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その黎明に祈る  作者: 願音
くだらない日常編
39/73

安息の時間はすぐに


 ―七組の少女、ミラ・バーバランを賭けた決闘が一月六日に執り行われる。


 その情報は、瞬く間に学園内を駆け巡った。そして、その結果ー


「どうして............どうして、こうなったの......?」


ー校庭に、大量の観客が殺到したのを、ミラは引きこもった部屋の中目撃する。


*_*_*_*_*_*


「............面倒だな」


 カインは寮室で制服のボタンを留めながらため息をつく。どうして制服なんて動きにくいものを着なければいけないんだ、という悪態も同時に。


 シドラスは急に七組へとやって来た転入生といえことで、ただでさえ注目されていた。その上、人との距離が近いタイプで、友人が出来やすい。毎回昇格していることで有名になっているミラやカインが関係しているのもあって、かなりの生徒が決闘のことを知っている。


「しかもあの糞野郎、至るところで吹聴しやがって」


 食堂から、人に会う度決闘について虚飾を加えながら面白おかしく語るシドラスを見て、思わず決闘前に殴りそうになったことは忘れられない。

 カインは不機嫌に喉を鳴らす。今シドラスが顔を見せれば、一瞬の迷いもなく殴るだろう。


 腸が煮えくり返る、という表現が使われるときの心境をようやく理解できた、とカインは思う。

 とはいえ、怒り狂っていても普段通りか普段よりも冷静に振る舞うのが勝利への第一歩。カインは備え付けの鏡の前でネクタイを直した。かっちりと着るのが面倒で少し着崩した制服は、いつもと寸分の狂いもない。


 大丈夫だ、と独りごちる。


 ―自分から見ても、服装に微塵も違和感は無いのだから。


 寮室の扉を開けると、目の前にはミラがいた。ちょうどノックをしようとしていたのか、右手は上がっている。驚いたことを表現する瞳の下、少し薄く隈があることに気付く。


「おはよう............寝れていないのか?」


「あぁ、うん。まぁ、ちょっと勉強してて、ね?」


 遅くまで勉強をしていたから寝不足、という言い分に、即座に嘘だと確信する。

 完全に嘘ではないのだろうが、ミラは寝不足になって己の実力を落とすようか愚行はしない。だから、きっと決闘の事が気になって寝られなかったから勉強をしていた、が正しい。


(............でも)


 その心配は今日をもってお役御免だ。カインが決闘で勝てば、吹聴して回ったことによってシドラスはミラに近付きにくくなる。

 だから、まぁいいかとカインは息を吐く。


「......ほどほどにな」


「うん。明日からは気をつけるね」


「是非そうしてくれ......それで用事は?」


「ぁー、うん。えっとね......」


 ミラは気恥ずかしげに目を逸らす。細い眉が困ったように寄せられて、声が萎む。


(..................)


