たった一日のために
「............なら、一緒に回らないか?」
スプーンを取り落とす。スープが跳ねて、顔に飛んだ。思わず動きを止めて、目を見開く。完全にフリーズした。
「..................っ、え?」
そして、勢いよく真っ赤になった。
(え、えっ、えっ?!一緒に......一緒に?!学園祭を、一緒に?!)
既に分かっていることを脳内で何度も何度も反復して、少しずつ呑み込んでいく。最終的にパクパクと魚のように口を開閉させた。
(がっ、学園祭ってこう、カップルが一緒に回って、こう、最後に屋上でそういうことをする行事、だよね............あれ、恋人同士じゃなくても一緒に回っていいんだっけ?私とカインくんの関係を表すなら友人、クラスメイト、研究発表チーム、あとは......応援隊隊員と隊長)
カインはフランツェルとフィンレストの恋路に全くもって興味が無いのだが、ミラはシレっと隊員に数えていた。
普通に考えれば何の問題もないのに、恋人同士でなくとも共に学園祭を回っていいのか、と大真面目に検討する。主にそれは恋愛小説の中だけでの常識というか典型である。
「........................」
迷いに迷って、沈黙するミラの様子を不安に思ったのか、カインの言い訳じみた説明が始まる。
「......や、一日中忙しい訳じゃないならだからな。フランツェルとフィンレストは二人で世界作ってるだろうし、先輩たちも大変仲睦まじいし、エムリナはあり得ないし。訓練所は逆に忙しいし、食事に一日捧げるのは今日だけでいいだろ?幸い俺もお前も相手はいないし......幸いというより、あぶれてる者同士といった方が正しい気はするが」
魔術砲弾のような勢いで飛び出す言葉に、その間迷走しまくっていたミラは手を叩く。成程、と目を輝かせた。
「カインくん、あの二人の様子を覗き見たい、ってことだよね!!」
カインが目を剥く。
「何故そうなるっ?!」
唖然として口を半開きにするカインに、得意気に笑う。分かるよ、と同意の頷きを繰り返した。
「そうだよね、遠くから窺いたくなるよね」
「暇な時間ずっとそうするつもりか?胸焼けするからやめとけ」
「遠くからなら大丈夫!」
「その自信はどっから湧くのか教えてくれ」
ゲッソリしてカインがフォークを持ち直す。対照的に、ミラは輝かんばかりの笑顔になった。こっそり遠くから見守るだけなら会話が聞こえないため大丈夫だとミラは思うのだが。
「だから、普通に回らないかと言ってるんだが」
「普通に......普通に?」
普通に学園祭を回る、というと、思い浮かぶのは劇を観たり生徒の出店を楽しんだり。でも、ミラが知っているそれらは全部カップルがするものなのだ。
「嫌ならいいけど」
「あっ、ううん。そういうことじゃなくて」
本気の本気で馬鹿みたいなことを不思議に思って、首を傾げる。
「恋人じゃなくてもいいのかな?」
「..................いいんじゃないか」
絶句したあとボソッと捻り出すように言われて、じゃあ、と笑った。
「喜んで。一緒に学園祭、回ろう」
カインがそれを受けて表情を柔らかくする。かなり緊張していたようだった。
ミラは明日の予定を整理する。
(確か、私の出る発表は一〇時過ぎだったよね。師匠が出るのは正午前で、<雷霆の魔術師>様の攻撃魔術講義はその後。劇の演出は午後三時から、披露大会は午後七時)
かなりの多忙だった。午後四時からの三時間がミラの自由時間。もっと短くなる可能性もある。
(......三時間しかないんだ)
自分でもよく分からない感情を抱きつつ、会話を続ける。
「劇って見に行くの?」
「その時間は外部で予定がある」
「へぇ、ちょっと残念かも」
折角演出担当なのに、と悔しく思う。演出の魔術はかなり派手で豪華ななものになる予定である。
「名物だから一つぐらいは観てみたかったけどな」
「来年があるかどうかなんて、分からないもんね」
ミラもカインも、異例の速度での昇格だ。ミラは三月で卒業する可能性が高いし、カインもその次の九月で学園を去るだろう。そうなると、中々会うことはないのだろうな、とミラは思う。
テーブルに並べられていた料理はもう無い。フォークを置いて、顔をあげた。
「集合は午後四時過ぎでいいか」
「あ、私、最後訓練所行きたい」
「............色気の欠片もない場所だな」
ボソリと声が聞こえた気がして、瞬きをする。色気、と聞こえた気がしたが、きっと気のせいだと思った。
「今、何か言った?」
「いいや、何にも」
(......口は動いてたと思うんだけど)
釈然としない感覚を抱きつつ、無視することにする。髪がハラリと落ちてきたので、右手で耳にかける。少し風が強くなってきていた。
かなり冷え込むかもしれない、と学園祭の実行委員の一人が言っていた気がする。当日暖かい飲み物でも用意すれば飛ぶように売れるだろう、とも。ちなみに、その少女は商人の娘である。
しばらく大まかな予定を決めていると、フランツェルとフィンレストが戻ってくる。フランツェルの手には、料理の乗った盆があった。
「フランツェル。辛いの、手に入った............って、真っ赤」
問いかけたものの、これが答えだと言わんばかりに盆を掲げられて思わず呟く。
盆に乗ったお椀には、真っ赤な何かがよそわれていた。おそらく、燠沖発の拉麺のアレンジ料理だ。ものすごく辛そうだと思った。
「すっげぇ色だな」
「確か、『柚子薫る激辛拉麺~唐辛子と山椒を添えて~』だったと思うよ」
「柚子薫んねぇけどな、これ」
呆れた顔つきでカインとフィンレストが言葉を交わす横で、フランツェルがいただきます、と神妙に手を合わせる。
(......唐辛子丸々入ってるように見えるのは幻覚だったりする?)
