ピタゴラスイッチな彼 ~腹黒な情報屋が意中の幼馴染を本気で落とすその手段と経過~
突然だが俺は性格が悪い。
ちっぽけな村のしがない酒場の跡取り息子、それが俺、ジンジャーだ。
親と同じ職業を継ぐのが嫌だとか、決められた人生は嫌だとかそういった不満は特にない。
たまたまここが王都と地方を結ぶ宿場町で親父が凄腕の情報屋というだけで、俺は平々凡々にのどかな村の生活を享受している。
今日も今日とて訳あり騎士やゴロツキが店にやって来ては情報の売り買いをしたり、王都から落ち延びてきた貴族から金を受け取り、夜逃げ装備一式と共に荷馬車で送り出してやった。
完全に昼夜逆転の生活、これが俺の日常だ。
ガキの頃はこの生活がしんどかったこともあるが、今となっては朝が全然てんでダメになった。陽が完全に昇りきった頃にゆっくりと起き出して開店の準備をする。
「……」
平和だな。
カーテンの隙間から差し込む細い光に小さな埃の粒がきらめいている。昨晩の喧噪も一夜明けてしまえば静かなものである。
俺は一つずつグラスを磨いては丁寧に棚に戻していく。
薄暗い店内に小さなカウンター、これが俺の職場兼修行の場だ。
美味い飯と酒があれば人々の口は軽くなるもので、昨晩も俺は接客をしながらせっせと情報を集めた。目を鷹のように耳を狐のように、たわいもない会話に相づちを打ちながらもいそいそと『本業』に打ち込むのだ。そして毎晩客が帰った後、親父と答え合わせをする。
(やっぱりまだ親父には敵わないんだよな…)
自分もそこそこ出来るようになったつもりではあるが、親父の観察力にはまだまだ及ばない。『凄腕の情報屋』という肩書きを引き継ぐにはもう一段、腕を上げる必要がある。
ちなみに当の親父は今何をしているのかというと、鼻歌を歌いながら店で出す用の料理の仕込みをしている。最近はどうやら煮込み料理にはまっているらしく、酒のついでのはずの料理がどんどんと手の込んだものになっているのはウチの商売としても悪いことではないのだろうが。
親父曰く『楽しめる趣味は大事にしろ』とのことなので、本業の他に趣味を持つことは大いに歓迎されている。
俺は綺麗に整列したグラスを見て満足した。
親父の趣味が料理であるならば、俺の趣味はグラスの収集だ。背が低く、武骨なロックグラスもいいし、シャープなカクテルグラスもいい。お貴族様がやって来たときなんかは、二階の個室にお通しして安いワインをとっておきのワイングラスで出したりなんかもする。
人を見て、相手に似合うグラスを選んで酒を出すのが密かなる趣味だと言ってもいいだろう。ドンピシャな組み合わせができると内心ほくそ笑んでしまう。
(でも若干手狭になってきたんだよな…)
趣味が高じれば費用も場所もこだわりも強くなって行くもので、親父の使いで王都に行く度に少しずつ良いグラスを集めてしまった。あれもこれもと集めていたがいよいよ置く場所がなくなってきた。既に棚に入りきっていないグラスもいくつかあったりする。店の金でグラスを買っていたのが親父にバレてからはあまり増やしてはいないのだが…。
「こんにちはー! ご注文の品お届けでーす! …あら? 親父さんは?」
店の扉を勢いよく開け、新緑の陽光と共にやってきたのはこの村のガラス工房の娘、アイシャ。長い亜麻色の髪を高い位置で結わき、男顔負けの作業着でやってきた。
「親父は裏で仕込みの最中。グラスのオーダーは俺だからいいよ、見せて」
薄暗い店内に突然差し込んだ光に目を細めて俺は彼女を手招きする。うちの店とは昔からの付き合いで、彼女とはまあ…いわゆる幼馴染だ。
小ぶりのショットグラス5個。これは俺の趣味で集めたわけじゃなく、この間飲み比べてヒートアップした客に割られてしまったのだ。…もちろん弁償はしてもらった。
「相変わらず薄暗いところで作業してるのね~、せめてカーテンくらい開けたら?」
勝手知ったるなんとやらで、アイシャは店内のカーテンを開け、窓を開け放っては空気の入れ替えだと喚いている。
(眩しい)
