基本戦略
合宿会場での夕食の後、一人ずつ呼び出されて事情確認が行われた。確認は全てレベッカが行い、その間はもう一人の男性教師―<霊峰の魔術師>キルディノ・フロンティリティが生徒を見守る予定になっていたので、ミラとしてはラッキーだった。
魔法陣、謎の男の件を出来るだけ客観的に説明し、<漆桶の魔手>の関与が考えられることを話すとレベッカはギョッとする。すぐに眉根を寄せた。
「なんとまぁ、面倒なことになったな」
「……憶測でしかないですけどね」
ミラ的にも、あまり想像したくないことだった。<漆桶の魔手>は構成員が確認されるだけで国をあげての排除になることが多いし、この団体が絡む事件は物騒どころではないのだ。事例によっては、何人もの人間が殺害されてしまうケースもある。
そのため、今回のことが<漆桶の魔手>の仕業なら大問題になってしまう。
「単なる憶測で終わればいいんだが」
「ちなみにそうでなかったらどうなるんですか?」
「あんま外で<漆桶の魔手>について話すなよ?」とまた念を押されて頷く。話題にするだけで問題があるとは思っていなかった。
確かに、構成員が身近なところに潜んでいる可能性を考えると、口に出さない方がいいのかもしれない。同じ理由でドロシーに訊ねるのもやめておくことにしようと考える。間に人が入れば伝言でも手紙でも内容が広まってしまう可能性があるからだ。
「異常者扱いされるか、構成員がお偉いさんに食い込んでるんだったら揉み消されて退学かだろうな。証拠やら、人死にが出てきたらやっと国が動くだろ」
「意外と対応が遅いんですね」
危険だと分かりきっているのに中々国は動かないらしい。
「怪しいってのは一番抱かれやすい感情だからな。国民が通報したら国がすぐ動くような体制だとそれを利用した犯罪なんかもあり得る。そうなると危ないのは国民だけでなく王族や貴族もになる。そんなリスクは負えないだろうよ」
ある程度情報が確定してから行動を開始することは結果的に国全体を守ることに繋がるらしかった。
でも、とミラは考える。
「それって偉い人を完璧に守るために国民を犠牲にしているってことじゃないですか?」
情報が確定するとは、それだけ問題が起こって<漆桶の魔手>の存在が露見するということだ。必然的に一番守りが薄く計画に巻き込みやすい平民が被害を負う。
そう言うと、レベッカは苦々しげな表情になった。彼女も思うことがあるのだろう。
「王政だから仕方ない面はあるものの、同じような事例で平民が被る被害は大きい。弧児院も多いだろ?」
成程、と頷く。
同時に、入学前に出会った白髪の少女を思い出した。ラトナも弧児院育ちだ。弧児院にいる子供は多くが親が事件や戦争、災害で死んでしまったことが理由だ。捨てられた、というのも少なくはないが。
「平等に......とは行かなくても、もう少し国民のことも守れるようにできたらいいですね」
「そうだな......何なら、お前がやればいいだろ」
「............へ?」
目を点にする。間抜けな声が口から漏れた。少し焦って、問い詰める。
「どういうことですか?政略結婚をしろといっているのですか?」
「いいや。お前が上の<階級>に就けばいくらでも国の方針なんて変えられるからな。宮廷魔術師とかどうだ?」
「や、無理ですよ......。師匠でもなれなかったのに、私なんかが届くわけないでしょうし」
「お前も十分優秀だけどなぁ」と呆れて笑うレベッカに、ブンブンと首を振る。
問題は技量が足りないことだけではない。ミラには専門文野が無いのだ。宮廷魔術師になりたければ専門分野だけでも優秀な結果を修なければいけないからである。
その後ミラは今後のことをレベッカから聞くとすぐに退室し、就寝した。
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合宿三日目。
今日の訓練は例年通りだと魔法戦だ。昼間で一対一を延々と繰り返す予定だったが、少し工夫が凝らされている。
全員一気に参加する魔法戦だ。
広い訓練用のスペースに大きく結界を張り、その中で一対一を行うと結界の外に出て魔力補給し、すぐまた結界に加わる。
―つまり、実質魔法戦参加の回数が増えるようなものだった。
「午前一一時までの訓練だ。結界には魔法戦が一度終わるごとに帰還用の特別術式で一旦外に出られる仕組みを盛り込んだ。勿論負ければ問答無用で外に発送。結界内で最初に顔を合わせた者と戦ってくれ」
