火曜四限目
昨年履修した受講生(生徒A)が今年も俺の講義を受けると言い張って譲らない。
俺は法学部で非常勤講師をしている。
「しょうがないじゃないか。履修登録されてないし」
「登録しようとしてもできなかったんです」
「だって昨年受講しているからじゃないか」
「それは私であって私でないんです」。
でも期末試験も通ってるし、成績もSだったじゃないか
そういうと、「だからそれは私であって私でないのです」という。
後の話になるが、それならと試しに昨年の問題を解かせてみたところ、全然できない。
ふざけるな、と思ったが、本当にわからないそうだ。
そう言えば、と、昨年初めの小テストの答案を引っ張り出してみてみると、(生徒A)の答案は、同じところが間違っていた。
教務システムを見ても、やはり今年の履修者名簿には(生徒A)の名前は登録されていない。
「なんで・・・登録しようとしてもできないの・・・」とこいつは涙ぐむ。
「だって全然わからないのに」。
大学は、ー不思議なところだがー、履修登録していない学生を追い出すことができない。
いや、やろうと思えばできるのだが、追い出すシステムがない。実力行使もできないし、ペナルティもない、(はずだ)。
こいつはなおも,講義開始5分前にもなって,「私は先生の『特別民法』を受けたいのです」と真剣に教壇にいるオレに詰め寄って訴えている。
いや、お前は昨年一番前の席で真剣に授業を受けていたじゃないか。
「だからあれは私であって私でないのです」。
押し問答を繰り返しているうちにベルがなり、学生が教室に入ってくる。
「あれ!(生徒A)ちゃん、久しぶり!」と(生徒B)が声をかける。
「えー、はじめまして」
「何それ(笑)去年同じ講義取ってたじゃん」
「ああ、あれは私であって私でないの」
「えーそれ昨年も言ってたよね!」と親しげに話している(生徒B)。
だが、やはりこいつは昨年同じ講義を受けていた(生徒B)のことを全然覚えていないようだ。
オレは(生徒B)に(生徒A)のことを尋ねようとした。
(生徒B)が教室に入ってきたら声をかけようと,タイミングを見計らっていた。
ところが,(生徒B)は教室の前で立ち止まっているばかりで、一向に教室に入ってこない。
どうやら(生徒B)は友達が多いようだ。
今日が初回のこの授業でも、入ってくる学生のほとんどがこいつの友達か知り合いのようである。
「あー、(生徒B)ちゃん、お久しぶり!」
「こんにちはー」
「えー、この講義履修するの?」
「そだよー」。じゃあなぜ教室に入ってこない。
オレは教室の入り口まで行って、(生徒B)に、早く教室に入るように言った。
「あ、ごめんなさい。えーと、無理なんです」
無理?とオレは聞き返した。
「はい、教室の中は、ちょっと」。
ちょっと、って。とりあえずオレは(生徒B)に,(生徒A)のことを聞いてみた。
「はい、知ってますよ」
「何なのあいつは」
「だから昨年の自分と今の自分は違うそうです。」
「それはそう言ってるな」
「だから先生の講義受けるそうです。
必修じゃないけど、『特別民法』受けないとその先がわからないですからね」
「なんか(生徒A)に馬鹿にされてる気がするんだよなぁ」
「そんなことないですよ。私のことも覚えてないくらいですから」
「昨年も同じこと言ってたのか」
「はい、まあ、そういうキャラだとみんな思ってますよ」
じゃあ、こいつ((生徒A))は、毎年記憶がリセットされているのだろうか。
いや、毎年って言うけど、12月31日を境にリセットされるのか、それとも3月31日を境にリセットされるのか?
不思議に思ったオレは(生徒A)に尋ねた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんでしょうか」
「キミがキミでなくなるのは、大晦日か、3月31日か?」
「ごめんなさい。私は私のことしかわからないので」
「いや、だからキミのことを聞いてるんだが」
「いや、だから先生のいう私は私であって私でないので、わからないのです」
「キミは、オレのことをからかってるわけじゃないよな?」
「そんなこと、とんでもない。先生の授業、取りたかったんですよ」。
授業を受けるな、と言うのは変な話なので、諦めた。
「わかった。で、(生徒B)はなんで教室に入ってこないんだ?」
オレは(生徒A)に尋ねた。だが,無駄なことはわかっていた。
「わかりません。ていうかあの人誰ですか?」
「もういい。わかった」
(生徒B)は(生徒C)と教室の前で話し込んでいる。
面白い動画のこととか、学食のメニューのこととかだ。
オレは(生徒B)にもう一度、教室の中に入るように言った。
ところが,それまでニコニコと談笑していた(生徒B)の顔がみるみる曇り、涙ぐんでいるようにも見えた。
「教室の中だけは、、、ごめんなさい」
「先生、いいじゃないですか」(生徒C)が助け舟を出した。助け舟?