どこぞに城を構える吸血鬼ではないが、夕方から明け方までを活動時間にしている俺は陽にさらされると炙られるような気持ちになる。
「いいんだよ、あんまりオープンにしていると開いてると思って昼間っから酒を飲みに来るやつがいるんだから」
「え? 本当?」
アイシャの気の強そうな目が驚いた色を浮かべて俺を見る。
開け放たれたままの入り口といい、こいつのキラキラとしたまなざしといい、なんていうか『朝が来た』って感じがする。
「本当だよ、だから早く閉めて」
「え~、でもここの空気が悪いのは本当よ? 私が帰る時には閉めていくから今だけ開けておきましょ? 閉め切りっぱなしは体にも良くないと思う!」
世話焼きでお節介。彼女は昔からずっと変わらない。
「はいはい」
俺はアイシャから受け取った小箱を開けてショットグラスを取り出した。一つずつ丁寧に確認する。曇りもなく形も作りも問題ない。
「うん、問題ない」
そう言って代金を支払うと、アイシャの顔はみるみるうちに紅潮していった。
「ん? どうした?」
「あの、あのね! 今回収めたショットグラス、私が作ったの」
「え?」
驚いた。
こいつが工房の手伝いをしているのは知っていたが、こうして製品として販売できるまでの腕になっているとは知らなかった。
「これ、お前が作ったの?」
「そう!」
きらきらした瞳が俺を射抜く。
褒めてほしいのか、嬉しさを共有したいのか、具体的な言葉を発したわけでは無かったが、とにかくアイシャは体全体で喜びを表現していた。
「…そうか…」
その時の気持ちを何といえばよいのだろう…。予想外の幼馴染の急激な成長に驚いたのか、いつもなら出るはずの嫌味の一つや二つが不思議とまったく出てこなかった。
「…やるじゃん」
ふとこぼれた俺の称賛に、アイシャの深いエメラルドの瞳も、驚き大きく見開かれた。
「あなたが素直に褒めてくれるとは思わなかった…」
俺が何もできずに固まっていると彼女はそのまま弾けたように笑い、嬉しそうに店を出て行った。
(これは…まずい)
****
日が暮れるころになればうちの酒場にはありとあらゆる人で賑わい始める。
単に酒を飲みに来た村の人間の他、旅人、芸人、犯罪者くずれや、情報を売りに来た浮浪者なんかも店の裏に集まったりなんかする。正直、治安が良いとはお世辞にも言えたもんじゃない。
俺だって最低限身を守ることはできるし、荒事もまあまあこなせる。
この酒場で親父の手伝いをしていれば薄暗い策略や国家転覆の野望、犯罪者の企みや計画なんかが自然と耳に入ってくるのだ。我ながらちっぽけな村の息子にしてはスリリングな日々を送っているような気がしないでもない。
…が、今日のお目当てはそんなことじゃない。
今俺が探しているのはいつも馬鹿をやっている村の仲間達だ。
俺は酒場を見渡すと入り口の脇の長テーブルに腰を据えビールを傾けている村の青年たちを見つけた。最近酒を覚えたばかりで仕事上がりにさっと寄っては一杯引っかけていい気分で帰ってしまう至極まっとうな連中だ。
話の話題もど健全極まりない、もうじき行われる村の祭りで『誰が誰を誘うのか』とかそういった話だ。
国家の存亡? 世界の危機? 聖女の転生? そんなこと今はどうだっていい。
「俺はアイシャがいい」
ピッチャーに用意したビールをどすんとテーブルに置き、長椅子に無理やり尻をねじ込んだ。俺も混ぜろと言う意思表示だ。
「アイシャ~?」
「何だよジンジャー、お前も混ざるか?」
酒に酔った陽気な仲間たちが、げらげらと笑いながら話の輪に迎えてくれる。
「お前、アイシャがいいの?」
「たしかに美人だけど、気が強すぎじゃないか?」
「追加のビールサンキュー」
「俺にがて」
「俺も。あいつすぐ説教するし」
「俺ジェーンが好き」
「はいまた出たそれ」
「でも胸がデカイのはいいよな」
「ワカル」
「俺より背のデカイ女は認めん!」
「それはお前がチビ過ぎるからだろ」
「うっせえ!」
「今、俺が口説いてる最中なんだから邪魔すんなよ」
