寝不足の原因
定期試験の結果発表は、その一週間後に行われた。入学試験と比べて時間が長いのは、そもそも人数が違うので仕方がないだろう。入学試験は一〇〇〇人強で、今回は全生徒が参加することからもっと多い。その上、教科も増えて集計が面倒なのである。
「何点ぐらいかな......一二〇〇......いけてるとは思うんだけど」
結果は寮前の小さな広場と校舎内の数ヶ所に各教科上位三〇人ずつと総合一〇〇位までが張り出され、その後授業でそれぞれに解答用紙が返却される。セレナイト学園では全生徒が同じテストを受けるからこそその返却方法が採用されているのたった。
ミラは食堂で一番台所に近い席―すなわち、ビュッフェ形式で並べられた料理から最も近い位置をいつも通り陣どって朝食をとり始める。
目の前に置かれた皿は一枚ではなく、五枚。それぞれにたくさんの料理が盛られている。
「...............なんか、心配になってきたかも。イードルさんは大丈夫だったのかな」
ぶつぶつ呟きつつ、スピードだけは一定で口に食べ物を運ぶ。セレナイト学園の食堂には、貴族の子息や令嬢も通うだけあって一流の料理人が揃っているのでいつもこんな感じだった。
うーん、と唸りながら次々に皿を空にしていく。最近気温が下がってきたので温かいスープでも取りに行こうと思い立ったところで、正面の席に人が座った。
「おはよう、ミラ嬢」
「あ、おはよう。フィンレストくん」
フィンレストは野菜と肉とパンをバランスよく盛り付けた皿二枚とスープのカップを三つ載せた盆を机に置く。そして、カップを一つ差し出した。
「スープ、飲むかい?」
「わ、ありがとう」
「フランツェルが世話になっているからね」
「監視役のはずなのに世話焼きすぎじゃない?」
「......対人関係も人生にとっては大切だよね」
ありがたく受け取りつつ、少し呆れる。対人関係だけでなく、この後ここに合流する寝惚け眼のフランツェル用の朝食も取ってきている。
フィンレストの振る舞いは、最早幼馴染でも監視役でもなく、保護者である。ミラはボソッと言い訳じみた答えを返されて、苦笑した。自覚はあるらしい。
「まぁ、イードルさんにとって出来る旦那さんは悪くないだろうけど......」
「だっ............!!」
カップを机に置いて言うと、フィンレストが勢いよく咳き込む。気道に何か入ったらしい。ドンドンと胸を叩いている。顔は耳まで一気に真っ赤になっていた。
(照れてる......『旦那さん』って言っただけなのに)
女慣れしていそうな甘いマスクの癖に、『旦那さん』というワードだけでこうなるあたり、フィンレストは純情だった。まるで乙女のようでもある。
「............................................................」
ミラがスープを飲み干す頃になってようやく、机に突っ伏して沈黙していたフィンレストが口を開く。耳の先だけはまだ仄かに赤かった。
「............僕にそういう不意打ちをするのはやめて欲しいんだけれど」
「別に大層なこと言った訳じゃないけど......」
それにこんなに面白い反応するなんて、と付け足すとグッタリとした様子でフィンレストは繰り返す。
「............勘弁してくれ」
「やっぱり面白いね」
「この前のは謝るから......」
死んだ目で謝罪されて、ミラは口を半開きにする。聞き捨てならない。
(何の話、この前のって......)
当人たちは気付いていない、定期試験前日の揶揄いである。首を傾げて先を促すとフィンレストは墓穴を掘った、とでも言いそうな顔になった。
「いや、何でもないよ......ところで、結果発表は八時だったかな」
わざとらしい方向転換だったが、ミラは突っ込まないことにする。今度は自分が痛い目を見る気がしたからだ。
うん、と相槌を打つ。
「今日は授業九時開始なんだって。午前授業らしいし」
「フランツェルに試験の復習させないと」
「その台詞完全に保護者だよね............私も付き合うけど」
「カインも誘うか............」
再びうん、と頷いたとき、目を擦りながらフランツェルが食堂に入ってきた。今日は珍しく、赤いリボンを手首に巻いている。
こちらに挨拶するとややぼーっとした様子でフィンレストの隣の椅子に座り、食事を始める。
「珍しいね。リボン着けてないの」
「............ぁ、忘れてたわ」
ただ忘れていただけらしい。フランツェルは髪をさっと結わう。欠伸を一つ噛み殺すと、再び食事に戻った。ミラは違和感を覚える。
(イードルさんって朝弱かったかな......いつも着けているリボンを忘れていたのもそうだし、もしかして......)