「(生徒B)は登校拒否なのか?」オレは(生徒C)に尋ねた。
「先生、知らないんですか?(生徒B)は教室の中に入れないんです。有名ですよ」
「そんなの知らないよ。え、そうすると必修科目はどうやって単位取ったんだ?」
「だって全回出席してますよ」
「出席って」
「あ、入口のドアを開けたままにして、そこで授業を受けているんです。」
「それでいいのか?」
「いいみたいですよ」
いいのか?
そんなことが通じるわけないだろう。
オレはもう一回教室を出て行って(生徒B)に尋ねた。
この時点でベルが鳴ってから5分以上経過していた。
「あのね、教室に入れないならリモートでもいいのだが」
「どうしてもログインできないんです、、、」
「わかったもういい。今机を持ってきてあげるから、そこで聞いてなさい」
「はい!」
教室に入れない以外は友達も多く、問題はないらしい。
成績は知らないが、多分優秀なのだろう。
(生徒B)は,(生徒A)が持ってきくれたた机と椅子を入口の脇に置いた。
どうやら(生徒B)はふざけているのではなく,真剣に授業を受けるようだ。
教科書も六法もしっかり揃えてきて(六法を持参しない法学部生は意外と多い。スマホの六法で足りるかららしい。)、ノートも広げている(ノートを開く受講生も珍しい)。
ちなみに教室に入れないというが、教室がある学部棟には入ってきている。
この学生にとって、入れるところと入れないところの境はどこなのだろうか。。。
他に何人か入ってきて、合計15人くらいか。
まあ、例年通りだ。
今日は初日からトラブルが続き開始が遅れたので、早く始めなければ。
「えー、それでは『特別民法』の一回目を始めます。私は講師の・・・と言います。」
と言って、名前をホワイトボードに書こうとした。
(生徒A)は、真剣に、去年も聞いたはずのオレの名前をノートにメモしている。
(生徒B)が座る入口脇は廊下の照明が良くないのか、少し手元が暗そうである。
スタンドライトでも用意した方がよかったのではないか。
「あ、先生」
(生徒C)が手を挙げる。
「どうした?」
「あの、あまり文字を書かないでいただけますか?」
「は?」
板書を書き取るの面倒だという学生の気持ちはわかるが、文字を書かないで欲しいと言われたのは初めてだった。
2回目の履修、教室に入ってこない、それに加えて文字を書くな、という学生。
オレの講義は舐められているのだろうか。
「え、なんで文字を書いちゃいけないの?」
「だって、文字は環境に悪いじゃないですか」環境?
「文字は、環境に悪いの?」
「当たり前じゃないですか」
「ごめん、ちょっと考えたことがなかった。
あ、マジックのシンナー臭が苦手とか?次回からPCをプロジェクタで、、、」
「あの、すみません、そう言うことじゃなくて。
文字が環境に悪いって、先生考えたことなかったのですか?」
「ん??いや、全くないが」
「あの、ごめんなさい。それが一番の問題だと思うのです。
文字が環境に与える影響を考えたことがない、、、」何を言ってるんだこいつは
「先生は、昔は電車の中でも平気でタバコを吸ってた時代があったことを知ってますか」
「ああ」
「あれって周りの人の健康に悪いですよね」
「まあ、そうだね。うん。」
「でも、当時の人はそんなこと考えてなかったんじゃないですか」
「うん、まあ、そうだろうね。でも、考えていた人もいたんじゃないかな」
「そうなんです。
考えていない人が沢山いるから気が付かないんです。
私は考えているんです」
意味がわからない。
「ちょっと何を言ってるんだか」
「、、、わかりました。じゃあ教務に」
「あ、それは、、、!」教務へのクレームは一番怖い。
「わかった。
じゃあ、今日は名前を書くのはやめる。
次どうするかはまた考えたい。
ちなみにだけど、プリントを配るのとか、電子ファイルを配るのは、、、」
「ダメに決まってるじゃないですか!
