分からない真相
手当てと休憩を終え、ミラたちは元と同じように列を組むと出口へ向かって歩き出した。それから二時間ほど進むと、少しだけ通路が明るくなってくる。出口が近いらしい。
「結局、グリフォンと戦った後は罠がいくつかと魔物の襲撃二回だったし......<開闢の迷宮>って大したことない?」
もう慣れてきて目を開いているミラは首を傾げる。カインがまぁ、といい加減に笑った。
「迷宮なんて、踏破されたら財宝はなくなるもんだろ?まずどうしてそこにあるのかは知らねぇが、魔物も守る必要がなくなる訳なんだから旧時代に踏破されたダンジョンなんてこんなもんだろ」
「そうかなぁ」
カインの言っていることは正しいが、何か引っ掛かるのだ。
魔物は実際に何に集まっているのだろう。ダンジョンに出現する魔物はその中で独自の進化を遂げている個体が多い。魔力によって強化されているというのは研究結果で判明しているのだが、そこまでダンジョン内が魔力で満ちているとなると、ミラたちは魔力中毒になっていてもおかしくない。
(でも魔力濃度が高いんだったら、感知魔術は意味ないよね......上手く読み取れないは、ずっ?!)
あることに気付いて、ゾッとする。
あの部屋の魔方陣は条件を満たすことによって起動した―となると、起動していないときもその魔力回路は成り立っていたはずなのだ。その結果、感知魔術にグリフォンの出現の反応が引っかかる。
(......どうして先輩は気付かなかった?......ううん、私も鋭い方だと思うけど、精霊文字を読むまで気付かなかった。それだけじゃない......部屋に入った最初から精霊文字は見えていた?あの魔方陣はかなり大きいから目立つはず。誰も注目しなかったのは元々精霊文字が無かったからじゃないの?)
あの魔方陣は精霊文字があるからこそ真価を発揮するタイプのものだった。
魔方陣に精霊文字。この組み合わせは、セレナイト学園の生徒はすぐに警戒する。なぜなら、精霊文字は旧時代によく使われていたものだからだ。今はダンジョンや遺跡などの建造物、書物などそれ以前のもの以外にはほぼ見られない。だからこそ、後世へと遺すために防衛用の魔方陣が設置されている事例が多い。
それ以外で見られるとしたら―それは、犯罪だ。そしてそれを多用するのは、現在の禁則魔術を操る邪教徒―<漆桶の魔手>の一員。
ミラが一つの仮説を思い浮かべたとき、イエラクスがダンジョンの門扉を開けた。その外には生徒がピッタリ一〇人。教師の姿は見えない。
思わず生徒の一人に詰め寄った。
「あの、先生は?」
女子生徒はえー、と首を傾げる。
「今回の訓練、魔法戦の結界を応用して使ってるらしくて私達はリタイア組なんだけど......何か不具合が起きたらしいよ。二人とも確認に行っちゃった」
「......どれぐらい前か分かる?」
「確か......フロンティリティ先生は巡回してて、一〇分くらい前に呼ばれてコルニアス先生が移動したと思う」
礼を言って、考え込む。
(<漆桶の魔手>がいるのを見つけて、レベッカ先生が加勢したなら辻褄は合う......よね。じゃあ今は戦闘中?でもレベッカ先生がここを離れるかな)
普段から「面倒臭い」と繰り返しているものの、レベッカは面倒見のよい優しい教師である。危険な魔術を使うことが多い邪教徒との戦闘に入るなら、相手が複数人いることを考慮して絶対にこの場所を離れない。
―本当に不具合が見つかっただけなのかも知れない。
その考えが脳裏をよぎるが、頭を振る。
それだと魔方陣の件の理由がつかないからだ。誰かが修正を施して起動しなければグリフォンは出現しなかった。
そしてミラは最悪の事態を思い付く。
教師が邪教徒に気付かず、今どこかで作業をしている。しかし、近くにはいて魔方陣を起動しただけでなく今も生徒たちを狙っている。
この最優秀クラスには、貴族の子息や令嬢、将来歴史に名を残すであろう秀才、そして―珍しい属性を持つ少女がいる。売り飛ばそうと思えばいくらでも出す人間はいるだろうし、身代金を要求するためでもかなりの金銭を得られるのだ。
(もし、そうだったとしたら......最悪私たちは全滅する)
拳を握りしめる。素早く感知魔術を発動して、目を剥いた。
ダンジョンを取り囲む森の中に、大きめの魔力反応があったからだ。
「......っ?!」
(どうしよう......どうしたらいい?詳細に調べても、知らない魔力ってことまでしか分からない......ダンジョンは使用許可取って通行止めしてるはずだから一般の人......ではないよね)
世間には、焦ったときには頭が真っ白になって何も考えられなくなるタイプと緊急時ほど落ち着いて物凄い速さで思考が回転するタイプがいる。
ミラは完全なる後者だった。
いつもの数倍の速度で仮説を立てては、新しく得た情報から正しいと思われるものを選択していく。
(無闇に確認しにはいけないよね......)
