を開く。攻撃で、自分にもその言葉は届かない。―だから、フレデリカは言った。
「―」
驚いたように見張られるヒヤシンスの瞳に留飲を下げながら、なんだ綺麗じゃないかと、そう思った。
意識が今度こそプツリと途切れる直前、どこかで鐘の音が聞こえた気がした。