 カインは完全に固まる。

 ミラの頬はほんのりと赤く色づいていた。一体、何を言おうとしているのか、想像するだけで脳が動きを止める。


「今回、カインくんがあの転入生と決闘してくれるよね。一応、私のためだし............本当は、私がお相手したいけど」


 ボソリと言った言葉は聞かない。聞こえない、ではなく、聞かない。世の中には知らなくていいことの方が多いということをカインは知っているのだ。

 ミラがこちらに一歩踏み出す。手が差し出されて、赤の混じった黒髪が光を反射する。



「だから、まぁ............ヒロインらしく、振る舞っておこうと思って―失礼しまぁすっ!!」



 普段からは想像つかないような速さでミラが距離を縮め、背伸びをする。一瞬のうちに迫ったミラの顔にカインが動揺している間に、()()は起こった。


「............っ?!」


 頬に触れる柔らかな感覚に、絶句する。目を限界まで見開いて呆然としている間に、ミラは真っ赤な顔で上階へと逃げていく。


「がっ、頑張ってねっ!!」


 一人取り残されたカインは、数分経ってやっと右手を持ち上げる。自分の頬を触ってみて、熱い、と呟いた。部屋の扉に顔を向けて、項垂れる。


 ―あぁもう、どうしたらいいんだ、俺は。


*_*_*_*_*_*


 一人の少女を賭けた決闘は、あっという間に終わった。その時間、ピッタリ―秒。


 その勝者は―


*_*_*_*_*_*


 カインは校庭に設置された舞台に上がる。向かい側からシドラスもまた階段を上った。周囲は観客でいっぱいで、声がうるさい。そう思うのは、カインだけなのだろうか。


「先に謝っておきます......間違って殺したら、すみません」


 恐ろしいほどの自信を滲ませて、シドラスは未だに快活に笑う。その手には大剣が握られていた。

 剣の素材はおそらく魔力伝導性の高いもの―つまりは。


「おれの魔法剣......すごく切れ味がいいんですよね」


 予想通りの言葉に、あぁそうかい、と言いたくなるのを堪える。

 剣への魔力付与は、魔力伝導性が高くなければ至難の技だ。それを高い水準でできるのは、付与術を得意とする土属性の<泥塑の魔術師>ぐらいだろう。宮廷魔術師になるのも夢ではない技能―ただし、付与する対象が魔力伝導性の高いものでなければ。

 高いものならば、結局は大したことがない。それを誇りにしているレベルならなおさら、警戒には値しない。


(最悪剣に結界張れば終わる話だ。魔法剣なんて燃費悪いしな)


 魔法剣は剣に事前に魔術式を刻み込むのだが、上手く術式を組み込んで余分になった魔力を循環させないと滅茶苦茶燃費が悪いのだ。本当に必要になる分の数倍は魔力を消費してしまう。


