大逆転への一手
「では、そのペアで活動を進めること。各々のテーマでレポートが仕上がったら持ってこい。添削して成績つけてやる。期限は一週間後の消灯までだ」
レベッカが図書館の入り口の前で指示を済ませるのと同時に、一〇組の生徒が一斉に建物に入る。
ミラのペアは、灰色髪の少年―カイン・アルベルトだった。カインは入学試験で二〇三点と高得点をとっている。ミラのペアが優秀な生徒なのは、ある程度ペアの実力を揃えて思考が発展しやすいようにするためだろう。フランツェルとフィンレストのペアは違うだろうが。
「テーマどうする?」
先に本を取りに行こうとするクラスメイト達を眺めながら話し合いしやすく、本を取りに行きやすい個室をとる。空いているのは残り一つだったので、ギリギリだ。
「何でもいいんじゃないか?」
きょとんとした顔で答えるカイン。ミラはほら、とレベッカの言葉を思い出す。
「成績つけるって言ってたし、せっかくなら頑張らない?」
「といってもなぁ、何についてやるんだよ」
それなんだよなぁ、と二人で唸る。
本格的な実験はできないから研究分野に取り組むのは難しい。かといって、歴史的な説についての検証はおそらく高得点を得られない。
あ、と閃く。
「治癒魔術の原理について―」
「それはやめよう」
渾身の案だったが、言いかけで拒否される。嫌な思い出があるらしかった。
「ほら、他のにしないか?例えば......特級魔術とか」
「特級魔術の何について調べる気なの......」
呆れたように言ってから思い付く。以前持った疑問。
「炎系統の第一目と風系統の第二目。どちらも精霊が関係する効果だったよね?」
「炎の方は知らねぇが......風はそうだな」
カインが頷く。そして、ミラはニッコリと笑った。花が綻ぶような笑みが顔に浮かぶ。
「どうして主な魔素配列が一緒で式の成り立ちも似てるのに、炎は召喚で風は力を借りるのか......これなら、調べられるんじゃないかな?」
「成程な......そのテーマなら、俺とお前である程度検証できる」
二人は軽く方針を確認すると、とりあえず資料を集めることにした。それぞれ何冊かめぼしい書籍を取ってきて、ざっと目を通す。
「確認しても、式の体系は一緒だな」
「伝承も目を通したけど、あんまり差はなさそう、かな?とりあえず、検証のために式立ててみるね」
カインが席を立って、本棚から属性転換の資料を取ってくるのと平行してミラは両方の魔術式を用意する。勿論距離、威力、速さ全て同じ数字を代入してある。
すぐに炎系統を書き終えて、風系統の方に移る。部分的に暗記しているところから中心に式を完成させる。
「......できた、」
ふぅ、と息をつく。自分の得意属性ではない属性の特級魔術式は中々に馴染みにくい。気疲れ、という表現が正しい気がした。
(やっぱり、慣れとかないと)
改めて他属性魔術の訓練の重要性を痛感していると、個室の扉が開く。入ってきたのはカインだ。
「持ってきた。遅れて悪い」
「今終わったところだから大丈夫。......わぁ、それって卒業論文?」
机に置かれた本の表紙を見て訊ねる。どうやら目当ての本が見当たらなかったから、セレナイト学園の卒業生が書いて残していく論文のうち、特に優秀なものを纏めた本を持ってきたらしい。道理で、と呟いた。
手にとってペラペラと捲ってみる。属性転換については一番最後に載っていた。その論文を書いた人物の名前にミラは驚愕する。
―ドロシー・リルグニスト。
ミラの元家庭教師。
「これ......師匠のっ?」
「師匠?」
思わず声をあげると、カインが不思議そうに復唱する。軽く説明することにした。
「ぁ......うん。二ヶ月前から私の家庭教師してくれてた人だよ。上級魔術師で、特級魔術も使えるの。<泡沫の魔術師>っていう登録名で......」
「泡沫......なんか、聞いたことある気がする」
首を捻りながらの言葉に、身を乗り出す。
「え......どこでっ?!」
キラキラとした瞳に押し負けるようにカインが目を逸らす。手を口に当てて、「どこだったけかな......」と考え込む。数十秒で、ぼんやりとしていた目の焦点が合った。
「婆だった気がする」
ミラはぽっかーん、と口を開く。
「ば......婆っ?」
「あ、悪い。―まぁ、育ての親......みたいな?」
「育ての親を婆って呼んだらダメでしょ......」
「そりゃそうだが......ダメだ。それ以外じゃ認識できねぇ」
「酷いね?!」
(お婆さんなのかな......それでも、婆は酷いよね、うん)