拡散される分板書よりもタチが悪いです。」
もう(学生C)と話をするのは諦めた。
「、、、わかった。じゃあ、今日は何文字まで大丈夫か?」
「はい,100字までなら。今日は初日なのでそこまでは妥協します。
来週はそうはいきませんよ。」
「わかった。ありがとう。」
ちょっと気になったので,オレは(生徒C)に聞いてみた。
ちなみにこの時点で20分近く経過していた。
「一応聞いておきたいんだけど,定期試験はどうやって回答していたのだろうか?」
「全部口頭です。文字がもったいないじゃないですか。」
突然(生徒C)の隣にいた(生徒D)が割り込むようにして口を開いた。
「(生徒C)さんすごい優秀なんですよー。
まるで論文を読み上げるみたいに喋るんです。」
いや,そんなわけないだろう。
オレは,(生徒D)に尋ねてみた。
「キミは(生徒C)と親しいようだけど」
「はい,高校からの親友です」
「実際はどうやってテストをこなしていたんだ?」
「(生徒C)のいうことを私がメモったり,こっそり音声入力して先生に渡してたんです!」
「それってカンニングじゃないか?」
「えーでも先生達も助かるって」
「じゃあ入試は?」
「私たち内部進学です」
オレは(生徒C)にもう一度
「100文字までならいいんだな?」と聞くと,
「はい,でも数えてますよ」,と言う(生徒C)。
「もうきりがないからはじめてください」と(生徒D)が声を出さずに口だけで伝える。
オレは教壇に戻る。
「わかった。じゃあ,名前は書かないから。じゃあ,本題に入ります。」
『契約と請求権』
とホワイトボードに書く。
それを見ながら,(生徒C)は,
「いち,に,さん・・・」と小声でつぶやきながら,「正」の字を机の上に指でなぞっている。
字数を数えているようだ。
これで勉強になるのだろうか。
そういえば,(生徒C)は教科書を買わないのだろうか。
文字が増えることは環境によくない,というのはわかった(本当はわかっていない)。
でも,文字を読むこと自体は嫌ではないらしい。
文字による環境破壊を防ぐために,いずれ(生徒C)は印刷所を攻撃するかもしれない。
ところで,オレから見て右奥の席が騒がしい。
(生徒E)(女子)に,左隣の(生徒F)(男子)が話しかけている。
(生徒E)の右隣には(生徒G)(男子)がいる。
多分(生徒G)は(生徒E)と付き合っているのだろう。
(生徒E)は(生徒F)に話しかけられるのが怖いらしい。
(生徒G)に寄り添うようにしている。
(生徒G)は(生徒F)に何か言いたそうにしている。
だが,授業が始まったので,(生徒F)を無視している。
もう授業を妨害されたくない。
オレは授業を続ける。
「民法の世界では,主に契約を通じて,債権債務(注:権利と義務のようなもの)が発生し,請求権の基礎となります。
例えば,売買だと。。。」と,ホワイトボードに
『売買』
と書く。
なな,はち,と(生徒C)が数え上げる。
「すみません,字が小さくて読みづらくて!」
(生徒B)が申し訳なさそうに大声でいう。
教室の外にいるから大声じゃないと聞こえないのだ。
「あ,ごめん。ちょっと事情があって書き直せないんだ。」
「なんて書いてるんですか!?」
「『売買』と書いてある!」
「分かりましたあ!」
「文字を無駄にしてはいけません!」
(生徒C)がイラッとして小声で口走ってしまう。
「まあまあ」と(生徒D)がそれをなだめる。
ここまでで30分経過。
オレは(生徒B)にも見えるように
『(売主)甲←売買契約→乙(買主)。目的物:自転車,価格:10万円』
とホワイトボードに大書する。
背筋を伸ばし,つま先立ちで全身を使って,売買契約の典型例を記載する。
「ん,先生?」と(生徒H)が手をあげて質問する。
「どうした?」
(生徒H)は気分が悪そうだ。
「体調が悪いのか?」
「先生,その甲,乙,というのは人間ですか?」
「いや,当たり前だが」
「人間なら人間らしく書いてください」
「いや,それは・・・」
設例では事例は抽象化して記載する。
この程度の事例では当事者の個性は重視されない。
だから,「甲」「乙」と記載するのが法学部では常識だ。
「いや,それは・・・人間なら人間らしくって?」
「だって,先生,『甲』とか『乙』とかしか書いてないじゃないですか。」
「実名じゃないってことか?」
「違いますよ。
先生には『甲』や『乙』がどんな人間だからわかりますか?」
「いや,そんなこと考えたことも・・・」
「そこですよ!
