穂積勇護とその周辺
何か夢を見ていたような気がする。けどそれがどんな夢だったのか思い出す暇もなく——気がつくと、
「……クロエ?」
すぐ眼前にあったのは——『西園寺クロエ』——の顔だった。
…俺は何をしていたんだっけ? 全くもってわからない……
呆然としたまま固まっていると、クロエは口をへの字に曲げ、
「ようやく起きたか」と肩を落とした。
「……あれ?」
自分の口から発されたのは、あからさまに寝起きの声だ。
まだ頭も呂律も回っていないのに、体は先に起きていたらしい。
見れば俺は手に、しっかりと銃を握っていて、銃口はクロエのこめかみにぎゅっと押し付けられている。引き金には指がかかり、安全装置まで外れていた。
あー…またやってしまったのか……と思う。
クロエの方ももう慣れきってしまっていて、特に焦ったふうもない。
「良い加減にしてくれよ……」
クロエは疲れた声で呟き、
「……そろそろ銃を下ろしてくれ。寿命が縮む……」
俺をじと目に睨んだまま、銃を指差した。
「あ、ごめん」
確かに内省するよりも早く、銃を仕舞うべきだっただろう。
俺は慌てて銃を引っ込めると、枕の上へ放り投げた。
それはそれでどうなんだ? とばかりにクロエの眉間に皺が寄ったが、毎度のことに諦めたらしく、溜息を吐いただけだった。
「おはよう、クロエ」
「おはよう、ユーゴ。……本当は銃口よりも、お前に先に挨拶したいよ」
「毎日悪いな」
「兵士としては、理想的な行動、か?」
「ありがとう?」
「褒めてるけど、褒めてないからな」
「大変申し訳ございませんでした……」
俺は深々と頭を下げて、二段ベッドの下の段から這い出した。
二段ベッドの上の段の住人、西園寺クロエは、とうに身支度を済ませていた。開いたカーテンの外はまだ薄暗いが、扉の向こうの廊下からは、ざわざわと声が聞こえる。
「毎日起こすたびに、殺されかける俺の身にもなれ」
「でもまだ殺してないだろ?」
「その日が来たらもう遅いんだよ!」
「でもまあ、クロエもできるしやるだろう? 仮に寝込みを襲われたなら、反射的に手が出るだろう?」
「ああできる。やればできる男だ俺は。けど同じ部隊でその上に同室のやつを、毎度殺しかける奴があるか!」
「まだやってないじゃないか…」
「口答えするな! 支度しろ!」
「すいませんでした…」
返す言葉もなく……俺はベッドの足元へ揃えておいた、軍靴へ足を突っ込んだ。
欠伸をつき、首を掻きながら鏡に向かうと、眠そうな顔の青年が向こう側から見返している。長めの髪と高くはない鼻。目は大きい方だが、眉毛はあまりかっこよくない。髭はあまり濃くないので、毎日剃らずに済むのは有難い。髪が少し長いのはまめに刈り込むのが面倒なだけだ。
機械的に歯を磨き、顔を洗っていると、クロエが外へ出て行く気配がする。
「おい、どこ行くんだよ」
振り返らずに、鏡に映り込むクロエへ言う。
「つれねえな。ちょっとくらい待ってくれたっていいだろ?」
「俺はじゅうぶん待った」
クロエはドアノブに手をかけたまま、やれやれ、と肩をすくめる。クロエは、寝起きの俺と並べると、いや通常の俺と並べたって俺が、辛く悲しくなるくらいの美形だ。
長い手足と背丈の上には、バランスの整った小さい頭が乗っている。目は切長で知性を湛え、鼻筋はすっと通っている。そして同じシャンプーを使っているはずなのに何故か艶のある髪。育ちは俺と変わらないはずなのに、何故か品もある。時代が時代で、生まれが違えばもっと華やかな世界へと引き摺り出されていたに違いない。『塩顔イケメン』だとか『国宝級イケメン』だとかえらい神輿を担がれていたに違いない。
いろんな意味で、ここにいるのがもったいない男だ。
まあその外見を活かして、広報として活躍していたこともあったのだがその話は置いておく。
「……俺は今、この時間がもったいないよ……」
顔に出ていたようだ。もしくは声に出ていたようだ。頭を抱えるクロエに向けて、顔も大きければ面の皮も厚い俺は、更なる要求を繰り返す。
「それならあと10分くらい、待ってくれたっていいだろ?」
「あと10分、待てる時間ならそうしてる」
「はあ……?」
首を捻る俺へ向けて、クロエは自分の腕時計を指してみせた。俺は目は良い方なので、多少遠くからでも文字が読める。ちなみに俺は先週腕時計を壊してしまって、今は着けていないのだが…
「…………」
「何時だった?」
「時計が、…進んでる?」
「だったら良かったのにな。……ご愁傷様です」
クロエは小さく頭を下げると、開いた扉の向こうへと身体を滑り込ませた。
「マジか」