「え? まじでー」
「本気じゃん?」
「本気だよ、マジで狙ってる」
「ヒュー! 純愛」
「そっかじゃあがんばれよー」
「応援すんの?」
「別にしないけど」
げらげらと笑う仲間たちに追加でナッツを差し入れて話は済んだばかりにカウンターへと戻る。酒場は親父と俺の二人で回しているのでこちらは結構忙しいのだ。
どう考えても酒に飲まれている小僧どもは追加のビールを食らったら家に帰そうと思う。
「おいジンジャー、悪いが裏から豆と缶詰と葱持ってきてくれ」
「はいよ」
親父に命令されて俺はカウンターから出て裏の倉庫へと向かう。本格的な呑兵衛どもがやってくる前に食材の補充だ。
反応はまずまず。
優しくも純朴な仲間内へのけん制はひとまずこれくらいでいいだろう。
好きな女の事を話すのが恥ずかしいだなんて純粋な心は5歳で家出したまま帰ってきていない。
アイシャの評判が胸に集約しているのは腹立たしいが、どうやらライバルは少ないようだ。胸がでかい(に越したことはないが)とか美人(に越したことはないが)とかアイシャの良いところはそんなところじゃない。
「他の奴はみんなやってる」という減らず口に対し
「他がどうとかは関係ないの、『あたしが』許さないって言ってるの!」
…と、そんな小気味よい啖呵を聞いたのはいつの頃だったか。正義感が強いアイシャは子供のころからよく近所のガキどもとケンカをしていた。職人気質で気が強くて姉御肌。彼女は村の女の子の中では頼りになる存在であり、正義感溢れる少女だった。
子供のころから小賢しくて、調子に乗って親父の仕事に首を突っ込んでいた俺は正直、『一般的な』善悪の基準がよく分からない。
ガキを売る親、それを買う人間、一見幸せそうな家庭にも闇があり、清廉潔白だと思っていた職業のやつも想像以上に腐っていることがある。善いことも悪いこともすべからく同じ『情報』だ。善人だけ、悪人だけを相手にしていては片手落ち、情報は全てが金になる。
だから情報屋は悪を滅ぼしたりしない。
必要なのは『見極め』。
清濁あわせ飲んで値段を付けるのが仕事。
相手を観察して、相手の経済状況と支払い可能金額『どれくらい欲しがっているのか』と情報を売った後のリスクまでを瞬時に見極めて相手に提示する。…自分が破滅しないギリギリのラインを見極める。
情報屋なんて家業をやっていると、善悪の区別なんていつの間にか曖昧になる。
だからなのか、彼女の真っ直ぐな生き方が眩しくて彼女が立っている処が良いところなんだろうな、と 子供ながらに気づいてから、今でもずっとそう思っている。
彼女は俺にとっての『基準』だ。
彼女に嫌われないギリギリのラインを俺はずっとキープしていたい。
彼女の魅力は自分だけが分かっていればいい。
俺はただ、真っ直ぐな彼女に一生寄りかかっていたいんだ。
「ここに置いておくぞ」
「おう、ご苦労。ついでにつまみ用意してくれ」
「あいよ」
カウンター脇の簡易キッチンで持ってきた豆を乾煎りする。炒った豆に塩振っておけば呑兵衛どものアテとしては十分だ。
(そもそも彼女を誰にも渡すつもりは無かったんだが、あれはまずい)
彼女が作ったショットグラスを見てため息をつく。
一本堅気な彼女がこれ以上『仕事』にのめり込んでしまうのはマズイ。彼女の仕事を褒めた時のあの嬉しそうな顔、あれを突き詰めていってしまえば彼女の事だ。色恋沙汰(俺)が入り込む隙間が微塵も無くなってしまう。
彼女が恋愛を意識するまでは待っていようと思ったが急遽予定は変更だ。
早急に『俺』を意識してもらおうじゃないか。
基本的にうちの様な平和な村では事件など起こるはずも無いのだが、俺からすればどこをいじくれば誰がどう動くかなんて手に取るように分かるのだから。
****
「あんたミーナに何かしたでしょう!」
とある問題の種を仕込んで数日後、いつも通りカーテンの閉まった薄暗い酒場へアイシャが凄い剣幕で怒鳴り込んできた。
「さて、突然何の言いがかりかな?」
カウンターの内側から俺は答える。
