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その黎明に祈る  作者: 願音
学園祭編
30/73

真っ直ぐに想う


「その書類、大講堂まで運んどいてくれるかな?」


「あっ、はい…………大講堂までですね?」


「うん。委員の子が作業していたら、手伝ってから戻ってきてくれると嬉しい」


「了解しました」


 お願い、と両手を合わせて頼んでくる女子生徒に頷いて、床に置いてある箱を持ち上げる。予想外の重さにバランスを崩しそうになりながらも、どうにか抱え込んでミラは大講堂へ向けて歩き出す。


(学園祭の準備……こんなに大変なんて)


 魔術教育をメインにする教育機関は基本的に研究発表などしか行われず、参加する生徒以外は普段通りの生活を送るのが普通だ。しかし、セレナイト学園では違うらしかった。

 前夜祭では当日忙しい生徒のため広い校庭に王都中のレストランからの出店が出る。学園祭当日には朝から晩まで一般見学も可能で、大講堂では優秀な生徒から大きな結果をあげた研究職、国を救った英雄だけでなく宮廷魔術師までも発表を行う。前夜祭に引き続き一流の出店が出ていて、組ごとに教室で展示が行われる。訓練所では飛び込み参加可能の魔法戦大会が開催されるし、午後にはいくつかのホールを使って劇が始まる。一日を通して生徒の出店も許可されていて、後夜祭では校庭で魔術披露大会が開かれる。

 ―つまり、かなり生徒一人一人の向き合い方が真面目なのだった。


 ここまで準備から盛況なものだとは思っていなかったミラは大講堂が見えるところまで来て、ふぅ、と息を吐く。

 レイチェルに溜まっていく書類仕事を押し付けられたり、試験勉強をフランツェルに教えたり、レベッカに九月に書いたレポートと合宿の時の大型複合魔術の研究発表を命令されたり、劇の魔術演出に勝手に就任させられたり、実行委員会に無理矢理入れられたり、魔術披露大会でトリをいつの間にか任されていたりなど驚いている間に学園内が学園祭模様になっていた。

 それはミラが所属する()()でも変わりはない。

 ミラは十二月の試験で見事カインと昇格し、成績上は五組なものの七組で授業を受けている。何故成績上の組と順当に昇格したときの組とでそこまで差が生まれているのかというと、理由の一つは交流会にある。十二月中旬にあった交流会で優秀な成績を叩き出し、合宿での加点もあって試験をは別にもう一階級昇格したのだ。

 学園祭前最後の昇格チャンスである交流会が終わると即準備のための時間がとられる。かなり冷え込んできて寒いはずなのに、校舎内だけでなく屋外でも準備が行われるのだから、それほどこの学園祭を楽しみにする生徒が多いのだろう。特に、当日の午後に行われる劇と後夜祭の披露大会は全校生徒が集まろうとするほどの人気を誇るらしい。


(……まぁ、私が一番楽しみなのは前夜祭だけどね?)


 一流レストランの出店。


 なんて心躍る言葉だろうか、と口元を緩ませて大講堂入り口の階段を上る。箱の重さに後ろに引かれながらも、一歩一歩登っていき、中に入った。

 大講堂の中には無数の椅子が積まれている。まだ一二月二三日で学園祭当日までは四日もあるのに、倉庫から椅子を運び込んであることに思わず、そんなに手を尽くすものなのだろうか、と疑念を持ちながら実行委員会の役員の少女に声をかけた。


「研究資料の原本、どこに置いておきますか?」


 ステージに向けてああでもない、こうでもない、と指示を飛ばしていた彼女はクルリと振り向く。おろした長髪がふわりと靡いて、眼鏡をかけた理知的な瞳が箱を映した。


「あとでまたその辺の人に合計千部ずつ印刷させるよう言っておく(命令する)から、隅に置いといてくれる」


「……はい」


 言っておく、が命令する、に聞こえたのはきっと空耳だと自分に言い聞かせ、ミラは引き攣った笑みで頷いて壁に箱を置く。周囲で必死に働いている生徒は全員男だという事実には、気付いたが気付かなかったことにして何も言わなかった。ただ、実行委員会副委員長でもある彼女に対して、畏怖の念を送って大講堂を後にする。


「………………なんか、見なくてもいい闇を覗き込んでしまった気がする……」


 日の光に照らされながら力なく笑ったところで、知り合いの声が聞こえた気がしてキョロキョロと周囲を見渡した。おそらく、フランツェルの声。切羽詰まった、というか泣きそう、というか、少なくともいつもとは違った声に、足を向ける。

 大講堂の横にあるやや小さめのホールの裏。

 物陰からそっと顔だけを覗かせて、様子を窺う。そこに広がっていたのは、予想外の光景。


「フランは!!フィンのことを考えてっ―」


「だから、そういうのはいいんだよ。君がやりたいようにやればいい」


「そういうことじゃないのよ!!どうして分からないのっ?!」


「……分からないよ。僕は君じゃないんだから」


 絶句した。


 いつも仲睦まじく、新婚夫婦か、とツッコみたくなるような雰囲気を醸し出しているフランツェルとフィンレストが喧嘩しているのである。珍しくフィンレストも感情的―というより、いつもとは違った無表情で、完全に怒っている。


