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その黎明に祈る  作者: 願音
合宿編
24/73

激闘


 量が少なめの軽食を一足先にとり終わったミラは、辺りを見回してみる。明るいからと言われて既に目は開いていた。この空間はかなりの広さで、部屋の中央に魔法陣のような模様が描かれている。そのほぼ全てがただの直線だったが、文字を形成している部分があることにミラは気付く。

 精霊文字だ。ダンジョンの入り口側に回って読み上げてみる。反時計回り。入学前に覚えていたミラはその意味に気付いて、目を大きく見開く。



「…………《ໄພພິບັດ(厄災を)》……」



 精霊文字は文字だけでなく、同時に意志をも刻み込む。使われていたのは遥か昔。組み込まれた文字は、条件を満たすとそれを実現し、刻んだ者を尊重する。

 それが、ダンジョン内に刻まれていたならば、もたらされるものは一つ。


 ダンジョンの主―精霊による、侵入者への呪い。


 絶句して、仲間を見る。声を精一杯張り上げて危険を知らせる。


「全員、気を付けてっ!!何か起こる!!」


 四人が息を呑んであわただしく立ち上がる気配。数秒遅れて、魔法陣が紫色に発色する。濃密な魔力が魔法陣の中央で渦巻き。()()を生み出した。

 それはまさしく、使役魔法。条件を満たしたときにのみ契約を履行し、命令を実行する。

 それの魔術は現在、禁則魔術として登録されている。―何故なら、危険だからだ。術者しか分からない条件下で消滅するまで命令を果たす。


 現れたのは、獅子のような魔物―否、長くダンジョン内で濃い魔力に晒され続けて成長した、魔獣。真っ黒な二枚の羽はミラが両手を広げるよりも大きい。前足も胴体も、丸太よりも太い。目は血走ったように赤く、ミラを睥睨する。その反対側で、テルクニアが微かに呟いた。鷲獅子(グリフォン)、と。


 グリフォンは頭を天井に向けるとやや目を細めて、口を大きく上げる。その鉤爪のようなくちばしから発せられた咆哮が空気をビリビリと震わせて、焦点を完全にミラに合わせる。翼がゆっくりと持ち上げられ―カインが声を上げる。


「飛ばされるぞっ!!」


「―っ !!」


 ミラは後退しようとするが絶対に間に合わない。

 翼から発せられた風圧に飛ばされ、壁に激突する未来が一瞬で予想できた。


(カインくんは今詠唱を始めてるから風魔法は期待できない……なら、自分でするしか……!!)


 どうにか首を回して壁の方向を見る。しかし、何秒経っても風がこちらに吹き付けることはなかった。衝撃に備えて瞑っていた目を開けると、目の前にはグリフォンと自分を隔てる壁がある。土で出来ていた。魔術で作られているようで、すぐに壁は形を失う。これほどの分厚さを持つのは、土系統上級魔術。


「イエラクスさんっ」


「間に合ってよかった……いやはや、速さ優先して有耶無耶にしたのもあるが、一回で崩れたか……グリフォンというのは恐ろしいな」


 片手をあげたイエラクスがチラリとミラを視界に収めて呟く。ミラと四人の距離は一〇メートル弱。グリフォンが狙っているため合流はできない。


「どうするのー、ラクスくん」


「そうだな……」


 エムリナとミラが結界を展開してイエラクスの思考を待つ。悩む間に、エムリナがボソリと呟いた。それは、グリフォンの生態だ。読書家の彼女らしかった。


「…………グリフォンは黄金を好むわね……あとは、馬……」


「どっちもねぇ場合は?」


「…………諦めなさい……敵は硬いわ……」


「お前ふざけてるだろ」


 カインがエムリナにツッコむのを聞いていたミラは閃く。



「……幻術の馬で興味を引けるんじゃ」



 すぐさま提案。

 イエラクスは一瞬目を見開いてしばらく考え込むと、顔を上げる。


「幻術が得意な奴はいるか?!」


「…………そうね。幻術……馬なら何度も見ているけれど、無理だわ……」


「お前本当に何なんだ」


 幻術は再現するものを何度も見て、細部まで知っていないと不自然になってしまう。エムリナが腕を組みながら言うと、再びカインがツッコむ。その隣でテルクニアがはい、と右手を挙げた。


「得意じゃないけどー、苦手でもないよ」


「よし……ちなみにカインくん、飛行魔術は?」


「楽勝だ」


「それは僥倖だな」


 冷たさの滲む顔でイエラクスはニヤリと笑う。ミラに視線を投げかけた。

 その間、グリフォンは前のグループが落としていったのであろうアクセサリーに夢中になっている。しかしそれももう長くないだろう。


「ティアは幻術で馬をつくってくれ。興味を引ければいいからね。ボクとアルベルトくんが飛行魔術で威嚇攻撃しながら飛び回って時間を稼ぐ。ルーティングくんはティアとバーバランくんを結界で保護。バーバランくんは―」