呟くがもう返事はない。廊下からのざわめきももうほとんど聞こえない。
そりゃそうだ。あと5分もないうちに朝礼が始まるのである。
「クロエ!! 裏切り者!!」
叫んでも、もちろんもうクロエからの返事はない。
呪詛を吐きながら寝間着を脱ぎ捨て、壁に掛けてある軍服を着て帽子を掴み、銃をホルスターに、ナイフをポケットに入れる。
寝癖を帽子に詰め込んで、ボタンを留める暇も惜しんで、俺は部屋を飛び出した。
***
『おはようございます!』
軍人たちは最敬礼で、基地に暮らす、ただひとりの人間を迎えた。
十人並みの感覚からすれば、肉食獣の檻の中に放り込まれるようなものなのだろうが、男は涼しい顔でにこやかに手を振った。
「諸君、お早う」
場所は食堂だ。
食堂では毎朝、朝食前に朝礼が行われる。勿論、朝礼に参加しなければ朝食にはありつけないワケで、もし遅れれば朝の軍事行動を空腹で過ごさねばならない。
クロエは敬礼しながら、間に合ったことに安堵していた。
隊員たちは男の次の言葉を待って、水を打ったように静まりかえる。
ただの人間のくせに、兵士から敬愛される男の名前は穂積槐ほづみえんじゅと言った。齢は俺や、ユーゴと十も離れていると言うが、そんな風には見えない。
燃えるような赤い髪は、地毛でなく染髪。戦場で目立ちたくてやってるらしい。
落ち着いた風貌に俺たちでも舌を巻くほどの異常な性質を持つが、それゆえに、この隊の指揮官を勤められているのだろう。
――なんて思って眺めていると、穂積少佐は突然こちらへと目を向けた。思わず身を固めると、少佐は愉快そうに目を細める。口を開かれる前に、ああ、ユーゴのことか、と思った。
「クロエ」
「はい、少佐」
「遅刻同盟は解散か?」
「はい……少佐」
「そうか、あいつも可哀想にな」
言葉では同情するふうに装いながら、少佐は喉を鳴らして笑った。つられるように、隊員たちが忍び笑いをこぼす。俺は居心地が悪くて、内心ため息を吐いた。
クロエとユーゴの毎度の遅刻――と言うかユーゴの遅刻にクロエが巻き込まれていること――は、この大隊で周知の事実だ。
ユーゴはとんでもなく朝が弱い。呼んでも呼んでも起きないから仕方なく無理に起こそうとして、毎朝クロエは殺されかけている。
勿論クロエは何度も部屋替えを要求し、何度かは要求が受け入れられた。しかしその数日後にはユーゴの新しい同室者が『頼む、変わってくれ。俺には無理だ』とでかい図体で泣き付いてくる。
「——なあ。そんなに嫌なら俺が引き取ってやろうか」
「え?」
思いがけない言葉にはっと顔を挙げると、少佐が真っ直ぐに視線を向けていた。
また冗談を言って…と思ったが、どうやら、真剣らしい。
「一兵卒と少佐が同室、と言うのは奇妙な状況だろうが、俺が勇護を贔屓しているのは周知の事実だからな。今更誰も何も思わんだろう。今——居ないみたいだが、勇護も別に気にせんだろうし」
「…………」
返答に困って何も返せないでいると、少佐はにやりと唇を吊り上げだ。
「あんな五月蝿いのがいたら、毎朝中々面白そうではないか?」
「……少佐は彼奴の寝起きの悪さを、知らないから言えるのであります」
「毎朝殺されかけているらしいな。
まあ俺の方は大丈夫だから、本当に困ったら言いなさい」
「感謝します、少佐」
「さて——そろそろ我々の仕事の話をしようかね。——マキナ」
「……はい。少佐。」
少佐の言葉に、その男、マキナが音もなく立ち上がる。すると食堂はまた静寂に包まれた。しかしその静寂は先程のものとは違い、緊張感を伴っていた。
「戦況を報告しなさい」
促されて、マキナが透き通った声を挙げる。
「昨日は敵空軍、海軍共に大きな動きなし。敵連合国陸軍は、順次国境へ集結しているようでありますが、今日明日に進駐するような風もありません。総司令部からの命令は『待機』です。いつもの通りに、領内の警備をしっかり行えと」
「つまらんなあ……やつら腑抜けてるのか? 日和見するくらいなら、まず戦争など仕掛けてこなければいいのに」
槐の言葉に、隊員の誰もが同意した。本当につまらん。ここにいる全員が全員、涼しい顔のマキナも、世話焼きのクロエも、中身はすべからく変態だ。人殺しにも自分が死ぬことにも何の気負いも抱いていない。
軍人としてのキャリアを捨て、こんなところにいる槐も同じ穴の狢である。
「……まあ、命令ならばしようがない。心得た。今日は待機。明日も多分待機。あーつまらんつまらん。とりあえず各自食事にしなさい」
少佐はそう言うとどっかりと腰を落とし、「いただきます」と箸を手に取った。それを合図にめいめい席に座り朝食をいただく。
