それぞれの学園祭 上
ドロシーは必死に走っていた。
貴族も集まる学園祭で、かなり場に合わない行動なものの、気にしていられない。マナー的な観点においてかなり駄目だが、脳内に妹の顔を浮かべることで常識を追い出した。
ドロシーの妹はいかにも『商人の娘』感溢れる守銭奴である。妹はどんな人間なのかと問われれば、「人には何かを守るためになら犯罪にも手を染めなければいけないの......」とドス黒い笑みで紙幣を握りしめる姿しか思い浮かばない。
(早く......早く、行かないとっ)
ゼェゼェと荒く息を吐きながら、一歩一歩を繰り返す。向かう先は、訓練所。
「―っは、はぁっ、はっ」
訓練所の塀を少し回って、扉を開ける。そこいたのは、卒業した頃からよく思い描いていた女性。
「―先生っ!!」
女性が、こちらを振り向く。
記憶の中と同じように、焦げ茶の髪を一つ結びにした彼女は、八重歯を覗かせてニヤリと笑った。
「よぉ、リルグニスト」
嬉しい、という感情以上に、懐かしさが上回る。本当の久し振りの再会というのは、こうも感動して言葉が出ないものなのかと他人事に思った。
これまでの五年間、会いたいとは思いつつ特別会いに行くような理由はなかったから気恥ずかしくて一度も顔を出さなかった。先日ミラが倒れたとき、鉢合わせする可能性はあったが偶然時間は被らなかったのだ。
だから、研究論文を公表して、学園から発表依頼が来たときは思わず目を輝かせた。その辺にいた巡回中の教師に上級魔術師の位をかさにしてレベッカの居場所を訊くのを躊躇わないぐらいには、会いたいと思っていた。
「......ぁ、ぇっと」
喉がひきつって、思うように声が出ない。それでも、何度か挑戦して絡む声で口を開く。
「あの、先生......本当に、お久しぶりです」
しばらく模索して、それで見つかったのがこの言葉とは情けないと自嘲する。レベッカはそうだな、と意地の悪い顔になった。
「こっちは待ってたんだが......お前らが中々来てくれないからな。待ちくたびれた」
「や、それはごめんなさい。ちょっと恥ずかしくて」
「んなこと全部解ってる」
「............やっぱ会いたくなかったです」
「あ?」
ポロリと本音を吐露すると流れるように揶揄われたので目を逸らす。レベッカが目付きを鋭くした。
「......先生、五年ぶりだからか、ちょっと老けました?」
ドロシーは揶揄われたらそう言おう、とずっと前から決めていた台詞を吐く。レベッカは目を吊り上げた。
「おまっ......何だと?」
「別に何でもないです」
「一回殴られるか、お前?............それにまだ三〇代にも突入してない」
あれ、とおちょくるように首を傾げる。
「四三歳じゃなかったですか?」
「二九だ!!―マジで殺すぞ、リルグニスト」
今度は本気で凄まれて、両手を上げる。降参の意を示すと、レベッカは足を組み替えて息をついた。
―ちょうどその時、訓練所の扉が開く。
現れたのは、レイチェルだ。
「............先生」
微かに、口から漏れた吐息のような言葉を耳で拾って、ドロシーは笑った。どうやら、同じ学園内で働いているレイチェルもレベッカとは会っていなかったらしい。
レベッカが片手を上げて応じると、レイチェルは歩み寄ってくる。
「久し、ぶり......五年経つ、けど......元気、だった?」
「あぁ。風邪はやらなかったな」
「............そう」
そんなやりとりを聞いて、ドロシーは笑いが止まらなかった。
レイチェルが何食わぬ顔をしているが、胸がいつもよりも大きく上下しているのに気付く。―走ってきたのだ、レベッカに会うために。
(あっはははははははははははっ!!レイチェルが!!レイチェルが私が流した情報に踊らされて走った?!どんだけ先生のこと好きなの、あの子!!)
先程のことを思い出しながら心の中で大爆笑を続ける。
先程、ドロシーは職員室へと向かう教師に『レベッカが訓練所で魔術訓練をしている』と伝えさせたのである。本当は披露大会用の魔石を取りに来ただけらしいのだが。
レイチェルはレベッカの使う魔術が好きだった。昔はかなりヤンチャだったレイチェルがレベッカ担当の魔術訓練だけは一度もサボったことがなかったほどだ。
「レイチェル、面白いね」
「ドロシーうるさい............って、お前......」
何かに気付いた様子のレイチェルに、今度こそ声に出して笑う。
「......会えて良かったね」
「おまっ、......!!」
魔力消費が多くても構わない。ドロシーは風魔法を出す準備をしたが、それは必要無かった。
「......................................................ありがと」
聞き取れるか聞き取れないか、ギリギリの声量でボソリとレイチェルが言う。どうやら、今回はお咎めなしらしい。
同じ学園内で働いていても会っていなかった理由は多分ドロシーと似通っている。今日『レベッカが訓練所で魔術訓練をしている』という情報でわざわざ走ってきたのは、やっぱりレベッカの魔術が見たかったからだろう。
―それも、ドロシーと同じだ。
「先生。五年ぶりに特級魔術、見せてください」
「............職務中だぞ?」
「魔石なら、あるから」
仕方ないな、と笑ってレベッカは少し離れる。その際覗いた八重歯を見て、この人が大好きだと実感する。
ドロシーが上級魔術師になったのも、運動が嫌いなドロシーが会うためだけに走るのも、職務中の緊急以外での特級魔術の使用を頼むのも。
