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その黎明に祈る  作者: 願音
学園祭編
34/73

世界一のプレゼント


 ―結果から言うと。


 ミラとカインは大講堂の裏に出て、パチン、と両手を合わせる。空気の弾けるような音と同時に破顔した。


 ―大成功だった。


「やったね、カインくんっ」


「おぅ、上手くいったな」


 口元をだらしなく緩め、ミラは笑う。それはそれは、幸せそうな顔だった。


 ミラ一人で行う炎系統特級複合魔術の発表も二人で行う特級魔術の効果相違点についてこ研究発表も、完璧な資料と解説、実演と質疑応答を経て終了し、割らんばかりの拍手が送られた。

 最後にスカウトの声が大量にかかり、「学生なのに」という言葉も聞けたから、大成功と判断していいだろう。


「この後は休憩かー......」


 学園を照らす太陽の光に手を翳しながら呟く。時計を確認したカインが顔をしかめた。


「やっべ、時間だ。行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 外部の用事が何かは知らないが、とりあえず送り出す。別に互いの行動を全て監視し合う必要はないのだから。


 休憩は一五分。

 ミラはこれから顔をあわせる人達の顔を思い浮かべて、微笑を浮かべる。一歩、大講堂へと向けて踏み出した。


 中に入ると、そこでは多くの人が歓談を楽しんでいる。いくつかの人集りが形成されていて、ミラはその中から目当ての人物を探し出すと歩いてそこに向かった。

 薄い灰色髪を結い上げ、知り合いらしい男性と話す彼女は。


「ご歓談中、失礼致します............師匠、お久しぶりです」


「......ミラっ」


 声を聞いてすぐに後ろへと振り返ったドロシーは、アイスグリーンの瞳に喜色を滲ませて弾んだ声を出す。

 正装のため胸元に付けられた魔術組合所属を表す飾りの上で、結ばれたリボンが揺れる。薄い彼女の色彩と、黒い魔術師専用のマントの対比がアイスグリーンのリボンを際立たせた。


「久しぶり......四ヶ月ぐらいかな?」


「そうですね。手紙のやり取りはしていましたが」


「四ヶ月なんて、短いけど............うん、成長してそうで何より」


「あ、分かります?」


「全部解るに決まってる」


 目を細めての評価に、少し照れ臭さを感じて茶化す。ドロシーはおそらくそれに気付きながら気付かないフリをして、手持ち無沙汰になっていた男性を手で示した。


「こちら、<巣窟(ソウクツ)の魔術師>リチャード・メイジャー様。あたしの同僚で、対魔物戦に強い上級魔術師」


「どうも。<泡沫の魔術師>ドロシー・リルグニストこと、最高峰の幻術の腕前を持つ上級魔術師の同僚です」


 完璧な紳士の微笑に冗句を添えて、リチャードは頭を軽く下げる。


(師匠が男の人と話してるのなんて......<雷霆の魔術師>様以外なら初めてかも)


 そう思い、ミラは少し揶揄ってみることにする。出会った頃の大人しさはもう、微塵も残っていなかった。


「師匠......ついに婚約を」


 少し感嘆を乗せると、ドロシーは顔を真っ赤にして「そうじゃないっ!!」と叫―


「........................」


―ばなかった。


 ミラの予想とは違い、ドロシーは無表情に固まって沈黙する。しばらくポカンとしていたが数秒後、いかにも真面目な表情で首を振った。



「............ごめん、無理」



 照れなんてものはそこには一切なく、完全に真剣なトーンでの返答だった。


 ミラは反対に呆気にとられる、


(師匠が照れないなんて......珍しい)


 逆に、同僚としてどういう関係にあるのか興味が湧いてきたが、ひとまず会話を先に進める。「何故今告白してもいないのにフラれたんでしょう」と呟く声は耳に届かない。


「えっと......私はミラ・バーバラン、第五階位です」


 きっとこの場合において自分の立ち位置をハッキリさせるなら階位を知らせるのがいいだろう、と判断して会釈する。知っています、と相槌を打たれて目を見開いた。


「ほぼ全ての機会を拾い上げて昇格を繰り返す天才少女―ミラ・バーバラン......有名人です。先程の発表も素晴らしかった」


「ありがとうございます............それほどではないと思いますが」


 ほぼ全ての機会を拾い上げて昇格を繰り返す天才少女―なんて言われると、誇張評価に思えてならない。ミラの中で『天才』は自分には当てはまらないのだ。勿論、普段褒められ慣れていないことも原因だが。


「うん。発表、すごく良かったよ。炎系統特級複合魔術......あたしでも使えるか」


 特級魔術も簡易化してやっと二つ目を使えるくらいだし、とドロシーが付け足す。思い返せば、ミラは既にドロシーよりも高い等級の魔術を使える。たとえ魔法戦で勝てなくても上級魔術師にはなれる技量があるのだ。

 特級魔術もある程度の才能がある人間が血が滲むような努力をしなければ行使できないほど難しいものである。ミラも毎日毎日訓練所で消灯時間ギリギリまで練習を繰り返す生活を送っている。


「単なる思いつきだったんですけどね。制服のカフスボタンを魔導具にして簡易化魔術にしてみたら、偶然上手くいきました」


「それで上手くいくのがすごいんだからね?」


 呆れたように言って、ドロシーははぁ、と息を吐く。


「あたし、山籠りでもして修行しようかなぁ」


「えええぇぇ......?」


 それで解決するのだろうか。

 そんな少しズレたことを考えながら、首を傾げる。リチャードが腕時計を見て告げた。


「すぐに時間になります。移動した方が良いのでは?」


 前半はミラに、後半はドロシーに向けた言葉。ミラは頭を下げて、ドロシーと向き合う。


「......では師匠、また次の機会に」


「うん。頑張ってね、ミラ」


 応援してる、と頼もしくドロシーが頷く。リチャードにも会釈して、ミラは客席へと足を向けた。


「発表楽しみにしていますね」


 そう残して、そこを去る。これから見学できるであろうドロシーの発表が楽しみで仕方なく、ミラの足は心なしか弾んでいる。先程大講堂の入り口で受け取った資料集を思い返して、口角を上げた。