クロエが横目にマキナを伺うと、マキナは機械的な動きで食事を口に運んでいた。#4は人間ではないので、軍隊として各自階級は持たないが、事実上の代表はマキナだった。いつも涼しげな顔をして感情を外に出さず、無駄のない動きで敵を排除する。
『武器を使用しなければ殺し以外何でもあり』の隊内のレクリエーションでもマキナが一番強く、マキナと戦った計数十名は長い療養生活を送った。
ちなみに絶対参加ではなかったので、クロエとユーゴは参加しなかった。ユーゴに誘われて、試合を肴に槐も含めた3人で酒を飲んでいた。クロエはものすごく居づらかった。
機械を意味する『マキナ』は、『マキナ』にとってぴったりすぎる名前と言えるだろう。…誰が付けたか知らないが、悪趣味ではある。クロエは箸を咥えたまま息を吐いた。
「…クロエ」
ぼうっとしていたら、ついに幻聴まで聞こえてきた。
「おい、クロエ、聞いてんのか」
「は……?」
「ここだよ、クロエ」
「……」
「まだ寝てるのか、おい! ここだよ、ここ…!」
言葉と共に、クロエは突然足をぐっと掴まれるのを感じた。
おいおい、勘弁してくれよ…。と目眩すら覚えてくる。
クロエは観念すると、周囲を見回し、人目がないのを確認してから、テーブルクロスを捲った。視線が合うと、ユーゴはにっと笑って手を挙げる。
「よう、裏切り者」
「これ以上俺を巻き込まないでくれ…! どうやって潜り込んだ!?」
「槐が御高説を垂れてるうちに。さ、席を詰めてくれ」
「…………」
クロエは深く眉根を寄せると、空いている隣の席へと一個ずれた。ユーゴとクロエのそばに座りたがる物好きはたった一人しかいないので、いつも左右は席が空いている。
「ありがとう」
ユーゴはにっこりと笑うと、机の下から這い出して、クロエの席へとするりと座る。それから、まるで元々そこにいたみたいな顔で、いただきます、と手を合わせた。
「……おい、俺の飯」
「まあいいじゃないか、同室のよしみで」
「好きで同室なわけじゃない…! ユーゴの大好きな槐が、いつでもお前を貰い受けると言ってたぞ」
「その認識は間違ってる。俺がじゃなくて、槐が俺を大好きなんだ」
「正直どっちでもいい。それより……少佐を呼び捨てにするなって俺は何回言えば良いんだ?」
「俺だって何回も言ってるけど、槐が呼ぶなって言うんだよ。わかった、今度クロエがいる時に『少佐』って呼んでみてやる。あいつ、濡れた犬みたいな寂しげな顔するぞ」
「少佐をあいつ呼ばわりするな! それから……いい加減箸を返せ! 平然と飯をたかるな!」
「はいはい、ご馳走様」
ユーゴは再び手を合わせると、机の下へと身を躍らせる。
「……もういいのか?」
世話焼きな性分なので、もう要らないと言われるとなんだか申し訳なくなってしまう。ユーゴは何も応えずひらひらと手を振ると、テーブルの下から出口へと這って行った。
「…………」
その姿が見えなくなってから、クロエは席に戻り食事を再開する。
つい、『ついさっきまでユーゴが使っていた箸』を意識してしまう自分が嫌だ。
「気持ち悪…」
だから同室は嫌なんだ。いっそ機械になってしまえば、それか獣になってしまえば、どれほど楽か……
人間でもないのに、無駄に理性的な自分の性分を恨んだ。
***
「……腹、減ったな」
応えるように腹が鳴って、俺は尚更虚しくなった。ぽかんと空を眺めながら、肘でクロエのことをつつく。
「なあクロエ、あの雲……ソフトクリームみたいだな?」
「…全くもってそうは見えない。あのなあ……多少は任務に集中したらどうなんだ。可愛こぶってるのか? ああ?」
「俺が可愛く見えるのか? だったらお前……相当溜まってるな」
「黙れチビ。口を慎め」
「それほど変わらんだろうが!」
「うるさいな……これ以上無駄なカロリーを使わせるな。俺だって腹は減ってる。誰かのせいで」
「……悪かった」
俺は素直に謝ると、首にかけていた双眼鏡を再び覗き込むことにした。
今日の作戦は待機。#4は各々指定された場所から、警戒を行なっていた。俺たちは兵舎の屋上へ登り、双眼鏡であの山の方を見張っている。
俺たちが兵舎として利用している建物は、元は病院だったそうだ。もうその機能は失われて久しいが、全盛期にはかなりの規模を誇っていたらしい。それゆえにこの建物はちょっとしたマンションくらいの高さがあり、哨戒に向いている、という訳だ。
あの山を越えた、地続きの向こうには……連合軍が続々と、集結していると言う話だ。