思い出すのは入学して最初の日曜日。早朝に叩き起こされ、ミラは特別課題について知らされた。
可能性を指摘しようとすると、先を制してフィンレストが心配そうに口を開く。
「フランツェル......大丈夫かい?」
「............試験のこと考えてて寝られなくて」
小声での返答にフィンレストが眉根を寄せる。ミラは自分も入学試験のとき似たような状態だったなぁ、と懐かしく思いつつ、明るい声を出す。
「じゃあ、午後は仮眠したらいいんじゃない?その後で、復習すれば問題無いし」
「......そうだね」
フランツェルも頷くのを確認して、紅茶を取りに行こうと立ち上がる。そして、背後を歩いていた人物と鉢合わせして目を丸くした。
「よぉ」
そう普段通りの声色で右腕をあげ、こちらに進むカインの整った顔には。
―目の下に、隈。
「「「....................................」」」
三人は沈黙した。ミラは唖然として呟く。
「ここにも心配性の寝不足がいた......」
その言葉が全てだった。
*_*_*_*_*_*
そして約一時間後。ミラとカインは寮前の広場の隅で雑談していた。フランツェルは寮室まで忘れ物を取りにいき、フィンレストが付き添っている。
結果の張り出しまで後五分。既にかなりの数の生徒が集まっていた。
「それにしてもカインくんが試験結果を心配するなんてね。しかも、それで隈つくるなんて」
あまりそういうイメージは無かった、とこぼす。その言葉に、カインは悔しげに口元を歪ませた。ぶつぶつとミラにも聞こえないぐらいの小声で呟き出す。
「全部あの糞婆が雑用押し付けてくるからだけどな......ただでさえ忙しいってのに毎晩毎晩コキ使いやがって......」
「............ん、何か言った?」
更に大きくなった周囲の喧騒で何も聞こえず目を瞬かせる。カインはそれはもう、明るい笑顔を浮かべた。目だけは何故か据わっている。
「いいや。呪詛吐いてた」
「さらっとそういうこと言うのやめてくれないっ?!」
誰にだろう、と考えつつ広場の掲示板に目を向ける。途中から更に騒がしくなったのは、今は人集りで見えない結果発表のせいだろう。ある程度人が捌けるのを待って、合流したフランツェルたちと共に確認する。
各教科の成績優秀者の名前がズラリと並んでいる。その中から順に、各々が自身の名前を探していった。
(私の名前は......っと......)
ゆっくりと目を滑らせていく。その文字はすぐに見つかった。
魔術実技科目、二八〇点第一位。魔術座学科目、二八四点第四位。一般座学科目、二九〇点第二位。術式構築科目、二六六点第二位。応用技術科目、三〇〇点第一位。
総合五科目、一四二〇点第一位。
常識的にあり得ない数字が並んでいた。全教科で五位以上をとっている。良い成績をとった自信はあったけれど、まさかここまでとは思っていなかったミラはぽっかーん、と無意識に口を開く。
(総合............一位?私が?本当に?同姓同名の誰かじゃなくて?)
隣ではカインも唖然としていた。フランツェルは自分の点数を見つけて歓喜し、フィンレストがそれを見守っているが。
「ミラ、お前............すごいな」
そう感嘆の息を漏らすカインは魔術実技科目第二位、魔術座学科目第二五位、一般座学科目ランク外、術式構築科目ランク外、応用技術科目第一位―総合一二六四点第三五位。ミラと比べると点数が低い教科も多いが、充分優秀な範囲に入る。
「おい、入学して初めての定期試験で一二〇〇点とるどころか、学園一位になってる奴いるぞ......!!」
「てか、一〇組の生徒がかなり総合で出張ってきてるじゃねぇか......」
近くで掲示板を見上げる生徒が囁いているのを聞いて目配せし合い、ミラとカインは一旦離脱する。しばらくすると、少し離れたベンチにフランツェルたちもやって来た。
「おめでとう、フランツェル。一二〇〇点達成だね」
制服のポケットから取り出した飴の簡単な包装をときながらフランツェルを祝う。彼女の頬は興奮で赤く染まっていた。
「えぇ!!ありがとう、ミラ。フランが筆記テストであれだけ点をとれるなんて、貴女のお陰よ」
フランツェルの点数も優秀だ。
魔術実技と応用技術は上位一〇位に入っており、魔術座学、一般座学、術式構築は三〇位には含まれていないものの総合で四九位。総合特得点は一二〇八点とギリギリだが、一二〇〇点を超えている。
フィンレストはフランツェルの反対で、座学科目の点数が良く総合四一位。
「それは......フランツェルが頑張ったからで、私は大したことしてないのに」
「いやいや、その女に術式構築科目教えてる時点で超巨大な功績だろ」
「............その点だけは、共感するよ」
ポツリと口にした言葉を、ぶっきらぼうなカインとあまり気が進まなそうなフィンレストに否定されて、ミラは「えぇ......?」と戸惑いの声を漏らす。
いつの間にか生徒の数はある程度減ってきていて、喧騒も幾分か和らいでいる。その中で柔らかな風と日の光を浴び、ミラは目を細めた。
「――また、自慢することが増えちゃったな」
―なんて、口元を緩めて呟きながら。
次話投稿は、3月26日午前5時の予定です。是非お付き合いくださいませ。