(あぁもう本当、尊敬しちゃうなぁ)


*_*_*_*_*_*


 ドロシーの発表の後、出店で適当に昼食を取って劇の演出をやりきった。急かされるように待ち合わせ場所に辿り着く。

 既にカインは到着していた。小走りで駆け寄って、肩を並べる。


「ごめん、待ったよね」


「いいや、さっき来たとこだ」


「そう?なら良かった」


 歩き出して、雑談を交わす。


「劇の演出はどうだったんだ?」


「練習通り、上手くいったと思う。そんなに難しい魔術じゃなかったし」


「リハーサルにでも行っておけばよかったな」


「あはは、確かに」


 軽く笑って、足を止める。

 外部からの出店だった。魔術短杖や魔石、魔導具を取り扱う店舗。


「......その短杖、悪くないな」


「ん、魔力伝導率が高い素材だし、学生価格だし、使いやすいね」


 カインが取り上げた杖は、肘から先ほどの長さ。持ち手の部分は美しい装飾が施されていて、数千リゼルの割には質が高い商品。

 二人は買うか悩んで、同時にやめようと口を開いて、顔を見合わせて吹き出す。


「今、師匠に貰った杖を使ってるからなぁ」


「へぇ。そういや、細工も細かかったな」


「オリジナルの杖で、魔力制御を補助してくれる術式を付与してあるんだって。<泥塑の魔術師>様の付与術、凄かったよ」


「宮廷魔術師の付与術......高く売れそうだな」


「..................カインくん?」


「悪い」


 ジトっとした目を向けると、カインは悪びれずに笑いながら軽く謝罪 をした。


「............あ、これ」


 歩き出してしばらくして、今度はミラが足を止めた。その屋台に並ぶのは可愛らしいアクセサリだ。ネックレスやブレスレットから、バレッタやイヤリング、ピアスまで様々な種類の商品が並んでいる。


「............って、高い」


 目についたブレスレットは、完全に訪問した貴族向けの値段。先程の短杖とは比べ物にならないほどの値がついている。


(......流石に、高いなぁ。アクセサリなんだから普通だけど......さっきと桁が二つも違うし)


 残念、と息をつく。短杖と同じ値段だったらギリギリ許容範囲だったので、なおさら残念だった。最近のアクセサリは細工や装飾にこだわられたものが多く、高くなりがちだから仕方がないところはあるが。

 ごめん、と言って歩き出そうとしたとき、カインが屋台を覗き込む。


「見てたのこれか?」


 指し示したのは、ミラが眺めていたブレスレット。突然どうしたのか分からないまま頷くと、カインはそれを手に持って店主の方へと歩いていった。


「これ、頼む」


「かしこまりました」


 男はそっと受け取り、丁寧な手つきで値札を外す。カインは、紙幣を手渡した。―値段ピッタリだ。


「............ん」


 ミラは目を見開く。差し出された袋に、反射的に両手をつきだした。


「......っや、あの、悪いよ。すっごく高いんだし、別に」


「別に?」


「......ごめんなさい」


 別に、私なんかのために。

 そう続けようとした言葉は眉根を寄せたカインに止められる。こちらを責めるような声のトーンに、視線を落とした。


「いいから貰っとけ」


「............でも」


「でも、じゃねぇ」


「......高いし」


「大量に渡されるけど使わねぇから余ってんだ......金は循環させた方がいいだろ?」


 ミラの遠慮を否定する言葉は無理矢理捻り出したもののようで、少し笑いそうになってしまう。カインは欠片もそんなこと思っていなさそうな表情で、必死にミラに受け取らせようとするのだ。



「あとは......そうだな............あれだ。今日は学園祭だろ?曲がりなりにも男女が一緒に回ってんだからプレゼントは珍しくない..................ということで」



 気恥ずかしそうな言い訳に、プッと吹き出す。ミラは顔を綻ばせて、ただ笑う。あまりに笑いすぎて、目元に滲んだ涙を右手で拭った。

 カインは笑われると思っていなかったのか、ポカンと口を開けて唖然としている。


「うん、そうだね............そうかも。じゃあ、これはありがたくいただきます」


「あ、あぁ」


 ―世界一のプレゼントだな。

 そう心の中で呟きながら袋を大切にしまって、少し悩む。


(何か、私も......)


 何かないだろうか、と首を傾げて、思い付く。カインの制服の袖口に目を向けた。


「......その、ボタン」


 カインは一瞬何を言われているのか分からなかったようで、促されるままに袖を見る。そこに、ボタンはない。


「朝はついてたよね。どうしたの?」


「あぁ、これか............さっきちょっと引っかけちまって、どっかいった」


 カインは「それがどうかしたか?」と何故か普段よりも()()()()で問う。ミラは胸ポケットからあるものを取り出した。



「これ、カフスボタンなんだけど。()()()ので、おあいこってことにしてもらえたりする?」



 その言葉を受けて、カインが目を見張る。ふっと視線を外した。


「あぁ、喜んで」


(..................通じたかな)


 安心して、胸を撫で下ろす。


「じゃあ、行こう。針と糸、向こうで借りられるから」


 ミラはカインの腕を引いて歩き出した。


*_*_*_*_*_*


 午後六時半。

 訓練所裏手の森の中で、ミラは―


「あああああぁぁぁっ?!」


―悲鳴をあげていた。


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