俺たちの住まう東亜国は、東西南を海に囲まれ、北方のみが大陸と繋がった形をしている。かつては農業が主産業だったが、発展途上国にその役割を譲り渡した後は、高度な電子機器の製造、技術提供、エンターテイメントなどが主産業となっていた。
突飛な発想をリアルに落とし込む手腕が、『クール東亜』などと評価された時代もあったが、流石に国安法はクールを通り越して寒すぎたらしい。
……ああ、警戒を怠ってしまっていた。空腹も手伝って、だんだんやる気がなくなって、つい関係ないことばかり考えてしまう。
また叱られるだろうか、とクロエを横目に伺うと、クロエも俺の方を見ていた。
俺たちは顔を見合わせると、
「……はあ」
示し合わせたように、同時に溜め息を吐いた。
「クロエ、見ろ。あそこに鳥がいる」
「いるなあ。鳩かな」
「なあ、あれ、なんて花だ?」
「花の名前はよく知らない」
「俺も全くわからん。……なあ、なんか異常ある?」
「ないな……」
クロエは再びため息を吐くと、双眼鏡をぽい、と放り出した。
そして煙草を吸い始めたので、有り難く一本頂戴する。クロエが吸っている煙草は俺には少し軽いのだが、ないよりは全然良い。
シガーキスをねだってみるが、冷たい視線で切り捨てられた。いつもなら、『気持ち悪い』くらいは言ってくれるのだが、相当腹が減っているのかもしれない。あー、空きっ腹にタールが沁みる。
ふたりぼんやりと、のどかな景色を眺めていると、やがてクロエが口を開いた。
「何やってるんだろうな、俺たちは」
「ん?」
「…………」
クロエは口火を切った癖に、くわえ煙草に黙り込んだ。真面目そうな横顔に、添えられた煙草がアンバランスで、それが逆に彼の魅力を引き立てていた。男の俺でさえ、どきりとすることがあるから人でなしにはもったいないかんばせだ。
クロエは長く紫煙を吐き出し、
「この無駄な時間はなんだ?」とひとりごちた。
「いつまで待機してればいいんだ。なあ、どれぐらい経つ?」
「んー…もう一ヶ月近くは経つんじゃないか?」
「だよな。一ヶ月も俺たちは何をやってるんだ。どうせ殺しあうんだから、さっさとおっぱじめればいいじゃないか。
こうしている間にも、連合軍は続々集結してるんだろ?
何で数の利を与える? なんでこっちから仕掛けないんだ?」
「さあ……」
「今仕掛けたら確実に勝てる、少なくとも俺はそう思う」
クロエにしては珍しく、相当腐しているようだ。らしくもなく舌打ちして、2本目の煙草に火をつける。
クロエはここへ赴任してから、生真面目を通り越して神経質になった気がする。煙草の量も増えているし、時折酷く苛立っている。俺たちはもう長い付き合いだが——クロエは何か困っても、苦笑して受け入れてしまう様な男だった。これだけ長く共に過ごすのは訓練時代以来だから、ひとが変わったのかもしれないけれども。
……毎朝殺されかけるせいで、ストレスが蓄積しているのかもしれない。そもそも俺のことが苦手で、同室なのが辛いのかも。
それか、もしかしたら。
「——クロエ、内地に帰りたいのか?」
「……は? そんなわけないだろ」
俺の考えは、全く的を射ていなかったようだ。もう一ヶ月の間も、内地に帰れていないのが、不満なのかと思ったが。
無駄口を叩いたせいで余計に機嫌を損ねたらしい。
「あのなあ。内地に帰ったら、また……」
クロエは苛立ちも露わに言うと、横目に俺をぎろりと睨んだ。
「……あー。考えただけで嫌になる…。あのな、ユーゴ。俺がやりたくて、あんなことをやってるとでも思ってるのか?」
「『薄幸の美青年』、ってやつな。堂に入ってるけどな。お前、幸薄顔だし」
「…………」
さて、ここで、西園寺クロエにまつわる悲しい物語を紹介しようと思う。
話は今から数十年も前へ遡る。
東亜国民であるなら、『西園寺家』を知らないものはいないだろう。現在の陸軍大将、【西園寺 宗次郎】を輩出した名家である。その外にも西園寺家は、歴代数々の優秀な軍人を輩出してきた。
宗次郎が大将になるよりずっと前……
宗次郎は若い頃より、父や、祖父に倣ならい、自分の息子も軍人として活躍させたい、という願いを抱いていた。しかしその願いも虚しく、彼は何人もの娘を設けたが、男児には恵まれなかった。やがて宗次郎は出世し、少佐に、中佐に、大佐になったが、それでも長らく息子を持つことができないでいた。
だからこそ、夫人が男児を妊娠した時の、彼の喜びはひとしおだったと言う。
そして妊娠から十月十日が経ち、出産を迎えた日。その日は酷い嵐だった。数日を要する、相当な難産だったという。
夫人はいのちからがら出産し、待望の男児の誕生を喜んだ——……のもつかぬ間。