「まぁ、先生に治癒魔術に優れた医者を呼んでもらっていますんで、死ぬことは多分ないかと」


 シドラスは煽りなのか、無自覚なのか、判断がつかないようないい笑顔で告げてくる。カインは決闘直前に勘違いを直してやることにした。結構、イライラしていたのである。


「そうだな」


「え?」


 呆気にとられた顔が面白い。はっきりいって、かなり間抜けだ。自分が意地の悪い顔になっていることを自覚しながら、口を開いた。



「お前が怪我することもないだろ―一〇秒だ」



 誰が聞いても呆れ返るような宣戦布告をして、決闘開始の合図を聞く。


 合図は一秒未満。


 鳴り始めと同時に、動き出した。鳴り終わりと同時に、シドラスが焦りに顔を歪ませて大剣を目の前に翳す。

 そして次の瞬間、カインのナイフがシドラスの大剣とぶつかり合った。カインは魔術で攻撃するのだろう、と予想していた観客が驚愕する。


「ギリギリだな?」


 カインはニヤリと笑う。距離をつめながら懐からナイフを取り出したのだ。元の二人の間の距離は五メートル。あり得ない現象に、シドラスが目を剥く。


「速い......!!」


「当たり前だ。魔法使ってんだからな」


 事もなさげに常人離れしたスピードの種明かしをして、何度か打ち合うと一旦飛び離れる。まず、大剣とナイフで拮抗した打ち合いになっているのがおかしいのだが。


 魔法剣の起動は一秒もかからない。シドラスは魔力を大量に消費しながら起動する。

 剣にまとわりついたのは、炎。シドラスは炎属性らしい。―だが、もうそれも関係ない。


 もう一度、カインはナイフを振るう。また大剣とナイフがぶつかり合い―カインがふっと力を抜き、引かれるようにしてシドラスが体勢を崩す。


「しまっ......!!」


 カインは握り込んでいた左手で肝臓の辺りをピンポイントに殴る。


「がぁっ!!」


 シドラスがあげる悲鳴を無視。

 肝臓を殴られると人は激痛をもたらされる。力の入れ方や速さを注意すれば相手の怪我も命の危険もなく人を無力化出来るのだ。尋問向きの技である。


「―降参するよな?怪我すんぞ」


 ナイフを倒れたシドラスの顔のすぐ横に投げる。頭を蹴ってやれば失明しかねない位置。


 ―ここまでで、一〇秒。圧倒的な勝利。観客たちの中で騒がしさが倍増する。


 シドラスは残念そうに息をつくと、すぐに快活な笑顔になる。ゆっくりと起き上がった。


「降参します............強かった。お貴族様じゃないんですか?」


「いや、俺は養子だ。元は孤児だった」


「成程、それで」


 ナイフを回収して、点検をする。ナイフは食堂から拝借した安物だからか先程の魔法剣の攻撃によってボロボロになっていた。ある意味、拷問用にいいのかもしれない。


 カインが魔術を使わなかったのは、相手が魔法剣を使うと宣言していたからだ。魔法剣を使う人間は普通に魔術を使うよりも行動の一つ一つが素早くなる。その一瞬を凌ぐために魔法を使う、となると、中途半端な攻撃しかできないから、物理に舵をきった。


「お前、剣より拳の方が向いてるぞ」


「ご意見ありがとうございます............じゃあ、また。再戦のときに」


「もう戦わねぇよ!!」


 明るく笑うシドラスに吐き捨てる。


 ―本当にもう、ごめんだ。あの野郎と戦うのは。


 舞台から下りて、寮に向けて歩き出す。

 人気がなくなってきたところで、両手を見る。力を込めたり、回したりしてみる―痛みが走った。かなりの激痛。

 本当に、脅しで降参してくれて助かった。


 右手では七回打ち合い、左手は殴っただけ。なのに、どちらも痛めてしまった。魔術も使っていれば、もう少しマシだったのだろうか。

 予想していたよりもシドラスの動きは遅かったから、そちらに切り替えてもよかったかもしれない。


「どんだけ固いんだ、あの野郎......」


 そして馬鹿力。カインはある程度鍛えているのに、一〇秒程度の攻防で両手首を痛めた。あり得ない、と思う。何かの技でも使っているのか。

 幾つか思い浮かぶ、筋肉を増強する技を使う流派は少し違う気がするのだが。


 考えている間に、目当ての部屋に辿り着く。

 一度息を吐いて落ち着くと、ノックをしようとして、躊躇う。今、カインの右手は触れるだけで物凄く痛いのだ。


(足............はなし。頭は無理。左と右なら左の方がマシだが)


 ノックすべきだ。すべきだが、極力手を使いたくない。少しでも悪化する気がする。仕方ないな、と口を開く。


「ミラ、いるか?」


 中で、大きな物音がした。何か、重いものを落としたような。うぅ、という呻き声まで聞こえて、カインは思わず扉を開ける。右手を使ってしまって、激痛が走ったが気にしていられない。


「どうしたっ?!」


 開け放った扉の向こうの光景にポカンと口を開く。


「―ぁっ、カイン、くっ......ちょっと、ごめっ」


 なにやら焦った様子でわたわたと手を振るミラの周りは端的にいって凄い有り様だ。

 本棚の中身が散乱している。本棚ごと倒れているから、きっと今の物音はこれだ。


「怪我は?」


「頭打っただけ」


「本棚が倒れただけだな?」


「うん。びっくりしちゃって」


 手伝ってもらえる? と聞かれて、頷く。その前に、頼みたいことがあった。


「............悪い。治癒魔術、頼めるか」


「怪我、したの?」


 眉をひそめられて、大したことはないが、と付け足す。ただ認めるのは、少し癪だった。


「手首を痛めたんだ」


「............決闘は......」


 治癒魔術の式を脳内で構築しながらか、目を曇らせる顔をすぐにやめさせたい。カインは痛みを無視して笑った。



「勝った―負けるわけがないだろ?」



 ミラがふっと力を抜いて、ふにゃりと気の抜けた顔で笑う。そうだね、と強がりを肯定する笑顔を見て、カインもまた体の力を抜く。



「ありがと、カインくん」


「............おぅ」



 ―カインが目を逸らして呟いたこの時はまだ、次の日にあんな惨劇が起きるなんて誰も思っていなかったに違いない。



 次話投稿は、午後5時の予定です。是非、お付き合いくださいませ。


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