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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

初キスは、犬味

作者: VISIA

お酒は20歳になってから。

────PM11:00。


 失恋疲れの20歳の青年は、終日放浪の末に終着した場末のスナック店の扉を、捨て身で開けた。


 刹那、狭い入り口のドアで圧縮され続けた喧騒が急に外へ解き放たれ、青年に直撃して脳を揺らす。


 店内は、天井が低く薄暗くて、煙草の煙雲がモヤモヤと天井を漂う。


 その煙雲に混ざる香水・ニンニク・油・その他の雑多な匂いが、素人青年に纏わりついて目・鼻・口を刺激し続け、店内環境への適用を強いる。


────青年は、背後の扉を閉めて逃げ道を断ち、覚悟を決めた。



 店内は、青年の左手側に赤く丸く背の高い“ヱ”型のカウンター席が4つ。


 右手白壁側には、赤いソファー席が“コ”の字型に7つ並び、中央に鎮座する店の主を取り囲む常連客3人が、時事ネタ・町内ネタ・下ネタ・身内ネタの話題でゲラゲラと盛り上がっている。


 一方、今しがた店奥の休憩室から出て来てカウンター側の末席に座り、(騒ぐ常連客とは対照的に)静かに紙煙草を吸う年上の女性は、赤い服が良く似合っていた。



 常連客の1人が、呆然と立っている素人青年に気付いて、


「雪男ママ、客ぅ」


と、青年を指差す。


 “雪男ママ”と呼ばれた店の主は、若い青年を見て興奮した様な声を出す。


「1人?……後でイクから、カウンター席へどうぞ。……ルビーさん、接客お願いネ。」


 “ルビーさん”と呼ばれた赤服の女性は、背中に(任侠映画に出てくる様な)白鞘の日本刀を、右斜めに“謎”の吸着力で貼り付けていた。



 彼女は、西洋式で青年を手招きし、


(自分の隣に座れ)