全部全部全部、この人のお陰なのだ。
「............っ!!」
そんなドロシーの中では当たり前のことを再び確認し直して、その光景を見る。
片翼だけの金色の鳥は、その不自由さを感じさせずにレベッカの周りを一周して、天へと昇っていく。輝いているはずなのに、眩しくはない。人を惹き付ける力を持って、土精霊は顕現する。
―土系統特級魔術第三目<金鳥隻>。
徐々に精霊の姿が見えなくなるのを送りながら、ドロシーは微笑む。興奮に浮く思考で、ただ前を見る。
レベッカとレイチェルが話している。冗談で笑い合って、この五年のことを振り返って。
―だから、まずは茶化すことから始めよう。
「先生ったら―」
そうしたらレベッカが少し不機嫌になって、二人で笑うとレベッカも釣られて笑って。
そんな光景を見ていると、ドロシーは思うのだ。
―お父さん、セレナイト学園にあたしを入れてくれてありがとう、と。
*_*_*_*_*_*
少し時は戻って。
エムリナは校庭に設置されたテーブルを一人で占領して珈琲の注がれたカップを傾けていた。
―その背後には、長蛇の列。
「............嫌になるわね」
全員が、求婚者―つまり、ルーティング家との関係を発展させたい者たちである。在学生のもいれば、外部の貴族も含まれる。
ルーティング家は名門中の名門。国内有数の権力を持つから、このような光景は珍しくない。その上、令嬢であるエムリナは美人。そうなれば、行事では多くの人間が集まってくる。
「本当に貴女はお麗しい。艶やかな濡羽色の黒髪と黒真珠のような瞳にはさぞ花が似合うでしょうな。貴女を前に、誰もが喇叭水仙を買い求める光景が目に見えるようだ」
喇叭水仙の花言葉は、報われない恋。上手い口説き文句だが、エムリナは男に―恋愛事に興味がない。
だから、こう言ってやるのだ。歯の浮くようなお前の美辞麗句など求めていないのだと。
「............あら、ありがとう......名門の貴族令嬢を見つけるとすぐに声をかける貴方の茶髪には黄色い和蘭石竹が映えるでしょうね......」
目の前の男は、それを聞くと顔を歪ませる。エムリナとしても切れ味のいい皮肉だったので、清々した。
ため息を吐く。
脳裏に思い浮かんだのは、空気は読めるくせにたまに物凄く直球で突っ込んでいく怖いものが苦手な、天才を地で行く友人。今日だけは、真似してみることにした。
「............貴方なんて眼中にないの......出直してらっしゃい」
すぐさま体を翻して離れていく男を見送って、考える。
巷では、恋愛小説が流行っているのだとその友人が鼻息荒く言っていた。恋をすると世界が違って見えるのだと。確か彼女もいけすかない少年と恋仲だったはずだ。詳しくは知らないが。
「............そうね......全く興味はないけれど、訊いてみようかしら......全く興味はないけれど」
エムリナは全く興味はないと二回言いながら、今頃どうしているだろうかと空を見上げた。
*_*_*_*_*_*
「カリウス殿はお勇ましい方ですなぁ」
「実に羨ましい」
「そういえば―」
ここは全発表が終了した後の大講堂。複数の貴族に囲まれて、持て囃されていたアーカルドは知り合いの顔を見つけて目を見張った。
すぐに周囲の貴族たちに別れを告げそこへと向かう。
「......ロウデンか?」
「............アーカルド」
隅の椅子に腰かけていたのはアーカルドの昔からの友人。第二次帝国戦で背中を預けた<従事者>階級二級の剣士だ。
隣の椅子に腰を下ろす。
「随分久し振りだな」
「そうだな。流石にお互い老けた」
「もう戦争が終わって二〇年か。早かった気がする」
「お前も俺も、もう戦争で前線に立つことはないだろうな」
絶対にそうだ、と頷く。生きている間には戦争にならない可能性が高い。だが、決して戦争を望んでいる訳ではないが―
「少し懐かしい気もするな」
―アーカルドは二〇年前のことを思い出しながら頬杖をつく。当時のことは、今でも鮮明に思い描ける。
「あぁ。あの頃は」
ロウデンは最後まで言わない。言わなかったが、何が言いたいのか、アーカルドには分かった。
―楽しかった。
不謹慎すぎて、それ以上に死んだ者に失礼だから口には出してはいけない。
望んであの場所にいた者がいれば、そうでなかった者もいる。親や友人のために仕方なく参加した者もいる。兵士でなくても、戦争で命を落としてしまった者がたくさんいる。
―人を殺さざるを得なかった。仲間が死ぬのを何度も見た。大きな怪我も何度だってした。
―それでも。
楽しかったのだ。
それがあったとしても、あの数年間は紛れもなく青春だった。
「そういや、お前の娘が発表してたな」
それを見に来たのか?と聞くと、笑って頷かれる。その笑顔に、少し驚いた。
(戦い以外で、こんな顔を出来るようになったとは)
これもきっと、ミラのお陰なのだろう。
「一応理解は出来た。詳しくはないから、あれがどれほど凄いことなのかは分からないがな」
それを聞いて、唖然とする。
「お前......本気で言っているのか?」
「ん?」
何を言われているのか分からない、と言いたげな顔を殴ってやりたくなる。
―実の娘が成したことがどれだけ凄きことなのかさえ、把握していないとは。
かなりの愛妻家、親馬鹿として知られるアーカルドは口を開く。
その言葉を受けて、ロウデンが間抜けに口を半開きにした。
「学生が講論会で発表を行うのは一〇年ぶりだぞ?」
「..................は?」
ちなみに学園祭のあと、ミラはエムリナにイジられました。




