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その黎明に祈る  作者: 願音
プロローグ
1/73

いつだって始まりは


 ―よく、考える。

 これまでの人生には何の意味があったんだろう、とか、これから自分はどんな生活を続けていくんだろう、とか。他にも、人目を気にせず思いっきりケーキをたくさん食べるにはどうしたらいいか、とか、いつか恋をすることはあるのか、とか、王様ってどんな感じなんだろう、とか。考え事、それは様々。振り返っても、考えても、何も変わらない。それでも、ミラは振り返る。


 ―今だってそうだった。


 目の前の光景は誰も想像していなかったそれ。


 窓からは柔らかな陽の光が差し込んでいて、庭の木が風でさわさわと揺れるたび影が動く。小鳥の鳴き声がどこからか聞こえてくる気がした。そんな誰が体験しても、一〇〇人中九五人ぐらいは気分が上向きになりそうな朝を迎えて、この世の地獄かというほど暗い気持ちでいたミラは絶句する。


 驚きに目を見張りながら声にもならない音を漏らす。隣で、父親がわなわなと震えているのが印象的。普段笑顔も、温かな労いの言葉も、何も与えてくれないような父親が今日は代わりに呆然とした眼差しを向けてくるのが不思議な気分だった。


 父親は、三八歳と若い。戦争では帝国兵相手に剣一本で大立ち回りを演じ、多くの敵を葬った剣士。その圧倒的な技量と敵兵に迫る様子は国王直々に伝説の<剣狼(ケンロウ)>と称されたほど。嫁入りした母親はもう亡くなっているが、優秀な騎士だったと聞いたことがあった。ミラの兄弟も才覚を示していて、将来を期待されている。

―自分だけだ。

 誰にも、期待されていないのは。


 ―そう、思っていたのに。


「属性炎、魔力量四八二!!平均の三倍を上回ってますよ!!」


 屋敷の一室に運び込まれた魔力測定器に表示された魔力量は四八二。王国魔術師の一般魔力量は一五〇強だったことを思い出す。そう考えると、宮廷魔術師にもなれるレベルだな、どこか他人事に感じた。


 魔術組合の職員が興奮した面持ちでこちらに報告してくる。巷の娯楽小説ではこの辺で世界最強の魔術師や名高い著名人へ弟子入りしたりするのだろう。冷遇されていた若い娘は、豹変した態度の父親や周囲の人間に戸惑うか毅然と接するかしつつ、世界史に名を残すような偉人へと成長していく普遍的な物語は王都でも大流行。


(……まぁ、そんなうまくいく訳ないよね……お父様は私が剣を使えないと分かると急変して、一気に自由も減ったし……最悪、将来はその辺の商人の奥さんとかじゃないかな)


 更に悪くて身一つで勘当されることも想定できる。絶対に体験したいとは思わないし、身一つで勘当なんてされたら一週間と経たずに飢死するだろう。ミラは反射神経が千切れているだけあって、自衛なんてできない。路地裏でチンピラに捕まるのも簡単に予想できる結末だった。


 そんなことを考えながらしばらく沈黙していると、父親は職員と何やら話し出した。その辺の中級魔術師でも家庭教師につけようとしているのだろうか。どちらにしろ、将来は契約結婚。貴族の令嬢にとって当たり前の常識だ。


 自分の手を見つめる。

 この体の中に大量の魔力があるだなんて、だれが予想できただろう。


 父親の判断を無言で待つ。結果に一喜一憂しても無駄。ないものはなくて、あるものは指で数えられるぐらいだけ。ミラが手に入れられるものだって本当に少ない。最近は願うだけだ、何もかも。