と、自身の隣の椅子を指差す。



「ナニ、飲む?」


 彼女の問いに、青年は酒が苦手だと伝えると、


「じゃあ、お酒が苦手でも、“カレーの焼酎割り9:1”なら大丈夫じゃなイ?」


「ああ……それで(イイです)。」


 暫くして、大ジョッキに並々と入れられた黄色でドロドロの湯気立つカレーと、傷だらけの銀色のスプーンが、青年の目の前に置かれる。


 青年は、暖かいカレーを飲みながら、チラチラと隣の女性を観察する。


 未婚らしい。


 高級果物が好きらしい。


 印象的な唇。


 日本人ではない。


────海外へ行こうとして、空港で取り押さえられた事も有ると言う。


 黒く大きい印象的な目、猫背、ベリーショートの黒髪。


 身長は、それほど高くない。


 運動は得意で喧嘩も強く、握力は最低でも250キロは有ると言った。


────でも、“今は”優しいよォ。


と、彼女はニヤッと笑う。


「私が喧嘩でキレたら、止められるのは本気マジの猟友会か雪男ママぐらいヨ、フフ。」


 国籍は無いらしい。



 彼女は、グラス中のウイスキーに浮かぶ氷をカラカラ鳴らし、煙草を吸い、フゥと白い煙を自身の頭上に漂わせた。


────青年ハ、年上ノ女性ニ緊張シテ、自ラ話題ヲ膨ラマセラレナカッタ。


 青年との会話が続かないので、ルビーさんは自身の過去話を始める。


 彼女は家事が苦手で、自身で何も出来ないので、世話してくれる男を見つけて喜んでいた時期があった(しかも無報酬で、献身的に尽くしてくれたと、遠い目をする)。


 その“元カレ”は、“晩年もも組”という60代女児派遣会社の組長だった人で、現動物園園長に就任した初日、偶然出会ったルビーさんが一目惚れ。


────その夜に彼女は、白鞘の日本刀を貰ったらしい。


 以来ルビーさんは、ソノ日本刀を抱き枕にして寝ている。



「“元カレ”は妻子持ちだったから、一線は越え……られなくて(彼も望んでナカッたし)。まあ、越えたら越えたで、彼の人生終ってたケドね……いろんなイミで。」


───でも、(挨拶の)キスは沢山したよ。


 その後、職場見学に来た“元カレ”の妻子に殺意を覚えた時、ルビーさんは彼との関係を断つ決意を固めたそうだ。


 元カレから逃げて、生きる為に本当に野生的だった頃の彼女は、お金の無い時は“未練断ち切れぬ”ソノ日本刀で野鳥を狩っていた。


 新月の夜闇に紛れて、鶏小屋襲撃も行っていたらしい。


「でも、雪男ママに会って……生き方を教えて貰ったの……あぁ長い話ゴメンね、ナニか食べる?……雪男ママ器用だから、何でも注文してネ。」


 雪男ママの手作りソーセージは、コノ店の名物になっているらしい。


 他に、豚骨ラーメン・串焼き・ホルモン焼き等、あらゆるFATフードが食べられると言う。


 青年が、何を食べようか迷っていると背後から、常連客に催促された雪男ママが大きな声で吠えた。


『ルビーさんの、何でも切りまショウッ!』


 毎夜定期の、この店のイベントショウが突然始まる。


────ルビーさんは単独で席を離れ、店の中央へ静かに移動した。



 ルビーさんが日本刀で、客が要求した物全てを切る、というコノ店限定の催し物。



 彼女が切ることに成功したら、要求した客がグラス1杯の追加注文、切れなかったら全員の料金が1割引。


 目隠しオプションの追加で彼女が切ることに成功すれば、総酒量1ガロン分の客全員の追加(連帯責任)注文。失敗で、客が雪男ママに“わがまま”な注文が出来る。


 今夜は(オプション無しで)常連客が差し出した艶やかな御飯粒1つを、ルビーさんが右手人差し指先端で受け取る。


 彼女が、その御飯粒を天井に向かって弾き、遊覧飛行中の蝿に命中させ、


────ソノ墜ちてきた蝿を、御飯粒ごと叩き切った。


 その瞬間、店内が揺れる程の拍手喝采と、称賛の嵐が吹き荒れる。


 驚いて店内を見回した青年は、死んでもコノ店に未だに通い続ける、古い常連客の存在に初めて気付いた。



────ソノ盛り上りのまま、続けて雪男ママの腕相撲大会が始まる。


 雪男ママの細い左腕が一般客用、その10倍以上もある丸太の様な太さの右腕が常連客用で、腕の鍛え方に差をツケていた。


 雪男ママに勝てたなら、客全員の料金が1割引、負ければ挑戦者がグラス1杯分の酒の追加注文が、暗黙の了解で発生する。


 雪男ママは、いつも始めに、


「んああーんぅ……いやぁんっっっッ」


と、負けそうに演出した後、


「ヴォァアアアッキァアアナアァルァタアアアァマアアアアサアァオォォォ!!!!!」


と叫びながら、劣勢をひっくり返して勝つのが常套手段である。


────今日も、常連客の全敗だった。



 それでも、今日は特に機嫌の良い常連客の提案で、


『雪男ママ』vs『ルビーさん』


の試合が、初めて行われる運びとなり、ハンデを断ったルビーさんは、右腕ガチ対決に向けてウホウホと気合いを入れる。



 そして、(審判役の)常連客の合図で試合が始まると、ルビーさんの体重の軽さが災いして、雪男ママの全力に2秒も耐えられず、ルビーさんの体は2m以上も壁へ向かって吹っ飛ばされた。


 だが最初の1秒で、ルビーさんの握力が雪男ママの右手を握り潰して全ての指の骨を複雑に折り、大きく腫れさせていた為、試合後に救援要請した救急車に荷揚げされた雪男ママは、鮮度が落ちる前に病院へ出荷されていく。



 店内にいる全員で、雪男ママを見送り、


────♪ドナドナ


の合唱をしながら、全員で店外に出て行く。



 その時に雪男ママは、


「あと0.3秒遅かったら手首まで折れていたから……ゴメンね……」


と、左手で握手しながら、ルビーさんに謝っていた。



 救急車が見えなくなり、その後の(常連客の)話で、ルビーさん住み込みの店が雪男ママ退院まで開けない為、


「それまで、ルビーさん(不器用だから……)を青年の家で世話してくれない?」


という常連客の提案を、青年は受け入れた。


 負傷中のルビーさんと手を繋ぎ、徒歩で帰宅中に朝を迎える。


 そして、青年のアパート部屋内に到着して多少落ち着くと、お互い気絶する様に夕方まで寝ていた。



 その日の夕食は、青年はレトルトカレーを温めて9:1飲み、ルビーさんは店から運んできた高級フルーツ・酒・煙草で済ます。


 案の定、お互い会話が続かない為、青年は酒の勢いを借りて、自身の過去話を始めた。


 近所の女性に一目惚れして、交際を続けようと努力した話。


 その女性の家族から、交際を認められなかった話。


 駆け落ちしようとして、失敗した話。


 接近禁止で、二度と会えなくなった話。


────ルビーさんは、静かに相づちを打つだけだった。


 やがて、お互い飲食するモノが無くなると間が持たなくなり、青年はルビーさんを(ユニット)風呂へ話題誘導し、自身は食器の後片付けと寝床の用意を済ます。



 暫くして、風呂上がりのルビーさんが納刀状態の白鞘を左手に持って、全裸で戻って来た。


 青年は、その姿を気にしない様にして、入れ替わりで風呂へ向かう。


────風呂内での青年は、精神的葛藤で悶絶していた。



 そして(決断し)、風呂上がり全裸で出て来た青年は、ルビーさんに近付いて、いきなり彼女の片胸に右手で触れた。


 青年の、貧相な親指と他の細い4本指で構成された就労経験皆無な薄く平たい手の動きは『牛の乳搾り』的で、ルビーさんは辟易し、酔いが冷めた。



────彼女が、日本語が不自由な頃に聞いていた“元カレ”の口癖が、今になって、彼女の頭蓋内で意味を持ち始める。


オトコがパンツ降ろして、股間の“ドス(ケベ)”を相手(愛手)に向けたなら、魂(玉)握らせて命かけろゃ、てめぇ(手前)の心臓に相手(愛手)の名前ぇ“墨”入れるカクゴ決めろゃ。』