そろそろ来ると思っていたので慌てる事でもない。今日も親父は裏で料理の仕込み中だし、俺の方の理論武装も完璧である。
「こんな小さな村で花壇に金貨がまかれているなんて普通じゃないわ! どういうことなの?」
「それはそれは不思議な出来事だね」
「とぼけちゃって、あんたなら全部知ってるんでしょうが!」
「さて、随分と俺を買ってくれているようなのは素直にうれしいな」
あえて空とぼけて見せる。見習いでも情報屋は簡単に情報を売ったりしないのだ。
たわいもない話題については普通に教えてもいいのだが、それを素直に話すかどうかは俺の自由だ。
「…そう、私には教えないってことね」
「ご明察」
俺が情報屋見習いなのはもちろん彼女も分かっている。
「まだ誰にも相談していないの。あの子も不安がっていて…どうしたらいいか」
そう言って彼女は口をつぐむ。
おそらく拾った金を使っていいのかどうか迷っているのだろう。
アイシャと仲の良いミーナという娘は親父さんと二人暮らしで、家は貧乏。最近は常にがたついた荷車を使ってなんとか町まで野菜や草花を売りに行って生計を立てている。もちろん車輪を直す金もない。拾った金貨は喉から手が出るほど欲しいが、使って安全な金なのか危ない金なのか…迷っているのはおそらくそこだろう。
…まあ、普通に考えて落ちている大金なんて怪しいしな。
「事件性は無いよ。まいどあり」
「なっ! 勝手に話しておいてお金取る気!?」
俺の言葉に飛び上がって驚く彼女ににんまりと笑う。
「なぜなら俺は情報屋だから」
「それは知ってるけれど、せめて話す前に金額を提示するもんじゃないの?」
そう、普通は先に金額を提示する。そのルールを今回はあえて無視した。
「ツケでいいよ」
「やめて、嫌な予感しかない」
「じゃあ払う? 体で払う?」
「変な言い方よしてよ!」
真っ赤な顔で怒る彼女が可愛らしい。
それは俺の本音でもあるけれど、まあ今じゃない。
「うそうそ、じゃあ次の村祭りのパートナー俺にして」
「…なにそれ…何かたくらんでる?」
「ないない。俺の相手なんてみんなビビッてしてくれないんだもん」
これは本当の話。
俺ってば、顔もそこそこだしガタイもまあまあだし、性格も穏やかだし人当たりも悪くないのに村の女子には人気がない。曰く『得体が知れなくて怖い』からだとか。
女性ってそういうところって凄いよね。少しは『危ない魅力が素敵』とか思ってくれないものだろうか。
「……それもそうね」
そこで少しも否定してくれないところが淋しいが、彼女のそういう正直なところが好ましいと思ってしまうのだから恋ってやつはしょうがない。
「別にそれくらいなら構わないけど…」
「うん?」
「でもなんか納得いかないわ、大体うちの村で起こるオカシナことはあんたが関わってるはずなんだから!」
「心外だな、そんなこと1割もないよ」
「その1割の話をしてるの! 私は!」
おお、鋭い。
幼馴染の宿命ともいうべきか、お互い長い付き合いなので、こういうところは誤魔化しがきかない。彼女も俺が善人ではないことは(残念ながら)知っている。
「でも村祭りのパートナーの話は本当だよ…俺にしてよ」
「それはまあ…かまわないけど」
渋々といった様子だが彼女が承諾してくれたことにひとまずほっとする。
彼女がまだパートナーを見つけていないことは調査済みだったがここで本格的にこじれたら元も子もない。
「よかった! 俺、相手はアイシャが良いと思っていたからさー」
俺の安堵の声に拗ねた様子で少しだけ頬を赤くする彼女。
…よかった、現時点でも全く脈が無いわけでもなさそうだ。
****
「お邪魔するわ」
いつものように開店前の薄暗い酒場へとアイシャがやって来た。
「いらっしゃい、今日はどうした?」
いつもならスパーンと朝日が差し込むかのようにやって来るのに今日はなんだか大人しい。服装も普段の作業着ではなく町娘のそれであるし、髪もふんわりと下ろしている。
