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その黎明に祈る  作者: 願音
学園祭編
31/73

きれいだと思うもの


「もういいわっ!!フィンのことなんか知らないものっ!!勝手に生きて、勝手に死んだらいいんだわっ!!」


 そうフィンレストを切り捨てたとき最後に見た顔は不気味なほどに無表情だった。フランツェルは何か地雷を踏んでしまったのだと理解して、それでも立ち止まれなかったから逃げた。

 逃げて、逃げて、逃げた先で立ち止まる。


「っはぁ、はっ、ぁ、はぁっ」


 普段から走り慣れていないフランツェルは肩で息をする。訓練所裏手の森。大講堂からはかなり離れていて、ここまで立ち止まらずに来れたのは奇跡だった。


(流石に、誰もいないわ......)


 少しだけ周囲を確認しても人の姿はみとめられない。一気に膝の力を抜いて、しゃがみこむ。息切れで遠ざかっていた嗚咽が堪えきれなくなり、涙が流れた。


「フランは、全然駄目なのに。ミラとカインとは違って馬鹿なのに」


 ミラやカインほど座学も実技も得意ではない。フランツェルはまだ、水系統特級魔術さえ術式を理解出来ないのだ。この間の試験でもギリギリで昇格を果たしたが、未だ八組。所属では一つ下で、成績上は三つもミラと離れていることになる。


 他にも、あげられる欠点は幾つもあった。泣きながら一つ一つを数えて、傷つきながらもそれを止めない。これまでフィンレストに褒められてきた分を消費するように思い付く限りの言葉で罵倒する。

 そして最後に何も思い付かなくなった。


 頬を伝う涙をゴシゴシと制服の袖で拭って、それでもまだ止まらないそれに諦める。思い付かなくなったから、今回の喧嘩の原因まで全部自分のせいにする。



「......フランは、強くないの!!自分の未来もフィンの将来も全部抱え込めるほど丈夫じゃないのにっ!!」



 ―強く在れたら、どんなに良かっただろう。


 ―泣き言を吐き捨てられるほど器用だったら、どんなに良かっただろう。


 何も変わらない。フランツェルはずっと、小さな子供の頃から何も変わっていないのだ。

 フランツェルはミラを尊敬している。入学してからずっと、一番前を走りながらまだ成長を続けている。

 フランツェルはカインが羨ましい。どんな時も自分を貫ける強さを持っていて、たまに頑固でもずっと真っ直ぐなのだ。

 フランツェルはフィンレストが好きだった。頼りがいがあって、気遣いが上手で、好きなところを挙げれば数えきれない。

―だからこそ、フィンレストが恨めしい。


 ミラもカインもフィンレストも、フランツェルに無いものをたくさん持っている。それでも、『羨ましい』とは思いつつ嫌いにはなれなかった。才能があったとしても、みんなが努力しているところを知っていたからだ。

 フランツェルは努力を欠かさない。飛び抜けた天才でなくても、周囲から浮いても、ずっと隣にフィンレストがいてくれたから幸せだった。

 なのに――必死に試験勉強する横でフィンレストが二人で書くべきレポートのまとめをして、ミラたちと同じように昇格できるだろうに―九九点の答案で「惜しかった」とこちらに笑いかけられて、分からなくなった。


(......ずっと、フィンがついてきてくれて、甘えてた)


 フランツェルは、自分はきっと甘えすぎていたのだと思う。どこに行ってもついてきてくれる。どこに行っても手伝ってくれる。どこに行っても反対しない。どこに行っても肯定する。

 四か月で二回の昇格。三級になれば推薦を受けて卒業試験に参加できるのだから、卒業に必要な昇格の回数は六。他にも行事があれば昇格のチャンスは巡ってくるので早くとも一年後には進路が決めなければいけない。

 そのことを考えたとき、フランツェルは想像した。その時自分は何をしたいと思っているんだろう、と。


 ―何も、思い浮かばなかった。


 きっと、魔術関係の仕事をしているか、屋敷で無職か。魔術関係の仕事といっても具体的なものは思い浮かばないし、どうせその時が来れば父親から斡旋されるのだろう。

 普段からずっとついていくと公言して憚らないフィンレストは、その時もフランツェルに共にいるのだろうか。そうなると、将来にすら具体性が持てないフランツェルはフィンレストの幸せを保証してやれるのだろうか。

