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その黎明に祈る  作者: 願音
くだらない日常編
38/73

つきまとい被害


「えー、では、転入生を紹介する」


 教員用の椅子に足を組んで座り、面倒そうにレベッカが言う。七組の教室内は騒然とした。どこの学級でも、転入生の存在は教室を騒がせるんだなとミラは寝不足の頭で考える。


 セレナイト学園に飛び級、転入するなど、滅多にない出来事ではあるが、そこまで騒ぐことではないと思う。ミラはレベッカに質問をしたいのに、ホームルームが終わらない。


(早く終わらないかな。術式で分からない部分とか新しく発表された付与術への見解とか、先生の話聞きたいのにっ)


 貧乏ゆすりでも始めそうなミラを置き去りに転入生が紹介される。ミラが座っているのは最後列。セレナイト学園では、昇格してきた生徒が後ろに加わっていく。カインが左隣、転入生は右隣。本日、彼は休みだが。


 しばらく魔術式について考えていると、隣に転入生が座る。焦点を戻すも、レベッカは既に教室から出ている。どうやら気付かない間に行ってしまったらしい。ミラはため息をつく。


(............ツイてないな、今日)


 あとでレイチェルを訪ねよう、と心の中で呟く。レイチェルの視点は鋭利で、ミラにはない角度からの意見なのだ。バッサリと曖昧な点を切り捨てて説明するので分かりやすい。


「............ん」


 気付けば、目の前に転入生。くすんだ金髪と少しだけ猫と似た瞳が印象的。彼は快活に笑う。


「どうも、ミラ嬢」


「は、はぁ......どうも」


 真面目に頭を下げる彼は礼儀正しい少年、といった感想をこちらに抱かせる。ミラはどうしていきなり、と動揺しながら会釈した。


「おれはシドラス。お隣ですね、よろしく」


「どうして名乗るんですか」


「さっき、聞いていなかったようなんで」


 家名が無いから、おそらく孤児。孤児がセレナイト学園に入学―白髪の少女を思い出す。今頃どうしているだろうか、と大して日が経っていないのに思った。

 シドラスはミラが先程紹介を聞き流していたことに気付いていたらしい。


「あの、一つ言っておきたいことが」


 ―なんだか嫌な予感がする。


 ミラは無意識に身構える。今日はツイていない。知っている―こういうときは、悪いことが続くのだ。



貴女の魔術と術式(貴女)に一目惚れしました。結婚しませんか?」



 自分の口から息が漏れるのを感じる。いつの間にか教室内の生徒全員の視線がミラに集まっていた。誰もが次の行動に視線を送る。


 ミラは―


「え、無理」


―次の瞬間、真顔で即答していた。思考の余地すらない返答に、シドラスは口の端を歪ませ―ると予想されたが。

 シドラスはそうですか、と再度快活に笑う。


「残念です―また後で訊きますので」


 豪速球だった。公開告白からの即答返事に全く落ち込む様子を見せず、残念、とだけ嘆く。しっかりと残念がっているのは分かるのに、先程までと変わらない表情をしていた。

 あ、この人絶対面倒だ、とミラは絶望した。


*_*_*_*_*_*


 その日から、シドラスはつきまとった。朝起きてくると食堂にいて、「おはよう、ミラ嬢」と快活に笑う。教室に行くときも隣を歩き、休み時間は話しかけてくる。放課後訓練所を訪ねるときも訓練所前まではついてくる。中に入らないのは、レイチェルに追放されたからである。


