誘いに差し伸べた手は
そしてミラは二回目の生徒とも対戦しながら勝ち進め―午前九時半過ぎ。
ミラは結界の中にパサパサの茶髪を適当に纏めつけた女性の姿を認める。
ついに、レベッカと遭遇した。
「先生......ちなみに、ここまでの戦績を聞いておいてもいいですか?」
(いつか出会うとは思っていたけど............か、回復してて良かった......)
イエラクス、テルクニアと戦ったときとほぼ同じことを考えながら戦略のための時間稼ぎをする。
レベッカはその狙いに気付いているようで、それでも気付かないフリしながらミラに付き合ってくれた。
―しかし、ミラは数十秒後それを後悔することになる。
「確か、お前以外の全員と戦ったな」
ミラの口がピクリ、とひきつる。
「......へ、へぇー......すごく、すごい......ですね?」
「あぁ。ちょうどお前のチームの奴らは筋が良かったな」
「............ちなみに誰が一番もちましたか」
「アルベルトだな。技量も十分、魔力量も十分。魔術師に向いてるよ」
聞かない方がいい。それでも聞かずにはいられない。ミラは表情筋をピクピクさせる。
決死の覚悟での質問は、豪速球で打ち返される。
「............何分だったんですか」
「確か......」
レベッカが指を立てる。
「一分」
「........................」
ミラは勝つことを諦めた。
レベッカはおかしい。
カインを手加減した状態で一分で捻っているのは上級魔術師でも難しいだろう。
(............うん。勝てないよね、知ってた。時間稼ぎ頑張ろう........................一分半かな)
欠片も自信がない。最初はあった少しだけの自信も、全部消え去って、最早達観した表情を浮かべる。
あはは、と渇いた笑い声。
「は、始めましょうか」
「かかってこい」
挑発的な視線に、思わず唱える。
(よ、余計なものは、何もいらない............いらないからね、私)
ふぅ、と一旦落ち着いて、方針を立てる。
普通の作戦では一分半稼げる気もしなかった。レベッカは戦闘に優れた魔術師なのだ。
(先生の二つ名は<土槍の魔術師>......土属性なのは確定だよね。魔力量は三〇〇弱......一五〇まで減らそう、頑張って)
土属性は基本、戦闘に向かない属性とされる。魔力制御、生成には向いている。付与もしやすい。しかし、燃費が悪く、遠くに飛ばない、攻撃がやや遅い、威力があげにくいなど実践に必要な要素が他の属性に劣るのだ。
それなのに戦闘に優れた、と表されるレベッカは恐ろしいレベルである。
(無属性魔術はどれぐらい使えるんだろう......多分、治癒魔術は使わないよね。とりあえず一級結界をすぐ出せるようにしておいて......これは、魔力還元式がいいかな?半分までなら魔法戦結界に流し込めるはず。ダミー術式は............うん、仕込もう)
最初の魔術まではレベッカも待ってくれるらしく、時間には余裕がある。出来るだけ丁寧に魔術式を編んで、微かな声で詠唱する。
そして平行してとある炎魔術を少しずつ作っていく。昨日の魔術式から連想したものだ。夜、寝る直前に構想を練った。途轍もなく難しく、平行作業のためゆっくりだが少しずつを重ねていく。
自分の周囲を覆う結界を張って正面を見る。レベッカは待っている間に吸っていた煙草を床に落とし、踏み潰して消した。
「もういいのか?」
「はい......」
本当は途轍もなく怖いけれど、ミラは胸を張って啖呵を切る。
「先生......精々かかってきてくださいっ!」
それが始まりだった。
レベッカの土魔法で作り出された飛礫がミラの結界を攻撃する。それを耐えながらミラは計算を繰り返す。結界は円球型だから地面からの攻撃も心配ない。
(術式固定、複合回路正規作動。......強化、強化、強化。強化術式完了、遠隔術式起動......)
どんどんと思考を奥深くへと進めながら、レベッカの攻撃を防いでいく。
(これだけ魔法を撃ってたら......魔力切れるんじゃ............ってえ?!)