―彼がそうしてくれたように、幸福を支えてやれるのだろうか。


(きっと無理だわ…………自分のことすら分からないのに、フィンの将来なんて)


 涙はもう出てこない。嗚咽だけが残って、頭がじんじんと痛んだ。通常の時の授業の終わりを知らせる鐘が遠くから聞こえてきて、ゆっくりと重い足を引き摺る気持ちで歩き出す。顔は見られたくなかったから、制服のフードをかぶって、俯いて。


 重い、じゃない。辛い、なんて言ってはいけない。じゃあ、何だろう―そう考えても、答えは出ない。

 不安、でもない。不満だ、だなんておこがましい。いくら考えても、相応しい言葉は見つけられない。


 でも、少なくとも分かったのは。



「…………フラン、情けないわね」


 自分はどこまでも中途半端で駄目な人間だということだった。


*_*_*_*_*_*


「フィンレストくんが将来のことを決めていても、フランツェルはまだ考えられてないんだよ。自分の未来も心配なのに、フィンレストくんは『何があってもついていく』って言ってるなんて、怖いんじゃないかな」


 その言葉を聞いて、フィンレストは愕然とした。

 初めて、フランツェルが訴えていることの意味も原因も理解できず自分の意見も曲げられなかった大喧嘩。その原因が完全に自分にあり、気付けていなかったことと押し付けてしまっていたことの衝撃が大きすぎて、思わず気が抜ける。

 反射的にそんなこと、と呟きそうになって、止める。『そんなこと』にすら気付けていなかった自分にそれを言う資格はないと思ったからだ。


 ミラはそんな様子を見て、クスリと笑う。いつもよりも大人びて見える微笑で、カインも落ちるだろうな、と心のどこかで思った。


「多分、これから今日みたいなぶつかり合いはたくさんあって......でも、一番大切なのは真っ直ぐぶつかって()()()折れることだと思うな」


 ぼんやりと考える。初めてフランツェルの泣いた顔を見た。あれほどの感情をぶつけられたことはなかった。どうして相手の言い分が理解できないのか、自分の意見が届かないのか、何も分からなかったのは初めてだった。

 思い浮かべてみるのは、これが反対だった場合。フランツェルが本当に自分のことを好いているかは分からなかったが。


(フランツェルが僕のことを好きで、将来同じところに就職しようとしていて、僕はまだ何も考えられていない…………)


 この想像は割とすぐにあぁ、と呑み込めた。


 確かに、怖いかもしれない。自分の選択のせいでフランツェルが不幸になるとしたら、きっとフィンレストは耐えられない。


 十数秒後答えは出て、そういえばどこかで聞いたことがある言葉だと思った。一瞬記憶を掘り起こして、小さく吹き出す。


「............エレリック・リュシアン氏の言葉と似ているね」


「........................う、うるさいな」


 図星とばかりに目を逸らされる。


 エレリック・リュシアン氏。

 最近王都で流行している恋愛小説の作者。中々どうして、一理ある。


(納得してもらうには、きっと()()()のが一番早い......だけど)


 どうせなら、また今度―責任がとれるようになってから、()()()()()()()で。



「............この後、フランツェルと話してくるよ。ちゃんと正面からぶつかって、綺麗に落とし込んで向き合ってくる」



 決意と拳を固めて、宣言する。


「うん。頑張って」


 早くフランツェルの元へ向かおうとして、ミラが小さく何かを呟いた声が聞こえた。フィンレストは聞き取れなかったものの、お返しに助言をしていくことにする。



「..................君も、()しっかりと向き合った(素直になった)方がいいと思うよ」



 動揺の声が聞こえて、フィンレストは楽しげに肩を揺らした。


*_*_*_*_*_*


 フランツェルの存在がフィンレストに強く焼き付いたのは、二人が八歳のときだった。


 それまでにも、何度か顔を合わせたことはあった。それでも、フィンレストという人間に強く強く、フランツェルへの気持ちが芽生えたのは、その時―フランツェルの誕生日を祝う夜会だったのだ。