慣例通りに生後すぐに行われた遺伝子検査で……あの遺伝子が発見され、息子は宗次郎の腕に抱かれることもなく、国家へ召し上げられた。
夫人も相当なショックを受けて、それをきっかけに体調を崩し、いくばくもなく亡くなった。
夫人を深く愛していた宗次郎は後妻を娶ることがなく、彼は息子を持つことを永遠に諦めていた。
それから二十数年の時が経ち、宗次郎は大将になった。娘もみな親元を離れ、地位はあるが、寂しい老人となり果てていた宗次郎。
寂寞とした日々の中、視察に訪れた#4で、宗次郎は——夫人の面影を持つ、一人の青年と出会った。青年も、宗次郎に思うところがあったらしく、二人、言葉も無く見つめ合う。
そう、その青年こそ西園寺クロエである。
ああ、感動の親子の再会。成長した息子の姿を、夫人に見せてやりたかったと男泣きする宗次郎。息子は人権を剥奪されているため、軍人として名を挙げることはできない。しかしせめても、と宗次郎は彼を養子に迎え、【西園寺】の姓を与えた。そして二人は仲睦まじく……」
「ええい、やめい! やめんか! 全部声に出てる! わざわざ俺に聞かせるんじゃない!」
「良い話じゃないか、西園寺」
「やかましいやかましい! そんな苗字、できるもんなら犬にでもくれてやるわい!」
「この話すると、お前がおかしくなるからやめられないんだよな」
「やかましいわ! いつも思うが、東亜国民は馬鹿なのか!? 作り話に決まってるだろこんなもの!? 俺と大将は、全く似ても似つかないだろ!」
「母親似、という設定だから」
「大将夫人、普通に生きてるからな! 美談のために人を殺すな!」
クロエは息を切らせながら突っ込むと、
「はあ…」
さすがに疲れたらしく脱力した。俺はその肩をぽんと叩く。
「おう、おつかれ」
「だから、無駄な、カロリーを、使わせるんじゃない…!」
話の中で事実なのは、大将が#4を視察に来た時に、クロエと出会ったことだけだ。
クロエは狂人と獣ばかりの#4の中で、とても珍しいことに【まとも】であり、見てくれも秀でていた。
もとより#4のプロモーションを担当していた大将は、クロエを利用できると考えた。そこで企画されたのが『西園寺家の悲劇』である。
これはなかなか世間からウケたようで、#4への国民からのイメージは格段に良くなったらしい。
クロエは内地にいる時には『仲睦まじい親子』のイメージのため、度々大将に付き添わされていた。
しかし二人は、人目がなくなれば口をきかないどころか目も合わせないし、大将は同じ空気を吸うのも嫌だというふうらしい。クロエを養子に取ったのも、信憑性を高めるためだ。
もちろんクロエの方も大将のことを嫌悪している。
「内地なんかどうでもいい。そんなことより、俺はさっさと……」
クロエは大きくかぶりを振ると、視線をあの山の方へ向けた。そしてその向こう側を透かすように目を細める。俺もクロエと同じように、あの山を見つめてみた。
しかしそこには、青々と草木が葉を茂らせているだけだった。
耳をすませてみても、まだ何の声も、何の息遣いも聞こえない……
「俺は……」
クロエはゆっくりと瞬きすると、暖かな陽気に似つかわしく無い、ひやりとした声で呟いた。
「………仕事がしたい」
まるで喉元にナイフを押し当てられるような圧迫感。クロエもやはり、【まとも】では当然ない。誠実そうな皮の下に、醜悪な鬼を飼っている。
もちろん俺だって『そう』だ。もう長い間……誰も殺していない。いい加減錆び付いてしまいそうだ。
『待て』をするのはもう飽きた。早く首輪を外してほしい。俺は、深く、頷いた。
「そうだな。早く……殺したいよ」
老いも若きも、男も女も。
早くそのあたたかい血を、からだじゅう、いっぱいに浴びたい。
国安法が成立し#4が結成した後、十数年ほどの間は、#4は他国から好意的に扱われていた。
要人の警護で活躍したり、傭兵として派遣されるなど、方々から求められていた。
強く賢くむこうみずで、いくらでも潰しが効く。しかも国営だから安い。
しかし、#4が知名度としても、規模としても大きくなるにつれ……不穏な空気が漂いはじめた。
一騎当千の力を持ち、人殺しはおろか、自分が死ぬことにさえ……何の感慨も抱くことのない、捨て身の軍隊。
その化け物が牙を剥いたら——と、他国は恐れるようになった。
ひいてはそれを子飼いにしている、東亜政府も気味が悪い。そう考えるようになった。
不信感は更なる不信感を呼ぶ。東亜国はどんどん孤立していった。他国は親和の条件に、#4の廃止を求めたが、東亜国は愚かにもそれを拒否した。
もう既に、対外的な産業を持たなくなっていた東亜国は、#4への報酬に国費を頼り切っていた。