サッと感知魔術を発動して確認すると、あまり減っていないことに気付く。対戦が始まってから突っ立っているだけのレベッカの様子を観察して目を剥いた。
―レベッカは飛礫を作り出しているのではない。土を操っていた。
彼女の周囲は土が減り、そこだけ凹んでいる。逆に、ミラの結界の回りには土が積もっていた。土を飛礫に作り変えてこちらに飛ばしているらしい。
驚きのまま結界の状態を見る。
結界は何ヵ所かヒビが入り、割れそうになっていた。一級結界が魔法のみで壊されそうになっているのだから、レベッカは魔力操作技術まで優れている。
魔力を結界に流し込んで、補強。脳内構築はギリギリ終わっているから、二〇秒ほど稼げればいい。
ミラは炎魔法で矢を生成してレベッカに飛ばしながら詠唱する。
面白がっているような顔だ。
ミラの攻撃は牽制だと気付いているのに、同じ攻撃を繰り返している。炎の矢は杖に張った平面の結界でその都度防ぎながらこちらを眺めていた。
(待ってて、先生......とびきりのをお見舞いしてあげるんだからっ)
ミラは詠唱を終え、口角を上げる。魔力を巡らせて、放出する。
唄を歌うかのように、儀礼詠唱を唱える。
「――降り穿て、<灰燼怨>っ!!」
繰り出されるのは、炎系統特級魔術の複合魔術。<火寵焔>と<流星燕>、二つの利点を併せ持った魔術。
「おぉ、筋がいいどころじゃないな。......超優秀だ」
レベッカの感嘆の声が響く。
彼女から半径五メートルに青い炎が荒れ狂う。レベッカは用意しておいたのであろう飛行魔術で飛び上がって圏外に逃げようとするが―
「残念、追尾します」
―<灰燼怨>が逃がさない。
<火寵焔>の追尾効果と<流星燕>の遠隔操作。それが威力も上がり、範囲攻撃として追ってくる。
青白い炎がレベッカをついに追い詰めようとしたとき―レベッカが、八重歯を覗かせて剣呑に笑う。
「いいのか?お前―魔力切れるぞ?」
「っ、へ?」
その指摘と同時に、ミラの魔力がゼロへ。レベッカは勢いを無くして萎んでいく炎を浴びつつも、魔力切れにはならない。
(............負けてしまった)
折角複合魔術をお披露目したのに......、と微妙に落ち込みつつ、ミラは結界の外に転送される。
記録、五分。
最優秀クラスの中で最も高いものの、未だ上級魔術師には届かないことを、ミラの綻んだ結界の背後に浮かぶ土系統上級魔術の複合魔術が物語っていた。
*_*_*_*_*_*
結界の外にはほぼ全員の生徒が集まっていた。ミラは魔力切れによる頭痛にフラフラしながら補給場所へ向かう。
「やっぱり、敵わないなー......」
苦笑しながら魔石を手に持つ。木陰に座って補給しようとすると、カインが隣にやって来た。作業を一旦中断する。
「お疲れ」
「うん、お疲れ様......」
彼は水筒を傾ける。
「見てたぞ」
「見てた......って、何を?」
目を瞬く。訳が分からない。一体、何を見ていたのだろう。首を傾げると、微かにカインが笑う。思い出し笑いだ。
「全部」
「............え?」
ギクリとミラは硬直した。―ということは。
「た、たたたたた、たん、」
「おぅ。随分小気味良いな」
小刻みに震える。羞恥で頬が紅潮するのが鏡を見なくても分かった。本当に、恥ずかしい。それはもう、暴力に訴えれば解決するなら迷いなく殴ることを選ぶだろう。
「..................っ、た......」
「た?」
顔を俯かせてワナワナと震えるミラに、今度はカインが首を傾げる。沈痛な面持ちで悲鳴を上げた。
「啖呵切ったところから......っ?!」
「いやぁ、この結界の性能、すげぇよなぁ」
肩を竦めて世間話でもするかのように気楽に言うカインに、ミラは思わず身を乗り出した。
「待って待って待って待って待ってっ!!聞かれた?!えっ、あれ聞かれたの?!」
「頑張ってたな」
「あぁもう、笑わないでぇっ!!」
完全にこちらを揶揄うカインを本気で睨んで更に言葉を重ねようとしたところで―
「あと少し時間が余っているが......暫定順位を発表しておく」
―張り上げられた声に釣られ、ミラはレベッカの方を向く。
「三位レジュメル、三九点。二位アルベルト、四二点。一位は............」
素晴らしい成績を残したカインとイエラクスがミラを振り向く。「え、えぇ?」と動揺していると、名前が告げられた。
「バーバラン、五二点。............この後まだ入りたい奴はいるか?」
その問いかけに、拍手の後生徒たちがざわめく。カインは時折地面に視線を落としながら、小さな声で話し出す。
「......なぁ」
「どうしたの?カインくん」
「............もし良ければ、一緒に入らないか」
「......結界に?」
恐る恐る、といった風な誘いに驚いていると、返事が無いことに焦ったのか弁解が始まった。
「いや、別に他意は無いんだが。ただ、たまたま遭遇しなかったし、そういう話はしてたし、まだ時間はあるし」
「う、うん」
「............だからまぁ、つまりは」
勢いよく飛び出してくる言葉に面食らっていると、カインはガシガシと頭を掻く。言うか言うまいか躊躇して、それでも一瞬の逡巡の後それを口にする。
「......ちょっと対戦しないか、ということなんだが」
ミラの顔が自然と綻ぶ。可愛らしい笑みが顔に浮かぶ。答えは、迷うまでもない。
「いいよ、勿論」
「......良かった」
ホッと緊張を緩めるカインの隣で立ち上がって魔力補給。一足先にレベッカに声をかけて結界へと向かう彼を追いかけようとすると―
「............ぇ?」
―視界がグラリと傾く。自分の体が地面へと倒れていっているのだと気付くのに、えらく時間がかかった。
薄れゆく意識の中、足音が突然途切れたことに疑問を持ったカインが振り向くのが見えた。
「ミラっ?!」
焦って走り寄る彼に伸ばした手は、届かない。空を切り地面に落ちた手は次の瞬間、酷く脱力していた。