(あのフランツェルのこと全肯定で超温厚なフィンレストくんが激怒してる…………一体なにをやらかしたんだろう)


 フィンレストが大事にしているものを駄目にしたのか、何か事件を起こしたのか。

 割って入るにも勇気が足りず、何を言っていいのか分からない。半ば現実逃避でそんな原因を思い浮かべている間に二人の口論はより熱を生んで―


「もういいわっ!!フィンのことなんか知らないものっ!!勝手に生きて、勝手に死んだらいいんだわっ!!」


「……………………」


―フランツェルが吐き捨てるように叫んでミラとは反対方向に走っていく。フィンレストは深くため息をつくと、ホールの外壁に背中を預けた。


「…………ねぇ、向こうからも聞こえていた?」


「わぁあああっ?!」


 こちらに視線も寄越さずにそう聞いてくる彼に奇声をあげる。出来る限り空気になろうと努力したはずなのに、いつ気付かれたのか。彼は苦笑すると手招きして、空を仰ぐ。


「そんなに驚くとはね…………珍しいと思うだろう?」


「………………うん、まぁ」


 咳払いをしてから、煮え切らない返事を返す。他にどう言えばいいのか、ミラには分からなかった。何となく、フィンレストを眺める。


「いつもは無いんだ、こんなこと……まず意見が食い違るのは珍しいし、大体僕が先に折れるからね」


「……そんな感じ、するね」


「…………ただ、今日は譲れなかったんだよ」


 ゆっくりと言葉を吐き出す彼は苦し気で、本当は対立したいと思っていないのだと一目で分かる。恋愛経験がなくともこういう相談には乗れるのだろうか、と今更不安になりながら、話の続きを促した。


「……きっとフランツェルは僕の将来を気にしているんだろうけど…………そんなしょうもないもの、気にしなくていいのに。僕は誰に脅されようと自分の道を生きるんだから」


「しょうもなくはないよ、それ」


 思っていたよりも強い言い方になって、それでも止まらずに言う。止まったらきっともう、言えない気がした。

 フィンレストが驚いたように目を見張ったのを見て、聞かなかったことにすると思われているんだろうか、と苦笑した。


「あなたがどうでも良いって言っても、あの子からしたらそうじゃないでしょ」


 それを聞くと、絞り出すような反論が返ってくる。


「…………そんなことないさ」


「どうして?」


 沈黙する彼に、ミラは答えられないなら、と切り出す。出来るだけ軽く聞こえるように。フランツェルの気持ちは体験していないものの想像できる。

 ―でも、フィンレストのことを責める必要性は感じないのだ。彼のその意見は、フランツェルのことを大切に想いすぎているだけなのだから。


「想像してみてよ、フランツェルのこと」


 そう言いながら思い出すのはつい最近フランツェルから聞いたぼやき。あの時は、あまり問題視していなかったけれど。


「フィンレストくんが将来のことを決めていても、フランツェルはまだ考えられてないんだよ。自分の未来も心配なのに、フィンレストくんは『何があってもついていく』って言ってるなんて、怖いんじゃないかな」


 フィンレストが責任を望んでいなくても、感じてしまうのだろう。自分のことだけでなく、他人の将来まで背負わなければいけないのはきっと苦しい。


 気の抜けたような顔に、クスリと笑う。普段かなり大人びて見えるフィンレストも、子供らしいところがあるのだ。


「多分、これから今日みたいなぶつかり合いはたくさんあって......でも、一番大切なのは真っ直ぐぶつかって()()()折れることだと思うな」


 抽象的だけれど、二人にはなかったもの。

 きっとこの二人はもっとしっかりぶつからなければ壊れてしまう。今日の喧嘩を見ると嫌でも想像してしまう。


 ミラの言葉を受けて、フィンレストはしばらく呆気に取られていた。十数秒後、小さく吹き出す。冷たい風に髪を揺らしつつ、確かな情熱を持って口元を緩めた。


「............エレリック・リュシアン氏の言葉と似ているね」


「........................う、うるさいな」


 少し気まずくなり、目を逸らす。


(真っ直ぐぶつかれたら楽になるのは、本当だから)


 父親の―ロウデンのことも、今はあまり苦手ではない。これもあの日正面から向き合えたからだとミラは思うのだ。



「............この後、フランツェルと話してくるよ。ちゃんと正面からぶつかって、綺麗に落とし込んで向き合ってくる」



「うん。頑張って」


 こちらに背を向けて去っていくフィンレストに見えないと分かっていながら手を振る。あの様子だと明日には元通りかな、と呟いたとき、チラリとフィンレストが振り返って口を開いた。



「..................君も、()しっかりと向き合った(素直になった)方がいいと思うよ」



 ミラがこれまでとは類も見ないほど真っ赤になったのは言うまでもない。


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