口元をひきつらせてフランツェルを見守る。小皿にとって、慎重に一口目を運んだフランツェルは―
「..............................」
―コップ一杯の水を飲み干すと、静かに机へ突っ伏した。余程辛かったのだろう。肩が震えている。
それきり沈黙するフランツェルの様子を見て、三人は顔を見合わせる。
「これ、食えるか?」
「無理な気がしてきたのだけれど......」
「三人でも難しい可能性が大きすぎないかな?」
そしてそのまま、小皿に一口分よそうと三人ともほぼ全員で掛け声でもしているかのごとく同時に口に運んだ。
―ミラは二度と辛いものを食べないと誓った。
*_*_*_*_*_*
そして寮の消灯が迫る時間になった。
雑談を交わしながら四人は寮に着いて、手を振って別れる。ミラは消灯前に就寝。
「............ん」
翌朝、基準にされている起床時刻よりも遥かに早い時間に目を覚ました。学園祭当日は普段よりも早起きの生徒が多い傾向にあるが、この時間ではまだ誰も起きていないだろう。
素早く身を起こして、制服に着替える。初めての定期試験のときと比べて伸びた髪を丁寧に編み込んだ。
昨日のうちに食堂で頼んでおいた軽食―本当に少なめである―を済ますと、ホルダーに杖を入れる。
高ぶる胸の鼓動を押さえるように、不安と緊張を増長させていく思考に歯止めをかけるように、頬をパチンと張る。
「頑張れ、私」
今日のミラは、失敗する訳にはいかない。ロウデンもドロシーもレイチェルもアーカルドもレベッカもフランツェルもフィンレストもイエラクスもテルクニアもエムリナも、誰もが見ても恥ずかしくないような振舞をしなければならない。
間違いは許されない。
―何よりも、ミラ自身がそんな醜態を認められないのだから。
*_*_*_*_*_*
「おはようございます、レイチェルさん」
「あぁ、来ましたか」
誰も物音で起こしてしまわないよう、出来るだけ静かに寮を抜け出したミラはまっすぐ訓練所へとやって来ていた。
学園祭といってもいつもと何ら変わらない様子のレイチェルに頭を下げる。
「ごめんなさい、こんな早朝から開けてもらって」
ちょうど今、夜が明けるぐらいの時間である。白み始めた空には雲一つ浮かんでいない。
「別に構いません。片付けまでするのなら、勝手にすればいいですよ、アナタは学生なんですから」
「本当に、ありがとうございます」
至極どうでも良さそうなレイチェルが最早定位置のテントの元へと向かう。学園祭のため、利用者名簿も特別なものを使用するらしい。外部の人間も利用できるのだから、当たり前だった。
(流石に仕入れ量を個人の意見で増やすことは出来なかったけど......多めに分けてもらえてよかったな)
発表の実演で使用する魔石は二つ、劇の演出では三つ。それ以外は練習に使うことができる。
魔石を並べたスペースから少し離れた位置で魔術の練習を始める。今日披露するのも例に漏れず大技だから、いくら練習しても足りないぐらいだった。
感覚を体に覚えさせながら、まず体内で魔力を循環させる。しばらくして魔力筋を慣らすと、脳内で魔術式を組み立てた。何度も練習した通り。詠唱も一節一節、丁寧に口にして魔力を巡らせる。
出来上がった魔術は、発動直前で放棄した。この方法なら、魔力は消費するものの急な魔術多用使用による魔力副作用は発生しない。
「―」
結果は、微妙。
贔屓目に見れば、悪くないが。
(もうちょっと魔力操作を素早くしないと、術式がほつれちゃうかな............制御が、意味もなく揺らいでるのも、直さないと。脳内構築も、その時その時に合わせて数値を調整しないと、魔術にズレが生まれる)
改善点をすぐに整理して、魔力補給するともう一度。
今度は、計算した数値を代入し、気温まで考慮した上で制御を固めた。魔力操作は少し速めに。―制御は良くなったが、魔力操作はまだまだ。終わるのを待つ間に術式が端からほつれ始めた。
次は、魔力操作のスピードを最初の二倍にしてみる。―全然駄目。今度は速すぎた。
問題点を一つずつ直しながら、何度も同じ魔術を繰り返す。そして、数時間。
「..................できたっ、」
学園祭開始を告げる鐘が遠くに鳴る。ようやく辿り着いた満足のいくの出来に、ミラはほぅっと熱の籠った息を吐いた。