 きっと、これからだって。

 ()()()()()()()は手に入らないまま、知らない年上の人間に貰われていく。そんなつまらない体験しか、訪れないのだと達観していた。


 二、三分すると父親が咳払いをした。ぼんやりと虚空を眺めていた目を向ける。


「……ミラ」


「はい、お父様」


 ミラは自分の前まで移動した父親の目を見つめる。告げられたのは、予想外の言葉。だから何だ、と冷え切っていた心が熱を持ち出す。世界がほんのりと色づく。


「セレナイト魔術学園に入学しろ」


 きっと、何よりも剣の才能を重視する名家に生まれ落ちた剣の才能が微塵もない娘の厄介払いの意味もあったのだろう。


 ただ、それでも―



「分かりました」



 あの父親が自分に言葉を掛けてきたことが珍しくて、どこか嬉しくて。ミラは自然と、小さく微笑んで返事を返した。侍女が息を呑んでいるのが面白い。初めて、清々しい気分になった。


 ―後に、ミラはこの時のことを何度も振り返る。

 そして、周囲に萎縮してばかりいた自分が生まれ変わったのはあの時だ、と胸を張って笑い、大切な思い出として友人に語る。


 *** *** *** *** ***


 セレナイト学園は、一年に二回入学試験がある。三月と、九月。月のはじめに卒業試験が行われて、その一週間後に卒業式。そしてその二週間後には入学試験を経た新入生が学園に足を踏み入れる。学年の概念はなく、新入生のクラスを十組として月に一回のテストや交流会で優秀な成績を残すことで昇格を繰り返していく。三組以上に所属する生徒は三人以上の教師からの推薦を受ければ卒業試験に参加できた。


 テストで毎回最高得点をたたき出せば、半年で卒業できる計算だが、現実は甘くない。

 魔術実技、魔術座学、一般座学、術式構築、応用技術の五教科で、各教科三〇〇点満点。合計一五〇〇点中八割にあたる一二〇〇点という高得点基準を超えなければ一発昇格はなし。もう一つの昇格の手段は各教科の教師が出した課題の解決などでも得られる<得点>を五〇ためる必要がある。


 そのため、一般的には四、五年かけて三組に到達し、教師に推薦を受けて卒業試験に臨むことが多い。勿論、優秀な人間は一年や二年で卒業して魔術組合に引っ張られていくのだが。


 前提として、セレナイト学園に入学するのがまず難しい。税金で学園が経営されていることから学費は必要ないが、上級魔術師以上からの推薦があれば実技試験のみ、推薦なしならば実技試験にプラスして筆記試験を受けなければならない。毎回倍率二〇以上の狭き門である。半年に一度五〇人入学するのに卒業者は一〇人ほど。入ってくる人数と出ていく人数が釣り合っていないので入学者数が少ないのはもちろん、退学者数が多いのも仕方がないことだった。


  *** *** *** *** ***


 ミラの魔力量が発覚したのは誕生日である六月二六日。次の試験は九月である。残り二か月半の期間であることと魔力量が多いことから、家庭教師として上級魔術師である<泡沫(ホウマツ)の魔術師>ドロシー・リルグニストがつけられることが決まった。無属性魔術の使い手で、幻術が専門らしい。


 そのことが伝えられた二日後、ミラは屋敷の玄関で一人ドロシーを待つ。


 緊張するでもなく、ただ自然に無言で待っていると、数分でドロシーが現れた。

 シンプルなデザインで白を基調としたワンピースを身に纏い、編み込んだ髪は薄い灰色。美しい知性を感じさせる瞳はアイスグリーン。全体的に色素の薄く、どこか神秘的な雰囲気を纏う彼女は―


「あなたが、ミラ?」


 そう、こちらに問いかけてくる。ことりと首が傾げられ、まとめられた髪の毛先が風で遊ばれる。頷くと彼女は一度目を瞑り、すぐに開けてこちらに一歩踏み出し―


「―ひゃぁっ、」


―見事に、ズッコケたのだった。


初投稿です。

世界観を固めるのが一応の目的なので、ゆったり投稿です。

今のところ長くても十万文字ぐらいを想定しています。

是非最後までお付き合いください。

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