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その黎明に祈る  作者: 願音
学園祭編
36/73

それぞれの学園祭 下


 思い返せば、かなり昔の出来事だった。

 その日は雨で、それなのにリゼット夫妻と令嬢がイエラクスの家の屋敷を訪問すると聞いていた。当時、自分には関係ないと思っていたが後から聞けば婚約のための見合いの予定だったらしい。イエラクスが父親から受け継いだ魔術の才能はあるものの内向的な性格だったことから、早くにその話が動いたようだった。


 ―結果として、その思惑は当たることになる。


「失礼します」


 習った通りの退席をして、扉を静かに閉める。イエラクスはほ、と息をつくと、自室へ戻ろうと廊下を歩き始めた。


(今日はやけに話を振られた気がする)


 教科書通りの返答は出来ていたと思うのだけれど、と呟いてで何とはなしに窓の外へと目を向ける。

 物凄い勢いで雨が降っている。窓に水滴が伝って、流れ星のようになっていた。少し近付いて庭を眼下に収めると、イエラクスは驚愕する。


「............人影?」


 今日は雨。傘もささずに外を歩く者はいない。ましてや、レジュメル家の屋敷の庭。その上、人影は少女のような小さいものだ。


 すぐに身を翻して玄関の扉を開ける。


 イエラクスの運動神経は良い方だ。あっという間に庭に飛び出す。

 そこにいたのは、青紫のミディアムヘアの少女。空色のドレスは汚れてドロドロになっていて、かなり悲惨な状態だった。


「きみっ!!」


「んー?」


 振り向いた彼女は、頬まで泥で汚している。それでもその紫紺の瞳だけはまっすぐに輝いていて、思わず拍子抜けしながら口を開く。


「こんなとこにいたら、風邪をひくよ」


「そうかもねー」


「何してるんだい?」


「あのねー」


 間延びしたやや舌足らずな返事。イエラクスは次の言葉を待つ。雨は変わらず降っていたが、濡れていることももう気にならなかった。


「そこに、雛がいるのー。木から落ちちゃったみたいなのー」


「......雛?」


 彼女の手元を見る。成程確かに、小鳥の雛がそこには抱かれていた。近くの木には巣がある。


(どうしたら............あっ)