「絶対あんたが関わってるはずだと思うけど、あの件、なんだかんだで上手く行ったわ。ありがとう」
「俺は君にお礼を言われるようなことは何もしていないけれど、上手く行ったならよかったね?」
立ち話もなんだろうと、彼女をカウンター席へと招く。
歯切れの悪い彼女に詳細を訪ねることはしない。なぜなら俺は全て知っているから。
安全な金だ、使ってもいいと判断したミーナと親父さんはまず荷車の車輪を直した。
車輪を直しただけでなく、壊れかけた屋根や朽ちた柵も一緒に直したものだから、狭い村に風の速さで噂が流れた。やれどこそこから盗みをしたのだとか、金持ちを助けたのだとか、金に困っていよいよ体を売ったのか、などなど。
急に羽振りが良くなった人間をやっかむ輩はどこにでもいるもので、それなりの小競り合いが勃発したらしいが、怒ったアイシャとミーナに想いを寄せていた彼女の幼馴染の二人でどうにか解決したらしい。なんなら二人の恋模様もいいかんじになったとか。
「その割には何か不満そうだけど?」
「別に! 不満なんてないけれど、またあんたの手の内で転がされちゃったな! って思って悔しいだけ!」
「俺は何にもしてないよ」
君に事件性は無いという情報を一つ与えただけ。
「お金はどうしたの?」
「なんのこと?」
「金貨」
「さあ?」
「ほんと、誤魔化してばっかり」
彼女の言葉ににっこりと笑う。
金貨は確かに俺が仕込んだが、あれはあくまでもきっかけとして必要だったからだ。
「アイシャは大活躍だったみたいじゃない」
不安に思うミーナを慰めたり励ましたり、周りの嫌がらせから守ったり? なんなら恋の仲立ちまでしてやったなんて、なんて働き者なんだろう。俺は本当に何にもしていない。
「やっぱり全部知ってるんじゃない!」
「まあまあ水でも飲んで落ち着きなって」
そういって俺は彼女にグラスを出す。
彼女のイメージで選んだ真っ直ぐなリキュールグラス。持ち手がすらっとしていてまっすぐであるのに、ガラスのふちがふんわりと丸いところが彼女にぴったりだと思っている。
「何よバカ、自分ばっかり高みの見物しちゃってさ」
「いやいや、そんなことないって」
思い通りにならない事だってある。例えば君とか。
いつまでも俺のことを困った幼馴染だと思っていて、男として見てくれやしない。
ミーナとその彼氏が上手くいったのなら少しぐらい『羨ましい』だとか『私も恋人が欲しい』だとか思ってくれないだろうか。
子供のころと同じく仲良くしてくれるのはうれしいが、俺が望んでいるのはもう一歩先なんだよな。
「いつも思うけどこれって素敵なグラスよね」
「そうだろう?」
彼女にあわせて選んだ品だ。
もちろん他のやつには一度も使わせていない。彼女が来た時にしか取り出さないし、普段は大事にしまってある。
「私に出すのにいいやつ選びすぎじゃない?」
「いいのいいの、俺の趣味だから」
「そういえばそうだったわね」
俺がグラスを集めるのを趣味にしていることは彼女ももちろん知っている…が、
そのグラスの存在に密かに彼女が嫉妬していることは俺だけが知っている。
「ただの水だよ」
「じゃあ遠慮なく」
グラスを傾ける彼女の指先と、グラスに触れる唇。
乾いたそれがしっとりと塗れていく様に思わず舌なめずりをした。
うん、やはり良い。
彼女が欲しくて欲しくて、こんなに努力している俺なのだから、そろそろ報われてもいいと思う。
グラスになんかに嫉妬していないで、俺に嫉妬してよ。
「ところで、これ仕入れ先で見つけた品なんだけど 祭りにどう?」
そう言ってカウンターの下から取り出したのは華奢な金のサークレットとうっすらと透けるように白いベール。
ベールは祭りで娘たちが身に着けるものだが、サークレットと合わせればどこかのお姫様みたいに素敵な仕上がりになる。
「どうしたの? これ…」
彼女は目を丸くしてそれを受け取り、おそるおそる目の前に掲げてはその装飾に目を奪われている。
「こういうデザイン好きだったよね?」
「うん…好き…だけど…でもこれって…」