 転入から一週間、カインが休んでいる間シドラスは毎日ミラにつきまとい、告白を繰り返した。


「もう嫌......転校してくれたらいいのに」


「しない。今日はどうしました?」


「いなくなったらいいのに」


「自分を卑下してはいけません。貴女は魅力的な人だ」


「本当にいなくなったらいいのに」


 食堂で死んだ目をするミラの隣には当たり前とでもいうかのようにシドラスがいる。そして会話が成り立たない―というより、初日以外成り立たったことはない。

 シドラスのお陰で朝食もおいしくない。ミラは今日も食欲が失せていくのを感じながらパンをちぎって無理矢理喉に通した。


 着席して五分で食事をやめる。いつも食後に飲む紅茶を淹れたとき、背後から声がかかった。


「―ミラ」


 セレナイト学園にミラを呼び捨てにする男子生徒は一人しかいない。そして、乱暴なのに優しさを感じさせるこの声は―


「カインくんっ」


 ミラはぱぁっと顔を輝かせる。カインが救世主にしか見えなかった。


「お、おぅ。どうした?」


 いつもよりも勢いのあるミラの様子にカインが面食らう。そんなの知ったことか、とミラはカインの手を握る。


「私を助けて」


「助ける......何から?」


「心外です。おれは貴女のことを想っているだけなのに」


「毎日断っているでしょう!!」


「だから繰り返すんです―貴女に惚れました。結婚してください」


 その三〇回目になる告白に、カインが低い声で「..................は?」と漏らす。シドラスが高らかに笑った。


「そこをどいてください。君は関係ない」


「.............今、なんつった」


「貴女に惚れました、結婚してください―と」


 カインが沈黙する。何の感情も浮かべずに、ただただ黙り込む。その顔は無表情。最初はしてやったり、と自慢気だったのに、シドラスまでも狼狽え始める。

 そして、たっぷり沈黙すること数十秒後―カインは物凄い形相でミラを振り返る。


「こいつ誰だ?」


「転入生。名前は……覚えなくていいよ」


「そうか」


 辛辣なミラを見て、彼は結論を下す。だが、口を開く直前シドラスが告げた。

 カインが九月に抱き、ようやく口にしようとしたその言葉はその機会を失い、宙を漂う。カインは目を見開く。



「おれはミラ嬢と結婚するため、君に決闘を申し込む。まさか、断りはしないですね?」



 セレナイト学園を、大きな特報が駆け巡る。


 ―転入生シドラスとカイン・アルベルトが、ミラ・バーバランをかけて決闘をするらしい、と。


*_*_*_*_*_*


 ミラがあああああああ、と呻いた。側でフランツェルとフィンレストが慰める。


「…………どうしてほぼ全校生徒が知ってるの」


「すぐに学園中へ広まったわね」


「カインがようやく決心したとはね」


「断じて俺は何も言っていない!!」


 フィンレストがカインを揶揄う。カインは全力で否定して、チラリとミラを盗み見た。


(聞かれてないよな............いや、別に聞かれてもいいんだが。構わないんだが)


 幸運というべきか、ミラはフランツェルと話し込んでいて、こちらの話題には気付いていない。安心して吐息を漏らすと、カインは弁明を開始する。


「俺は本当に何も言っていない。あの糞野郎が朝の食堂で決闘だのなんだのと叫ぶから、断れなくなっちまっただけで、ミラを渡さないとかそういうことを言ったわけでは全然ない。むしろ、巻き込まれただけだ」


「でも、勝つんだろ?」


「負けるわけにはいかない」


「じゃあ、やっぱりそういうことだ」


 む、とカインは口を曲げる。長すぎる弁明を聞いて笑っていたフィンレストがまた吹き出した。

 かなり腹立たしいものの、比較したとき恋愛事の経験がある、といえるのはフィンレスト。殴るのだけは我慢する。


「とはいえ、案外勝つのは難しいかもしれないな」


「あぁ?」


 俺があの頭のイカれた糞野郎に負けるとでも? と凄む。殺気が漏れていたが、フィンレストはいや、と手を振る。


「転入生だろう?セレナイト学園は普通転入なんて出来ないはずだ。それなのに突然七組に転入してくる............一〇組ならまだしも、この場合それだけの能力が彼にはある」


 しかも、シドラスは平民出身。人脈だけで転入試験を受けることができるほど、今のセレナイト学園の敷居は低くない。


 ―決して油断ならない相手だ、本当に。

 だが。


 カインには勝てる、という自信がある。


 なぜならば―



「糞野郎との決闘は実戦。そして俺は、婆の()()だぞ?負けてたまるか」



 シドラスの希望で、魔法戦の結界は使用されない。つまり、物理攻撃もできるのだ。光景は中継され、命の危険があれば教員が止めに入るとはいえ、剣から巨大な鎚まで、好きな武器を使い放題。

 カインは負ける気がしない。こっちは()()()()()しているのだ。


「君、何か変だよね」


「そうか?」


「うん」


「自分がやってきたことに自信を持つのは当たり前だろ。全部肯定する矜持がなくてどうして誇れるんだ」


「そういうところだと思う」


「は?」


 本当に一五歳?お爺さんでなく?


 そんな呟きが聞こえた気がする。カインがまた目を吊り上げそうになったとき、フィンレストが口角を上げる。


「でも、まぁ。君なら大丈夫だと思うよ」


「..................お前もな」


 フィンレストは基本他人と距離を取るタイプだ。大切にしたいと思う人にだけ―主に、フランツェルにだけ蕩けるような笑みを向ける。


 ―歪な関係だ。


 二人とも真っ直ぐに想い合っているのに、お互いの気持ちには気付かない。依存しきっているのに、相手の想いには無自覚で、二人をもって二人の世界は完結している―でも、それぞれ独立している。


 二人は大きな矛盾を抱いて、幸せを噛み締めている。端から見ていても、羨ましい関係ではあった―胸焼けするほどのお惚気雰囲気は苦手だが。


 ふと思い付いて、聞いてみる。あわよくば恋愛上級者ぶっている友人を揶揄おうと思いながら。


「お前はどうしてフランツェルと今の関係になったんだ?」


「七年と少し前、フランツェルの誕生日会で出会って、色々あって............一言にするなら」


 言葉を待つ。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かな」



 抽象的な答え。だが、そこに、その言葉に、万感の思いが込められているのを感じ取って、カインは息をつく。

 もう一歩だけ、踏み込んでみることにした。


「もっと詳しく」


 すると、フィンレストは何かを言いかけて、止める。遠い昔を想起するように、少しだけ目を細めた。


「............やめておくよ。僕とフランツェルだけの出来事を、たくさん集めておきたいんだ」


「なら最初から言おうとするな。少し気になっただろうが」


「悪いね」


 ちっとも悪いと思っていなさそうな顔で形だけの謝罪をするフィンレストに、方眉を上げる。その口元を見て、足を踏んでやった。


(こいつ、絶対確信犯だろ)


 痛い、とフィンレストがわざとらしい抗議の声を上げたとき、ミラとフランツェルが近寄ってくる。


「え、なに、何の話してたの?恋話?」


「..................フィンが恋話......いいの、フィンが選ぶのならフランは諦めるのよ......」


 首を傾げるミラと、何やら聞き取れない声でぶつぶつと呟くフランツェル。雑談を開始して少し経ったとき、フィンレストがこっそりとこちらに耳打ちしてきた。


「............カイン」


「何だよ?」



「―」



 ―その内容には頷かざるを得なかった、とだけここに明記しておく。


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