定期試験
「............よし」
「..................」
定期試験前最後の日曜日。明日は入学して初めての定期試験だ。今、セレナイト学園の生徒は必ほぼ全員が必死に勉強に取り組んでいるところだろう。
普段は生徒で賑わう談話室も、閑散としていた。四人だけが集まる室内には、異様な緊張感が漂っている。
ミラは気分を落ち着かせると、持っていた紙束をトントンと揃える。机に置いて、勢いよく顔をあげる。
「合格だよ、イードルさんっ!!」
「やったぁあああああああああああああっ!!」
フランツェルがピョンピョンと跳ね、隣の机で持ち寄った菓子を食べていたカインとフィンレストが拍手する。
「まさか七二〇点以上とれるなんてな」
「フランツェルが努力したんだから当たり前だよ、カイン」
「お前、本当に色眼鏡分厚すぎねぇか......?」
「何のことやら」
両手を合わせてハイタッチするミラとフランツェルを眺めながらカイン達は軽口を叩く。
ミラが作成した筆記模擬試験でフランツェルが九〇〇点中七三八点を取ったのだった。入学試験の筆記で一八点を取っていたことから考えると、大きすぎる進歩。
「良かったわ......これで退学は免れそう......」
「私も昇格できそうで良かったな」
特別課題によって、フランツェルが実技も含めて一二〇〇点以上取ればミラは二つ昇格できるのだ。最初はどうなることかと思ったが、頑張ればどうにかなるものである。
(毎日の放課後と日曜日の一日中の指導......とにかくたくさんやったのが良かったのかな......時間を使ったかいがあるってこういうことだ)
微笑みながら机の上のものを軽く纏める。いつの間にかフランツェルは隣の机の菓子をつまんでいた。ミラも移動する。
「そういえばお前は大丈夫なのか?」
「私?全然大丈夫だよ。一二〇〇は固いかな」
「ミラはすごいわね」
「あはは、ありがと。......でも、フィンレストくんほど色々はできないかな」
「そんなに大変でもないよ。フランツェルを毎日起こして、問題起こさないようにさりげなく誘導して、落ちこぼれないようにサポートしながら学生業に勤しんでるだけだから」
「それを掛け持ちって言うんだろ......」
「フランはそこまで迷惑かけてないわよ!!」
フランツェルの悲鳴に近い叫びに、三人はケラケラと笑う。次の日が試験だと思えないほどに穏やかな雰囲気だった。
「それより、カインくんは?術式構築とか苦手だったよね」
クッキーを口に運びながら聞くと、「まぁ大丈夫だろ」と手をヒラヒラ振られる。心配になってきてじっと見つめていると、フィンレストが苦笑した。
「あんまり話題に出さないであげてよ」
「......どうして?」
きょとんと首を傾げる。でも、お菓子を食べるスピードは変わらない。ミラは食い意地が張っているのだった。
「カイン、一週間前から毎日夜中まで術式構築の教科書と向き合ってるんだからさ」
その言葉への反応は全てを物語っていた。カインがギョッと目を剥く。
「......なっ、何で知ってんだよ?!」
「「........................」」
あ、本当なんだ。
ミラとフランツェルの心の声がそう一致し、マジマジとカインを見る。カインは居心地悪そうに頭をガシガシ掻く。灰色髪が乱れ、その間から赤くなった耳が覗いた。
思わずミラのお菓子を食べる手が止まり、ポカンと口が開く。
「な、ぁ、...あ」
何とも言えない呻き声が口から溢れて、無意味に手を動かす。内心も混乱で溢れかえっていた。
(ぇ、......え?今............え?)