フルフルと首を振るカインにツッコんでから内心、どうにか老婆だということで納得する。実際は三〇代手前の絶世の美女なのだが。
「......とにかく、課題進めようか」
「あぁ」
忘れるように一度ぎゅっと目を瞑ってから論文と向かい合う。
それは贔屓目に見ても物凄く出来のいいものだった。魔力の属性転換についての考察が大量の関連資料と共に分かりやすく書き連ねられている。
その論文を参考に、先程作成した魔術式をそれぞれ属性のみ転換する。そして、炎系統特級魔術第一目の式に風属性を代入したものと、風系統特級魔術第二目の式に炎属性を代入したものが出来上がった。
「ふぅっ......」
「やっべぇな、この式......」
グッと伸びをするミラの隣でカインが顔をしかめる。後から理解するのは時間がもったいない、ということで転換を見守っていたのだが―
「全っ然わかんねぇ」
「私も、すぐ使うのは無理かも......」
出来上がった式はまさに複雑難解。元々完璧に無駄を排している式の挿入節を探してどうにか魔素配列やら転換式やらを埋め込んでいるのだから、当たり前だった。最早、元の魔術よりもかなり難しいのだ。
魔術式の理解度が高いミラでさえ一度では説明できないだろう。魔力操作も難しいし、制御も優れていないといけない。
ややげっそりしたミラは、授業終わりを告げるチャイムを聞き取って机の上を片付け始める。
「とりあえず......明日からは練習だね」
「あと五日ぐらいしか使えねぇし......死に物狂いでやるか」
「間に合わせないとね......あ。そういえば」
「?」
個室から出てカインに訊ねる。確認するのを忘れてしまっていた大前提。何故か、嫌な予感がした。
「............元の魔術―第二目<一陣昂>......使えるんだよね?」
もしくは他の特級魔術、と付け足す。カインは黙りこんだ。そして勢いよく顔をあげる。その顔にあるのは、潔い覚悟。
「わかんねぇ!!」
その快活な宣言に。
反射的に拳を握りしめて叫んだ。
「何となくこうなる気はしてた!!してたけど!!」
カインはいっそ愉しげに言う。誰のせいだ、と追求したい。
「前途多難だな!!」
「あなたのせいだからねっ?!」
悲鳴のようなツッコみが夕焼けの空に響く。その大きさに驚いたのか灯りの近くにとまっていた小鳩がバサバサと飛び立った。夕日が寮までの道に二人の影を作る。
前途多難だけれど。身勝手だけれど。
(ちょっと......楽しいかも)
ミラは軽口を叩き合いながら、自然な笑顔が無意識に自分の顔に浮かんでいることに気付いて、少し歩幅を大きくするのだった。
*_*_*_*_*_*
その日の夜。
食堂でお腹いっぱい夕御飯を平らげたミラは、他教科の復習と課題に取り組みながら平行して考える。
脳裏に浮かぶのは、入学試験のときの特級魔術。<火寵苑>は、全部で四つある炎系統特級魔術で最も難易度が低い。それでさえ魔力操作がギリギリだったのに、第一目―<施火園>を成功させられるかどうか。
「特級魔術になると、せいぜい一日二回までしか練習出来ないし......」
持ち込んだ魔石を使ったところで、ミラの魔力対応力では一日二個まで―六回が限界だ。そして三〇回前後の練習で出来るようになる気はしない。
うーん、と机に突っ伏す。いつの間にかやらなければいけないことは終わっていた。時間を確認すると、まだ消灯まで一時間弱。せっかくだからフランツェルに渡す用の、水以外の属性の遠隔術式と節制術式を紙に記入していく。
「......節制術式を使えば、一日最大一〇回。一〇〇回やっても足りないだろうなぁああ......」
さらに三〇分経って魔術式の記入が終わっても解決策は見つからない。今度は短縮詠唱時の魔術式を作成する。
「いつか短縮詠唱で使えるようになったりするかな?最上位魔術......使ってみたい」
絶えず手を動かしながら呟く。半ば諦めてしまい、一瞬別のことを考えてー
「............ぁ」
ーピタリ、と固まった。
短縮詠唱は詠唱時間を短くする代わりに、脳内構築する魔術式が増える。そして、魔力操作と制御が難しくなる。
つまりは。
反対に、詠唱が長くなれば問題になる魔力操作と制御が簡単になるのでは?
「いけなくはない......はず。元々詠唱は術式を安定させるためのものだから......」
何度も確認するように呟いて、頷く。魔力についても、詠唱なら長くできるから節制術式を挿入すればいい。
ミラは大急ぎで計算に入る。消灯時間ギリギリに、出来上がった魔術式を記入した紙を掲げてガッツポーズした。
次の投稿は、3月22日午前5時の予定です。是非ゆったりとお付き合いください。