 ピタリ、とミラとイエラクスの目が合う。



「―この中で一番威力が高い魔術を撃てるのは君だ。特級魔術をお願いしたい」



「分かった」


「どれぐらい時間が必要だ?」


「…………」


 顎に手をあてて考え込む。

 入学試験の時は三分前後。二度目の訓練中もそうだ。特級魔術の短縮詠唱はそれだけで宮廷魔術師になれるほどに難しい。

 炎系統特級魔術第一目、第四目の行使。レイチェルとの訓練。

 それを経て、ミラは。



「……二分……ううん、一分半でやる」



 短縮詠唱をするという宣言をする。馬鹿げた答えだったが、イエラクスは何かを感じ取ったのか無言で頷くと、飛行魔術の詠唱を始める。それを合図に、全員が口を開く。


 ミラも詠唱を始めながら術式構築の前に心の中で呟く。



(大丈夫……この魔術はいつだって、綺麗だから。雑念も、不安も、緊張も―()()()()()()()()()()()()()。私はいつも通り最高の魔術を作るだけだ)



 平常心でいい。いつも通りで、何も引かず何も足さない。

 そう唱えると、少し楽になる。未来に何も抱かない。期待も、不安も、今は邪魔なだけなのだから。

 テルクニアとイエラクスとカインが命がけでグリフォンの気を引いている後ろで、エムリナの結界に守られている。この戦いの結果は自分にかかっているのだと言い聞かせて、詠唱を終える。


 綿密に魔力を練って、流し込む。いつもよりもほんの少し丁寧に、一瞬一瞬に全力で。全ての瞬間を楽しんで過ごす精霊の熱狂と、陶酔を。


 ―グリフォンの急所だけを見つめて、あの日のようにスッと右腕をかざす。極限の集中で虚空を見つめているかのようにも見える無機質な瞳にそれだけが映り込む。

 一旦閉じていた口を開く。口にするのは勿論、儀礼詠唱。この魔術への熱狂を、その呪文に全て乗せて、流し出す。杖は持たなくていい。あの日は、なかったから。



 ―それはさながら、指揮棒のように。



 ―あるいは、処刑を宣告する剣のように。



 最初の時と同じように人差し指を鋭く振って、高揚に身を任せる。それだけでいい。()()()()()()()()()()



「―貫き穿て、<火寵焔>」



 次の瞬間、指先から生まれた一線の炎が硬い鱗までも貫いてグリフォンの胴体を穿つ。そこは心臓だ。あまりの衝撃に、飛び回っていたグリフォンは落下する。心臓の働きを失ったそれはもう二度と動くことはなかった。


*_*_*_*_*_*


 カインがそっと近寄って生死を確認し、安全だと判断すると全員が肩の力を抜いた。エムリナでさえ安心したように息をついたのだから、かなり緊張していたのだろう。グリフォンは一頭出現するだけで大量の負傷者が出てもおかしくないような魔物だ。それも強化されていたのだから、緊張するのは当然だった。


 ミラはそっと立ち上がって中央の魔方陣へと近付く。刻み込まれた精霊文字を確認した。


「............《ສັນຕິພາບ(平穏へ)》......良かったぁ」


 今度こそホッと胸を撫で下ろして、皆の所に戻る。怪我の確認をしているようだった。


「ボクとカインが多少の切り傷......他は何もなし。十分すぎる戦果だ」


「俺の方は多少じゃねぇけどな!!」


 イエラクスが腕や足にできた切り傷の様子を見ながら言うと、カインが噛みつく。あの系統の魔方陣は破壊されると暴走する恐れがあることから庇ったらしく、右腕の傷は骨まで達している。かなりグロく、血がボタボタと床に溢れていた。エムリナが手際よく止血を済ませる。


「............随分元気ね......」


「痛くないの?」


「痛いに決まってんだろ」


 割と本気で睨まれる。確かにカインの傷で痛みを感じなければ、病気の類いだ。

 よく見るとカインは露出している素肌から大量の汗を掻いているし、左手は白くなるほどの強さで握り込まれている。それなのに態度がいつも通りなのは心配させないためだろう。ミラなら泣き叫んでいるレベルである。


「ちょっと待っててね、今治癒魔術を......」


「......そうなるよな」


 少し落ちたトーンにはっと思い出す。カインは治癒魔術が嫌いだった。使われるのも嫌なのだろうか。


「わ、私失敗しないよ?............多分」


「............多分?」


「あっ、ううん、何でもない」


 つい自信のなさを露呈してしまう。テストでは上手くいっているものの、実戦で使ったことはない。焦りながら取り消して、そのまま詠唱を始める。


(今回は右腕だけの治療......なら、三級治癒魔術でいいかな?全身から右腕だけに効果範囲を絞るから十分だよね)


「おい、多分って言ったよな。傷が残るぐらいならいいが、消し飛んだりしねぇよな?」


 そんなカインの問いかけは無視しつつ、詠唱を終えて傷にそっと手を当てる。手を血で汚しながら、魔力を流し込んだ。

 怪我の箇所が白い光に包まれて約三〇秒後。怪我の痕跡は完全に消えた腕があらわれた。ふぅ、と息を吐く。


「終わりだよ......」


 いいながらカインの顔を見て―


「............」


―数秒固まる。


 カインはギュッと目を堅く瞑って注射を嫌がる子供のようにしていた。ちなみに、王国で使われる主な注射針は滅茶苦茶太かったりする。

 ちょっと可愛いなと思いつつ、カインの肩を揺さぶった。


「あの......カインくん?」


「............終わりか?」


「うん、おしまい」


「......ここまで元通りになるんだな」


「この機に習得する気になった?」


「絶対しない」


 本当に、何が昔あったのだろうか。

 ミラは首を傾げると、イエラクスの手当に加わったのだった。



 次話投稿は4月4日午前5時の予定です。是非ともお付き合いくださいませ。


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