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旧友

 鈍く黒光りする機体に描かれる王国軍の印。民を守護し、常に空と共にあるという意味がこめられ、ブローディアの花と翼を象った印だ。

 リークが軍を引退したころは、飛行機の開発が行われ、ある程度実用化には近づいていたものの、完璧に安定した形にはなっていなかった。それが七年の時を経て、何の不具合もなく空を飛んでいる。その事実にリークは何か感慨深いものを感じた。


「あいつも、ちゃんと仕事をしてるんだな」


 脳裏に浮かぶのは、幼少期からの友人、親友だ。同時期に軍属となったが、リークは防衛部隊に、その親友は技術開発部に入った。そこから出会う機会も少なくなってしまったが、それでもひと月に一回は食事を共にしていた。その時よく聞いた話が飛行機の話だ。「アリスを全く使いこなせない人でも、空を自由に飛べるものを開発している。アリスを軍で一番使いこなすリークにも助言してほしい。」目を輝かせながら話す友人と日付をまたぐまで談議を続けた。

 リークにとっては懐かしい思い出だろう。


「しかし何で王国軍の飛行機がこんな辺境までくる?竜だって滅多に出てこないのに……。まあ、でもこの島に着陸はしないだろ」


 だが、リークの言葉とは裏腹にその飛行機は一切の迷いもなく、彼のいる島に近づいてくる。小さい鳥にしか見えなかった飛行機がだんだんと大きくなっていき、しまいにはリークの目の前に着陸した。


「おいおい、嘘だろ」

 

 轟音を立てながら、生い茂る草をかき分け大地に足を着けた、大きなプロペラを頭部に持つ飛行機。その操縦席から顔を出したのは──────、


「リーク!久しぶりだな!」

「……お前、ロイドか?」


 先ほどまでにリークの記憶の中にいた、親友だった。あまりにも唐突な事態にリークは困惑する羽目になる。そんなリークに対して、ロイドはお構いなしに駆け寄り抱き着いた。勢いをつけすぎたのか、リークが放心状態だったのか、そのまま二人は草のベッドにダイブすることになった。


「すっかりおっさんになったな!」

「……どの口が言うんだよ…」


 つい先ほどにアラサーと言われていたリークは、抑揚をつけずに言葉を返す。だが、その無愛想な表情は今にも崩れ落ちそうで、数秒見つめ合う二人。そして──────。


「「……はは…ははははははははははは!!!!」」


 ダムが決壊したように大声をあげて笑いだす二人。そのまま大の字になって寝転び、さらに爆笑する。あまりの大声に、近くの木で一休みしていた小鳥たちが逃げてしまった。逃げるように飛んでいく小鳥たちを見て二人はまた無言になり、再度大声で笑いだす。


「はははっ!あー本当に面白い」

「本当にな、何年ぶりだよ!七年か?それくらい会ってなかったな!」


 両者は起き上がり、顔を見合わせる。お互いの変化をまじまじと観察しているようだ。リークの記憶の中のロイドは、茶髪に黒縁の眼鏡から覗く琥珀色の瞳。背丈は170㎝よりも少し高いくらいで、細見だった。その記憶と目の前にいる親友を照らし合わせる。茶髪と黒縁眼鏡、瞳は変わりなく体格も以前と変わらず細身だが、心なしか貫禄が付いたように思える。


「お前、なんか大人っぽくなったか?貫禄が付いたというか……」

「当たり前だろ?もう32だ。まあ、管理職になったのもあると思うが」

「管理職?」


 リークが軍を引退した七年前、ロイドはまだ一人の班長でしかなかった。それでも一応、長ではあるのだが、それよりも出世したということだろう。


「何に出世した?」

「聞いて驚くなよ?技術開発部長だ」

「は?」


 技術開発部長。文字通り、技術開発部のトップである。ロイドは昔から頭がよく、技術開発部に入ってすぐに成果を上げていた。別の部、防衛部隊にいたリークの耳にも届くくらいだ。そのため、すぐに班長になったのは理解ができた。だが、部長となると話は違う。いかに優れていても、どうしても年功序列が足を引っ張るのだ。年齢の差というものはそう簡単に超えられるものではない。

 しかし、ロイドは嘘をつくような人間ではないということは、リークが一番知っている。


「まじかよ」

「ああ、大まじだ。自慢じゃないが、この飛行機や、飛行艇、機関銃の開発、その他もろもろ毎年のように功績を上げ続けたからな。そのおかげもあってか、より竜による死傷者の報告件数が下がった。それが評価されたんだよ。他の年配のおっさんたちも何も言わなかったしな」