 親に連れられて夜会に参加したフィンレストは、退屈していた。その頃は個性が薄かった時期で、何をするにも興味と情熱が持てず、『フィンレストは無気力だ』とよく言われていたことを覚えている。

 大人に話しかけられても、何度も練習した定型文じみた言葉を返してニコリと微笑むだけ。あとは背筋を伸ばして行儀よくしていれば、八歳にしては一〇〇点満点だ。


「まぁ、まだ小さいのに、凄いのですね」


「そうでしょう?この子ったら優秀で―」


 そんな会話にニコニコしておくだけで退屈な夜会は終わる―はずだった。


「セーラスさま」


 フランツェルが現れるまでは。

 フランツェルは鈴が鳴るような可愛らしい声で、フィンレストの母親に話しかけたのだ。


「あら、お誕生日おめでとうございます、フランツェルさん。何か御用ですか?」


 道端で可憐な花を見つけた無垢な少女のような顔になって、本日の主役であるフランツェルを見る母親の様子を眺めながら、フィンレストは考える。


(どうせ我儘だと思うけど......社交って面倒だ)


 一歩引いたところで観察。

 フランツェルは一般的に見てとても可愛らしい少女だ。淡い藍色の髪とヒヤシンスの瞳に合わせてデザインされた水色を基調とするドレスはフランツェルによく似合っている。

 少女の年齢でこれだけの美しさの持ち主なのだから、さぞかし将来は縁談に困らないだろう。きっと大人には可愛がられ、横暴な子供に育ったに違いない。


 あまり関わりを持たず、さっさと屋敷に戻りたいと心の中で呟いたとき、フランツェルのヒヤシンスの瞳がこちらに向けられる。


「わたし、その子とお話がしたいです」


 透明な瞳の輝きに驚く。母親は喜んでフィンレストの背を押すと、「行ってらっしゃいな」と声をかけた。恨めしく思うものの母親には届かない。

 フィンレストは少しだけ声につっけんどんな色を滲ませた。


「どうしたのですか」


「どうもしておりませんよ?」


 きょとん、とされて苛立つ。こっちはフランツェルが呼び出したくせに、何も話さないから聞いているのだと言ってやりたくなる気持ちをどうにか抑えた。


「どうして僕を呼んだんですか」


 あぁ、とフランツェルは花が綻ぶような笑みを向ける。フィンレストに手を差し出して、若干の悪戯っぽさを無意識に滲ませる。


「だって、退屈そうだったんですもの。だからわたし、教えてさしあげようと思って」


「............何を」


 退屈していたことを気付かれていたことに舌を巻きつつ、先導されて辿り着いたそこは。


「......庭園?」


 目を細めて、周囲を眺める。

 そこは、庭師に丹念に世話された庭園だった。ちょうど近くには、フランツェルの瞳の色と同じヒヤシンスが咲いている。


「きれいでしょう?」


「............そうですね。何を言いたいのかは分かりかねますが」


 素直に綺麗だと思ったのは本当だけれど、認めてしまうのは何だか癪だったからそう返す。かなり失礼な態度だったがフランツェルは気にも止めない。


「だから、きれいなものは色々なところにたくさんあるのだと言っているんです!わたしの自慢の花なんですよ!あなたはきれいだと思うものはないんですか?」


「............特には」


 嘘ではない、本当のことだった。

 何を鑑賞しても客観的なことしか読み取れないのだ。


 この少女も、釣れない反応にすぐ飽きるに違いない。そう括っての返答だったが。

 フランツェルがフィンレストの手を取る。



「なら、これから一緒に探しましょうっ!―フランが手伝ってあげるから!!」



 社交的な口調を途中で止めて、素だと思われる態度をとる。目を見開いて、まじまじと眺めていたフィンレストはやがて、ふっと力を抜いた。


「......ありがとう、フランツェル」


 礼を告げると、フランツェルはぱぁっと周囲に咲くヒヤシンスのように華やかな笑顔になる。


 灰色にすら見え始めていた世界に、藍色とヒヤシンスが入り込む。


 この日、この時から、フィンレストは当然のごとく恋に落ち、婚約のため努力を積み重ねたのだった。


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