何も考えられず、行動へと進まない。そんなミラの焦り様を見て、フィンレストがそれはそれは美しい笑顔でフランツェルに笑いかけた。
「彼ら、面白いね?」
その言葉にフランツェルはプッと小さく吹き出して、ミラの薄く朱ののぼった頬に目をやって頷いた。細い指に巻かれていた藍色の髪がはらりとほどける。
「―そうね、フィン」
そうして、定期試験前日は過ぎていく。
*_*_*_*_*_*
翌日。寮室でミラは制服のボタンを留めて、深呼吸する。鏡の前に座って髪を結い始めた。少し短いから苦労するが、根気強く挑戦する。
「ついに試験かぁ......」
チラリと窓の外を見てから呟いて、目を細める。窓枠の隙間からもから覗く日の光が眩しかった。時々映る鳥の影に急かされている気がする。
(事前の話によると、実技試験は入学試験の長期版。試験時間は一時間で、好きなだけ魔力補給していいんだよね)
三つのノルマとなる魔術を使ってから自由披露に移るそうだ。ノルマをどれほどの完成度で行使できるか、どんな魔術を他に披露するか。自分の魔力筋の限界を知った上で使う魔術を選択しなければならない。
「この前の持久走みたいな訓練のお陰で魔力筋は少し鍛えられてるはず。魔石は私が作成したので三つか四つは使えるかな......なら、使える魔力は合計二〇〇〇前後」
再び確認しながら編み込みを終えて、頭の後ろで纏める。ドロシーと同じ髪型。
構想は昨夜練ってある。あとは、それを再現するだけだ。
「行こう」
緊張で高鳴る胸をグッと押さえて部屋を出る。覚悟はもう、とっくに決まっていた。
*_*_*_*_*_*
「では実技試験の説明を開始する」
たくさんの生徒が整列して教員の話を聞く。それは主に事前通達の通りだったが―異なる点が、一つ。
「今回は応用技術科目の試験も同時に行うことになった。よく解説を聞いて備えること」
同時に行う。
その宣言に雰囲気がさらに張りつめた。やけに応用技術科目の情報が渡されていないと思ったら、そういうことだったらしい。
「応用技術科目の試験は実技試験の最後に計測する魔力によって判断する。残りの魔力量を八〇に揃えろ。誤差の数値が三〇〇点から引かれる。また、三〇以上離れていたら別で合計得点からマイナス五〇点とする」
訓練所内をざわめきが駆け抜ける。応用技術試験での失敗が大きく昇格に影響することになる。それでもミラは落ち着いていた。
(八〇に揃えるのは難しいけど......もし三〇離れてたとしても、マイナス八〇点。二二〇点はとれる計算になる。それは経過時間を把握できないからかな?)
いかに自分の実力を把握できているかが争点。何の魔術でどれぐらいの時間と魔力を使うか、どれぐらいの魔力を無駄にするか、何度魔力補給できるか―全て大事な知識。それを持っているかを試すのだろう。
試験会場内の反応は主に二つに割れている。試験を舐める者と、意味をよく理解できていない者。そのどちらでもなく、ミラは唇を噛んだ。
(ちゃんと、難しい......これが最高峰)
想定通りの動きを出来なければ一二〇〇点を超えることは不可能。雲行きは怪しい。それでも―ミラは自然と、笑っていた。顔に浮かぶのは、どこか好戦的な笑み。小声で呟く。
「大丈夫。どうにかなるよ」
―だって私は私だから。
そう、声に出さずに宣言して。
ほどなく試験開始が知らせられて、ミラは入学試験のときと同じように的と向き合った。すぐに詠唱を始める。
(......まずは、ノルマの達成)
ノルマは自分の得意属性の上級魔術と好きな組み合わせの初級複合魔術、無属性魔術二種類。短縮詠唱や遠隔にするなど、改変は認められていないので全生徒が詠唱分―五分強は最初に時間を消費する計算になる。
ミラはさっさとノルマを達成していく。炎系統上級魔術、雷と水の初級複合魔術、結界と感知魔術。計算通りの時間で達成して、自分の状態を再確認した。
(時間は心配ない。残量魔力も予想通り。事前に確認してた数値と多分同じに揃えられてる。ここからが正念場だ)
ふぅ、と詠唱で乱れた呼吸を整えて、脳内で魔術式を構築する。
編み上げるとすぐに詠唱を初めて、魔力を流し込む。効果はすぐに発揮されて、的の近くに幻が表れた。