長い歴史のうちについに核を断絶した世界で、#4は一番危険な兵器となった。それへの抑止力を持たない各国は——連合して、彼等を打ち倒すことを誓った。それがこの戦争の成り立ちである。
だから俺たちは敵国からも、もしかしたらそれ以上に、国民からも嫌われている。
俺たちがいなければ、起こらなかった戦争だから。
それなのに矛盾したことに、その最前線に立ち、国防の要を担うのも俺たち#4なのである。馬鹿みたいな話だ……
「なあ、何が見える?」
不意に背後から笑い声が聞こえ、俺たちははっと振り返った。
「……げ」
——思ったら、口に出てた。クロエも微妙な表情で、その男を見つめている。
失礼極まりない俺たちに彼は気分を害した様子もなく、チェシャ猫のごとく、にやにやと笑っていた。
いわゆる『男前』と言った顔つきだが、それは長い前髪と、軽薄な表情のせいで遺憾無く発揮されることはない。
【皇明留】——健全な両親から、間違って生まれた『人でなし』。
【穂積】【西園寺】——ややこしい後ろ盾を持つ、俺たちへ好んで近づいてくるのは、狂人の【皇】くらいのものだ。
地位としてはマキナの副官であるが、二人がつるんでいる姿は一度も目にしたことがない。
何故か妙に気に入られているので、無下に出来ずにいるものの、アカルのことは正直苦手だ。アカルを苦手じゃないやつがいるかも怪しいが。
頭一つ分以上から、アカルが敬礼したので、俺も渋々応えて返した。俺だって平均身長はあるのだが、彼からはつむじが見えているだろう。腰の位置も羨ましくなるくらい高く、そのあたりまで豊かに髪を伸ばしている。
彫りは深く、パーツのひとつひとつが大きくて、威圧感を与える顔立ちだ。そんな東亜人離れした造形では、誰しもが彼を外国人だと誤解するだろう。
彼の髪が金茶色、瞳が薄い灰色をしていることも、その想像に拍車をかける。
しかしその実、皇明留は、東亜人の誰よりも、由緒正しい血を引いている。
アカルの持つ、皇と言う苗字は、【かの大統領】と同じものである。つまりアカルは『人でなし』でありながら、その血統を引いているのだ。
それだけで既に冗談じゃないのだが、アカルは——
平均寿命を大きく超えて長生きした大統領が、死の直前に女中を手篭めにして出来た子ども——……つまり彼はかの大統領の実子である。
アカルは世間体を気にして秘密裏に産まれ、それゆえに遺伝子検査を免れていた。アカルの実年齢は、戸籍がないため不明であるが、10歳前後までは母親と暮らしていたらしい。
その母親も世を儚んで自殺してしまい、既に父を喪っていたアカル少年は、天涯孤独の身となった。
身寄りのない子どもの行き着く先は残酷だ。救いの手を差し伸べられるのはたった一握りのものだけ。それ以外は野垂れ死ぬか——犯罪に手を染める。
大統領の血を引くアカルは、抜群に頭が切れた。彼は非行少年たちを集めてチームを作った。
暴力、略奪、陵辱、なんでもありのチームは街を恐怖に陥れたが——やがてアカルが逮捕されて解散し、平穏を取り戻した。
アカルの逮捕劇は至極あっさりしたものだったらしい。警察がチームのアジトに突入すると…………アカル以外の全員が、血の海に沈んでいた。
『飽きた』とアカルは語り、大人しく逮捕された。
そして自分の出生についても語り、遺伝子検査で大統領の実子であることが証明され…………あの遺伝子を持つことも、明らかになった。
『そうだと思った』
とアカルはとても喜んだそうだ。
アカルの出方を伺っていると、彼はすいと腕を上げて、双眼鏡を指差した。
どうやら交代してくれるようだ。
双眼鏡を手渡すと、アカルは「有難う」とにっこり笑う。
為政者に特有の、自信に満ち溢れた笑み。
そしてアカルは鼻歌混じりに、俺たちに背を向けて去っていった。
取り残された俺たちは拍子抜けして……顔を見合わせると、がっくりと肩を落とした。
何をきっかけにアカルが爆発するのか、わからないから気疲れするのだ。
「………昼メシでも食うか」
そう言って、階段を降りるクロエについて行きながら、俺はいま一つ、緊張が抜けていない。
……アカルは入隊の年までに、両手・両足の指では足りないほどの同胞を殺した。同族同士で掛け合わされ、【血】が濃いはずの俺たちより、突然変異で生まれたアカルは群を抜いて強かった。
その上アカルは、人間と暮らしていたのに、あの大統領の実子なのに、倫理観も道徳心も全くと言って持ち合わせていない。
マキナが戦闘ロボットなら、アカルは人喰いの虎だ。さて、戦場で出会いたくないのは、敵に回したくないのはどっちだろう?