夢見心地だった瞳がみるみるうちに光を失っていく。
普通の村娘は、こういった装飾品を作ることは会っても身に着けることは無い。
「高いん…」
「俺のお嫁さんになってください」
値段を口にする彼女の言葉を遮るように告白した。
「は? え??」
「結婚を前提に、俺とお付き合いしてください」
最初の言葉が耳を素通りしてしまったみたいだから、もう一度言いなおした。
これ高いんでしょう? だなんて無粋な言葉は言わせない。
「何!? 急に何の話!?」
目を白黒させている彼女にもう一度ゆっくりと告げる。
「君に求愛しています」
求愛、求婚、告白、プロポーズ。言葉は何だっていい。鉄壁の彼女の守りを壊したい。
「君が好きだよ」
「…何で…?」
ぼんやりとした彼女の答えに俺はにっこりと笑う。
何で、と来たか。
ここまで直球で攻めたのにまだ刺さらないとかどんだけ遠いんだ。
作戦変更。
再度揺さぶりをかける。
「だって俺、これを君に絶対にプレゼントしたいんだもん」
「?」
「値段を聞いたら受け取ってもらえないと思うし、きっと叱られると思うんだよね」
「…それって…」
彼女が最初に聞きたがった値段の話を振ると見うる見るうちに正気を取り戻していく。
「い、いくら使ったの?」
「…黙秘します」
「ば、馬鹿じゃないの!? こんな、こんな…村祭りのために…」
「うん、俺馬鹿かも」
「どうするのよ、これ…」
「もう買っちゃったし、諦めて俺の事好きになってよ」
「なんでそんな話になるのよ、諦めて、とかそういうのは違うでしょ!」
わなわなと震える彼女がサークレットを押し付けてきた。
「違わないよ、俺は君が好きだし、君と結婚したい。よって俺の資産は君の物だ」
「ちょっとよく分からない理論でたたみかけないでくれる!?」
調子が戻って来た彼女に素早くベールをまとわせてサークレートを被せた。
「うん、ほらやっぱり凄く似合う」
「ちょっ!」
両手でがっちりと頬を固定して、逃げられないように目を合わせた。
ベールに透けた亜麻色の髪を押さえるシンプルな金のサークレット。そんな控えめな色彩の中でアイシャの大きな緑の瞳が鮮やかに煌めいている。
「綺麗だ」
「!!」
これは本当に本心。
光の加減でキラキラと色合いを変える瞳は本当に宝石なんじゃないかとも思う。
きらきらしていて透き通っていて、色の入ったグラスにも似ている。
「ばっ、ばっ、ばか! 知らない!」
彼女は顔から湯気が出そうなほど真っ赤になって、そのまま店を飛び出していった。
(…行っちゃった)
俺の手を振りほどくのが精いっぱいだったのか、ベールとサークレットも一緒に連れて行ってくれた。
「ふむ」
まあひとまず受け取ってもらった、ってことでいいかな…?
そこそこ小細工を弄したけれど、品物自体は気に入ってくれたみたいだし値段が高いこと以外に不満はないはずだ。例え後から返しにきても絶対に受け取ってはやらないけれど。
彼女のガチガチに凝り固まった倫理観を存分にシャッフルできただろうか。
恋愛面、金銭面、約束、懇願、承認要求。
村祭りの時までに、なんとか会う機会を設けて一つずつ逃げ場を塞いでいこう。
真面目て正義感の強い彼女は少しずつ追い込まれていくはずだ。
彼女の残していったグラスにキスを一つ。
いくつかの攻め筋を考えて、俺はくすくすと笑う。
俺的には、彼女には泣き落としが一番効くんじゃないかと思ったりする。
俺のプライド?
いや別にそんなのどうでもいいし?
彼女を手に入れるためなら安いもんでしょ。
終
「腹黒恋愛短編企画」様に参加させていただきました!
腹黒さのちょうどいい塩梅っていかほどなんでしょうか!
難しい! 少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
読んでいただきありがとうございました!
本作を面白いな、続きを読みたいな、と
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