レベッカの説明を聞いてミラは深呼吸。昨日のダンジョン攻略ではかなりの魔力を消費してすっからかんになっていたが、自然回復で元通りになっている。
「結界専門の魔術師に頼んで作ってもらったものだから勝者を記録できる。ただし勝った上で特別術式で帰還しないと集計には含まれないから注意しろ。勝利点数は二点、二度目になると一点。そして―」
一度説明を区切ってレベッカが挑発的に笑う。少し尖った八重歯が覗く。
「午前一〇時に教員も参加する。少しは手を抜くがわざと負けたりはしないからな。教師は勝てば四点だ......何か質問は?」
生徒がざわめいたが、質問の手はあがらない。
「では、一番勝利回数の多い生徒は合宿最優秀者として成績に加点しておくからそのつもりで」
満足したようにレベッカは頷いて、結界の準備を始める。生徒達もそれを見て動き始めた。
ミラも杖の点検を始める。隣のカインが話しかけてきた。
「今日も大変そうだな」
「うん。何回でも同じ人と戦えるようになってるから、同じ方法じゃ勝てなくなる」
一人と戦うのに平均五分とすると、八時からの三時間で対戦回数は三六。実際は魔力筋が弛緩しないよう適度に休憩を挟む必要があるので二〇回後半の対戦が上位となるだろう。勝利数となると、もう少し数字が減る。
「カインくんに勝てるかなぁ」
かなり危ないかもしれない、と危惧する。ミラとカインの実力は拮抗していた。
カインはいやいや、と手を振って言う。
「俺が勝つのは無理だと思うけどな。五回やって一回勝てるぐらいじゃないか?」
「謙遜しすぎだよ。というより、私を持ち上げすぎ......」
「総合成績第一位が何言ってんだ」
じっとりとした視線を向けられて苦笑する。ちょうど視界にエムリナが見えて強そうだな、と思った。おそらく勝率ではかなりの成績を叩き出すタイプだろう。
「先生には勝てると思う?」
「分かんねぇ。ただ、勝ち目は薄そうだな」
「点数は大きいんだけどね......」
見解が一致したところで、集合の声がかかる。生徒たちは全員が自由に結界に入る。最優秀クラスで怠慢な生徒は減点されるということもあり、サボる者はいない。
ミラが最初に出会ったのは女子生徒。
合宿二日目にレベッカ達の居場所を教えてくれたのと同じ生徒だった。会釈して、対戦を始める。
(何の属性か分からないな)
ダンジョンで共有した四人や二つ名のある教師は分かるが、他の生徒は得意属性が分からない。
とりあえず無詠唱で炎の見た目だけは大きくした初級魔術を放つ。魔法にしなかったのはこちらの方が消費魔力量は少ないからだ。
「......っ!!」
息を呑んで女子生徒は防御する。咄嗟に使ったのは、水魔法。
―なら、フランツェルのときと同じ方針でいい。
女子生徒は焦りながら水系統の中級魔術を発動する。ミラは走って避けられるとも思えないので張っておいた結界で水流を防ぐ。フランツェルのときよりも速度も量も劣る水流は楽に防ぐことが出来た。遠隔で雷系統初級魔術を行使。
「―痛っ」
流した電気は以前よりも弱い。痛覚は遮断されているはすだが、これは魔力は関係ない痛みだ。魔術が途切れたところに、感知魔術で調べた魔力量をピッタリ削りきる威力の攻撃が襲いかかった。
「............ごめんね」
小さく呟いて、帰還用特別術式を起動する。
本来痛みは存在しない想定だが、最小限の魔力で勝つには相手の弱点を突くしかないのだ。少し申し訳ないが、強めの静電気ぐらいなので許してもらいたいな、と思う。
先程の対戦で減った魔力は三〇強。まだ、回復は必要ない。
(今回大切なのは、各対戦の消費魔力量を少なくして休憩時間を減らすこと)
何度も何度も回復を繰り返すと負担が大きく、必然的に休憩時間が延びていく。しかし、少しずつ減っていくだけなら魔力筋への負担は少ない。弛緩する可能性もあるが、格段に低くなる。
もう一度結界に入って今度は男子生徒と鉢合わせする。
炎属性だった。勢いよく繰り出された火球を、的確に水魔術を当てることで相殺して防ぐ。火球が止んだ頃に節制術式を組んだ魔術で魔力を削りきった。
その後ミラは順調に五回勝利を重ねて、八回目の対戦。途中で相性が悪く雷魔術での不意打ちも出来ない氷属性と戦い残量が減ったため回復したが、まだ魔石の使用数は一。
「結構いいペースかな」
息をついて、結界に入ったミラはすぐに顔を固くする。
「バーバランくんか」
出会ったのは、イエラクスだった。