 少女に手を差し出す。


「ボクが、飛行魔術で巣にかえすよ」


 イエラクスがそう告げると、紫紺の瞳が大きく見開かれた。珍しい、と小さな呟きが聞こえる。


「諦めろとか、中に入って他にやらせろとか、言わないのー?」


「言わないよ。遅れたぶんだけ、雛がかわいそうじゃないか」


「............そうねー。かわいそうだわ」


 そっと丁寧に雛を託されて、イエラクスは一度息をつくとゆっくりと詠唱を始める。風魔術の方が安全性は高いが、あいにくイエラクスは苦手だった。

 詠唱が終わると、イエラクスの体が浮き上がる。万が一にも巣を壊してしまわないよう少しずつ上昇した。


「............ふぅ」


 地面へと足を下ろして、イエラクスは胸を撫で下ろす。少女の方を振り向いた。少女は、嬉しそうに笑って言う。



「わたしはテルクニア・リゼット............ねぇ、結婚しない?」



「結婚?」


「うんー。そう」


 あくまで軽い態度からは、どうしてその結論に至ったのかは読み取れない。令嬢だったのかと心のどこかで考える。


 ―でも、大事に育てられたのに、雛のためにドロドロになって、風邪をひくリスクを負ってでも行動した彼女なら。きっと、自分だって―


 気付けば、イエラクスは自然と頷いていた。


「いいよ」


 返事を聞いて、テルクニアはぱあっと目をを輝かせる。透き通った紫水晶のような瞳が美しかった。


 ―それが、イエラクスとテルクニアの出会いだった。



 たくさんの会話をした。


「ね、婚約決まったってー」


「......そうなんだ」


「結婚できるね」


「そうだね」



「上級魔術、成功するようになったんだ」


「へぇ、凄い」


「テルクニアは?」


「私はねー、今練習中」



「この前、庭で小鳥を見つけたんだ。あの子かもね」


「そうなの?だとしたら少し嬉しいかも」


「テルクニアのお陰だからね」


「ラクスくんのお陰、の間違いでしょー?」



「結婚式のドレス何色がいいと思うー?」


「......ティアなら何色でも似合うと思うけど?」


「......どこからそんな言葉覚えてきたの?」


「いつから君はボクの母親になったんだ?」



 その中でも、テルクニアのセレナイト学園への入学が決まったときのことは記憶に新しい。


「............ラクスくん」


「どうしたの?」


 いつも朗らかに笑うテルクニアが、曇った顔をしているのが気になった。あまりに珍しくて、思わず本を捲る手を止める。


「..................私、セレナイト学園に入学することになったの」


「..............................え?」


 セレナイト学園。

 セレナイト学園といえば、最高峰の魔術を学べる場所として有名で、入学試験の倍率が物凄く高く、全寮制―そんな情報が脳内を駆け回って、目を見開いた。


「セレナイト、学園?」


「............うん。お試しでって言われていたのに、一次試験での合格通知が届いて」


 セレナイト学園では三月と九月に、二回ずつ試験が行われる。二次試験では実技のみの査定になるが、筆記試験が無い分倍率と基準値が高い。

 もうしばらく会えなくなるということだった。ここまで気落ちしたテルクニアを見るのは初めてで、中々言葉は出てこない。


「卒業するまで結婚式は出来ないのに......セレナイト学園なんて、卒業できるかどうか」


 そうだ。セレナイト学園の卒業生はあまりにも少ない―退学になる生徒が多いからだ。もし退学になったら、イエラクスとテルクニアは―


「..................ボクも」


―そんなの、イエラクスが許さない。こちとら、重すぎる初恋を抱えているのだ。



「二次試験でセレナイト学園に入学する」



 テルクニアがポカンと口を開く。そんな間抜けな表情でも、イエラクスの胸は高鳴る。

―どうして、年単位で離れることができるだろう。


「数日でなんて、無理に―」


「決まってない。将来は少なくとも<従事者>になるつもりだったし魔術師ならちょうどいい」


「そんなの、」


「ティア」


 反論の言葉を無理矢理遮る。テルクニアの手を握って、まっすぐに瞳を見据えた。



「信じてくれないか」



 息を呑む声が聞こえる。テルクニアはふっと視線を外した。口元が綻んで、紫紺の瞳に輝きが戻る。


「うん―分かった」


 その日から、イエラクスは死ぬ気で練習し―見事、二次試験で合格。テルクニアと共にセレナイト学園へと入学したのだった。



「―ねぇ、ラ―くん、ラク―くん」


 突然声をかけられて、昔を想起していたイエラクスはハッとする。目の前にいるのは、テルクニア。待ち合わせをしていたことを思い出す。


「あぁ、ごめん。考え事をしていた」


「無視されてると思ったんだからー」


「次は気を付けるよ」


 むくれるテルクニアを宥めて、ベンチに誘導する。広場には流石学園祭というべきか出店がいくつも並んでいて、活気に溢れていた。


「何を考えていたのー?」


「......えっと」


(どう言えば一番伝わるのだろう)


 イエラクスはしばらく悩んで、名案を思い付くと口を開く。普段冷たさを感じさせる顔立ちから酷薄な雰囲気を醸し出しているイエラクスだったが、その表情は柔らかい。眉を下げた優しい笑顔だった。

 いつからか呼ぶようになった愛称で。



「ティアには空色のドレスが似合うんじゃないかと思ってたんだ」


*_*_*_*_*_*


 第九階生、フレデリカ・マゼンシルは同時期に入学した男子生徒―フィンレスト・セーラスに片想いをしていた。

 マゼンシル家はそれなりの歴史を持つ家系。とはいえセレナイト学園では珍しくもない地位だった。フレデリカは昔から特にこれといった特技が無く、流されるままに勉強していつの間にか学園に入学していた。


 フィンレストはイケメンである。甘いマスクなのに、真面目。そんな相反した魅力を備えた少年。

 男に欠片も耐性が無かったためたまたま学園祭の準備を手伝ってもらっただけでポロリと落ちてしまったのだ。


 学園祭当日、あわよくば誘いたい、せめて同じ空間にいたいと思い、フレデリカはそれとなくフィンレストを追跡する。それは、恋に落ちた少女が想い人の近くにいようとする心理。


(......今日もカッコいい)


 遠目に視界に押さえ後を追う。フレデリカは途中、物凄い事実を目撃した。


「............え、女の子?」


 フィンレストの隣で幸せそうに微笑んでいるのはフレデリカの知らない女子生徒―フランツェル。

 二人は完全に自分達の世界に入り込んでいる。その光景を見て、息を呑む。


 二人は付き合っているのだろうか。それとも、ただの友達?

 友達だったらいいと思う。フレデリカは願望と戦いながら二人に少しずつ近付いていく。


 小声でなければ話が聞き取れるぐらいの距離まで近付いて耳をそばだてた。


「ねぇ、フランツェル」


「何?フィン」


 フレデリカは(あ、もう駄目だ)と思った。フランツェル、と呼ばれた少女はフィンレストのことを愛称で呼んでいるのだ。

 ―フィンレストは他人との距離が遠いタイプで、フレデリカなんてきっと覚えられていないのに!


「この後どこを回る?」


「............見たかった発表はもう終わったし、披露大会までは時間があるし......出店でも回る?」


「そうしよう。ヒヤシンスとか、売っていないかな?」


「もう、フィンったら」


 視力のいいフレデリカは分かる。ヒヤシンス―フランツェルの瞳の色。


 フレデリカは絶望した。この恋情は片想い以上に発展しないようだった。トボトボと歩きながら、虚ろな目で笑う。


 ―勉強しよう。勉強して勉強して勉強して、何もかも忘れよう。


 こうして、一人の天才が生まれた。


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