 ルビーさんは、ゼロ距離抜刀で青年の胸部を刀でエグって彼の体から心臓を一瞬で切り離し、左手でソノ心臓を掴むと、青年の体を足蹴にして遠ざけた。


────彼女は、ジィッと青年の心臓を観察する。


 心臓の浮き出た血管が、


『シバイヌ』


と形付き、“わん……わん……”と大きく脈打つ。


 彼女には、『シバイヌ』の意味は理解出来なかったが、無性にイライラさせられる形状だった為、すぐに我慢出来なくなり、手に持った心臓を開けた窓から外へブン投げて、


『ギィーァーアアッッッッ!!』


と、夜空へ吠えた。


 そして、ルビーさんはキレたまま、部屋をノシノシ出て行った。



────24時間後。


 青年は、ソノ場で辛うじて生きていた。


 開いた窓の外が眩しく光ると、空中で両手にナニかを持った、


『推定体重250kgの犬頭の女神』


が現れ、胸から緑色の血を流す瀕死の青年に問う。


「わんわん、わわわん、わわんわん?」

(貴方が落としたのは、ビッグバン世界ドーナツ型宇宙の穴に戻すべき、巨大な火の心臓か?)


────青年は否定した。


「わ?……わんわんわーう、わわ……」

(では、コチラの陰毛に覆われた心臓……)


────青年が口を挟む。


「わわわわわんん、わわわんわん、ぎゃうんぎゃうん、はっはっはっ!」

(※放送禁止用語的な、卑猥な言葉の羅列。)


 その青年の主張に女神はキレて、


「ウゥゥゥギァンギャァン、グォォブリンヴァッハウ!!!」

(この正直者がっ、恥を知れケダモノ!)


と叫び、巨大な“火の心臓”を青年へ向かって全身全霊でブン投げた。



────その時、


「げぇぇぁぇゴゴゴゴゴグプォ!!」


という、地鳴りの様なゲップと共に、食べすぎて腹を膨らませた全裸のルビーさんが、爪楊枝で歯の隙間をシーハーしながら青年の前に丸腰で立った。


 そして、アパートを破壊しながら迫り来る巨大な“火の心臓”を、爪楊枝の先端で、上空へ向けて受け流す。


 巨大な“火の心臓”は上昇を続け、電離層を越えた付近で爆散して消えた。


────ソレを見た女神は、尻尾を巻いて逃げた。



 ルビーさんは、床に落ちていた”陰毛に覆われた心臓”を青年の胸に優しく戻す。


 そして彼女は、星空を見上げて大きく口を開けると喉奥まで右手を突っ込み、納刀状態の白鞘の日本刀を喉奥から鞘ごと『ゲェ』と引き抜いた。


────青年の前で、ソノ日本刀を手品の要領で赤い服に変えて見せ、歯を見せて彼女は笑う。


 青年は、ソノ赤い服をルビーさんに丁寧に着させて、歯を見せて笑った。


 続けて、口元を赤い血で染めたままのルビーさんの唇へ、濃厚なキスをした。


 青年はソノトキ、“犬”以外の相手との初めてのキスが、べとべとした粘膜感たっぷりの『犬味(元カノ)』だった事に衝撃を受け、自問自答を繰り返し、最後の最後まで全く集中出来なかった。

──12時間前。


 心を乱したルビーさんは油断して収監され、高い塀に囲まれた施設に戻された。


 ソコは懐かしく、当時の姿のままの“元カレ”も働いていて、彼女は涙を流し、走り寄ってイツマデモ抱きついていた。


────彼女は感情が高ぶり、言葉に出せず、キーキーと鳴いた。


 その元カレは、彼女の背中を優しく撫で、肩の荷を下ろしたように静かに話しかける。


「お帰り、ルビーちゃん……この動物園も他の仲間の群れも結構若返ったけれど、俺ァ昔のまんまだから安心しな……また一緒に……仲良くしようゃ……な。


 ……そうそう、一応ルールだから、現在のボス猿を紹介せんとなァ……おーい。」


────ウウウッウキイイイイイぃ(ダーリンっ呼んだ?)


 たし算も出来ない“若い”だけの脳筋猿野郎(元カレの今カノ!)に瓜二つの自身を重ね合わせて憂い、喧嘩勝負でも互角に終わった年増のルビーさんは、精神的居場所を失う。


 そして、再び脱走した彼女は、終日放浪の末(間食もしながら)、青年の住むアパートへ無意識に戻って来ていた。

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