いま僕の目の前には『甲』と『乙』という大きなぬいぐるみのような記号が浮かんでます。」
「はあ・・・・」
「『甲』も『乙』も,手足を持たず,感覚器もないのでしょう。
当然,声も出せない。
それが矢印で貫かれ,苦しみの声も上げられないままただ,小刻みに震えているのです。
可哀想すぎて・・・こんな残酷な・・・」
「先生,ちょっと!」(生徒B)が大声でオレを手招きする。
「ちょっと待ってて」オレは教室の外に出て,(生徒B)のところに行く。
「先生,(生徒H)に抽象的な記号を与えてはいけません。」
「は?」
「あの人の前では,目の前の文字が,それを意味するものに実体化されて見えるそうです。」
「・・・実体化?」
「そうです。
つまり,あの人の前では,『甲』は,『甲』という謎の生き物に実体化されているのです。
だけど,先生の板書では,『甲』が何なのか,情報がなさすぎるのです。
人なのはわかるかもしれないけど,性別もわからない,年齢は?職業は?家族構成は?
不確定要素が多すぎる。
つまり,バグです。
(生徒H)の前では,バグった結果生まれた記号の形をした謎の生き物がうごめいているのでしょう」
「抽象概念が理解できないということか。よく法学部に入れたな」
「でも判決文の読み込みとかスゴイですよ。目の前に現場が再現されるので」
「・・・まあ,そうだろうな。で,オレはどうすればいいんだ?」
「『甲』と『乙』を具体的に書いてください。」
「具体的に?」
「そうです。
プロフィールや生い立ち,見た目などを具体的に書いてください。
先生のだと性別すら書いてないじゃないですか。」
「でも,それを書いたら時間も足りないし,だいたい(生徒C)が怒るだろう」
「まあ,そうですね」
「ちなみに,(生徒H)は事例をどうノートにまとめているんだ?」
「はい,先生の言ったことをまとめて『甲』『乙』と書いてるそうです」
「じゃあ結局同じじゃないか」
「でも人のしているのはダメだそうです。
先生も家では裸でいるかもしれないけど,人前では裸にならないですよね」
「早くしてください!」(生徒C)がオレを呼ぶ。
もう45分が経過した。
もう今日はあきらめた。
オレはホワイトボードの
『(売主)甲←売買契約→乙(買主)。目的物:自転車,価格:10万円』
を指さしながら,
「(生徒H),音で説明するのは大丈夫か?」と尋ねる。
(生徒H)が頷く。
オレは事案を読み上げ,「では,甲は乙に何を請求でき,乙は甲に何を請求できるのか,答えなさい」と質問した。
うーん,と本気で悩む(生徒A)。
お前,これ昨年習っただろう。
ノートに事案を書き取ろうとする(生徒D)の手を(生徒C)が押さえる。
そうしたところ,
「やめてください!」と(生徒E)が(生徒F)に大きな声で怒鳴った。
「お前いいかげんにしろよ」と(生徒G)も,(生徒F)をにらみつける。
「甲は乙に代金を請求できると思います!」(生徒B)がはきはきと答える。
(生徒B)には,教室の奥のトラブルが聞こえないようだ。
「はい,そうですね。ちょっと待ってください」
オレは教室の奥に行き,(生徒F)を(生徒G)から引き離した。
「ちょっと待ってなさい」
オレはみんなに言って,(生徒F)に「頼むから静かにしてくれよ。授業中の私語は禁止だろ」と注意した。
この時点で,60分は経過しただろう。
「いやねえ,先生,それはわかりますよ。」(生徒F)は大人びた調子でゆっくりと語る。
思ったより大人びたやつのようだ。
「てめえこの野郎!人の彼女に何言ってるんだ」とキレる(生徒G)。
「一体何があったんだ」オレは(生徒G)に尋ねる。
「こいつ,オレの彼女を下の名で呼び捨てにしたと思ったら,
『元カレのことなんか気にしていないから,早く別れなさい。