―二級幻術、成功。所要時間は一分。
次に、人の体が治っていくのをイメージしながら魔術を発動。白く輝く光が的を包み込んで消える。
―三級治癒魔術、成功。所要時間は二分。
ちょうどそのとき、視界がグラリと傾いた。魔力切れだ。少し離れた位置を巡回している教員に声をかけて、魔石を二つ受けとる。
(......これで残り魔力はピッタリ四〇〇)
魔石からの魔力補給には時間がかかる。ここまでで一五分が経過していた。ここから、やや背伸びをしかけた魔術を行使することを予定している。
(集中しろ、集中......いつも通りでいい―余計なものは、何もいらない)
今度はゆっくり、ゆっくりと魔術式を組み立てていく。それはもう、慎重に。ある程度暗記してからこの実技試験に臨んでいるものの、この魔術は集中が乱れると失敗する。
それが終わると詠唱。これは短めだ。
(属性転換、氷......強化。座標固定、魔力圧縮)
そして詠唱が終了したとき、魔術が発動する。ミラのすぐ近くに氷の鎖が複数生まれ、的に巻き付いた。
―氷系統上級魔術の短縮詠唱、成功。所要時間は五分。
(流石に、上級魔術の短縮詠唱は術式構築が長くなる......私はまだ全然駄目。こんなの実戦だと使えない)
それだけに集中した状態で、五分。成長の余地は多い。ただ詠唱だけを短くしても駄目なのだ。
そう痛感しながら次の魔術にとりかかる。次は今の魔術と比べると、やや簡単。
(術式強化......術式保護完了。遠隔術式起動)
魔力を操りながら詠唱を終える。時間はかかるが、操作は割と簡単だ。
発動するのは、この間フランツェルへの指導用に調べていた資料に記載されていた無属性魔術。
透明な砲弾が的へと飛来。術者であるミラだけは何となく察知できる。
―一級魔術砲弾、成功。所要時間は三分。
「......補給しないと」
再び魔石を二つ受けとる。補給を終えると、ここまでで三〇分前後。やっと半分だ。周囲の人間はまだ、魔術を使っているがミラは少し休憩することにする。
決して、某童話のような油断ではない。
この試験は制限時間が一時間。―セレナイト学園の生徒がいくら優秀でも、その間ずっと魔術を使い続けることは出来ないのだ。今回は特殊な結界によって副作用は起きない。しかし、それを考慮せず使い続ければ確実に魔力筋が弛緩してしまう。
(そうなると試験中には回復しないからなぁ)
脳内で初級魔術の詠唱を復唱しながらぼんやりと脳を休ませる。時間感覚をずらさないための対策だ。残り一〇分になったところで、立ち上がった。
静かに的の前まで進み、目を瞑る。これから行使するのは、<施火園>と同じくらい―もしかすると、その次に難度が高い特級魔術。
これまでで一番丁寧に魔術式を組み立てていく。慎重に、完璧に。どれだけ粗を探しても見つからないように。
雪原のように汚れを知らない完璧な魔術式が完成すれば、詠唱を始める。この魔術の詠唱は最上位魔術には届かないものの、途轍もなく長い。五分強もの時間、続けなければいけないのだ。
(保護術式正常......強化完了。座標固定......魔力圧縮、術式収束......)
試算を繰り返しながら詠唱の最後まで辿り着く。最後に魔力を一定量のみ還元する術式を組み込むと、全ての魔力を流し込んだ。
「............ぅ」
流石に副作用が生まれ始めて、頭痛に襲われるが魔力操作は止めない。それだけは、止めてはならない。
魔石によって回復した全ての魔力を注ぎ込んで、魔術を発動する。儀礼詠唱を、まるで唄を歌うかのように口ずさむ。
「―幾多降れ、<流星燕>」
指を振り下ろしながらの宣言と同時、ミラの周囲に星が降る。炎を纏ったそれは、地面を深く抉っていく。
急速に魔力が抜けていく感覚の中、ミラはその光景を瞳に収めて呆然と一人佇む。周囲で魔力筋が弛緩して座り込んでいる生徒が驚愕の声を上げても、耳に入らなかった。
三〇秒ほどで流星は止み、更に一分弱経つと試験終了の鐘が鳴る。
ミラはそこでようやく、ふにゃりと頬を緩めた。爽やかな風を髪で受けて、魔力計測器の方に向かう。
次話投稿は3月25日午前5時の予定です。