階段を降りかけたが、気が変わって振り返る。するといつのまに登ったのか、アカルはフェンスの上にいて、長い髪を風にはためかせていた。春のうららかな陽射しにアカルの髪が輝いている。
アカルが#4に、飽きる日もくるのだろうか。
***
昼食を取った後クロエと別れ、俺は食堂の外で煙草を吸っていた。
ややこしい後ろ盾を持つ俺たちは、隊員から敬遠されている。しかしクロエはまだ人望があり、何かにつけては誘われている。今回は麻雀の人数が足りなくて呼ばれた、だとか言っていた。
#4に緊迫感がないのはいつものことだ。交代で偵察に当たったりはするものの、働きアリと働かないアリよろしく、仕事がない時は各々自由に過ごしている。真っ当な兵隊なら、真面目に訓練するんだろうけど。
捨て身の攻撃をするために、死への恐怖を失わされ、国民からは蛇蝎のように嫌われている。そんな俺たちには当然、生き残りたいとか、国に貢献したいだとかそう言う思いが微塵もない。
「俺も何しようかな…………」
誰に言うでもなく呟いてみる。本でも読むか、槐のとこで酒でも飲むか…と思ったが、やる気が起きず、長い間ぼんやりしていた。
立っているのも疲れたので、しゃがみ込んでアリの巣を突いていると、——ふと頭上に影が差した。クロエかアカルか、槐だろう。たかを括って顔を上げる。——しかし。
「…………」
「…………」
そこにいたのは、その3人の誰でもなかった。思いがけない登場に脳がバグる。目を白黒させる俺を、何を言うでもなく、乾いた目が見下ろしていた。
邪魔なのかと思い、脇へずれてみる。しかしそうではないらしく、そいつは一歩も動かなかった。何なんだ。まさか俺に用があるのか。
「…………」
「…………」
これだけ長い間見つめ合うのも、同じ空間にいるのも初めてだ。そもそも言葉を交わした事すらない。こいつは俺とはまた違う意味で#4から浮いている。
巨匠が名画に描いたがごとき、無駄な肉が一切ない均整の取れた体付き。顔のパーツもこれが黄金比かというくらい、バランスよく配置されている。
しかしもったいないことに、神が作りし造詣も、愛想の無さと仮面の様な無表情のせいで、宝の持ち腐れ、と化してしまっている。
俺を頭上から見下ろすのは——丁寧になでつけた髪に軍帽を乗せ、軍服を一部の隙もなく着こなす男——マキナだ。
マキナは無表情のまま、俺の隣に腰を下ろした。……いよいよ逃げられなくなった。
「……なんか用?」
俺は捨て鉢になって、思い切って問いかけた。
「そういうお誘いなら……俺は別に構わないけど」
まさかそんなことはなかろうが。クロエとアカル以外の隊員から、声を掛けられた時はおおむねそうだ。俺の方も嫌いではない、寧ろ好色な方であるので、今まで断ったことはない。
マキナは訝しげに眉を寄せると、「そう言うお誘い…?」と首を捻った。
「そう言うお誘い、とは何だ」
「………ああ?」
不敬だろうとは思いながら、つい素が出てしまう。
おちょくられているのかと思ったが、マキナの反応を見ると本当によく分かっていないようだ。
わざわざ口にするのも嫌で、俺はむっつりと黙った。また二人見つめ合う、微妙な沈黙が訪れ……やがてマキナは諦めたらしく、小さく息を吐いた。わずかに眉根を寄せて呟く。
「お前に興味がある」
「……は?」
思いがけない言葉に目を剥く。聞き間違いかと思ったが、マキナは真剣そのものだ。実技でも座学でも大して秀でたところのない俺に、誰よりも強く賢くおまけに顔まで整っているマキナが、興味?