 そう言ってロイドは飛行機に目を移す。それを追うようにしてリークもロイドの後方にある飛行機に視線を向けた。


「アリスと飛べない奴も空を自由に駆け巡ることができる、か。アリスと飛べないなんてことはないと思うけどな」

「それでも、上手い、下手はあるだろう?実際、死傷者の報告件数は下がっているが、竜の発生件数は増えている。ここから先、どうなるか分からないんだ。空へ行きたいと思う人たちをすぐに空へ導いてやるには飛行機のほうがいい」

「そういうものかね……」


 リークとしては、アリスは才能どうこうの話ではないと思っている。上手い奴はアリスの事を友と思い、下手な奴はアリスの事を道具としか思っていない。ただそれだけの話だ。リークも今ではアリスを使いこなしているが、初めは羽ばたきさえもしなかったのが事実だ。自在に空を飛べるようになった経過を知っているリークは、アリスは才能という他人の話がいまいち理解できなかった。


「というか、お前、髪伸びたな」

「あー、仕方なくな」


 七年前、リークは短髪だった。ひげも丁寧にそり、全体的にすっきりとした見た目だったのだ。だが、軍を引退してからは、そうではなくなった。


「その、自分で言うのもなんだが、当時俺は軍の中でも期待されてただろ?」

「まあ、黒鷲っていう異名があったぐらいだしな」

「やめてくれ。あれ恥ずかしいんだから」

「そうか?カッコいいと思うけどな」


 両手で顔を覆い、リークは俯く。それほどまでに恥ずかしいということだ。


「だから、簡単に軍は抜けれなかったんだよな。抜けること自体はお前や、大将が何とか手引きしてくれたから良かったんだが。その後見つかるのが面倒でな、髪伸ばして、ひげも一時剃らなかったんだよ。で、そしたらなんか切るのとか剃るのとかめんどくさくなって、無精ひげぼうぼうの今の状態になったってわけ」

「なるほどなぁ。でもそれやめた方がいいぞ」

「やっぱり?」


 苦笑いを浮かべるリークの見た目は、ロイドの言う通りあまり良いものではない。長髪も整えているわけではなく、ぼさぼさの髪を後ろで結んでいるだけだ。清潔感なんてものとはかけ離れている。


「切った方がいいと思う」

「まあ、考えるわ。とりあえずそれは置いといて。何の用だ?」


 当時はあまり人に会いたくはなかったリークである。親友のロイドにさえ、軍をやめた後の行先を告げていなかった。ただ、親友の住所が分かり、会いにくることが目的であれば、軍の飛行機では来ないはずだ。つまりは、軍にかかわる何らかの目的があってきたということだろう。

 途端に声音が変わったリークに対して、ロイドも先ほどと表情を変える。友人としての顔ではなく、軍人としての顔だ。


「単刀直入に言うぞ。リーク、お前に頼みがある。軍に戻ってきてくれないか」

「断る」


 リークは冷え切った声色で即答した。そして、そのまま立ち上がりその場を去ろうとする。


「大体の予想はついていたがな。それが目的ならお前と話すことは何もない。帰れ」


 ロイドに背を向け、歩き出すリーク。その表情には、先ほどの子供のような無邪気さはなく、ただ凍り付いたように動かない。


「待ってくれ、リーク!確かに七年前の事は辛かったかもしれない!でもそれが!お前の夢を諦める理由にはならないだろ!彼女の事を考えるなら──────」

「誰が!!誰があいつの話をしろと言った…!」


 ロイドの言葉を途中でかき消す怒号。その発生源はロイドに顔を向けないまま立ち止まるリークだった。彼の拳はきつく握りしめられており、歯ぎしりの音も聞こえる。

 アレクと言い争いになったときの怒り方ではない。あれはいわゆるじゃれ合いのようなものだったが、この怒りには明確な憎悪が含まれている。何が彼にここまでの憎悪を抱かせるのか。その理由をロイドは分かっているようだった。

 彼も何も言えずに黙り込み、静寂が訪れる。何も言わない、言えない状況が数分と続いていく。お互いに何から言い出せばいいか分からなくなってしまったようだ。

 だが、そのこう着状態を壊したのは、一匹の鳥の鳴き声。一瞬、静寂が敗れたことによる安堵感によりロイドの表情が緩むが、直後にその表情は再び厳しいものになる。それはリークも同じであった。

 

 その鳴き声が意味するのは竜の発生だ。


「キェエエエエエエエエエエエ!リュウガハッセイ!リュウガハッセイ!キンリンジュウミンワチカシツエヒナンシロ!クリカエス!リュウガハッセイシタ!キンリンジュウミンワチカシツ二ヒナンシロ!」

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