この人はお前を裏切って浮気するよ』とか言うんすよ」と(生徒G)が答える。
「・・・それはあれか,お前はまさか,未来から来たとかいうのか?」
面倒くさくなったオレは(生徒F)に適当に尋ねる。
「はい,そのとおりです。
私は,未来ではここの教授なのですが,ある朝起きたら学生に戻ってましてね。
妻とは,先生の授業で知り合って付き合うようになったのです。
が,教室に行ったら元カレといるじゃないですか。
まあ,あいつも若い頃は元カレの1人や2人はいるでしょうし。彼のことは」
と(生徒F)は(生徒G)を指さし,
「結婚した後に妻から知らされました。
半年くらい付き合って,浮気されて別れたそうです。
とても辛かったと言ってました。私は妻に辛い思いをさせたくなく」
「意味分かんねえだろこの野郎!」と(生徒G)は怒り出す。
「何なのもう・・・」(生徒E)は泣き出す。
「先生,申し訳ありませんが」と,オレは(生徒F)に敬語で話し出す。
「先生のご記憶でも,奥様はこれから暫く元カレさんとお付き合いされるようですよね。
今別れるのは,少し時期尚早じゃないでしょうか。
どうですか,若いうちは何事も経験ですから,ここは一つ様子を・・・」。
「そうですなあ・・・あ!」と(生徒F)の顔色が変わる。
「しまった!」と(生徒F)。
「私は過去に介入して未来を変えてしまったのかもしれない!
未来の自分はどうなってしまうのだろうか!」。
(生徒F)は頭を抱え,震えている。
「私の記憶が!妻との思い出が!消えていく!未来が変わっていくのが見える!
(生徒E)が,私の妻が消えていく!」
「いや,ここにいるし」と(生徒E)は半ばあきれている。
ここで75分経過。
突然ドカン,と(生徒A)が伊須から立ち上がる。
(生徒A)は(生徒F)のところにものすごい勢いで駆け寄り,いきなり(生徒F)を抱きしめる。
「今思い出したの!
私は何度も時間を遡り,何度も同じ授業を受けていた。
それは,あなたに会うため。
そして,あなたの未来を変えるために。
なぜなら,あなたと一緒になるため。
今やっと夢がかなった!」
「いや,キミ,相手の気持ちも考えないと,大体今は授業中・・・
お,お前は・・・!ひょっとして私の妻は!?」
「そう。あなたを探していたの」と(生徒F)に語りかける(生徒A)。
「あなたが私に振り向いてくれるまで,何度も時間を遡っていたの。
つまらない授業を何度も聞くことに耐えるため,記憶を消していたの」つまらない授業?
「そう,あなたはこの女に」と(生徒A))は(生徒E)を指さす。
「何なのよ,もう・・・もういや!」と大泣きする(生徒F)。
「っざけんなよ!教務に言うからな!」と怒鳴りながら(生徒F)を連れて教室を出る(生徒G)。
もうおしまいだ。
板書ができない授業,教室に入れない生徒。
授業中に学生の恋愛騒動。
教務にばれたら来年の契約はなくなる。
ベルが鳴る。
オレは教壇に戻る。
騒いでいる学生だけじゃない。
なにもせずにじっと授業が始まるのを待っていた学生も沢山いる。
こいつらはもう来ないんじゃないか。
「本日は本当にすみませんでした。
じゃあ,来週は今日の続きをやります。」
と言って,授業を終えようとしたが,ふと,
「あ,(生徒B)さんは,手元が暗そうですが,大丈夫です?」と尋ねてみた。
「はい,ごめんなさい」
「ちなみに,教室に入れないというけど,空の教室は入れるの?」
「・・はい?もちろんですよ。当たり前じゃないですか」
オレは気になって尋ねてみた。
「じゃあ,オレがこの教室から出て行ったら,キミはこの教室に入れるのかな」
「?はい,もちろんです。」
オレは皆の方を向いていった。
「じゃあ,来週ボクは教室に来ないですが,みんなは来て下さい。これで授業を終わります。」
終