まさか本当にそういうお誘いなのか!? とひとりパニックに陥ってしまう。
俺は動揺をひた隠して、煙草に火を付け深く吸った。
「……あー。俺に興味がある…と。それは、どう言った点で?」
「アカルが」
「……アカル?」
何でここでその名前が出てくるのか。マキナは表情を変えないまま、言葉を続ける。
「アカルがお前を気に入っているから。俺もお前に興味を持った」
「マキナはアカルと話すのか?」
「……? 当たり前だろう。彼奴は俺の副官だ」
「そうなのか…」
正反対のマキナとアカルが、仲良く言葉を交わすさまなど全くもって想像できない。
「それに……」
マキナはそう言うなり、しまった、という風に口をつぐんだ。先程まで落ち着いた様子で、滔々と話していたのに。
「何だよ」
話の続きを促すが、マキナは返事すらしない。それどころか腰を上げて、去っていこうとすらする。
「待て」
俺はその腕を掴むと、無理矢理となりへと引き戻す。顔を覗き込むと、マキナは苦々しい顔で俺のことを見つめ返した。いつも飄々としているマキナが、そんな顔をするなんて想像だにしていなかった。
マキナは観念したらしく咳払いすると、蚊の鳴くような声でささやいた。
「それにお前は少佐と……。……そう言う仲なんだろう」
「…………は?」
「そう言う仲と言うのは、つまり」
「待て。待て、皆まで言うな! ……俺たち、そう言うふうに見られてるのか!?」
「違うのか?」
「違う!! 勘弁してくれ…!」
俺と、槐が?
そんなことを言われてしまい、つい想像してしまってからゾッとした。いや、ありえないだろ!
慌てふためく俺に対してマキナは不思議そうに首を捻った。
「だからお前を贔屓するんだろう?」
「違う!」
「だから血の繋がりもないのに、苗字が一緒なんだろう?」
「それは別に理由があって…!」
「噂を聞いたんだがな」
「噂になってるのか!? みんなそう思ってるってことか!?」
「違うのか?」
「違う。全然違う。俺とあいつがとか、本気で有り得ない。」
「……そうか」
信じたのか信じてないのか。
マキナはこくりと頷くと、再び腰を上げた。俺は衝撃の事実のせいで引き止める元気もない。マキナは軍服についた砂を払うと、最後に俺を振り返った。ついさっき、顔を赤くしたり青くしたりしていたのが嘘みたいに、能面の様な無表情に戻っていた。
「用事があるので失礼する。……また話そう」
「ああ………」
マキナの背中に手を振りながら、どうやったら身の潔白を証明できるのか、頭を悩ませていた。
**×
「——ほう。そんな噂があるとはな」
「マジでありえないよな。そんな風に見られてるとは……」
「こういうところじゃないのか?」
「ん?」
俺はグラスを手に持ったまま、槐の言葉に首を捻った。槐は俺の真向かいに座り、同じくグラスを握っている。それは琥珀色の液体で満たされていた。
槐はクリスタルの灰皿から吸いさしの煙草を取り上げると、意地の悪い笑みで、煙を吐いた。
「執務室に入り浸るから、そういう噂が立つんじゃないか?」
「……あ」
槐の言葉に、自分でも『確かに』と思った。
俺自身の感覚では、『おじいちゃんの家に入り浸る孫』そのようなかんじなのだが、小姓と誤解されるのも、しょうがないとも言えなくない。
頭を抱える俺を見て、槐は可々と笑った。
「まあ気にするな。言いたい奴には言わせておけば良い」
「そうなんだけど……気になるものは気になるんだよ」
「何か困ることがあるか? それならもうここには来ないか?」
「それはなんか、…違うけど」
「ああ、俺も寂しいよ」
「うーん…」
槐が気にしていなくて、俺も別に支障がないなら、確かに言わせておけばいいのか?
クロエはまさか、そんな噂を信じていないだろうし。アカルにはどう思われていようが良いし、他の隊員とはほとんど話す機会がない。
俺はがっくりと肩を落とすと、グラスの中身を引っ掛けた。
「良い飲みっぷり」と槐がぱちぱち手を叩く。
「まあ飲め飲め。それでくだらないことは忘れなさい」
「ああ、そうする」
高い酒をかぱかぱと飲み、その度に槐にグラスに注いでもらう。槐はゆっくりと酒を嗜みながら、微笑ましそうに俺のことを見ていた。
半刻くらいはそうしていただろうか。
もうだいぶ気持ち良くなって、このままここで寝てしまいたい…そう理性が揺れ始めた頃。
狙い澄ましたようなタイミングで、執務室の電話が鳴った。
「……もうそんな時間か」
槐は壁掛け時計を見上げて呟く。
それから席を立つと受話器を持ち上げ、電話口に向かって何事か囁いた。その内容は俺の耳には聞こえなかった。
槐は受話器を置くと、灰皿の上の煙草を消し、椅子の背にかけていた上着を羽織る。
そのまま出て行くのかと思ったら、槐は俺の方を振り返った。首を傾げるが、槐は何も答えない。
「……ふむ」
槐は何か考えながら俺の顔をしばらく見つめていたが、やがて決心したらしく、大きく頷いた。
「お前も行くか?」
槐は行き先も告げず、俺にそうやって訊ねた。頷いて返すと、槐は俺の手の中のグラスを取り、それをテーブルの上に置いた。