ホルスターの杖を手に持って無意識に弄りながら周囲を警戒する。襲いかかられた場合、自分達で防衛しなければならないからだ。
小声で詠唱をして、<火寵焔>の行使の準備を進める。発動前の維持は、慣れているから安定している。このまま一秒もあれば放てるはずだ。
そこに、それまでイエラクスと雑談していたカインが心なしか鋭さの増した目で話しかけてきた。
「何か、森にいないか?」
「っ!!......分かるの?」
「感知魔術は苦手だから勘だが......嫌な気配は感じてる」
魔術師より戦闘員の方が向いてそうだな、とミラは思ったが口には出さない。
「......知ってる人じゃないよね」
「少し違う......少しって何なんだって話だが」
とりあえずカインにも魔術の準備を促して、もう一度感知魔術で探りを入れる。
すると、少し移動したことが分かる。こちらに数歩分近付いていた。すぐに感知魔術から遠視魔術に切り替えて、様子を観察する。
男のようだった。時代遅れのローブを纏って、フードを目深に被っている。ローブの裾の刺繍はとある団体の紋章。僅かに覗く口元は笑みに歪んでいて、何かを話すかのように動いている―否。あれは詠唱だ。
嫌な予感を感じて、遠視魔術を解く。急いで一級保護結界の式を構築して詠唱。男の詠唱の方が長く、ミラは生徒全員を守るように結界を展開する。
(............お願い、心配のしすぎで終わって)
宗教は信じていないのに、そんな柄にもないことを祈ってしまう。
対人戦はフランツェルとの魔法戦しかしたことがない。もしあの男が襲ってきたなら、最低限の安全の保証をする魔法戦の結界もなしに殺し合いをするしかないのだ。
息を潜めて、男を見つめる。こちらが相手に気付いているということを知られてはいけない気がした。存在に気付かないと視認できない種類の幻術でも使っているのか、誰も気にしてすらいないのだから。
男の周囲に黒く底光りする矢が大量に生み出されていく。その全ての先端がこちら側を向いていた。幻術が解かれ、十数メートルほど離れた位置にいる男を他の生徒も目撃する。そして大半が矢を見て悲鳴をあげ、へたりこむ。恐怖が伝染していく間に男の姿少しずつ背景に溶けていく。
(多分、転移......詠唱をしてなかったから、魔法だ。どうやって使っているのかは知らないけど)
ミラはカインの手に触れると、迷わず<火寵焔>を撃った。一瞬遅れたものの、男の姿が完全に消える前にカインも風系統上級魔術を撃ち込む。
二つの魔術はどうやら当たらなかったようで、地面を深く抉るだけに止まる。しかし男が消えても残り続ける黒い矢が風切り音を立ててこちらに飛来した。
あちこちから悲鳴が上がるが―
「......よかっ、たぁっ」
―結界に弾かれて黒い矢は消える。結界もひび割れて壊れたが、こちらに損害はない。
ミラはホッとして力が抜けてよろける。それをカインが受け止めて、しっかりと立たせた。
「逃げられたな」
「............多分、あの人は<漆桶の魔手>の一人だと思う。それならさっきのグリフォンも、転移魔法も、全部説明できるんだよ」
悔しげに頭を掻くカインに、周りに聞こえないようコッソリと言う。一瞬だけ目を見開いたカインは、すぐにいつもの表情に戻ると、声を潜めた。
「ローブに似た紋章はあったが......本物なのか?」
カインの疑問は最もだった。<漆桶の魔手>は何度も摘発され、数を減らしているはずだからだ。ミラはうん、と同意する。
「でも残党なんてどこにでも紛れ込んでるよ。学園内にもいるかもしれないし」
「......そうなると一番信頼できんのは誰だ?」
不確定な内容ばかりだったが、その問いにだけは即答できる。
「絶対レベッカ先生は大丈夫だよ」
「理由は?」
間髪入れずに問われて、ぐ、と詰まるがすぐに胸を張る。
「......勘。でも、よく当たる」
そう言うと、カインはクツクツと喉を鳴らして笑った。優しい瞳がミラを見る。
「勘か......なら、信じないとな」
―その言葉に少しドキドキして、目を逸らしてしまったのは絶対に秘密だ。
その数分後、混乱の残る生徒の元にレベッカ達が戻り、安全確保のためひとまず合宿会場に帰ることになった。
次話投稿は4月5日午前5時の予定です。




